≪四章≫連理の枝 ~かなしい怒り~
ひたすらに走って辿り着いたのは、高さ三メートルはある、封印のルーンとカバラを重ねがけした豪奢な扉だ。
いつもなら無造作に開けるのだが、今回は反乱者としてここにいる。
カエデの許可もなく扉が開いてくれるはずがない。
だとすれば、力技で無理矢理にブチ破る!
「射抜け氷牙!」
瞬時に空中に構成された複数の氷の塊が列を成し、扉の一点に連続してぶつかっていく。
その威力は城壁を貫通するほどであるにも関わらず、扉は破れない。
しかし軋む。
侵入者対策に幾重にも施された防御陣も、連続する大打撃を防ぎきるには心許ない。
「切裂け氷爪!」
氷の弾が尽きると同時に、今度は五指に鉄をも斬る氷の爪が装着され、氷塊で何度も撃ちつけた部分を、裂いた。
人間一人が通れるくらいの穴ができ、そこから部屋の中へと飛びこむ。
突然の闖入者にも女の子は反応しなかった。
とっくに眠っているだろうと思っていたのに、女の子はこちらに背を向けて部屋の中央で片膝をつき、指と指とを絡ませて胸の前で手を組み、頭を垂れて、天窓の向こう。
唯一見ることが許された外界の月へと、真摯な祈りを捧げていた。
男の子は何も言えない。
かけるべき言葉が引っ込んでしまっていた。
その祈りはとても……
美しすぎて……
追われる身だというのも忘れて……
すぐにも消え去ってしまいそうなほど儚い姿は、とてもじゃないけど……
直視していられなかった。
時間が止まってしまったのではないかと疑うほど長い時間。
けれど実際は数秒で、祈りは解けた。
「どうして……来たの……?」
№108は女の子の声が怒っているように感じられた。
けれどそれにかまっている余裕は、時間的にも精神的にもなかった。
「キミを迎えに来たんだ。カエデはキミの“魂”を使って“原初”の門を開くつもりなんだ。明日は満月だから、たぶん、これから儀式の準備をするつもりだ。ここにいちゃいけない。一緒に逃げよう」
逃げ切る算段はついていない。
でもまずは行動しなければ活路もないと、焦りばかりが先行して、女の子の言葉の意味を正しく受けとれていなかった。
もう一度、同じ問いが繰り返される。
「どうして……来たの……?」
「だからキミを助けに来たんだってば! ゆっくりしてるヒマはないんだ。ボクだって勝手にこの部屋に入ることは許されてない。もうすぐカエデたちがボクを追ってくる。その前にキミを連れて行かないとキミも殺される。だから、一緒に行こう」
焦りすぎて口を滑らせたことにも気づけない。
それほど切迫しているのに、女の子は動こうとしない。
「……許し? 誰の……?」
「それは……」
「あのヒトの……命令だったの?」
「!?」
聡い彼女はたったそれだけで悟ってしまった。
思い返す必要もない。
この施設においてカエデは絶対だ。
そも、『転生体』である女の子の部屋に立ち入れるのはカエデだけのはずなのに、一ヶ月にも渡って№108が平然と出入りしていたことが、あまりにおかしい。
しかしそれも、カエデの命令とあれば話は別。
この部屋に立ち入る許可が出せるのはカエデだけ。
だからこそ№108は一切の咎めもなく、女の子と接触していられた。
「わたしに、会いに来たのは……あなたの意思じゃない、の?」
「それは……」
「ぜんぶ、あの人の命令だったの?」
「ち、違う!」
精一杯に否定するが、いつもの説得力が欠けてしまっている。
カエデの命令を受けていたと公言していないのに、全部バレてしまっているとわかってしまって、今度は女の子に拒まれるといった、追われるのとはまた別種の恐怖が生まれた。
「信じて、いたのに……」
「違う! ボクは命令されてたからキミと一緒にいたんじゃない! ボクは……ボクは本当にキミと一緒にいたかったから――――」
「言いわけしないで!」
「ッ!」
出会ってから初めて、女の子は本当に悲しくて怒鳴った。
№108にとってそれは、殺されると想像したときの恐怖よりもよほど怖ろしい事実。
”拒絶される”という恐怖に呼吸できているのかもわからなくなるほど息苦しくて、めまいがした。
次回は12/9
22:00投稿予定です。




