第五十九話 勝てばよいのだ。はっはっは
# 第五十九話 勝てばよいのだ。はっはっは
武王祭六日目。本戦二日目となるこの日は、午前中に二回戦十六試合、午後から三回戦八試合が行われる。昨日の一回戦で強豪選手たちの実力を目の当たりにしたアルトたちは、今日も朝早くから競技場へ足を運んでいた。観客席にはすでに大勢の人が集まり、どの選手がベスト八へ進むのか、あちこちで予想が交わされている。
「アルト、昨日の通路変更の件なんだけど、やはり一部は正式な指示ではなかったようだよ。ただ、誰が変更したのかまでは分かっていないから、運営側に詳しく調べてもらっているんだ。君の式神でも、もう少し周囲を見ていてくれるかな」
「わかった。今日は昨日より広い範囲を確認してみるつもりだ。ただ、単なる連絡ミスかもしれないから、普通の係員さんを疑うことにならないようには気をつける。何か見つけたら、すぐにマイルスへ伝える」
マイルスと話し終えたアルトは、不視化した小型紙式神を会場内外へ分散させた。体育祭のときとは違い、今回は競技の運営を手伝う立場ではない。観戦の邪魔にならないように情報を集め、不自然な動きがあれば確かめる程度に留めるつもりだ。
「アルト様、今日も忙しそうですね。昨日の試合を見ている間も、ずいぶん熱心に式神を動かしていらっしゃいましたけど、せっかくの武王祭なのですから、試合もちゃんと楽しんでくださいね」
「大丈夫だよ、リク。式神からの情報をまとめるのは慣れているし、試合だって見逃すつもりはないよ。それより、リクは誰が優勝すると思う?」
「そうですね。今のところはゼノンさんが有力でしょうか。でも、フィオナさんの魔法も厄介そうですし、実際に戦ってみなければ分かりませんね。アルト様はどう思われます?」
「俺もその二人が気になっているんだ。どっちもまだ全力を見せていないような気がするし、もし決勝で当たったら面白そうだな」
「トウは、ゼノンがどうやってフィオナの魔法を避けるのか見てみたいんだな。でも、フィオナが逃げ道を全部塞いだら、いくら反応が速くても困ると思うんだな」
「ふむ。それなら我はフィオナに賭けてみようか。もっとも、ゼノンにもまだ隠している技がありそうだがな」
そんな会話を交わしているうちに、二回戦の開始を告げる鐘が鳴った。
◇
『続きまして、ミレイア・ザンス選手の登場です! ギフトは《魔力制御(大)》! 対するは、強力な炎魔法を得意とする魔術師ヒート選手!』
開始直後、対戦相手が巨大な炎弾を放った。ミレイアは正面から同じ威力の魔法をぶつけることなく、斜めに薄い防御魔法を展開する。炎弾はその表面を滑るように逸れたものの、一部が防護障壁へ命中し、ミレイアのHPは八十二%まで減少した。
相手は間髪を入れずに次の炎弾を放つ。ミレイアは再び魔法の軌道を変えて直撃を避けたが、今度も防護障壁をかすめられ、残りHPが七十一%となった。
「アルト君、ミレイアさんは防御ばかりですね。あれほど大きな炎弾を何度も使える相手ですから、そろそろ反撃しないと押し切られてしまうのではないでしょうか」
「うん。でも、ミレイアさんは無駄な魔力をほとんど使っていないように見える。相手の炎弾を完全に防ぐんじゃなくて、必要な分だけ逸らしているから、何か考えがあるのかもしれない」
アルトがそう答えた直後、ミレイアが小さな魔力弾を三発放った。威力は控えめだったが、相手が次の炎弾を発動しようとした瞬間に正確に命中し、魔力の集中を乱していた。相手は慌てて防御へ切り替えるが、その間にもミレイアは攻撃を続け、防護障壁のHPを九十二、八十四、七十六%まで減少させる。
さらに相手が大きな魔法を準備しようとすると、ミレイアはその動作を見逃さず、小さな魔法を次々と撃ち込んだ。強引に炎弾を放とうとしても発動が遅れ、その隙に別方向からも攻撃が命中する。相手のHPは六十八、五十九、四十八、四十、三十一、二十一%へと減少していった。
最後は相手が全力の炎魔法を放とうとしたところへ、三方向からの魔力弾がほぼ同時に命中した。防護障壁が激しく明滅し、HPが九%になったところで終了を告げる音が響く。
『HP残量、規定値以下! 勝者、ミレイア・ザンス選手!』
