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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第二章 《魔法学校一年生》

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第五十七話 なぜ、あのお二人が頭を下げる?

# 第五十七話 なぜ、あのお二人が頭を下げる?


 武王祭の本戦は、予選とは比べものにならないほどの熱気に包まれていた。各地から集まった実力者たちが次々と試合場へ姿を現し、そのたびに観客席から大きな歓声が上がる。アルトとストライクも、先ほどまで出場できなかったことを残念がっていたのが嘘のように、次々と繰り広げられる高度な戦いに夢中になっていた。


「アルト君、次の試合は先日予選で見たガランさんが出場するようですね。相手はゼノン・ハーカーという方だそうですが、わたくしはまだ戦っているところを見たことがありません。あのガランさんを相手にどんな戦いをするのか、楽しみですね」


「俺も楽しみだよ。ガランさんは身体強化の使い方だけじゃなく、相手の重心を崩す技術も凄かったからな。それに、さっきからゼノンさんの名前が呼ばれるたびに歓声が大きくなっているし、かなり有名な人なのかもしれないね」


 アルトたちが話していると、隣に座っていたアリシアが嬉しそうに身を乗り出した。


「ゼノンさんは去年も上位まで勝ち進んだ方なんですよぉ。ギフトは《超反応》で、相手の攻撃が始まってからでも十分に対応できるほど、反応速度が優れているんです。あまり派手な技を使う方ではありませんけど、その代わり、どんな攻撃をされてもほとんど無駄な動きをしないんですよ~」


「それなら、よく見ておかないといけませんねっ。私も弓を使うときには相手の動きを予測するようにしているんですけど、攻撃を見てから対応できるなら、戦い方がずいぶん変わりそうです」


 フィーネも期待に目を輝かせる中、試合開始を告げる鐘が鳴った。


 ガランは開始と同時に大きく踏み込み、右拳をゼノンの顔面へ向けて繰り出した。しかし、拳が届く寸前、ゼノンは上体をわずかに傾けるだけで攻撃をかわした。ガランはすぐさま左拳を放ち、さらに蹴りへとつなげるが、ゼノンはほとんどその場から動かず、肩を引き、腰をひねり、時折半歩だけ足を動かすことで、すべての攻撃を紙一重で避けていく。


「……凄いな。ガランさんの攻撃だって相当速いのに、ゼノンさんはほとんど動いていない。しかも、攻撃を予測して先に避けているんじゃなくて、実際に攻撃が来てから反応しているように見えるぞ」


「ええ。わたくしも同じように見えます。ただ、反応速度だけでは説明できない気がしますね。あの方は避ける方向も移動する距離も正確ですし、常に次の攻撃へ対応できる位置を保っているようです」


「うむ。ゼノンは単に反応が速いだけではないな。相手がどの位置から攻撃しても、最小限の動きで対応できるように間合いを維持している。あの技術があるからこそ、《超反応》の能力を最大限に生かせるんだろうな」


 オリヴィアの説明を聞き、アルトは改めて試合場へ目を向けた。自分の目にはゼノンのレベルやギフト、能力の特徴まで見えている。しかし、分かっていることと、それに対応できることは別だった。今の自分がガランと同じ場所に立ったとしても、あの防御を崩す方法は思いつかない。


 やがてガランが一歩踏み込み、全身の力を込めた一撃を放った。ゼノンはその拳をわずかに身をひねってかわすと、相手の腕が伸びきった瞬間に懐へ入り込み、剣を強く切りつけた。


 HPが10%を下回り、勝負は決まった。


 観客席から大きな歓声が上がる中、アルトとストライクは思わず顔を見合わせた。


「先生が言っていたこと、本当にその通りだったな。ガランさんも凄い人だったのに、ゼノンさんはほとんど危なげなく勝ってしまった。俺、今の二人のどちらと戦っても、勝てそうにないよ」


「わたくしも同感です。強い人たちと戦うことばかり考えていましたけど、こうして観戦すると、自分にはまだ足りないものがたくさんあると分かりますね。来年はもっと強くなって、今度こそ挑戦できるようになりたいものです」


