第六十二話 死んじゃダメなんだな
# 第六十二話 死んじゃダメなんだな
学園祭の賑わいが過ぎ去り、王立魔法学校では学年末試験の準備が始まっていた。アルトは相変わらず朝の鍛錬を一日も欠かさず、授業が終われば霊術の研究に取り組んでいる。安倍晴明だった頃の知識を取り戻してからというもの、以前は理解できなかった術式も次々と使いこなせるようになり、自分でも驚くほどの勢いで成長を続けていた。
しかし、そんなアルトにも苦手なことがあった。正確には苦手というより、あまり興味が持てない科目である。王国史や法制度、行政に関する授業はきちんと受けているものの、魔術理論や実技ほど熱心に復習していなかったのだ。
「アルト様、今日も霊術の研究ですかぁ? それもいいですけど、学年末試験の準備は大丈夫なんですか? 王国史や法律なんかは、いくら晴明様だった頃の知識があっても、この国のことを覚えなければどうしようもありませんよぉ」
「まあ、そうなんだけどな。魔術理論や実技の勉強は面白いから、ついつい時間を使ってしまうんだ。王国史だって嫌いなわけじゃないけど、細かい制度や法律を覚えるのは少し面倒なんだよ。試験前にまとめて復習すれば何とかなると思うんだがな」
「アルト君っ、私もアリシア先輩の言うとおりだと思うよ。精霊魔法の練習は楽しいけど、私だって試験が終わるまでは勉強する時間をちゃんと取ってるんだから。一緒に勉強しようよっ」
「二人にそこまで言われたら仕方ないな。分かったよ。今日は王国史の復習をすることにしよう。もっとも、晴明だった頃にはこんなに学校の勉強で苦労した記憶はないんだけどな」
「それは昔の日本の話でしょう? この国の法律まで晴明様が知っていたら、そっちの方が驚きですよぉ」
アリシアの正論に、アルトは苦笑するしかなかった。
◇
試験前の週末、《希望の夜明け》の七人はいつものように中級ダンジョンへ向かった。王立騎士学校のレオンと王都の普通高校に通うガルドも合流し、クラリスが準備してくれた攻略計画を確認してから出発する。夏休みに中層を最年少で攻略して以来、七人は定期的に探索を続けており、アルトの友達も凄い勢いで増えていた。
上層ではほとんどの魔物が仲間に加わり、中層の強い魔物たちも既に大半が仲間に加わるため、一緒に付いてくる見た目の規模は500~600程度ではあるものの、同行しないが露払いをしてくれるもの、次々と仲間に引き入れてくれる者などを含めると、最終的には動物や魔物、幽霊、妖怪、式神を合わせて1000を超える規模の連携網に成長していた。すでに中層までに敵はいない。刃向かうそぶりをする者もいない。
深層にはいってからも、中層の魔物中心に深層の魔物を仲間に引き入れ、敵対する魔物はあらかじめどこに何匹いるか、迂回できるか等が全て丸裸状態。罠や落とし穴も全て発見済み。希望の夜明けのメンバーはすることがない。
魔物が危険な通路を教えてくれ、壁の向こうを移動できる幽霊が様子を伝えてくれる。アルトは敵対する魔物の能力や弱点を確認しながら情報を整理し、《和合の加護》を通して仲間たちへ伝える。以前は敵だった魔物たちが、次々と自分から協力してくれる大切な友達になっていく。たまに戦闘になることがあっても多勢に無勢。あっという間に決着が付いてしまい、希望の夜明けは本当にすることがない。それでいてしっかり鍛錬値・経験値は入ってくる。
「まったく、アルトよ。そなたダンジョンアタックをどこまで変えてしまうつもりなのだ?我ら希望の夜明けは、ダンジョンにはいってからというもの、ろくに戦闘すらさせてもらえないではないか。そのくせ鍛錬値・経験値はしっかり入ってくる。というか、ものすごい勢いで経験値が入ってくるぞ。我らの見えないところで仲間がどんどん敵対する魔物を倒しておるのだろう。今では魔物に幽霊、妖怪まで含めて見える範囲に敵がおらん。まさか最下層まで一度も戦闘しないのではなかろうな?」
「無理に集めているわけじゃないんだけどな。どんどん仲間になる者が増えている。俺にも何時止まるのか分からん。今では最下層まで本当に戦闘なしと言うこともありうると思っている。」
