第六十一話 今日が何時までも続いてくれたらいいのに
# 第六十一話 今日が何時までも続いてくれたらいいのに
武王祭から数日が過ぎ、王立魔法学校にもいつもの日常が戻ってきた。大会最終日に発生した爆破テロ暗殺未遂事件については、王国騎士団と宮廷魔法師団が引き続き調査を進めているが、アルトたちは授業と放課後の鍛錬を再開し、さらに間近に迫った学園祭の準備に追われていた。
その日の放課後、アルト、ストライク、マイルスは訓練場で武王祭の決勝戦を振り返っていた。アルトはゼノンがフィオナの攻撃をあえて受けながら踏み込んだ場面を何度も思い返し、木剣を使ってその動きを試している。
「わたくしは、神様から《勇者》というこの世でたった一つのギフトを授かりました。勇者に選ばれたことは本当にありがたく神に感謝しています。だからこそ、わたくしはこの力を十分に使いこなし、来る魔王との戦いに勝利できるよう、もっと鍛錬しなければならないと思っています。…あ、アルト君はギフトなしでも十分強いですから例外ですよ?気を悪くしないでください。とにかく、わたくしは武王祭で戦っていた方々のように、長年の経験に裏づけられた技術を身につけたいと思います」
「ああ、もっと鍛錬しなくては、というところは完全に同意だ。その後の俺が例外という部分は余計だがな。それにしても、ゼノンさんたちは本当に凄かった。フィオナさんの魔法をあえて受けながら踏み込んだ最後の攻撃なんて、きっと自分のHPがぎりぎり残るところまで計算していたんだ。俺もあんな判断ができるようになりたいな」
「ボクも二人を見習わないといけないね。神様から授かった力はもちろん大切なものだけど、それをどう生かすかは本人の努力も重要なんだろうね。アルトを見ているとそう思うよ。ボクも王族としてもっと多くのことを学び、国民のため人族のため役に立てる人間になりたいね」
「ええ。わたくしも勇者として、いつか魔王と戦うときにただ勝利するだけでなく、人々を守れるだけの力を身につけておきたいと思います。そのためにも、今できることを一つずつ積み重ねていくつもりです」
「ふーん。二人とも偉いな。なかなか自分のことしか考えられない連中が多いなか、もう魔王との戦いや国全体人族全体のことまで考えてるんだな。大したものだ。」
「アルト君もいざというときは助けてくださいね。ギフトなしなのに世間から私と同等以上の存在だと思われてる時点でアルト君も相当なものですよ?自覚はありませんか?」
「まあ、ギフトがないのは今でも残念だが、反面気楽でもある。のびのび気楽でいられるな。」
「ふふ、アルトらしいね。でも今まで皆の危機を一番助けてくれてるのもアルトなんだよ?」
「そうですね。野外大演習のときも、先日の武王祭のときもアルト君には助けられましたね。本当に感謝しています。」
「そりゃお互い様だろ。俺だって二人には助けられてるんだ。友達ってそういうもんだろ?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。アルトが困ってることがあればなんでもいってくれ。第一王子の権限を悪用ゲフンゲフン、最大限活用してアルトを助けてみせるからね。」
「わたくしもアルト君が困っているときに駆けつけると約束いたしましょう。いつでも声をかけてください」
「二人ともありがとうな。まあ、話ばかりもなんだし、ストライク、いっちょ勝負するか?」
「望むところです」
話し終えると、ストライクはアルトの申し出を受け入れた。
アルトがゼノンの踏み込みを参考に攻撃を仕掛けると、ストライクは落ち着いて受け流し、逆に素早い反撃を加えてくる。アルトも結界を張って対応したが、距離を詰めるタイミングが少し遅れ、ストライクの木剣が肩先へ届いた。
「やっぱり、見ただけじゃ簡単にはできないな。明日の朝も練習してみるか」
「アルト君は本当に熱心ですね。そのひたむきさには感心させられます。」
幼い頃から一日も欠かさず鍛錬を続けてきたアルトにとって、新しい課題が見つかることは、むしろ楽しみの一つだった。
◇