 二人は悔しがるどころか、嬉しそうに笑った。自分たちの知らない技術がまだこれほど存在するのだから、これからの訓練が楽しみで仕方がないのだ。


 続いて行われたフィオナ・クレストとファルク・レイヴンの試合も、アルトたちに新しい驚きを与えた。


 《鉄壁》のギフトを持つファルクは、正面からの魔法攻撃をほとんど受けつけない。フィオナが繰り出す炎や氷の魔法を次々と防ぎ、そのたびに観客席から感嘆の声が上がっていた。しかしフィオナは焦る様子もなく、同じ方向からの攻撃を繰り返しながら、少しずつ相手の立ち位置を変えさせていく。


「フィオナさん、さっきから同じ場所を攻撃しているように見えますけど、少しずつ魔法の発動するタイミングが違いますねっ。もしかして、防御を破ろうとしているんじゃなくて、相手を動かそうとしているんでしょうか?」


 フィーネがそう言った直後、ファルクの側面で突然、氷の魔法が炸裂した。正面からの攻撃に意識を集中していたファルクは、慌てて身体をひねって防御する。しかし、その瞬間を待っていたかのように足元から風が吹き上がり、体勢を崩したファルクはそのまま場外へ押し出された。


「フィーネちゃん、大正解ですよぉ。フィオナさんの《魔法貯蔵》は、準備しておいた魔法を好きなタイミングで使えるところが強みなんです。詠唱している魔法だけを警戒していたら、ああやって思いがけない方向から攻撃されちゃうんですよね~」


「なるほどな。フィオナさんは相手の防御を破るんじゃなくて、防御できない状況を作っていたんだ。俺も式神や結界を使えば似たようなことができそうだけど、あれだけ正確にタイミングを合わせるには、もっと練習が必要だな」


 アルトが楽しそうに考え始めると、ストライクも頷いた。これまで二人は、自分たちがどれほど強くなったのかを確かめたいと思っていた。しかし、武王祭を観戦しているうちに、いつしか強さの測り方そのものが変わり始めていた。


◇


 本戦一回戦がいくつか終了し、休憩時間となった。


 貴賓席では、宮廷魔法師団長レグルス・アークライトと王国騎士団副団長エレナ・グランツが、先ほどから気になっていた出来事について話し合っていた。


「エレナ、先ほどの凄まじい魔力反応について、君はどう考える? およそ十キロも離れた場所で発生したにもかかわらず、あれほど明瞭に感知できたのは私も久しぶりだ。しかも、あれだけの攻撃が一瞬で消滅したというのに、周囲にはほとんど影響が出ていない」


「私も気になっておりました。それに、あの攻撃が消えた瞬間、観客席の一角から一瞬だけ、とてつもない魔力を感じました。ほんのわずかな時間でしたが、私たちが普段相手にしている魔法使いとは、明らかに違う存在だったように思います」


「やはり君も気づいていたか。あの少女だな。あれほどの魔力を持つ者が、どうして学生たちに混じって観戦しているのかは分からんが、普通の人族とは思えぬ。魔族の可能性も考えたが、それとも違う気がする」


「はい。おそらく人族でも魔族でもなく、かなり上位の存在ではないかと。もっとも、私たちの知識では正体を判断する材料が足りませんし、軽々しく決めつけるべきではないと思います」


 レグルスはしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。


「うむ。少なくとも、あの方が何かをしてくださったおかげで、この会場は無事だった可能性が高い。正体を確かめたい気持ちはあるが、今は余計な詮索をするべきではないだろう。まずは感謝を伝えに行こう。決して失礼のないようにな」


「心得ております。私も同じ考えです。あれほどの力を持つ存在が、こちらに敵意を向けていないこと自体、幸運なのかもしれません」


 二人は席を立ち、護衛の者たちをその場に残して観客席へ向かった。


◇


 その頃、アルトたちは休憩時間を利用して、先ほどの試合について話し合っていた。アリシアはフィオナの魔法について熱心に説明し、フィーネも自分の精霊魔法に応用できないかと考えている。ルウはそんな様子を眺めながら、ようやく落ち着いて武王祭を楽しめると、小さく息をついていた。