「なるほど! 最初から大きな魔法で勝負するつもりはなかったんだな。相手が隙の大きい魔法を発動する直前に小さな攻撃を当て続けて、思うように戦わせなかったんだ」
「そうですねぇ。魔力を細かく操作できるからこその戦い方ですよぉ。アルト様の霊術でも、似たことができるんじゃないでしょうか。術を完成させてから防ぐより、完成する前に邪魔した方が効率的な場合もありますからね~」
「面白いですね、アルト様。私なら魔力の流れを直接乱してみたいところですが、相手もそれを警戒するでしょうし、どちらが先に仕掛けるかで結果が変わりそうです」
「俺もそう思う。晴明の知識とこっちの世界の魔法と比べながら試してみたいな。セオドア先生にも相談して、今度の訓練で確かめてみよう」
その後も二回戦は次々と進み、ゼノン、バルド、フィオナ、セレスティアといった優勝候補が順当に勝ち残った。ノーラやライナー、テッサもそれぞれの得意な戦術で勝利し、午前中に行われた十六試合がすべて終了する。勝ち残りは十六人となり、選手たちは午後の三回戦に備えて休憩へ入った。
昼食を取りながらも、アルトたちの話題は試合のことばかりだった。
「いやはや、今日の試合も凄かったのう。中級ダンジョンから帰ってきたとき、レオンとわしで、もっと前衛の戦い方を工夫せんといかんと話しとったんじゃが、今日の連中を見ておると、まだまだ覚えることが山ほどあるぞい」
「そうでありますな。あのときも話したように、敵の攻撃をすべて受け止める必要はないのであります。自分は剣で進路を制限し、ガルドは盾で相手の姿勢を崩す。そうすれば、フィーネたちが安全に攻撃できる機会も増えるはずです」
「そうじゃのう。それに、アルトの友達になった魔物たちも、本当に頼もしい連中ばかりじゃった。次に潜るときは、あいつらともっと上手く連携してみたいもんじゃ」
「ふふっ、皆さん協力してくれるのは嬉しいですけど、無理をしないでくださいね。魔物さんたちも大切なお友達なんですから、みんなが安全に帰ってこられるようにしましょうね」
ノエルの言葉にアルトは頷いた。ルウは以前、増え続ける友達の数に呆れていたものだが、今では何も言わずに笑っている。
「そろそろ午後の試合が始まるんだな。みんな、食べ終わったなら席に戻った方がいいんだな」
「承知であります。ガルド殿、まだ食べるつもりなら、午後の観戦に間に合う程度にしておくのであります」
「わしは戦うわけじゃないんじゃから、もう少しくらい構わんじゃろう。それに、午後もあんな凄い試合が続くとなれば、腹が減るに決まっとるからのう」
仲間たちは笑いながら席へ戻り、午後の三回戦を楽しみに待った。
◇
『本戦三回戦! 《危機予知》のノーラ・ヴェイル選手と、盾と長剣を使う歴戦の剣士ドラ選手の対戦です!』
開始直後、剣士が右側から斬りかかろうとした瞬間、ノーラは半歩後退して攻撃をかわした。続けて放たれた斬撃も最小限の動きで避け、相手の防護障壁へ反撃を命中させる。剣士のHPは七十八%まで減少したが、表情に焦りはなかった。
剣士は攻撃を繰り返しながら、ノーラの回避する方向を少しずつ制限していった。ノーラは危険を察知して避け続けるものの、横へ移動すれば盾による打撃、後退すれば長剣の追撃が迫ってくる。何度か防護障壁へ攻撃を受け、HPは八十四%、さらに六十五%まで減少した。
「ノーラさん、危険が分かっているのに追い詰められていますね。あの剣士は、避ける方向を予想して攻撃しているのでしょうか」
「ああ、そうかもな。ノーラさんがどちらへ動くかを読んで、次の攻撃を準備しているのかな。危険を察知できても、避ける場所がなければどうにもならないのかな」
アルトの言葉に、リクも興味深そうに試合場を見つめていた。
「私なら、あの盾をどうにかして動きを止めたいところですが、なかなか隙を見せてくれませんね。アルト様ならどうします?」
「俺なら式神で視界を遮るかな。でも、相手の方が速かったら、視界を遮る前に攻撃されるかもしれないな」
「トウなら幻想魔法で自分を多数に見せるんだな。どれが本物か分からなくなったら、きっと困るんだな」
「ふふっ、それは面白そうですね。でも、気にせず突っ込んでこられたら、どうしましょう?」
