第五十三話 両者そろって『奴は危険だ!』
# 第五十三話 両者そろって『奴は危険だ!』
体育祭予選で一年二組に一点差で勝った翌朝、学生寮《希望の夜明け》の食堂では、王立魔法学校とは別の学校へ通うレオンとガルドまで昨日の競技について知っていた。
「アルト殿、昨日の式神の話はもう王立騎士学校まで届いておりますぞ。夏休みに中級ダンジョンから戻った時も、教官から『三百を超える魔物たちと連携したのなら、一冒険者パーティーというより一個大隊ではないか』と言われましたが、今度は『外部戦力なしでも空を偵察部隊で埋められるのか』と呆れておりました」
「わしの学校なんかもっと適当じゃぞ。『ガルド、お前の仲間、今度は紙で軍隊作ったんだって?』って聞かれたから、まあ大体そうじゃと答えといたわ」
「大体そうじゃないだろ。昨日使ったのは偵察とか妨害が中心の簡易式神だぞ。中級ダンジョンで一緒だった魔物や幽霊、妖怪たちとは全然違うって」
アルトが反論すると、向かいで朝食を取っていたルウが呆れた顔を向けた。「お主はまだ自覚が足りぬ。中級では仲間が増えたり減ったりを繰り返しながら常に三百を超え、外部戦力を禁止されたのに昨日は紙の式神で空を埋めてみせた。違う種類の異常を二つ並べて『全然違う』と言われても、普通の者にはどちらも十分おかしいのだ」
「そうなんだな。うん。アルトは『魔物のみんなが来られないから今日は少ない』って顔してたけど、見てる方には全然少なくなかったんだな」
トウの言葉にリクまで小さく笑った。「たしかにアルト様にとっては、本当に戦力を減らしたつもりなのでしょうね。外部戦力も、さらに結界以外の霊術も呪術も使ってませんでしたし。だからこそ、昨日のユリウスには衝撃だったのかもしれませんね」
アルトは首を傾げた。「いやあ、ユリウスは強かったぞ。最後まで一点差だったし、《統率者》のギフトであれだけ大勢を迷わず動かせるのは凄いよ。今もう一回やったら、同じように勝てるかは分からないと思う」
「その相手に、魔物も幽霊も妖怪も、さらには攻撃系の霊術も呪術も使わずに勝ったことを、少しは問題視される側の立場から考えてみるとよい」
ルウにそう言われても、アルトにはまだ実感が湧かず首をかしげるのだった。
◇
王立魔法学校へ着くと、昨日の競技を見ていた生徒たちから何度も声を掛けられた。そして教室へ入る前には、もはや日課になった声が飛んでくる。
「アルト様~! 昨日は本当に素晴らしかったですよぅ。途中から空が全部式神になって、私、ちょっと感動しちゃいました~」
「アリシア先輩、今日も一時限目は二年生の授業ですよね。最近、俺より先に一年生の廊下へ来てません?」
「大丈夫ですよぅ。授業にはちゃんと間に合ってるものぉ。それより昨日の式神、まだ増やせるんですかぁ?」
「増やせると思いますけど、あれ以上必要になる場面ってそんなにないでしょう?」
横で聞いていたマイルスが苦笑した。「アルト、その答えはたぶん安心材料になってないよ。『限界だからあの数だった』じゃなくて、『必要がなかったからあの数で止めた』ってことになるからね」
「ああ……言われてみれば、そう聞こえるのか」
「そうとしか聞こえないと思いますよぅ」
三人が笑っている頃、別の場所では、その同じ事実を笑えない者たちが集め始めていた。
◇
エーレンフェルト伯爵家の書斎で、ユリウスは前夜にまとめた報告書を父へ差し出した。父は王立魔法学校の理事を務める王党派の有力貴族であり、報告書へ目を通していくうちに、その表情から少しずつ柔らかさが消えていった。
「外部協力戦力を制限したにもかかわらず、想定していたほど戦力は低下していなかった。多数の式神を同時に運用し、それぞれを個別結界で保護し、索敵、情報伝達、攪乱に使用。さらに式神を介して結界による進路妨害まで行使した、か」
「はい。私は中級ダンジョンでアルト君が率いた三百以上の存在こそが、彼の最大の強みだと考えていました。しかし昨日の競技を見て、認識を改めました。あれほど多数の仲間が彼に協力できるのは、単純に戦力を集めたからではありません。本人が膨大な情報を処理し、それを周囲と共有しながら、自分自身も前線で行動できるからです」
「それで、お前は負けた」
「一点差ではありますが、負けは負けです。しかも集団戦は《統率者》を持つ私に有利な競技でした。アルト君は単に私より強いというだけではありません。私とはまったく違う方法で集団を機能させています。私以上に。」
伯爵は報告書を机へ置いた。
「お前は彼を危険人物だと思うか?」
ユリウスはすぐには答えなかった。「今のアルト君が悪人だとは思いません。むしろ仲間を大切にし、昨日も正々堂々と戦っていました。ただ、善良であることと、あれほどの力を持つ者を何の確認もせず放置してよいことは別だと思います。私は昨日、彼の力を測るつもりでした。しかし測った結果、さらに分からないことが増えました」
父は静かに頷いた。
「その判断でいい。敵意を向ける必要はない。だが、今後も情報だけは集めろ」
◇
その日の午後、王立魔法学校では一部の理事と教職員だけによる非公開の会合が開かれていた。ユリウスの報告書も、その席へ回されている。