 ところが、周囲の観客が次々と立ち上がり、何やらざわめき始めた。


 アルトが不思議に思って振り返ると、貴賓席にいたはずの宮廷魔法師団長と王国騎士団副団長が、こちらへ歩いてくるところだった。


「マイルス殿下、ご歓談中のところ失礼いたします。少々、そちらのお嬢さんにお話があるのですが、よろしいでしょうか」


「ええ、構いませんけど……お二人がわざわざこちらへ来られるなんて、何かありましたか?」


 マイルスが驚きながら答えると、レグルスは丁寧に一礼し、ルウの前へ進み出た。


「お嬢さん、少しよろしいでしょうか?」


「何か用か」


「突然お声がけして申し訳ございません。先ほどは危ないところを救っていただきまして、本当にありがとうございました。あのままであれば、この会場にも大きな被害が出ていたかもしれません。おかげで多くの者が無事に過ごせております」


 ルウは一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの表情へ戻った。


「なんのことだ? 私はアルトたちと武王祭を見ていただけだぞ」


「あ、いえ、決して詮索をしたいわけではございません。ただ、どうしてもお礼を申し上げたかっただけでございます。詳しい事情をお話しいただく必要もございませんので、どうかお気になさらないでください」


「なんの礼か分からん。人違いではないのか?」


「そうかもしれません。それでも、私どもとしては感謝をお伝えしたかったのです。申し遅れましたが、私は宮廷魔法師団長のレグルス・アークライトと申します」


「私は王国騎士団副団長のエレナ・グランツです。突然お邪魔いたしましたことをお許しください」


 二人が揃って丁寧に名乗ると、周囲の観客たちは息をのんだ。王国でも最高峰の実力を持つ二人が、まだ幼い少女にこれほど丁寧な態度を取っているのだから、驚かない方がおかしい。


「差し支えなければ、お嬢さんのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ルウだ」


「ルウ様でございますね。何かご用の折には、いつでもお気軽に我らをお訪ねください。私どもにできることであれば、精一杯のことをさせていただきます。宮廷魔法師団でも王国騎士団でも、遠慮なくお声がけいただければ幸いです」


「不要だ。目立つから早々に立ち去ってくれ」


「はっ。失礼いたしました。何かございましたら、いつでもお声がけください。それでは、これにて失礼いたします」


 レグルスとエレナは、ルウに向かって深々と頭を下げた。


 しかも、形式的に軽く礼をしたのではない。二人とも心から敬意を表していることが分かるほど、丁寧で深い一礼だった。


 そのまま二人が立ち去っていくと、周囲の観客席は先ほどまでとは違う意味でざわめき始めた。


「……凄い。この国の最強ワンツーが、ルウ殿にわざわざ挨拶に来た。しかも、あそこまで深々と頭を下げるなんて、私も初めて見たぞ。王国騎士団の副団長があんな態度を取る相手がいるとは、正直、想像もしていなかった」


 オリヴィアが呆然と呟くと、ガルドも目を丸くした。


「わしもびっくりじゃ。宮廷魔法師団長と騎士団副団長といえば、王国でも指折りの実力者じゃろう? そんな二人がルウに頭を下げるなんて、いったいどういうことなんじゃ。まったく、アルトの周りは何が起きても不思議じゃなくなってきたのう」


「王立騎士学校でも副団長閣下の実力は有名であります。あのお方が誰かに対してあれほど丁重に礼をされるなど、自分も初めて見たであります。ルウ殿がどのようなことをなさったのかは分かりませんが、少なくとも副団長閣下が心から感謝しておられたことは間違いないでしょうな」


「ボクも王城であの二人と顔を合わせる機会はあるけど、あんなに丁寧な態度を取るところはほとんど見たことがないよ。しかも、わざわざこちらまで足を運んできたんだから、何か相当な理由があるんだろうね」


 マイルスも首を傾げながらルウを見つめる。


 その隣では、ストライクが先ほど感じた奇妙な魔力を思い出していた。


(……先ほど、ほんの一瞬だけですが、とてつもない魔力を感じました。遠くで何が起きたのかまでは分かりませんでしたけど、すぐ近くに、まるで巨大な魔力の塊が現れたような感覚がありました。あの二人がわざわざルウ殿にお礼を言いに来たということは……まさか、あれはルウ殿が?)