「それなら、本物を見つけられる前に攻撃してしまうんだな」
「攻撃の瞬間に本物がバレるかも知れんぞ。我なら停止魔法で動きを止めてしまうぞ」
「それずるいんだな。うん」
「勝てばよいのだ。はっはっは」
ルウが笑ったところで、試合場に大きな歓声が上がった。
剣士の連続攻撃によって、ノーラはついに競技場の端近くまで追い詰められていた。次の攻撃を避ければ、もう後がない位置へ移動することになる。剣士ドラが盾を構えながら距離を詰め、長剣を横へ振りかぶった。
その瞬間、ノーラが動いた。
しかし、今度は後退しなかった。自分へ向かってくる盾を避けず、あえて正面から踏み込んだのだ。
盾の一撃が防護障壁へ命中し、ノーラのHPは四十二%まで減少した。それでも足を止めず、剣士の懐へ入り込む。長剣を大きく振るうには近すぎる間合いとなり、剣士が慌てて後退しようとしたところへ、ノーラの強烈な連続攻撃が命中した。
剣士のHPは七十八%から一気に三十七%へ、さらに九%まで急激に減少し、試合終了の音が響いた。
『HP残量、規定値以下! 勝者、ノーラ・ヴェイル選手!』
「凄いですね! 最後は危険だと分かっていたはずなのに、あえて踏み込んだのですね。わたくしなら、つい攻撃を避けようとしてしまったと思います」
「俺も驚いた。でも、避け続けたら負けると判断したんだろうな。少しくらいHPを減らしてでも、相手の長剣が使いにくい位置へ入った方が勝てると考えたんだろう」
「うむ。危険を察知できても避けなければならないとは限らない、ということだな。あの剣士も見事だったが、最後にノーラが自分のHPを見極めたことが勝敗を分けたな」
オリヴィアの言葉に、ストライクは感心したように頷いた。
アルトも、自分の目に映る能力や弱点の情報だけでは、あの判断を正確に予想できなかったと感じていた。相手の実力が高いほど弱点の情報は霞んで見えにくくなるが、それ以上に、どの瞬間に何を選ぶかという判断には、長年の経験が大きく関わっているのだろう。
◇
そんな試合の最中にも、会場の裏側では不自然な魔力の動きが続いていた。
観客席の通路付近で、リクがふと顔を上げる。
「……アルト様、少し失礼します。すぐに戻りますね」
「ん?ああ。どうかしたのか?あれ?」
アルトが振り向いたときには、リクの姿はすでに消えていた。トウが周囲へ軽い幻想魔法をかけていたため、観客たちは誰も気づいていない。
数秒後、リクは何事もなかったように元の席へ戻ってきた。
「おかえり、リク。何かあったのか?」
「ええ。通路の柱に妙な術式が三つ仕掛けられていましたので、使えないようにしてきました。どうやら観客の進む方向を惑わせるものだったようですね。仕掛けた者の手がかりになるかもしれませんから、痕跡は残してあります」
「リク、また一人で行ってしまったんだな。トウも一緒に調べたかったんだな」
「それは失礼しました。次に何か見つけたら、一緒に行きましょう。もっとも、できれば次は何も起きてほしくないところですが」
「次つぎと仕掛けてくる連中だな。どうやら我らにゆっくり試合を見せるつもりはないらしい」
「そうですね。でも、作動させずに済みましたから、今のところ問題ありません」
リクが穏やかに答えた直後、トウも近くの通路に仕掛けられた別の術式を察知した。今度は二人で確かめに行き、観客に影響が出る前に無力化する。さらに再び遠方からアルトへ向けられた攻撃魔法も、これまたルウが静かに消し去っていた。
アルトは、リクが持ち帰った術式の痕跡と、式神が確認した通路変更の記録を照らし合わせた。すると、不自然な変更が行われた場所では、警備員が別の通路へ移動していることが多いと気づく。
「マイルス、さっきの件なんだけど、通路の変更があるたびに警備員の配置も少し変わっているみたいだ。観客を動かしたいんじゃなくて、警備員を別の場所へ移動させたいのかも」
「なるほどね。それなら、運営側の警備記録とも照らし合わせてみよう。もし誰かが意図的に変更しているのなら、どこへ人を集めたかったのか、逆にどこから人を離したかったのかが分かるかもしれないね」
「うむ。警備員が一か所へ集中すれば、当然別の場所は手薄になる。私も少し気になっていたところだが、アルトの式神なら、警備員が移動する前後の様子まで確認できるだろう」
