第五十八話 強者(つわもの)ぞろい
# 第五十八話 強者ぞろい
宮廷魔法師団長と王国騎士団副団長が立ち去ったあとも、観客席ではルウのことがしばらく話題になっていた。しかし、本人はそんな視線など気にする様子もなく、アルトの隣で悠然と試合場を眺めている。もっとも、先ほどから何度もこちらを振り返る観客には、少々うんざりしているようだった。
「ルウ、あの二人がわざわざ挨拶に来るなんて凄いことだと思うけど、何か困ったことがあったら俺にも言ってくれよ。力になれるかどうかは分からないけど、みんなで考えれば何とかなるかもしれないからな」
「ふん。アルトが心配するようなことではない。我はこうして一緒に武王祭を楽しめれば、それで十分だ。それより、次の試合が始まるぞ。あの娘は弓を使うようだが、フィーネの参考にもなるのではないか?」
ルウが話題を変えると、アルトもすぐに試合場へ目を向けた。ちょうど次の対戦選手が紹介されるところで、観客席から大きな歓声が上がっている。
『続きまして、本戦一回戦! 《風魔法(大)》のセレスティア・ロウ選手と、《弓力(大)》のベレニス・オルト選手の対戦です!』
「アルト君~、この試合も見逃せませんよぉ。セレスティアさんは風魔法の使い方がとっても上手な方ですし、ベレニスさんも弓の名手として有名なんです。どちらも遠距離から攻撃できるので、どうやって相手の攻撃を防ぐのかが見どころですね~」
「それは楽しみですねっ。私も弓を使いますし、精霊さんに風をお願いすることもありますから、どちらの戦い方も勉強になりそうです。アルト君、今日は本当に来てよかったですねっ」
「うん。先生が観戦を勧めてくれた意味が、試合を見るたびに分かってくるよ。強い人たちは、自分の能力をただ使うだけじゃなくて、相手の能力まで考えながら戦っているんだな」
武王祭では、学校の模擬戦と同じく、専用のHPシステムが使用されている。残りHPが一割以下になると自動的に敗北が確定するため、剣や魔法を本気で使っても、実際に相手を傷つけずに勝敗を決められる。ただし、障壁が防いでくれるのは攻撃による負傷であって、体力や魔力の消耗までなくなるわけではない。
試合開始を告げる鐘が鳴った。
最初に動いたのはベレニスだった。素早く三本の矢をつがえると、間髪を入れずに連射する。セレスティアは右手を軽く振り、横方向から吹かせた風で矢を逸らしたが、三本目だけは風の流れを突き抜けるように飛来し、防護障壁をかすめて小さな光を散らした。
HP表示がわずかに減少する。
「おお、今の矢は当たったぞ! 最初の二本と比べて、三本目だけ少し左側を狙っていたんだな。風で右へ流されることまで計算していたのかもしれないな」
「わたくしもそう思います。セレスティアさんが同じ方向へ風を吹かせ続けるなら、ベレニスさんは狙う位置を修正するだけで命中させられるわけですね。風魔法を使う側も、そう簡単には防ぎきれないようです」
ベレニスはさらに矢を放つ。一本目はセレスティアの頭上を狙い、二本目は足元へ、三本目は身体の中心へ向かって飛んだ。セレスティアは風向きを変えながら対応するが、射手の狙いは正確で、数本が防護障壁へ命中した。表示されたセレスティアのHPは、すでに七割近くまで減少している。一方のベレニスは、まだほとんど損耗していなかった。
しかし、セレスティアの表情に焦りはなかった。
次の矢が放たれた瞬間、彼女はそれまで吹かせていた風を突然止めた。右へ流れることを見越して左側へ放たれた矢は、そのまま身体の横を通り過ぎていく。さらにセレスティアは小さく手を振り、ベレニスの足元へ鋭い横風を吹きつけた。
不意に体勢を崩されたベレニスは、弓を構え直すために一歩後退する。その瞬間、横方向から放たれた風の刃が防護障壁へ命中し、今度はベレニスのHPが七割まで大きく減少した。
「なるほど、そういうことか! 矢を防ぐためだけに風を使っていたら、相手に狙いを修正されてしまう。でも、風の向きを途中で変えたり、相手の足元を狙ったりすれば、弓を正確に射ることそのものが難しくなるんだな」
「ええ。しかも、今の風の刃は相手が姿勢を崩したところへ命中しましたから、回避する余裕もありませんでしたね。防御から攻撃へ切り替えるタイミングが、実に見事だったと思います」
ベレニスも簡単には引き下がらなかった。風の刃を受けながらも素早く移動し、セレスティアが魔法を発動する瞬間を狙って矢を放つ。矢は風の防御をすり抜け、防護障壁へ命中した。セレスティアのHPが五割近くまでさらに減少すると、観客席から大きな歓声が上がる。
しかし、その攻撃によってベレニスは一瞬だけ足を止めていた。