「一年生で中級ダンジョン中層を攻略し、外部戦力を禁じた集団競技でも《統率者》のギフトを持った者を破った。これを一生徒の成長として片づけるには、いささか規模が大きくなりすぎていますな」
王党派の理事の一人がそう言うと、教務主任のアウグスト・フォン・グライフェンベルクが眉を寄せた。
「誤解のないようにしていただきたい。アルトは昨日、定められた規則を一つも破っていません。式神の使用についても事前に確認を取っている。成果が大きかったという理由だけで処分や不利益を与えることには、私は反対です」
「誰も処罰しろとは言っていない。問題は、学校側が彼の能力をどこまで把握できているのかということだ」
「それなら勇者ストライクも同じではありませんか。個人として持つ戦力なら、現時点では勇者の方が上と見る者も多いでしょう」
問いに対し、別の理事がゆっくり首を振った。
「《勇者》には前例があります。歴代勇者がどのように成長し、何を目的として力を使ってきたのか、王国には長い記録が残されている。だがアルトにはそれがない。ギフトを持たず、既存の分類にも当てはまらず、それでいて勇者に迫る勢いで成長し続けている」
「だから危険だと?」
「危険人物だと言っているのではない。人格への信頼と、安全保障上の管理可能性は別の問題だと言っている。要するにだ。『ギフトなしであるが故に予測できない。奴は危険だ』」
その言葉に、アウグストはしばらく答えなかった。彼自身も、制御できない力の危険性は戦場で嫌というほど見てきたからだ。
やがてエーレンフェルト伯爵が口を開いた。
「昨日の報告も、王城へ追加で送っておきましょう」
「陛下へ直接ですか?」
「そこを判断するのは王城側です。ただ、アルトという少年が第一王子殿下と非常に近しい関係にあることも、併せて記録しておく必要があるでしょう」
一瞬だけ、部屋が静かになった。
「マイルス殿下との関係まで調べるおつもりで?」
「調べるのではありません。事実として記録するだけです」
その言葉に異を唱える者はいなかった。
◇
放課後。校舎から寮へ戻るアルトを遠くから見ながら、トウが小さく呟いた。
「昨日より、また見る人が増えた気がするんだな。うん」
隣を歩くルウも、周囲へさりげなく意識を広げていた。「我も同じことを考えていた。学校の中だけならよいが、少し違う視線も混じり始めている気がする。ただ、今のところ何者かまではよく分からんな」
「アルトに悪いことするなら、トウが止めるんだな」
「それは我も同じだ。しかし厄介なのは、全員が悪意で見ているとは限らぬことだ。王国を守るため、学校を守るためと思って警戒する者まで、まとめて敵にはできない」
トウは少し考えてから頷いた。「だったら近くはトウが見て、遠くはルウに任せるんだな。うん」
「……お主、最近それを当然のように我へ押しつけておらぬか?」
「でも、ずっとそうしてるんだな」
「まったく、お主は余計なところだけ察しがいいのだ」
二人の少し先では、何も知らない様子のアルトがフィーネやマイルスと体育祭本番の話をしながら笑っていた。
◇
同じ頃、人族領内のとある場所では、別の者たちも一枚の報告書を囲んでいた。
「勇者ストライク、第一王子マイルス。今回の体育祭で重点的に動きを確認する対象はこの二名だったはずだ」
低い声でそう言った魔族の男へ、報告役が新しい紙を差し出す。
「追加で確認していただきたい者がいます。名はアルト。王立魔法学校一年生。ギフトは……ありません」
「ギフトなし? そのような者を、なぜ我らの作戦対象へ加える必要がある」
「野外大演習ではこちらの暗殺計画の邪魔をしました。中級ダンジョン中層を最年少の一年生で攻略しています。その際には三百を超える魔物や動物、その他の存在と一個大隊を形成。さらに先日の学校競技では、それら外部戦力を禁じられた状態で《統率者》を持つ生徒に集団戦で勝利して見せました。空一面を覆う式神を披露して」
男の目が細くなる。
「ギフトなしで、そこまで強いというのか?」
「少なくとも、これまでの報告ではそうなっています。ブラックドレイクに攻撃させたときも、勇者と第一王子の生存に大きく関与したのは間違いなくこの少年です」
しばらく沈黙が続いたあと、男は体育祭会場の見取り図へ視線を落とした。
「計画内容自体は変更しない。会場の誘導、結界、避難経路へ仕掛けを置き、複数箇所を同時に動かす。混乱が生じれば、勇者も第一王子も必ず動くはずだ。その能力と護衛の配置を確認する」
「では、アルトは?」
男は見取り図の端に書かれた名前を指でなぞった。
「そいつも対象へ加えろ。可能なら力の底を見極める。邪魔になるようなら、その場で排除して構わん。要するに、『ギフトなしなのに強い。奴は危険だ』」
その日、アルトの名は二つの場所で、ほぼ同時に新しい記録へ書き加えられた。
一方は、王国を守るために。
もう一方は、王国を混乱へ陥れるために。
理由も目的もまるで違う二つの勢力が、奇妙なことに同じ結論へ近づき始めていた。
――ギフトなしのアルトを、このまま放置してはならない。『奴は危険だ』
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次回更新は明日の12時の予定です。
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