第六十話 化け物揃いじゃないか
# 第六十話 化け物揃いじゃないか
武王祭七日目。四日間の予選から始まった大会も、いよいよ最終日を迎えた。午前中に準々決勝四試合、午後から準決勝二試合、そして夕方には決勝戦が行われる。アルトたちは今日も早くから会場に集まり、誰が優勝するのか楽しそうに予想していた。
「アルト君、とうとう最終日ですね。わたくしは先生から出場を止められたとき、正直なところ残念でしたが、今では観戦に切り替えて本当によかったと思っています。これほど強い選手たちの戦いを見られる機会は、そうそうありませんからね」
「ああ、俺もだ。自分には、まだまだ足りないものがたくさんあるって分かったし、今度の訓練で試してみたいことも増えた。でも、いつかは俺たちもあの舞台に立ってみたいな」
午前中の準々決勝では、ゼノンが《危機予知》を持つノーラの回避方向を見極めて勝利し、バルドはライナーの槍の間合いを突破して勝ち上がった。フィオナはミレイアの精密な魔力制御を時間差攻撃で崩し、セレスティアもテッサの瞬間詠唱を風魔法で封じ込める。午後の準決勝では、ゼノンがバルドの強烈な剣撃をしのいで勝利し、フィオナもセレスティアを破った。
こうして決勝戦の組み合わせが決定した。
『いよいよ武王祭も残すところ最後の一試合となりました。決勝戦の対戦は 《超反応》のゼノン・ハーカー選手対《魔法貯蔵》のフィオナ・クレスト選手です!』
開始の鐘と同時に、フィオナが複数の魔力弾を放った。ゼノンはそれらを最小限の動きでかわしながら距離を詰め、反撃を防護障壁へ命中させる。フィオナのHPは八十八%、七十二%と減少していくが、本人に焦りは見られなかった。
「ゼノンさん、やっぱり速いねっ。でも、フィオナさんも何か考えているような」
「うん。さっきから魔法を撃つ方向が少しずつ変わっている。ゼノンさんが避ける場所を確かめているのかもしれないな」
アルトの予想は当たっていた。フィオナは左右から魔法を放つだけでなく、ゼノンが移動した先へ時間差で別の魔法を発動させ始めた。右へ避ければ左から、後退すれば背後から攻撃が迫る。ゼノンは反応できても身体を動かせる場所がなく、防護障壁のHPは七十七%、五十六%、さらに二十八%まで減少していった。
「トウの言ったとおりになってきたんだな。見えているのに、避ける場所がなくなっているんだな」
「ふむ。フィオナもなかなかやるではないか。これは我が賭けた方が優勝するかもしれんな」
「まだ分かりませんよ、ルウ。ゼノンさんも何か隠しているようですし、勝負はまだこれからです。」
リクの言葉どおり、ゼノンも反撃を諦めてはいなかった。何度か攻撃を命中させ、フィオナのHPを三十六%まで減少させる。しかし、次々と発動する魔法に追い詰められ、ゼノンのHPはとうとう二十%となった。
フィオナは勝負を決めるため、四方から魔法を発動させた。ゼノンの目にはすべての攻撃がはっきりと映っていたが、どちらへ逃げても魔法が待ち構えている。
そのとき、ゼノンが動いた。最も遅く魔法が発動する方向へ、あえて攻撃を受けながら踏み込んだのだ。防護障壁のHPは十一%まで減少したが、ゼノンは足を止めず、フィオナが次の魔法を放つより早く懐へ入り込んだ。
渾身の一撃が防護障壁へ直撃する。
フィオナのHPは三十六%から、一気に九%へ。
『HP残量、規定値以下! 勝者、ゼノン・ハーカー選手! 武王祭優勝は、ゼノン・ハーカー選手に決定しました!』
観客たちが一斉に立ち上がり、競技場が歓声に包まれた、その瞬間だった。
ドオオオオオオオォォォォン!!
