第六十三話 精霊正装、完全発動!
# 第六十三話 精霊正装、完全発動!
学年末試験が終わり、王立魔法学校では新年度へ向けた準備が進められていた。しかし、教師たちの表情は晴れない。試験に使用した安全結界の一部に不審な作動記録が残されており、アウグストを中心にセオドア、マリア、ベアトリスが調査を続けていたのだ。
「通常の防御結界には異常が見つかりません。ただ、緊急時にのみ作動する補助回路の一部が、過去の記録と一致しないのです。昨日から検証していますが、誰が何のために作動させたのか、まだ分かっていません」とベアトリス。
「原因が判明するまでは、異常のあった系統を使用停止としましょう。ほかの設備についても点検を続けます。先日の武王祭であれほど大規模な暗殺未遂事件が起きたのですから、学校でも十分な警戒が必要です」とアウグスト。
セオドアは《思考加速》を使って術式の起動順序を分析し、マリアは安全結界の状態を実際に調べていた。アルトも不視化した紙式神で調査に協力していたが、見つかったのはわずかな魔力の乱れだけで、決定的な原因は発見できなかった。
そして、その日の午後。
突然、校門付近で凄まじい爆発音が響き渡った。
爆風が校舎の窓を揺らし、続いて別棟の上空にも巨大な火球が出現する。火球は校舎へ向かって落下したが、マリアが放った水と氷の魔法によって空中で砕け散った。直後、別の方向から黒い魔力の槍が何十本も飛来し、学校の防御結界へ激突する。
「全教員に通達します! 生徒の安全確保を最優先とし、各担当区域で防御と避難誘導を開始してください。校外への緊急通報も直ちに行いなさい!」
アウグストの指示によって教師と警備担当者が一斉に動き出した。彼の《秩序律》が発動すると、指揮下の者たちの連携は一段と正確になり、混乱しかけていた避難誘導も立て直されていく。
しかし、学校の安全結界が緊急作動した瞬間、予想外の事態が発生した。いくつかの校舎で避難用の隔壁が突然閉鎖され、出口を示す魔法表示が、本来とは違う方向を指し始めたのだ。
「なるほど、外からの攻撃だけではなかったのか。安全結界そのものに何者かが手を加えたようだな。使用停止にした回路とは別の補助回路が動いている。これでは結界を力任せに破壊するわけにもいかんな」
セオドアの言葉にアウグストが頷く。閉じ込められた生徒たちを守っているのも、同じ安全結界だった。解除の順序を間違えれば、守るべき生徒を危険にさらしかねない。
◇
屋外では、ストライクが避難する生徒たちを守りながら敵魔法部隊の魔法攻撃を迎撃していた。マイルスは後方で生徒たちを誘導し、アリシアも《魔法複製》で防御魔法を展開している。敵は複数の方向から攻撃を繰り返しており、一つずつ対応していては避難が間に合わない。
「マイルス、わたくしが正面の攻撃をまとめて止めてみせます。武王祭のあとから練習していた新しい技が、ようやく完成したのです。ただし、十分な威力を出すには少し時間が必要なので、その間の援護をお願いできますか?」
「分かったよ。後ろの生徒たちはボクが責任を持って誘導するから、ストライクは攻撃に集中してくれ。ただし、校舎に近いところにはまだ人がいる。威力の調整には気をつけてほしい」
「ええ、承知しています。では、参ります!」
ストライクが剣を構えると、刀身を包む白い光が急激に強まった。《勇者》の力を剣へ集中させ、魔力を蓄積するほど威力を増す新技である。十分なタメを作れば通常攻撃の最大十倍もの破壊力を発揮し、斬撃は三十メートル先まで届く。
「《オーバーストライク》!」
剣が横薙ぎに振り抜かれた瞬間、白い光の刃が扇状に広がった。迫っていた何十本もの魔力槍が次々と切り裂かれ、巨大な衝撃波が敵の防御魔法を破壊する。広い範囲を一度に薙ぎ払う攻撃は回避も難しく、目の前の敵魔法部隊は壊滅状態となった。
「すごいよ、ストライク! 敵が壊滅状態じゃないか、やるね!」
「ありがとうございます。でも、タメのあいだが隙だらけですし、タメてるのが丸わかりです。まだ工夫が必要ですね。」
ストライクは再び剣を構え、敵の攻撃に備えた。
◇
一方、校舎内にいたアルトは、紙式神を次々と放っていた。窓から飛び出した無数の白い紙片が、鳥や虫、人型の式神となって四方へ散っていく。すでに式神の数は、アルト自身ですら正確に把握していない。今さら数えようと思う者など誰もいないほどだった。
学校の近くにいる鳥や動物、幽霊や妖怪の友達も、自分のできる範囲で情報を届けてくれる。アルトがつながる友好的な存在は、優に千を超えていた。ただし、遠くにいる魔物まで一斉に学校へ駆けつけられるわけではなく、今は紙式神を中心とした救助網を展開している。