数日後、学園祭を目前に控えた研究室では、アルト、フィーネ、ルウが最後の実演準備を進めていた。今回の発表は、魔術、精霊魔法、霊術という異なる魔法を、互いに干渉させずに組み合わせる研究の発表である。以前から何度も実験を重ねてきたものだが、今回は来場者にも分かりやすいよう、空中に光の輪を作る実演を用意していた。
「アルト君っ、ここは最初に霊術を発動させるより、ルウの魔法を先に安定させてから精霊さんたちに協力してもらった方がいいんじゃないかなっ。昨日の実験でも、順番を変えたときの方が魔力の流れが綺麗だったと思うのっ」
「ああ、確かにそうだったな。じゃあ、俺は符で土台を準備しておくから、ルウの魔法が安定してからフィーネの精霊魔法を重ねるか。フィーネの考えた順序で試してみよう」
「ふむ。我も異論はないぞ。フィーネの精霊魔法は以前よりずいぶん精度が上がっているし、今では魔力の流れを読むことについては我らにも教えられることがありそうだな」
「えへへ、ありがとう。最初はアルト君に教えてもらうばかりだったけど、最近は私も役に立てている気がするんだ。学園祭では、ちゃんと自分の言葉で説明できるように頑張るねっ」
フィーネがサクラへ呼びかけると、周囲の魔力が穏やかに整い、三人の魔法が綺麗に重なった。その瞬間、フィーネの手首の周囲に桜色の光が現れ、小さな花びらとなって舞い上がる。花びらは腕に沿って螺旋を描き、なおも全身に広がりを見せたが、フィーネが驚いた途端、淡い光となって消えてしまった。
「今の、何だったんだろう? サクラもびっくりしてるみたい。こんなこと、今まで一度もなかったのに」
「サクラとフィーネの魔力が、いつもより深くつながったのかもしれないな。まあ、今は学園祭の準備を優先しよう。終わったら、あの光についても一度しっかり調べてみよう」
フィーネは嬉しそうに頷いた。サクラも機嫌よく飛び回っていたが、少し疲れた様子だったので、しばらく顕現を解いて休んでもらうことにした。
◇
学園祭当日。王立魔法学校は朝から多くの来場者で賑わい、教室や広場では研究発表、魔法の実演、体験企画などが行われていた。アルトたちの所属する研究室にも大勢の見学者が訪れ、ストライクやマイルス、アリシアのほか、教師のセオドア、マリア、ベアトリス、上級生のラインハルトやセラも顔をそろえていた。
王立騎士学校からはレオンとオリヴィア、王都の普通高校からはガルドも見学に来ている。レオンとガルドは、それぞれの学校でも学園祭の話題が出ていたことを伝え、フィーネの発表を楽しみにしていると声をかけた。
「それでは、異なる魔法を組み合わせる研究について発表します。今日は、魔法を同時に使った場合と、発動する順序を調整した場合の違いを見ていただこうと思います」
発表の中心はフィーネだった。最初の同時発動の実演では、アルトの符術、ルウの通常魔法、フィーネの精霊魔法を同時に発動させる。保護結界の内側に三色の光が現れたものの、互いの魔力が干渉し、光の輪は不規則に揺れながら消えてしまった。
続く順序を調整した実演では、アルトが符で土台を整え、ルウが通常魔法によって安定した魔力の膜を作る。そこへフィーネがサクラとともに精霊魔法を重ねると、先ほどまで乱れていた光は滑らかな円を描き、幾重にも重なって空中に浮かび上がった。
その瞬間、フィーネとサクラの周囲に淡い桜色の光が広がった。
無数の花びらがフィーネの足元から舞い上がり、腕から肩へと螺旋状に駆け上がる。花びらは次第に白銀の輝きを帯び、手首には細かな桜の紋様が刻まれた光の籠手が、肩には薄い花弁を幾重にも重ねたような半透明の装甲が現れた。弓にも桜色の光が走り、背後では羽衣のような光の帯がふわりと広がる。それは、まるで精霊がフィーネを守る鎧になろうとしているかのようだった。
会場から驚きの声が上がる。
「フィーネ、凄いじゃないか! 今の光、昨日よりずっとはっきりしていたぞ。まるで精霊の鎧みたいだったな」
「私もびっくりしたよっ。サクラと一緒に魔法を使っただけなのに、急に身体が軽くなったの。残念だけど、まだどうしてこんなことが起こるのか、よく分からないわねっ」