凄まじい爆発音とともに、競技場の外周通路が吹き飛んだ。爆風が観客席の一角を襲い、石片が雨のように降り注ぐ。直後、別の通路でも床が崩れ落ち、避難しようとした観客たちが悲鳴を上げた。
「全魔法師団員、防御結界を展開! 爆発の拡大を阻止せよ! 第二陣は負傷者の保護を優先するのだ!」
レグルスの命令と同時に、魔法師団員たちが次々と結界を展開する。エレナも騎士団へ避難誘導を命じ、あらかじめ増強していた警備隊が迅速に動き始めた。
しかし、異常はそれだけではなかった。避難路を示す案内板が突然書き換わり、安全なはずの通路へ観客が集中し始めたのだ。さらに、魔法師団員の防御結界へ別方向から強力な魔法が撃ち込まれ、一部の結界が激しく揺らいだ。
「アルト、《隠密魔法で爆発する術式を隠蔽されたんだな! あちこちで術式が同時に動いていて間に合わないんだな!》(と一瞬で伝わる)」
「分かった! 《レオンとガルドは観客の誘導。フィーネは煙を外へ逃がして。ノエルは負傷者の治療!》(と一瞬で伝わる)」
「承知!《ガルド殿はこちらの通路を。自分は反対側を誘導!》(と一瞬で伝わる)」
「任せろ!」
フィーネの風の精霊魔法が煙を押し流し、ノエルは負傷者の治療を始めた。オリヴィアも騎士団員とともに避難経路を確保していたが、次々と発生する異常に、現場は一刻の猶予もない状況となっていた。
そのとき、アルトの式神から五つの異常な動きが伝わってきた。
避難する観客とは違う方向へ進む者が五人。しかも、全員がほぼ同時に武器や魔法の準備を始めている。
アルトはその動きを見た瞬間、犯人だと確信する。
五人は単に標的へ向かっているのではない。互いの位置を確認しながら、マイルス、ストライク、アルトの三人を取り囲むように動いていた。
「マイルス、ストライク!五人だ!連携してる。強いぞ!爆発も避難路の変更も、俺たちを狙うための仕掛けだ!」
警告とほぼ同時に、5人の内の一人がマイルスへ襲いかかった。正規の係員と見分けがつかない服装で、警備員の確認も通過していた男だった。
短剣が閃き、マイルスの胸元を狙う。
しかし、その刃は何もない空間を突き抜けた。リクが瞬時に転移魔法を展開し、マイルスの位置をずらして見せていたのだ。
ところが、暗殺者は驚かなかった。最初の攻撃が外れることを予想していたかのように、短剣を振り抜いた勢いのまま周囲へ魔力の刃を放つ。
「最初から二段構えなんですね」
リクは転移魔法と防御魔法を展開し、マイルスを狙う魔力の刃を次々と逸らした。マイルスも即座に反撃しようとするが、暗殺者の動きは速く、簡単には仕留められない。
ほぼ同時に、二人目の暗殺者がストライクへ迫った。
長剣を持つ男は、勇者の反応速度を知っているかのように攻撃の間合いを変え、最初の斬撃を防がれると、剣を引かずにそのまま突きへ切り替えた。ストライクは辛うじて受け流したものの、次の一撃は避難中の観客へ向かっていた。
ストライクが観客を守ろうと身体を動かした瞬間、暗殺者の本命の突きが胸元へ迫る。
しかし、その刃が届く瞬間、アルトの結界魔法がストライクをガードしていた。
「観客まで巻き込むのは、感心しないな」
アルトは落ち着いた口調のまま剣先を止めた。暗殺者は即座に武器を捨て、袖から別の短剣を取り出して突き込むが、結界が全てを弾き飛ばす。
「ストライク、結界で覆った。存分に暴れろ!」
アルトの声にストライクはすぐに頷き、反撃を開始。攻撃に全振りした動きは暗殺者を押し始めた。
一方、競技場の上方から三人目の暗殺者が強力な魔法を放った。魔力の槍一〇数本ほどが多方向へ分かれ、アルトとマイルス、さらに避難中の観客へ同時に襲いかかる。魔法師団員が防御結界を重ねるものの、槍の三本が二層の結界を突き破った。
しかし、ルウがあっという間に全てを消滅させた。
「今度は観客まで巻き込むか。くだらん陽動だな。」
三本の魔力の槍がすべて消滅した瞬間、あまりにも突然の出来事に、魔法を放った暗殺者が驚きのあまり、一瞬動きを止めてしまう。