「はあ。呆れてものも言えんわ。経験値はどんどん入ってくるが、我らは肝心の実戦経験が全く詰めないではないか。これはこれで困ったことになってきたぞ?」
「戦って倒してもどうせリポップするのだから、ある程度は戦闘があった方が嬉しいんだな。うん」
「今日ひょっとして戦闘なし?仲間になってくれた魔物達に全ての敵を倒すのやめて私たちにも残しておくように言ってくれないかなっ。あ、ねえねえ、あっちに綺麗な泉があったからそこで食事にしない?ダンジョンのなかなのにすっごく綺麗なんだよっ?」
「フィーネさん、すっかりピクニック気分ですね。でも仕方ありませんよね。私でさえ今日何しに来たのか忘れかけていたところです」とリク。
探索というかダンジョン行列は順調に進み、ようやく仲間も敵を少し残しておいてくれるようになり、ちらほらと敵に遭遇できるようにしてくれた。
遭遇した敵対的な魔物には、レオンとガルドが攻撃を受け止め、フィーネの精霊魔法とアルトの符術で動きを封じて戦闘不能にした。ルウは魔法で一応退路を確保し、トウは探索と幻想魔法で周囲を一応警戒する。ノエルも負傷者の状態を一応確認していたが、幸いというか当然というか今回も大きな怪我もなく、予定していた階層までの探索というかダンジョン行列を終えることができた。
ダンジョンから帰還したあと、冒険者ギルドではクラリスがパーティーの持ち帰った山ほどの素材を確認し、あっという間に選別し、どこへ売るかやいくらになるかを計算していた。その様子を眺めながら、レオンとガルドが話している。
「アルト殿の仲間は本当に増えましたな。もはやダンジョンアタックとは言えませんな。周り全てが味方。あまりに暇なので、時々仲間が気を利かして敵をわざと倒さず、我々の前に差し出してくれるようになる始末。こんなダンジョンアタックのようなものをしているパーティーは、王国中を探してもなかなか見つからないでありましょう」
「そうじゃのう。わしももう魔物と一緒にダンジョンを歩き回るのも、魔物に道を教えてもらうのも、普通になってしもうた。もうわしらの知らんところで勝手に敵を倒し、勝手に経験値が入ってくる。これでは体がなまってしまってたまらんと思ったら、わざわざわしらのために少し敵を残しておいてくれるようになった。これは一体何なんじゃ?ダンジョンアタックと呼んでよいのかのう?わしの中の常識が音を立てて崩れていきおるわい」
「アルト殿と一緒にダンジョンを回ると常識が壊れてしまいますな。逆にどうやって気を引き締めていくか、という不思議な悩みが登場する始末」
「まったくじゃ。これは贅沢な悩みなのかも知れんがのう。本来安全に深層に潜れるなどよいこと以外の何ものでもないんじゃがのう。問題は暇すぎるのじゃ。実戦経験が積めないのじゃ。おこぼれをもらってでも実戦経験を確保することは必要じゃ」
と、そこへクラリスがやって来て、ガルドに素材の運搬を手伝ってほしいと頼んだ。普段は豪快に笑っているガルドが妙に緊張しながら引き受けると、レオンは事情を察したように微笑んだ。
翌日、校外の訓練場ではオリヴィアが《希望の夜明け》の練習を見学し、レオンと剣を交えていた。以前から何度も練習に参加している彼女だが、武王祭で王国騎士団副団長エレナの剣術を目撃して以来、鍛錬にいっそう熱が入っている。
「オリヴィア殿、武王祭以来、気合いが入っておられますな。どうかなされたのでありますか?」
「武王祭でエレナ副団長の剣術を見て、私はまだまだ未熟だと思い知らされた。あの方の剣には無駄がなく、速さも間合いの取り方も、相手の攻撃への対応も今の私では到底及ばない。遠距離攻撃や魔法の重要性は理解しているが、今からあれこれ手を広げれば、剣も魔法も中途半端になってしまう。まずは神から授かった《剣聖》の力を徹底的に磨き、剣術でこの国一番の存在になりたいのだ」
「素晴らしい目標であります。自分もオリヴィア殿と一緒に鍛錬できることを誇りに思います。いつかエレナ副団長に挑戦できるほどの腕前を身につけたいですな」