光の装甲は数秒で花びらへ戻り、ゆっくりと消えていった。サクラも疲れた様子でフィーネの肩に寄り添っている。完全な鎧にはならなかったものの、フィーネには新しい精霊魔法への確かな手応えが残っていた。見ていた皆はあまりの綺麗な光景に言葉を発することも忘れ、ただ見入っていた。
その後の質疑応答では、アリシアが真っ先に手を挙げた。
「フィーネちゃん、少し質問してもいいですかぁ。アルト君の霊術は普通の魔術師には使えないものも多いですよね。それなら、この研究はアルト君たちにしか使えない技術になってしまわないでしょうか?」
「確かに、アルト君と同じ霊術を誰でも使えるわけではありません。でも、私たちが研究しているのは、それぞれの魔法を邪魔しないように組み合わせる方法なんです。魔法を発動する順番や、仲間の動きを見てタイミングを合わせることなら、普通の魔術師さんにも応用できるんじゃないかなっ」
「なるほどぉ。つまり、特別な魔法を覚えるんじゃなくて、自分が使える魔法を順序を考えて組み合わせて見よう、ということですね~」
「はいっ。私も最初アルト君のおかげかなと思ったんですけど、比較実験としてマリア先生に手伝ってもらったことがあるんです。先生にはなるべく一般的でよく見る魔法、ファイアとかウォーターを出してもらいました。それでも今回と同じような反応が見られたんですっ。今回の発表では、時間がないのでそちらについては省かせてもらいましたが、大切なのは魔法の出す順序みたいです。それが分かった気がします」
「ふむふむ。実に興味深いですねぇ。ありがとうございますぅ」
アリシアは実際にルウが使った通常魔法の一部を《魔法複製》で再現し、フィーネが発動のタイミングを調整すると、先ほどより小さいながらも安定した光の輪が完成した。特別な霊術や精霊魔法が使えなくても、連携の考え方は応用できることが示されたのだ。
続いてエレオノーラが、術者の能力差によって再現性が変わるのではないかと質問した。フィーネは、誰もが同じ結果を出せるわけではなく、使用する魔法や魔力制御の技量に応じた調整が必要だと答えた。
「分かりました。まだ研究途中ということですね。ただ、適用できる条件を明確にすれば、学校や魔法部隊での集団訓練にも役立つかもしれません。とても興味深い研究だと思います」
その回答を聞いたセオドアも満足そうに頷き、マリアは安全対策まで含めてよく準備できていたと褒めた。見学していたアウグストやユリウスも、研究の成果自体は素直に評価している。
最後に大きな拍手が送られると、フィーネは少し照れながらも、嬉しそうに頭を下げた。
「フィーネ、今日は本当に凄かったな。俺が説明するよりずっと分かりやすかったし、質問にも自分で考えて答えていた。今では俺の方が教えてもらうことも増えてきたし、これからも一緒に研究するのが楽しみだよ」
「えへへ、ありがとう、アルト君っ。そんなふうに言ってもらえると、今まで頑張ってきてよかったなって思えるよ。私、もっともっと精霊魔法を勉強して、アルト君の役に立てるようになりたいなっ」
「俺の役に?そうか、ありがとうな」
「礼なんかいらないよっ。だってアルト君はずっとずっと私を助けてくれてるもん」
「フィーネ」
「なあに?アルト君っ」
「何でもないよ」
そう言ってフィーネの頭をなでてやるアルト。「えへへ」とはにかみながら喜ぶフィーネであった。
◇
発表を終えたあと、フィーネはルウと二人で少し休憩していた。しばらく他愛もない話をしていたが、フィーネは以前から伝えたかったことを思い出した。
「ルウ、前から一度ちゃんと言いたかったんだけど、少しいいかな。ルウって、ずっとアルト君を守ってくれているでしょう? 私がアルト君と出会うより、もっと前から」
「む? いきなり何を言い出すのだ。我は別に、特別なことなどしておらんぞ」
「ふふっ、そういうことにしておくね。でも、ありがとう。私もアルト君が大切だから、いつもそばで守ってくれているルウには、本当に感謝しているの」
「……まったく、フィーネは妙なことを言う奴だな。我に礼など言わなくてもよい。それより、そなたもアルトのことが好きなのであろう?」