そこへレグルスが放っていた強力な魔法複数が殺到した。暗殺者は防御魔法を展開して耐えようとしたが、宮廷魔法師団長の圧倒的な魔力には及ばず、直撃。その直後の激しい攻防の末に倒れた。
その間にも四人目がアルトへ接近していた。
この男は、それまでの三人とは異なる戦い方をしていた。アルトの式神が近づいた瞬間、周囲へ奇妙な魔力を放ち、数体の式神を一斉に消滅させたのだ。
「式神対策まで!?」
アルトは残った式神に改めて強力な結界を張り直し、近くの鳥たちからも視界を借りながら相手の動きを追った。しかし、暗殺者はアルトの至近距離へ迫る。
が、突然暗殺者が誰もいないところを切りつけ始める。その直後、遠くへ吹っ飛ばされる。トウとルウの鉄壁の防御が、暗殺者を全くアルトに近づけさせない。
「トウ、ルウ、ありがと」
黙ってうなずく二人。
「アルト君、無事ですか?って、言おうとしたんだけど、完璧に守られてますね。あとは私たちに任せてください!」
そこへエレナ達が駆けつけた。
剣が一閃し、暗殺者の魔力の刃を斬り払う。男はすぐにエレナへ攻撃対象を変更したが、王国騎士団副団長の剣技はさらに速かった。数合の激しい斬り合いの末、暗殺者は武器を弾き飛ばされる。それでも最後まで抵抗を続けたため、駆けつけた騎士団員とともに制圧された。
四人の暗殺者は、いずれも標的を仕留められなかった。それでも一人一人が高度な技術と豊富な実戦経験を持ち、並の騎士や魔法師では対処できないレベルの相手だった。激しく抵抗を続けた四人は、王国側との交戦によって命を落とした。
そして、最後の一人はまだ動いていた。
アルトの式神は、五人の動きが別々のものではなかったことを捉えていた。爆発、避難誘導の変更、式神への妨害、三方向からの攻撃。そのすべてが、最後の一人の動きに合わせて始まっていたのだ。
「師団長、副団長!最後の一人が、ほかの四人へ指示を出していたみたいです! 逃げる方向もこちらで確認できます!」
男はすでに外周通路へ向かっていた。しかし、式神が結界を展開し、逃走経路を阻害する。逃げ道に戸惑う間に追跡してきた騎士団員たちと交戦となる。男は魔法を放ち、床を崩して逃走を続けようとする。さらに、周囲の観客が避難しようとする方向へも陽動の攻撃を仕掛け、追っ手から逃れようとした。
そこへレグルスが広範囲の結界を展開し、観客を守りながらさらに逃走経路を封じる。エレナは崩れた床を飛び越え、一瞬で暗殺者の前へ回り込んだ。
しかし、男は最後の手段を残していた。
自分の身体に仕込んでいた術式を発動させようとしたのだ。
「師団長、いつもの術式です。対処願います」
「分かった。エレナ、動きを封じていてくれ。いま術式を停止させる!」
レグルスが即座に封印魔法を発動させ、男の身体に仕込まれた術式を押さえ込む。その間にエレナが武器を弾き飛ばし、騎士団員たちが厳重に拘束した。
男はなおも抵抗しようとしたが、今度は魔法師団員たちが幾重にも封印を重ね、完全に身動きを封じた。
「ふう。生きたまま確保できましたね。前回のように口封じの術式で命を落とされては、何も調べられませんから」とエレナ。
「ああ。今回は間に合ったな。アルト君、君の式神がなければ、この男が五人の動きをまとめていたことにも気づけなかった。感謝する」とレグルス。
「いえ、俺だけじゃ無理でした。師団長や副団長、それに魔法師団と騎士団の皆さんがすぐに動いてくれたからです。それに、ルウたちが守ってくれなかったら、俺も無事では済まなかったと思います」
アルトはそう答えながら、少し離れたところにいるルウたちへ目を向けた。
「しかし、五人ともなかなかの腕前だったんだな。今までと違うんだな。」
「そうですね。ストライクさんを狙っていた人も、最初から観客を巻き込むつもりだったようですし、よく考えられた攻撃でした。もっとも、もう少し静かにしていただきたかったところですが」とリク。