オリヴィアの言葉にアルトは頷き、式神から届く情報を改めて整理し始めた。一つずつ見れば小さな異常でも、いくつも重ねれば別の意味が見えてくることがある。それは体育祭のときにも経験したことだった。
一方、少し離れた観客席では、ユリウスとアウグストもアルトたちの動きに気づいていた。
「先生、アルトは今日も何か調べているようですね。中級ダンジョンの中層を最年少で攻略したうえ、体育祭ではあれほどの式神を操っていました。今度は武王祭の会場まで調べているとなると、彼の情報収集能力は想像以上なのかもしれません」
「そうだな。何か異常が起きているのなら、彼の能力はとても役立つといえる。ただし、あれほどの力を持ちながら、既存のギフト体系では何も説明できないという点については、引き続き考える必要があるだろう」
ユリウスは静かに頷いた。アルトの力が将来どのように使われるか予測できないことは、彼にとって大きな問題だった。
◇
やがて三回戦の残りの試合も終了し、武王祭のベスト八が出そろった。
ゼノン・ハーカー、ノーラ・ヴェイル、バルド・クライス、ライナー・オス、フィオナ・クレスト、ミレイア・ザンス、セレスティア・ロウ、テッサ・アムネル。
翌日の準々決勝では、ゼノン対ノーラ、バルド対ライナー、フィオナ対ミレイア、セレスティア対テッサの四試合が行われる。
「アルト君、とうとうベスト八ですね。わたくしはゼノンさんとノーラさんの試合が特に楽しみです。攻撃を見てから反応する人と、危険を事前に察知する人では、どちらが有利になるのでしょうか」
「俺もその試合は気になるな。それに、フィオナさんとミレイアさんの魔法対決も面白そうだな。魔法を蓄えて一気に使う人と、魔力を細かく制御する人が戦ったら、どんな駆け引きになるんだろう」
「私はセレスティアさんとテッサさんの試合が楽しみだねっ。風魔法で相手の動きを変えるのと、瞬間詠唱で素早く攻撃するのとでは、どっちが先に有利な体制を取れるかなっ」
「ふふっ、アルト様も皆さんも、本当に楽しそうですね。私も明日はゆっくり観戦したいところですが、どうやら少し忙しくなりそうな気もします」
「それなら、明日はトウもリクと一緒に見回るんだな。でも、ゼノンの試合だけは見逃したくないんだな」
「では、その試合の前には戻ってくることにしましょう。もっとも、何も起きなければ一番いいのですけどね」
楽しそうに話す仲間たちの隣で、マイルスは警備記録を確認していた。アルトの式神が見つけた異常と、リクが無力化した術式の痕跡は、すでに運営側へ伝えられている。
その夜、宮廷魔法師団長レグルス・アークライトと王国騎士団副団長エレナ・グランツの元にも、追加の報告が届いた。
「……なるほど。観客の通行経路を変更し、警備員を別の場所へ移動させていた可能性があるのか。しかも、広い範囲の動きを、一人の生徒が式神で観察していたとは興味深いな」
「ええ。ただ、こちらでも似た異常は確認しています。問題は、それらの動きが偶然重なったものなのか、誰かが意図的に仕組んだものなのかということでしょう」
「少なくとも、警戒を強める理由には十分だろう。明日は大会最終日だ。もし何者かが大きな騒動を起こすつもりなら、観客が最も集まる明日を狙う可能性は十分ある。魔法師団にできるだけ集まるように指示しておく」
「明日をねらっている場合は、こちらも相応の準備が必要ですね。なるべっく会場を混乱させることなく、実行犯を確保できるように、騎士団でも手の空いている者を集めます」
二人は運営側の警備記録とアルトの式神が集めた情報を重ね、会場の地図を広げた。
そして、何度も繰り返された通路変更によって、警備が薄くなる場所を一つずつ確認していく。
大会最終日まで、あと一晩。
武王祭の決勝を楽しみにしているのは、観客たちだけではなかった。
皆様に大切なお願いがございます。
読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)
執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m