セレスティアはその隙を逃さず、ベレニスの左右から風を吹きつけた。左右の風圧に挟まれたベレニスは動きを制限され、正面から迫る風の刃を避けきれない。最初の一撃で防護障壁が明滅し、続く二撃目、三撃目によってHPが六割、四割、二割まで急激に減少していく。
最後にセレスティアが放った強烈な突風が障壁へ直撃した瞬間、HPが一割を切り、審判席から終了を告げる音が響いた。
『ベレニス選手、HP残量が規定値以下となりました! 勝者、セレスティア・ロウ選手!』
防護障壁の光が静かに消え、二人は互いに健闘をたたえ合った。激しい攻防を繰り広げたにもかかわらず、どちらにも目立った傷はない。ただし、全力で戦った疲労は隠せないようで、ベレニスは大きく息を吐きながら弓を下ろしていた。
「凄かったですねっ! セレスティアさん、最初は矢を逸らすことばかりしていたのに、途中から相手の足元や立ち位置を狙うようになりましたよね。私だったら、矢をどう防ぐかばかり考えてしまいそうですけど、弓を構えられないようにする方が効果的なんですねっ」
「うむ。相手の得意な攻撃を正面から受ける必要はないということだな。もっとも、ベレニスも風の影響を計算して射ていたし、技量では決して劣っていなかった。今回は、戦いの途中で戦術を切り替えたセレスティアの判断が、勝敗を分けたのだろう」
オリヴィアの説明に、フィーネは何度も頷いた。自分の《弓力(微)》では強い弓を引けなくても、精霊魔法を組み合わせれば、まだ工夫できることがたくさんある。そう考えると、次の訓練が楽しみになってきた。
「フィーネちゃん、今度の練習では私もお手伝いしますよぉ。風の精霊さんと普通の風魔法では、得意なことも違うでしょうから、いろいろ比較してみたら面白そうですね~」
「ありがとうございます、アリシアさん。アルト君とも相談して、精霊さんにどこまでお願いできるのか試してみたいですねっ」
「俺も楽しみだな。晴明だった頃の術にも似た考え方はあるけど、こっちの世界の魔法と組み合わせたら、また違った使い方が見つかるかもしれないな」
アルトが嬉しそうに答えると、アリシアは満足そうに微笑んだ。安倍晴明の転生者であるアルトの近くにいられるだけでも嬉しい彼女だったが、最近では研究を一緒に進められること自体が楽しくなっているらしい。
◇
その後も本戦一回戦は続き、観客たちは多彩な戦いに歓声を上げていた。
《危機予知》を持つノーラ・ヴェイルは、相手が攻撃を始める直前に危険を察知し、最小限の動きで回避する。もっとも、危険が分かっても相手の攻撃をすべて防げるわけではなく、何度か防護障壁へ攻撃を受けてHPを減らしていた。それでも最後は相手の踏み込みに合わせて反撃し、先にHPを規定値以下へ追い込んだ。
《槍力(大)》のライナー・オスは、鋭い突きで相手を牽制しながら、槍の柄や石突きまで巧みに使って間合いを支配する。《魔力制御(大)》のミレイア・ザンスは、必要最小限の魔力で相手の魔法を逸らし、無駄な消耗を避けながら反撃を積み重ねて勝利した。そして《瞬間詠唱》のテッサ・アムネルは、相手が大きな魔法を準備するより先に小規模な魔法を連続発動し、防護障壁のHPを少しずつ削っていった。
「いやはや、どいつもこいつも凄いのう。わしなんか、強いギフトを持っておれば力押しでも勝てると思うとったが、今日の試合を見て考えを改めたぞい。ダンジョンでも、せっかく三百以上の仲間が協力してくれるんじゃから、わし自身がもっと頭を使って動かんといかんのう」
「自分も同感であります。王立騎士学校で学んだ集団戦の技術と、今日の個人戦で見た間合いの取り方を組み合わせれば、より安全に前衛を務められるはずです。今度の合同訓練では、ぜひ試してみたいであります」
ガルドとレオンも真剣に話し合っている。二人とも学校はアルトたちと別だが、朝の訓練や週末のダンジョン攻略で培った連携は、確実に実を結び始めていた。
「わたくしは、強いギフトがあれば自然と強くなれるものだと思っていたところがあったのかもしれません。でも、今日の試合を見ていると、能力そのものよりも、どう使うかが大切なのだと改めて感じますね」
「俺も同じだよ。相手のギフトや能力が分かったとしても、それだけで勝てるわけじゃないんだな。あの人たちは長い時間をかけて、自分の力を使いこなせるようになったんだと思う。俺ももっと練習しなきゃな」
アルトは自分の目に映る情報について、もちろん何も口にしなかった。レベルやギフトだけでなく、能力の特徴や弱点まで見えるという秘密は、今でも限られた者しか知らない。それでも、見えている情報を実際の勝利へ結びつけるには、まだ自分に足りないものが多いと実感していた。
