第六十四話 よかった。間に合った。
# 第六十四話 よかった。間に合った。
王立魔法学校を襲撃した魔族の部隊は、すでに半数近くが倒されていた。ストライクの《オーバーストライク》によって校門付近の魔法部隊が壊滅し、駆けつけた王国騎士団と宮廷魔法師団がその他の敵を次々と制圧し始めている。1年校舎内部でも、アルトの無数の式神と多重分身が敵に撹乱と攻撃を与えて行動不能にし、アルトから情報をもらったユリウスが《統率者》によって生徒たちをうまく避難させていた。
しかし、敵が安全結界へ仕込んでいた術式は、まだ完全には解除されていなかった。北側の校舎では、非常時にしか作動しない補助回路が次々と起動し、避難用の隔壁が閉鎖されたままとなっている。
「アウグスト先生、敵が仕込んだ術式の大部分は確認できました。しかし、これらを一度に解除すると、安全結界そのものが停止してしまう可能性があります。生徒たちの避難が終わるまでは、正常な防御機能を残しながら順番に切り離す必要があります」とセオドア。
「分かりました。ではセオドア先生には術式の解除をお願いします。マリア先生には引き続き校舎の防御をお願いし、ベアトリス先生は補助回路の記録を確認しセオドア先生に知らせてください。私は避難状況を把握しながら、使用できる通路を確保します。ここまで来て生徒たちを危険にさらすわけにはいきませんからね」
アウグストの指示に従い、教師たちは落ち着いて作業を続けた。敵の攻撃が始まってからも、学校側の対応に大きな混乱はなく、生徒たちの安全は着実に確保されつつあった。
◇
校門付近では、ストライクとマイルスが残存する敵を追い詰めていた。ストライクの新技で敵魔法部隊が壊滅したため、大した抵抗もない。
「ストライク、もう一息でこの辺りは片付くから、終わったら校舎側を見に行ってくれないかい?」
「わかりました。あちらがどうなっているのか、大体はアルトから伝えられていますが、やはり心配ですからね。急ぎましょう」
マイルスが敵の注意を引きつけ、再びストライクが横薙ぎの《オーバーストライク》を放つ。白い斬撃が敵の防御魔法を切り裂き、残っていた敵部隊もほとんど戦闘不能となった。
そのころ北側の避難経路には、王立騎士学校から駆けつけたレオンとオリヴィア、王都の普通高校から合流したガルドが到着していた。三人はアルト及びアルトの式神から説明を受け、校舎内部へ侵入した敵の制圧に加わる。
「レオン、オリヴィア、北側の通路をお願い。避難中の生徒がまだ残っているから、敵を近づけないことを最優先にして」
「承知。自分とオリヴィア殿で敵の接近を阻止し、ガルド殿には生徒たちを守っていただきましょう」
「うむ。遠距離攻撃は魔法師団に任せ、こちらは接近した敵を確実に止めよう。レオン、互いの死角を補いながら戦うぞ」とオリヴィア。
「わしの盾なら少々の攻撃は問題ないからのう。安心して生徒たちを通してくれい。おぬしらは敵を食い止めることに集中するんじゃ!」
三人の活躍もあって避難はさらに進み、戦況は完全に学校側へ傾いていた。
◇
アルトは北側の校舎に向かい、式神と分身を使って敵の捜索を続けていた。無数の式神が廊下や教室を飛び回り、鳥や動物、幽霊や妖怪の友達からも次々と情報が届く。
その途中、式神の一体が武器を構えて生徒へ近づこうとしている敵を発見した。アルトの目には、相手の能力や弱点だけでなく、ギフトの性質まで浮かび上がっている。敵はどうやら身体能力を強化するギフトを持っているらしく、通常の拘束では簡単に振りほどかれてしまう。
「そろそろ降参しないか?もう君の仲間の大半は制圧されているし、これ以上戦っても状況は変わらない。武器を捨てて降伏すれば、命だけは保証しよう」
「ギフトなしのくせに、我らに命令するか!貴様さえ倒せば、この作戦はまだ終わらぬ!」
「そうか。後悔するなよ?」
アルトは相手の手首へ小さな紙式神を接触させると、手元にある符の腕に当たる部分を折り曲げた。
「があぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、敵の腕に同じ損傷が生じ、悲鳴とともに武器を取り落とした。相手の身体能力がどれほど強化されていても関係ない。式神を介して直接身体へ作用する恐ろしい呪術である。
アルトは必要以上に傷つけることなく相手の動きを封じ、自殺術式を封印してから、駆けつけた騎士団へ引き渡した。
◇
ルウとトウは相変わらずアルトを守る片手間に、学校各所に残る敵を次々と制圧していた。トウの探索魔法が敵の位置を捉え、幻想魔法と結界で味方を守る。ルウはさらに広い範囲へ魔力を伸ばし、見つけた敵を魔法で倒していた。
「ルウ、近くの敵はほとんど片づいたんだな。アルトの分身たちも順調だし、騎士団と魔法師団も到着したんだな。あとは安全結界の仕掛けを解除できれば大勢は決着して終わりそうなんだな」
「うむ。それにしてもアルトの分身術は面白いものだな。攻撃力も速度も本物と変わらぬというのに、身体の耐久力は紙そのものだからな。敵が分身を守る結界を破るくらい必死になって攻撃すれば、倒すことはできる。が、そこまでしても破れるのは式神だけというのだから、相手もたまったものではあるまい。はっはっは!」
「アルトの本体はトウたちが守っているし、分身が壊れても本人は何ともないんだな。敵がかわいそうなんだな。それより、フィーネとサクラが頑張りすぎだから、そろそろ休んでほしいんだな」
「そうだな。我もあの娘のことは気になっておる。アルトの役に立ちたい一心で、少し無理をしているな。まあしかし、フィーネの近くにはノエルもおるし、フィーネが疲れればノエルを向かわせればよい」
二人は再び攻撃の迎撃を始めた。アルト本人や生徒たちへ向かう攻撃は、すべて完璧に阻止されている。しかし、アルトの分身へ向かう攻撃は、分身に結界が張られていることもあり、トウもルウも防御が行き届いていなかった。
◇
一方、フィーネは《精霊正装》をまとったまま、別棟に残る生徒たちの救助を続けていた。桜色の花びらが舞うたびに、その身体は光の軌跡を残して移動し、精霊魔法をまとった矢が敵の攻撃を次々と撃ち落としていく。白銀の籠手と肩の装甲は美しく輝き、背中の羽衣は彼女の動きに合わせて柔らかく揺れていた。
しかし、その輝きは少しずつ弱まり始めていた。長時間の戦闘と救助によって、サクラの力は限界に近づいていたのだ。
「サクラ、もう少しだけ頑張れるかな? 北側の校舎にも避難できていない生徒がいるみたいだし、あそこだけ助けよ?サクラに無理はさせたくないけど、なんとかしてあげたいの」
「うん。でも、ホントにもう少しだけね」
サクラは疲れた様子を見せながら、小さく頷いた。
「ありがとう、サクラ。もう少しだけねっ。アルト君もきっとどこかで頑張っているはずだし、私だって役に立ってみせる!」
そこへノエルが負傷した生徒の治療を終えて戻ってきた。
「フィーネちゃん、随分疲れているんじゃない? サクラちゃんも少し苦しそうに見えるわよ。そろそろ退散しましょ?」
「ありがとう、ノエル。でも、もう少しだけ。北側にまだ避難できていない生徒がいるみたいなの」
ノエルは心配そうに見送ったが、近くへ新たな負傷者が運ばれてきたため、再び治療へ向かった。フィーネは北側の校舎へ駆け出す。背中の羽衣はまだ美しく輝いていたが、サクラの魔力はすでに限界に近づいていた。
◇
北側の校舎では、アルトの分身が敵を制圧しながら、生徒たちの避難を助けていた。分身は本体と同じ霊力と攻撃力、速度を持っているため、敵にも本物との区別がつかない。
本体のアルトは別の通路で安全結界の構造を調べながら、分身たちから届く情報を整理していた。生徒たちの避難はほぼ完了し、残る敵も少ない。あと少しで事件は終わるはずだった。
しかし、敵指揮官はまだ最後の仕掛けを残していた。