二人は再び木剣を構えた。オリヴィアの剣は鋭く、レオンも以前よりもオリヴィアの攻撃に耐えて見せ、粘り強く対応している。アルトはその動きを眺めながら、自分もまだまだだなと感じていた。
◇
やがて学年末試験が始まった。筆記試験では魔術理論や王国史、法制度などが出題され、実技試験では魔力制御、術式の構築、模擬戦闘、状況判断などが評価される。アルトは実技で得意の符術や結界術、式神術を使いこなし、晴明だった頃の知識も生かして優秀な成績を収めた。
夏休みの中級ダンジョン攻略直後には百八十六だったレベルも、もうすぐ年度末の今では二百五十に届こうとしている。まさに短期間でのめざましい成長ぶりである。しかし、それを知っているのはアルト自身だけであり、表沙汰にするわけにはいかない。学校の試験はあくまでも技術試験やその判断力によって評価される。
実技試験の結果は、一位ストライク、二位アルト、三位マイルス、四位ルウ、五位トウだった。ルウとトウは本来の実力を抑えているが、それでも十分に高い評価を受けている。アルトも勇者ストライクに次ぐ成績を素直に喜んだが、数日後に発表された総合順位を見て、その笑顔が固まった。
総合一位マイルス、二位ストライク、三位トウ、四位ルウ、五位フィーネ。そして同率五位にアルトの名前があった。ノエルは九位である。
「…はあ。俺、実技では二位だったよな。学力試験の十位がひびいたな。おかげで総合ではフィーネと同点の5位か。いや、フィーネが優秀なのはよく分かっているけど、さすがにもう少し上だと思っていたんだがな」
「アルト君っ、魔術理論や実技は凄かったけど、王国史や法律の勉強はあまりしてなかったでしょう? だから私も一緒に勉強しようって誘ったのに、途中で新しい術の研究を始めちゃったじゃない。今回はその差が出ちゃったんじゃないかなっ」
「なるほどなあ。確かに興味のある科目ばかり勉強していたな。この世界の制度や歴史は、きちんと勉強しなければ身につかないよな」
「アルト、入学時は二十四位だったろ?それが今では総合五位だよ?十分凄いと思うけどね。それに実技では二位じゃないか。魔力なしギフトなしで選抜試験で不利な成績だったのを考えれば、今のアルトは実力も認められ堂々の五位。ほんとに凄いことだよ。これはアルトにしかできないことだと思うよ」
「わたくしもそう思います。アルト君は凄い人です。選抜試験で魔力測定に苦しんでいた人が今では五位ですか。本当に素晴らしいと思います。」
「いや、五位は五位だよ。今回は完全に俺の勉強不足だ。来年度は興味のない科目でも手を抜かずに勉強するよ。今度は興味がないとか言って手を抜かない」
「あら~それなら来年度は私が晴明様のお勉強を見てあげますよぉ。毎日放課後に一緒に勉強すれば、きっと学年一位も狙えますからね~!」
2年生のくせにしょっちゅうこの教室に入り浸り、また当然のようにアルトの隣にいるアリシアの提案に、アルトは苦笑した。マイルスも静かに笑いをこらえ、フィーネも半ばあきらめたように顔だけ笑っている。
◇
その夜、フィーネは学生寮で精霊魔法の練習を続けていた。学園祭で初めて現れた桜色の光を再現しようと、サクラと何度も呼吸を合わせている。やがて淡い花びらが足元から舞い上がり、腕に沿って白銀の輝きを帯びた籠手を形作った。肩にも花弁を重ねたような装甲が現れ、背中には光の羽衣が広がりかける。しかし、全身を包む前に光は砕け散り、疲れたサクラがフィーネの肩へ戻ってきた。
フィーネはサクラを休ませ、研究ノートに結果を書き込んでいた。そこへトウがやって来る。
「フィーネ、練習のあとも精霊魔法の勉強をしているんだな。学年末試験も終わったし、今日はゆっくり休んでもいいと思うんだな。どうしてそんなに頑張るんだな?」
「あ、トウちゃん。うん、もう少しだけ調べておこうと思って。学園祭で初めて出せたあの桜色の光、もっと上手に使えるようになったら、きっとアルト君の役に立てると思うの」
「トウでいいんだな。トウちゃんと呼ばれると、フィーネのお父さんになったような気分なんだな。でも、そんなに頑張るのは、やっぱりアルトのためなんだな?」