「そうは言うが、五人も手練れを集めてあれだけ派手に仕掛けてきたというのに、結局アルトはおろかストライクにもマイルスにも何もできなかったではないか。我らを相手にするなら、もう少し腕を磨いて入念に準備してから出直してくるべきだな」
「ルウ、それはちょっと厳しすぎるんだな。まあでもルウのおかげで今回もほぼ完封できたんだな。ありがとうなんだな。」
「礼は不要だ。トウもアルト第一で動いていたではないか。二人で守っていれば、アルトに近づけさせることすらないわ」
リクは二人の会話を聞いて微笑むと、まだ周囲に危険な術式が残っていないか確かめるため、再び姿を消した。
◇
事件が収束したあと、レグルスとエレナは少し離れた場所で話していた。
「……エレナ、君も気づいたかね。先日、我々が礼を述べたあの少女だけではなかったようだ。彼女の隣にいた二人も、我々の想像をはるかに超える力を持っている。あの転移速度と術式の解除能力、それに幻想魔法の精度は、少なくとも私がこれまで見てきたものとは桁が違う」
「ええ。しかも、あの五人の暗殺者は決して弱くありませんでした。標的を取り囲むように連携し、こちらの警備や魔法への対策まで用意していた。それなのに、あの三人には攻撃を届かせることすらできなかったのです」
「こう言ってはなんだが、化け物揃いじゃないか。いや、神様揃い?それだけではない。アルトという少年自身も相当なものだ。あの四人目の暗殺者は、式神を破るための対策を用意していた。それでもアルト君は即座に対応して見せた。そして強力な結界に攻撃魔法?術式かな?いずれにせよ大した能力だ。正面からの力比べなら我々が勝るだろうが、あれほど多彩な能力を組み合わせられれば、容易に追い詰められる相手ではあるまい」
「同感です。さらに驚いたのは、あの三人がアルトに命令されて動いているようには見えなかったことです。むしろ、自分たちの意思で彼を守っているように感じました。あれほど強い者たちが、なぜあの少年の傍にいるのでしょうね」
レグルスはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「……分からん。しかし、あの三人が特別なのは間違いない。そして、その三人が自ら守ろうとしているアルトという少年こそ、我々が思っている以上に特別な存在なのかもしれんな。ギフトを持たぬという話だったが、実に興味深い」
同じ頃、ユリウスもアウグストとともに騒動の収束を確認していた。アルトの活躍によって被害が抑えられたことには素直に感謝していたが、あれほどの能力を持つ少年が既存のギフト体系では説明できないという疑問は、ますます大きくなっていた。
◇
会場の安全が確認されたあと、武王祭の運営側はゼノンの優勝を改めて正式に発表した。爆発によって表彰式は大幅に遅れたものの、決勝戦の結果が変わることはない。ゼノンとフィオナは互いの健闘をたたえ合い、観客たちから大きな拍手を受けていた。
「アルト君、今年の武王祭は本当に凄い大会でしたね。わたくしはまだまだ強くならなければならないと痛感しましたが、いつかあの舞台で君と戦ってみたいと思いました」
「俺もだよ。今日の試合を見て、もっと強くなりたいと思った。いつか二人で決勝まで勝ち上がって、どちらが強いか本気で勝負しよう。そのときは俺も負けるつもりはないからな」
「ええ。わたくしも負けません。その日を楽しみに、これからも一緒に鍛錬を続けましょう」
アルトとストライクは笑い合い、固く握手を交わした。
七日間にわたる武王祭は、こうして幕を閉じた。
そして、王国の最強戦力に数えられる二人の心には、一人の少年と、その傍らにいる三人の姿が、忘れられないものとして刻まれたのだった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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