アルトは式神から届く情報を整理すると、さらに数枚の符を取り出した。
「よし、新しい術式つかってみるか。まだ実戦で使ったことはないけど、前世でしょっちゅう使っていたから問題ないだろう。これなら敵を混乱させ攻撃もしやすくなる」
符に霊力を流すと、式神が次第に人間の姿を形作っていく。やがてアルトと瓜二つの少年が現れ、さらに二人、三人と増えていった。顔も声も服装も本物と変わらず、離れて見ただけでは簡単に区別できない。
「よし、成功だ」
**式神による多重分身。**
それぞれの分身は耐久力こそないものの、本物同様の霊力・攻撃力・速度を発揮することができる。アルトの分身としての役目を十分に行える。しかも、分身が見聞きした情報はアルトが見聞きしたのと同じとなるため、希望の夜明けのパーティーメンバーが増えたも同然なのだ。
その様子を目撃したユリウスは、思わず足を止めた。
「アルト、君の式神が大量にいることは以前から知っていたが、今度は君自身が何人にも増えているように見える。一体どういう術なんだ? しかも分身たちがそれぞれ別の方向へ動いているじゃないか」
「ああ、最近ようやく使えるようになった術なんだ。式神に俺の姿を重ねて、分身として動かしている。まだ本体ほどではないけど、役に立つと思うよ。ユリウスは各教室に残っている生徒の人数を確認しておいてくれないか。俺は式神で安全な通路を探すから、見つかったらユリウスに伝達する」
「分かった。君の式神とこちらの指揮系統を組み合わせれば、効率よく救助できるだろう。よろしく頼む」
ユリウスは《統率者》を発動し、エレオノーラやほかの生徒たちと協力して避難誘導を続けた。ラインハルトは剣と魔法で通路を守り、セラは蓄えていた術式を必要な場所へ投入する。教師も上級生も、それぞれの能力を十分に発揮していた。
しかしユリウスは、アルトの能力に改めて驚かされていた。勇者に迫る実力、中級ダンジョン中層の最年少攻略、千を超える友好的存在、無数の式神、そして多重分身。善良な人物であることは認めているが、これほどの力を持つ一学生を、王国はどう扱うべきなのだろうか。
ただ、今はその答えを考えている場合ではなかった。
◇
そのころフィーネは、ノエルとともに別棟に取り残された生徒たちを救助していた。敵が細工した安全結界によって通路が閉鎖され、教室から出られなくなった生徒たちがいる。フィーネはサクラと感覚を重ね、魔力の流れを慎重に調べていた。
「サクラ、あそこを見て。学園祭で研究したときと同じように、魔力の流れが途中で乱れているでしょう? あの部分だけを止められれば、結界そのものを壊さずに通路を開けられると思うんだ」
サクラが頷いた、そのときだった。閉鎖された通路の向こうで大きな音が響き、天井の一部が崩れ始めた。瓦礫の真下には、避難できずにいる生徒たちがいた。
「サクラ、お願い! あの子たちを助けたいの。学園祭のときに出たあの光、もう一度一緒に使ってみようよ。今度は途中でやめないで、私たちの力を全部合わせるの!」
サクラがフィーネの前へ飛び出すと、その身体が無数の光の花びらとなって弾けた。
桜色の光がフィーネの足元から渦を巻いて立ち上がり、白銀の輝きを帯びながら全身を包み込んでいく。手首には桜の紋様が刻まれた美しい籠手、肩には幾重もの花弁を重ねた装甲が現れ、胸元から腰へかけて繊細な光の鎧が形作られた。背中には長い羽衣のような光の帯が何本も広がり、無数の花びらがその周囲を舞い続けている。
精霊サクラが、自らの身体を鎧へ変えてフィーネを包み込んでいた。この世の天国かと見まがうばかりの美しい桜色の光と花びらが舞う。
**《精霊正装》、完全発動の瞬間であった。**
フィーネが床を蹴った瞬間、その身体が桜色の光を残して飛び出した。以前とは比較にならない速度で通路を駆け抜け、落下する瓦礫の下へ滑り込むと、白銀の籠手でその衝撃を受け止める。生徒たちが安全な場所へ逃れたのを確認すると、今度は弓を構えた。
弦を引くと、空中に幾重もの光の輪が現れ、精霊魔法をまとった矢が桜色の輝きを増していく。
「サクラ、あの乱れた部分だけを狙うよっ。ほかの結界まで壊しちゃったら、みんなが危なくなるからね!」
放たれた矢が光の輪を次々と通過し、閉鎖された通路の不正な術式へ命中する。桜色の光が一気に広がり、敵が仕込んだ術式だけが砕け散った。本来の安全結界は維持されたまま、閉じ込められていた生徒たちの避難経路が開かれる。
「フィーネさん、今の魔法は一体何だったんですか? あんなに速く動いて、あんなに強い魔法まで使えるなんて、まるで精霊そのものみたいでした!」