◇
一方、華やかな試合が続く競技場の裏側では、別の戦いが続いていた。
観客席の通路付近に、不自然な魔力の流れが生じる。
トウは即座にそれを察知し、探索魔法で位置を特定すると、周囲に気づかれないよう幻想魔法を重ねながら仕掛けを解除した。ほぼ同時に、遠方から競技場へ伸びてきた探索魔法も、ルウによって跡形もなく消し去られていた。
すべてが終わってから、トウはルウの方へそっと顔を寄せた。
「ルウ、また変な術が仕掛けられていたんだな。さっきのはトウが消しておいたけど、今度は大きな攻撃じゃなくて、近くから少しずつ仕掛けてくるみたいなんだな。何度も失敗しているのに、まだ諦める気配がないんだな」
「ふん。我の目の前でアルトを狙おうなど、よほど懲りぬ連中らしいな。せっかくアルトが楽しそうに試合を見ているというのに、我まで何度も邪魔されてはかなわん。もっとも、この程度の術なら騒ぐほどのものでもないがな」
「でも、また大きな攻撃が来たら危ないんだな。トウも気をつけているけど、ルウがいてくれるから安心できるところもあるんだな」
「案ずるな。何が来ようとアルトには届かせん。それよりトウも、あまり難しい顔をするでない。せっかくの武王祭だ。我らまで楽しむことを忘れては、アルトに余計な心配をかけてしまうではないか」
トウは小さく頷き、何事もなかったように試合場へ視線を戻した。
貴賓席では、レグルスとエレナも不自然な魔力反応が続いていることに気づき、会場警備の責任者へ密かに警戒を強めるよう指示していた。先ほどの少女に何度も助けられている可能性は高い。しかし、王国の治安を守る立場にある以上、いつまでも少女に頼るわけにはいかない。
そして、その異常はアルトの式神にも、別の形で捉えられ始めていた。
◇
本戦一回戦も終盤に差しかかった頃、アルトは会場周辺に配置していた不視化した小型紙式神からの情報を整理していた。体育祭以降、大勢が集まる場所では、周囲に迷惑をかけない範囲で式神による安全確認を行うようにしている。
すると、少し奇妙なことに気づいた。
休憩時間になるたびに、会場内の一部の通路で観客の進行方向が変更されている。しかし、案内板は変わっておらず、別の係員は元の経路を案内していた。しかも、同じような変更が何度か繰り返されている。
「マイルス、ちょっと気になることがあるんだけど、武王祭の会場では試合の途中で観客の通り道を変更することってよくあるのかな? さっきから何度か同じ通路で案内が変わっているみたいなんだけど、ほかの係員は元の道を案内しているんだ」
「いや、混雑していれば通路を変更することもなくはないけど、普通は運営側で連絡を取ってから変更するはずだよ。何か危険なものでも見つけたのかい?」
「うーん、そこまでは分からないんだ。ただ、俺の式神が見ていた範囲では、同じような変更が何度か繰り返されているんだよ。偶然かもしれないけど、体育祭のときも小さな違和感が事件につながったから、念のため確認した方がいいと思うんだ」
「なるほどね。それなら、ボクから運営側へ確認してみるよ。正規の変更なら問題ないし、違うなら早めに直してもらった方が安全だからね。アルトは今までどおり式神で周囲を見ていてくれるかな。何か分かったら、また教えてほしい」
「分かった。確認できる範囲で調べてみるよ。まあ、何もなければ、それが一番いいからね」
アルトはそう答えると、再び試合場へ視線を戻した。今のところ、通路の変更と暗殺事件を結びつけるような証拠は何もない。ただ、少し気になることがあれば、早めに仲間へ伝えておく。それも体育祭で学んだ大切なことだった。
やがて夕方となり、本戦一回戦の全三十二試合が終了した。勝ち残ったのは三十二人。明日は二回戦十六試合と三回戦八試合が行われ、いよいよベスト八が決定する。
「明日は今日勝った人たち同士が戦いますね。わたくしはゼノンさんとフィオナさんが、この先どんな戦い方を見せてくださるのか、とても楽しみにしています。今日の試合では、まだ実力のすべてを見せていないように思えましたから」
「俺も楽しみだな。今日だけでも随分勉強になったし、明日はもっと凄い戦いが見られそうだ。明日が楽しみだ」
そんな二人の会話を聞きながら、フィーネは楽しそうに笑っていた。
しかし、その頃マイルスの元には、武王祭の運営側から最初の確認結果が届いていた。
アルトが指摘した通路変更の一部は、正規の指示として記録されていなかったという。
(……やっぱり、何かおかしいね)
マイルスはその報告を読み、静かに眉をひそめた。




