≪四章≫連理の枝 ~ちいさなちいさなやくそく~
消え入りそうな声に続きはない。
他人に無関心をよそおうことで心を守ってきた女の子には、他人と言葉をかわすことが恐怖でしかない。
これまで一度もなかった事態に、№108は少し戸惑った。
出会ってから一ヶ月。初めて女の子のほうから話しかけられたのだ。
うれしさが全面に出そうになる。
それを堪えて、戸惑いつつも、いつものように何の気もないフリをして返事をした。
「ん?」
「どうして…………毎日ここに、来るの?」
「………………」
№108は答えられなかった。
カエデの命令があるからではない。
たしかに最初は言いつけどおりに接していただけだったのに、いつからか自分から進んで女の子に会いたいと思っていたからだ。
一般的な成人よりも賢かった№108は早熟ではあったが、一般的な小児よりも経験が浅かった。
この気持ちの変化が何なのかがわからない。
だからといって正直に答えるわけにもいかない。
女の子が大人たちに深い傷をつけられたことだけは知っていたから、そいつらの命令で動いているとは伝えられなかった。
どう言おうか悩んだ挙句、正直な気持ちを伝えることにした。
「……キミに会いにきてる」
「わたし、に……?」
「うん」
女の子は向き直って、男の子を正面から見つめる。
常ならば感情の読めない瞳は、どこか不安に揺れていた。
「どう、して……?」
「どうしてって、う~ん……会いたいから、かな? 理由なんてないよ」
困ったように微笑んで、女の子を見つめ返す。
途端にうつむかれてしまった。
小さな手が弱々しく、袖をつまんだ。
またも初めての行動に、今度は明らかに動揺した。
「え? あ、と、どうしたの?」
「………………」
フルフルと、小さな頭が振られて、一束にされた髪も揺れる。
もしかしたら泣いているのだろうか?
そうだとしても、どうやって対処すればいいいのかがわからない。
どれだけ知識を得ていても、こういうときの対応までは、カエデも大人たちも教えてくれなかったからだ。
あうあう、と何度か口を開け閉めして、どうしようもないので、恥ずかしい心情がバレないようにと抱きしめた。
「それじゃなにもわからないよ」
小刻みに震える体を優しく包んでから、両肩に手をおいて少しだけ隙間を空ける。
引き離されたのだと勘違いした女の子は、慌てて顔をあげた。
その額にコツンと、№108の額が当てられた。
「泣かないで。どこにも行かないから」
すすり泣く女の子は目に涙を溜めて、恐る恐る訊く。
「一緒に、いてくれるの?」
「うん」
「どこにも、いかないの?」
「うん」
「ほんと、に……?」
「うん」
その幼い問いと答えに、どれだけの意味がふくまれていたのか、当人にしかわからないだろう。
けれど二人にはそれだけで充分だった。
女の子は涙をこぼしながら男の子の胸で泣き。
№108は目を閉じながら女の子を抱擁する。
やがて泣き声がやんで、女の子は離れた。
「……あの……」
「ん?」
女の子はしばし迷い、決意をもって口にした。
「……あの……あなたの、名前……教えて……」
「……あぁ、そういえば」
№108はいまさらながら、まだ自己紹介もしていないことを思い出した。
カエデから与えられた情報で、女の子の名前を一方的に知っていた。
ただし、これまでの付き合いで女の子の名前を呼んだことは一度もなかった。
だから……
「じゃあ、ボクが教えたら、キミの名前も教えてね」
「……うん」
短い沈黙があった。
男の子――№108には、個人を示す名前が与えられていなかった。
彼に与えられている固有名詞は、被験者番号以外にない。
だから彼は、その番号を区切り、名前を創った。
「ボクの名前はね――――」
そこで白い夢は途切れ、赤い三日月のような口が、小さな幸福に終わりを告げる。
次回は12/6
22:00投稿予定です。