「うん、好きだよ。ルウもそうでしょう? でも、だからって喧嘩したくないし、アルト君を大切に思う人がたくさんいるのは嬉しいことだと思うんだ。もちろん、私も簡単に諦めるつもりはないけどねっ」
「ふふふ。どこまでも正直な奴だな。おもしろい、そなたの好きにするがよい。我はアルトが楽しそうに笑っていれば、それで十分だ」
「ルウと喋ってると調子狂っちゃう。全然恋のライバルって気がしないよぉ」
フィーネは嬉しそうに笑い、ルウもつられて微笑んだ。その様子を少し離れたところで眺めていたトウが、フィーネがアルトを探しに行ったあと、ルウへ話しかけた。
「ルウもフィーネと仲良くなったものだな。二人ともアルトのことを大切に思っているんだから、仲良くしてくれたらトウも嬉しいんだな」
「我は最初からフィーネと喧嘩するつもりなどないぞ。あの娘は正直者だからな。あれほど堂々と好意を口にされると、我でも悪い気はしないし、応援してやりたくなるな」
「ふふ、ルウもたまには素直になった方がいいと思うんだな。アルトはきっと喜ぶんだな。それにしても、フィーネとサクラは今までと違う力を出していたんだな。きっとこれからもっと強くなるんだな」
「ふむ。我もそう思うぞ。精霊が鎧のようにまとわりつくとは、なかなか面白いな。ただ、あの娘は少し頑張りすぎるところがあるな。トウも時々様子を見てやるとよい」
「分かってるんだな。フィーネはアルトの大切な仲間だから、トウも大切にするんだな。もちろん、ルウのことも大切にしてるんだな」
「……まったく、そなたまでそんなことを言うのか。まあ、悪い気はせんな。はっはっは」
◇
夕方、研究発表の担当を終えたアルトとフィーネは、約束どおり二人で学園祭を回っていた。魔法で色が変わる飲み物を試したり、思いがけず飛び跳ねる菓子に驚いたり、上級生たちの研究発表を眺めたりしているうちに、いつの間にか日が傾き始めていた。
途中でアリシアが二人を見つけたが、何かを察したように笑顔で手を振り、そのまま見送ってくれた。普段はアルトの近くにいることが多いアリシアも、今日くらいはフィーネに譲ろうと思ったらしい。
「アルト君、今日は本当に楽しかったねっ。研究発表も上手くいったし、いろんな人に話を聞いてもらえて嬉しかった。でもね、こうしてアルト君と二人で歩いている時間も、同じくらい嬉しいんだ」
「俺も楽しかったよ。フィーネが自分で考えて説明しているのを見て、本当に凄いと思った。以前は俺が教えることも多かったけど、今ではフィーネから教わることも増えてきたな。フィーネには精霊魔法と魔力の流れ・力の流れを細かく見る力があるな。大したものだ。本当にフィーネには感心させられるよ。それに、ただこうして一緒に回るのもいいな」
「ふふっ、それならよかった。また今度、二人でどこかへ遊びに行こうねっ。今度は研究も訓練もなしで、一日ゆっくり過ごしてみたいな」
「ああ、ぜひ行こう。たまにはそういう日があってもいいな。ただし、朝の鍛錬だけは欠かさないけどな」
「分かってるよっ。アルト君のせいで私まで毎日やらないと気持ち悪くなっちゃったんだからねっ。責任取ってね!」
「おいおい、まいったな」
二人は顔を見合わせて笑った。フィーネは今日、研究者として多くの人から認められ、アルトからも心から褒めてもらえた。けれど、それ以上に嬉しかったのは、こうして何の用事もなく、ただアルトの隣を歩いていられることだった。
アルトもまた、フィーネと過ごす時間が以前よりずっと大切なものになっていることを感じていた。しかし、その気持ちが何なのかを、まだはっきりと言葉にはできずにいる。
夕暮れの校庭に、学園祭の最後を告げる鐘が鳴り響いた。
フィーネはアルトの隣で嬉しそうに微笑み、今日が何時までも続いてくれたらいいのにと思っていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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