「ふふっ、そうだよ。だってアルト君、最近の成長が本当に凄いでしょう? 毎日欠かさず鍛錬しているし、晴明だった頃の知識もあるから、どんどん強くなっていくんだもん。このままじゃ私なんか、あっという間に置いていかれちゃいそうで。私、これからもアルト君のそばにいて、アルト君の役に立ちたいんだ」
「殊勝な心がけなんだな。でもフィーネだって、精霊魔法がずいぶん上手になっているんだな。アルトもフィーネから教えてもらえることが増えて喜んでいたし、そんなに心配する必要はないと思うんだな」
「ありがとう。でもね、私もいつかアルト君を守れるくらい強くなりたいんだ。アルト君には今まで何度も助けてもらったから、今度は私が助けてあげたいの。私、アルト君のためならなんだってするよ。そのせいで死んじゃっても構わない」
「いやいや、死んじゃダメなんだな。アルトはフィーネがいなくなったら、きっとものすごく悲しむんだな。だから誰かを守るときは、自分もちゃんと守るんだな。うん」
「ふふっ、うん、そうだよねっ。ただの例えだよっ。ほんとに死ぬわけじゃないよ?でも、それくらい、アルト君には感謝してるし、なんでもしてあげたいの。……ねえ、トウ。トウって普通の精霊とは違う、もっと凄い存在なんでしょう? 私にも何となく分かるんだ。アルト君とトウの間には、私には絶対に入れないような特別なつながりがあるって」
「そう感じるんだな。でも、フィーネが気にすることはないんだな。トウとアルトはもう一心同体なんだな。アルトが嬉しければトウも嬉しいし、悲しければトウも悲しい。だからアルトがフィーネを大切に思うなら、トウもフィーネを大切に思うんだな」
「……トウには敵わないや。でも、ありがとう。トウが応援してくれるなら、私ももっと頑張れそうな気がするよっ」
フィーネが部屋へ戻ったあと、トウはルウと顔を合わせた。
「ルウ、フィーネは本当に頑張り屋さんなんだな。もう次の目標へ向かって練習していたし、あの桜色の鎧もきっと近いうちに使えるようになると思うんだな。でも、アルトのためなら何でもするって言っていたから、トウは少し心配なんだな」
「ふむ。我もあの娘の成長は楽しみだが、少し頑張りすぎるところがあるな。アルトがフィーネと一緒にいるとき、ずいぶん楽しそうにしているのも分かる。あの娘にはこれからも笑っていてもらいたいものだ。まあ、我らもできる限り見守ってやろうではないか」
「うん、それがいいんだな。アルトが大切に思っている人は、トウにとっても大切なんだな」
二人はしばらく穏やかに話し、それぞれの部屋へ戻っていった。
◇
その頃、王立魔法学校では学年末試験に使用した安全結界の点検が行われていた。記録を確認していたベアトリスが、通常とは異なる時刻に一部の術式が作動していたことを発見する。報告を受けたアウグストは、セオドアやマリアとともに調査を始め、念のため異常の疑われる設備の使用を制限した。
「通常の防御機能には問題がなさそうですね。しかし、緊急時に使用する術式の一部で、記録と実際の状態に食い違いがあります。単なる記録の誤りという可能性もありますが、安全に関わる以上、原因が分かるまでは慎重に扱うべきでしょう」
アウグストの言葉に教師たちは頷き、ユリウスやエレオノーラも生徒たちの安全確認に協力した。アルトの式神やトウの探索魔法からも、通常とは少し異なる魔力の流れが報告されている。しかし、調査を進めても原因はすぐには判明しなかった。
学年末試験を終えた生徒たちは、春休みや来年度の予定について楽しそうに話している。
その一方で、学校を守るために作られた安全結界には、誰も起動させていないはずの術式の記録が、確かに残されていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
皆様に大切なお願いがございます。
読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)
執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m