「えへへ、私も初めて成功したんだよっ。サクラが一緒に頑張ってくれたおかげなの。まだどれくらい使い続けられるか分からないけど、みんなが無事で本当によかった。さあ、ここはもう通れるから、先生たちの案内に従って避難してねっ」
嬉しそうに笑うフィーネだったが、精霊正装を維持するためには、想像以上の力が必要だった。サクラはすでにかなりの魔力を消耗しており、フィーネ自身も少しずつ疲労を感じ始めている。それでも、まだ救助を待つ生徒たちがいると聞けば、途中でやめるわけにはいかなかった。
◇
ルウとトウは、アルトを守る片手間に、別の校舎へ向かっていた強力な攻撃魔法を次々と阻止していた。ルウが巨大な魔力槍を消滅させ、トウは探索魔法で敵の位置を把握しながら、幻想魔法によって攻撃の狙いを外し、さらには結界も展開している。見える範囲ではまさに完封状態である。そこで片手間に魔力による探索範囲を広げ、そちらで見つけた敵も倒している。だが、あくまでアルトの防衛第一である。
「ルウ、東側の校舎にまた大きな攻撃が来るんだな。アルトの式神からも情報が届いているけど、あそこにはまだ避難できていない生徒がいるんだな。トウが敵から守るから、ルウは敵を倒してほしいんだな(と、一瞬で伝わる)」
「よかろう。それにしても実に面倒な連中だな。正面から戦うだけなら大したこともないが、生徒たちを巻き込むような攻撃ばかり仕掛けてくるとは。我らを倒すことより、学校全体を混乱させることを優先しているようだな(と、一瞬で伝わる)」
「そうなんだな。アルトも救助に攻撃にと忙しいし、フィーネとサクラも別の校舎で頑張っているんだな。さっきは今までにないほど大きな精霊の力を感じたから、きっと新しい魔法が成功したんだな(と、一瞬で伝わる)」
「ふむ、あの桜色の鎧か。我も直接見てみたいものだ。ただ、サクラの負担が大きくなりすぎなければよいが。(と、一瞬で伝わる)」
アルトの《和合》のおかげで全ては一瞬で伝わった。
トウが敵から生徒を守り、ルウが敵を倒す。アルトを守る片手間に。二人の連携によって、また大勢の生徒が救われる。リクも転移魔法を使って救助に参加し、ノエルは負傷者の治療を続けていた。校外へ出された連絡を受け、魔法師団、騎士団からも応援が向かっている。王立騎士学校のレオンとオリヴィア、王都の普通高校のガルドもこちらに駆けつけようとしていた。
◇
その後もアルトから情報をもらったユリウスの指揮によって避難は進み、学校の大部分では生徒たちの安全が確保され始めていた。
しかし、その最中、アルトの式神が安全結界の中心に近い区域で異常を発見した。
北側の校舎で、複数の生徒が閉じ込められている。
「アルト、北側の校舎に残っている生徒の人数がまだ確認できていない。君の式神で、あの区域をもう少し詳しく調べてもらえないだろうか。」とユリウス。
「わかった。式神を追加で送る。それと、分身の一体を北側へ向かわせた。生徒が取り残されていたら、そのまま救助活動も始める。ユリウスは引き続きそちらの避難を優先で頼む」
「分かった。助かるよ」
アルトは分身を送り出し、自分も別の通路から現場へ向かった。フィーネはまだ別棟で救助を続けており、アルトが新しい分身術を実戦で使い始めたことを十分には理解していない。緊急時の《和合の加護》では救助や敵の位置など、必要な情報を優先して伝えているため、分身の詳しい仕組みや見分け方までは共有されていなかった。
やがてアルトが現場へ到着すると、そこには複雑に重なった安全結界と、閉じ込められた生徒たちがいた。外から強引に結界を破壊すれば、内部の生徒たちまで危険にさらしかねない。
「厄介だな。結界そのものは学校の設備だから、守るための機能まで壊すわけにはいかない。まずは術式の流れを確認して、敵が細工した部分だけを見つける必要がありそうだ」
アルトは式神を次々と送り込み、結界の構造を調べ始めた。
そのころ、別の場所では敵の指揮官が、校舎内の魔力の流れを確認していた。自分たちからの攻撃はまだ続いているが、学校の防衛体制は思った以上に強固で、生徒たちの避難もかなり進んでいる。そう時間もかからず鎮圧されそうである。
にもかかわらず、指揮官は慌てる様子を見せなかった。
学校を守るために作られた安全結界。実は、その内部にはまだ起動していない隠蔽された術式がいくつか残されていた。
そして、その術式へ静かに魔力が流れ込み始めていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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