校舎の安全結界へ組み込んだ隠蔽術式から、鋭い魔力の槍が生み出される。敵指揮官が狙ったのは、北側の通路で救助活動を続けるアルトの姿だった。
だが、そこにいたのは本体ではない。式神による分身である。
その攻撃が通過する廊下では、すでに生徒たちの避難が終わっていた。ルウとトウも攻撃の存在を把握していたが、分身が破れるだけならアルト本人に危険はない。二人は、ほかの場所で実際にアルトと他の生徒を狙って放たれた攻撃を優先して阻止していた。
そのころフィーネは、北側の通路へ到着したところだった。
少し離れた場所に、アルトが立っている。
彼女には、その姿が本物のアルトにしか見えなかった。分身術が初めて実戦で使われたとき、フィーネは別棟で救助を続けていたため、まだ実物を見たことがなかったのだ。
そのアルトの背後から、鋭い魔力の槍が迫っている。
フィーネの心臓が、大きく跳ねた。
「アルト君、危ないっ!!」
考えるよりも先に身体が動いていた。
床を蹴った瞬間、桜色の光が廊下を一直線に走った。《精霊正装》によって高められた身体能力が、以前では考えられない速さでフィーネを運んでいく。
遠くに見えていたアルトの背中が、みるみる近づいてきた。
間に合う。
きっと間に合う。
フィーネには、そう思えた。
不思議なことに、周囲の時間がゆっくりと流れているように感じられた。
窓から差し込む夕陽が、舞い散る桜色の花びらを一枚ずつ照らしている。廊下に漂う細かな埃さえ、空中で動きを止めたように見えた。
アルトの背中へ迫る魔力の槍。
少しずつ近づいていく自分の手。
もう少し。
あと、ほんの少しだけ。
そのとき、フィーネの脳裏に、学園祭でアルトと二人で歩いた日のことが浮かんだ。研究発表を褒めてくれたこと、嬉しそうに笑ってくれたこと、これからも一緒に頑張ろうと話したこと。いつも自分の前を歩いていると思っていたアルトが、あの日はずっと隣にいてくれた。
あんな日が、これからもずっと続けばいい。
そのためなら、自分にできることは何だってしたい。
大好きなアルト君を、絶対に守りたい。
フィーネは、さらに強く床を蹴ろうとした。
しかし、その瞬間だった。
長時間の戦闘と救助で力を使い果たしたサクラの魔力が、ついに尽きてしまった。
桜色の花びらが、突然輝きを失った。
白銀の籠手に細かな亀裂が走り、肩を包んでいた装甲が光の粒となって崩れていく。背中に広がっていた美しい羽衣も、端から少しずつ消えていった。
フィーネは、何が起きたのかすぐには理解できなかった。
つい先ほどまで身体を包んでいた温かな力が、急速に失われていく。
サクラの気配が弱くなり、無数の光の花びらが力なく床へ落ち始めた。
《精霊正装》が解除されたのだ。
けれども、フィーネはもう飛び出してしまっていた。
高められた速度のまま前へ進む身体を、今さら止めることなどできなかった。
目の前にはアルトがいる。
背後からは魔力の槍が迫っている。
フィーネは残された力を振り絞り、アルトの前へ身体を滑り込ませた。
お願い、間に合って。
アルト君だけは、絶対に。
次の瞬間、魔力の槍がフィーネの身体を貫いた。
激しい衝撃とともに、身体の奥から力が失われていく。つい先ほどまで舞い踊っていた桜色の光は消え去り、白銀の装甲も、背中の羽衣も、もうどこにもなかった。
フィーネの身体が、ゆっくりと傾いていく。
それでも、彼女の目はアルトの姿を追っていた。
守れた。
アルト君は、無事だった。
よかった。間に合った。
フィーネは、かすかに微笑んだ。
そのまま彼女の身体が、廊下の床へ崩れ落ちた。
うう、間違えて早く投稿してしまいました。申し訳ありません。
次回更新は明後日4日の12時の予定です。間違えません。
皆様に大切なお願いがございます。
読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)
執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m