 ストライクはルウへ視線を向けたが、本人は何事もなかったかのように飲み物を口にしている。


「ルウ、あの二人とは知り合いだったのか? ずいぶん丁寧に挨拶していたけど、何かあったのか?」


 アルトが不思議そうに尋ねると、ルウは面倒くさそうに肩をすくめた。


「さあな。向こうが勝手に何か勘違いしたのではないか? 我はアルトと一緒に試合を見に来ただけだというのに、あんなふうに大勢の前で話しかけられては、落ち着いて観戦もできんではないか」


「それもそうだな。でも、あの二人は本当に強そうだったし、また話す機会があったら、いろいろ教えてもらえるかもしれないね」


 アルトが嬉しそうに答えると、ルウは小さくため息をついた。


 その横で、トウがそっと顔を寄せる。


「ルウ、あの二人はちゃんとお礼を言いに来たんだな。とても強い人たちなのに、あんなに丁寧に頭を下げるなんて、礼儀正しい人たちなんだな」


「礼儀正しいのは結構だが、おかげで余計な注目を集めてしまったではないか。まったく、我は静かにアルトと武王祭を楽しんでいたかっただけなのだがな」


「でも、悪い人たちではなさそうなんだな。トウも少し安心したんだな。それに、ルウがみんなを守ってくれたことを、ちゃんと分かってくれる人がいるのは嬉しいんだな」


「ふん。我は別に礼を言われたくてやっているわけではない。ただ、アルトが楽しそうにしているところを邪魔されたくないだけだ」


 ルウはそう言うと、何事もなかったかのように試合場へ目を戻した。トウはそんな彼女を見つめながら、小さく微笑んだ。


◇


 少し離れた席では、ユリウス・フォン・エーレンフェルトが、今の出来事を真剣な表情で見つめていた。


「先生、先ほどの光景をご覧になりましたか? 宮廷魔法師団長と騎士団副団長が、アルト君の仲間である少女に深々と頭を下げていました。アルト君自身も勇者に匹敵する実力を持ち、最年少で中級ダンジョンの中層を攻略しています。それに、何百もの魔物と連携できる能力まである。そこへ今回の件が加わるとなると、我々は彼らの持つ力を、ほとんど把握できていないのではないでしょうか」


 アウグストはしばらく考え込み、静かに頷いた。


「確かにな。私も、あのお二人が一人の生徒に対してあれほど丁寧な礼をするところを初めて見た。しかし、だからといってアルトたちが王国に危険を及ぼすと決まったわけではない。むしろ、体育祭では彼らの働きによって多くの者が守られた。優れた能力を持つことを理由に不当な扱いをするのは、教師としても認められん」


「もちろん、私も彼らを敵視したいわけではありません。ただ、ギフトを持つ者なら、その能力や役割にはある程度の前例があります。しかし、ギフトを持たないアルト君にはそれがない。しかも、彼の周囲にこれほどの力が集まっているとなれば、将来どのような存在になるのか、慎重に見続ける必要があると思うのです」


「君の懸念は理解できる。観察も続けるべきだろう。だが、我々がすべきなのは、疑うことだけではない。彼らがどのような考えで行動し、何を大切にしているのかを知ることも必要だろう。少なくとも今のアルトは、仲間を守り、他者のために力を使っている。その事実も忘れないようにな」


「わかりました」


 ユリウスは頷いたが、胸の内に生まれた疑問が消えることはなかった。


◇


 やがて休憩終了を告げる鐘が鳴り、観客たちは再び試合場へ視線を向け始めた。アルトとストライクもすぐに次の対戦へ夢中になり、先ほどの出来事などすっかり忘れてしまったように、楽しそうに戦術について話し合っている。


 しかし、ストライクだけは一度、隣に座るルウへ目を向けた。


(アルト君にも、まだまだわたくしの知らない力がありそうです。でも、ルウ殿は……いったい何者なのでしょうね。あの二人が敬意を払うほどの存在が、どうしてアルト君の隣にいるのでしょうか)


 ルウは相変わらず、何事もなかったように試合を眺めていた。


 王国最強級の二人が頭を下げた少女は、ただ一人の少年の隣で、満足そうに微笑んでいた。



次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

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