第五十二話 空いっぱいの式神は反則ですか?
# 第五十二話 空いっぱいの式神は反則ですか?
二学期が始まって数日後。学生寮《希望の夜明け》では、いつものように登校前の朝練が行われていた。体育祭の予選を控えたアルトたちに加え、今日は六合――リクと、王立騎士学校へ向かう前のオリヴィアも訓練を見学している。レオンとガルドは朝練が終わればそれぞれ王立騎士学校と王都の普通高校へ向かうため、王立魔法学校の体育祭に選手として参加することはない。
「今日の競技、魔物のみんなや幽霊、妖怪は連れて行けないんだよな。体育祭では外部戦力は原則禁止で、例外的に使いたい場合だけ事前許可が必要らしいからな」
アルトがそう話すと、リクが少し考えるように首を傾けた。「それでは中級ダンジョンの時とは、かなり違う戦い方になりますね。あの時は上層からついて来た弱い魔物たちが中層を前に自分から帰り、代わりに中層の魔物や幽霊、妖怪が加わって、常に動物や式神まで合わせて三百以上はいましたから」
「まあ、みんな本当に友達だからな。危ないところまで無理について来いなんて言えないし、中層で新しく仲良くなった奴らが助けてくれたから、数は増えたり減ったりしてただけだよ。ただ、紙の式神は俺自身の術だから使っていいって確認してある」
「ちなみにアルト様、式神は何体ほど使うおつもりですか?」
「さあな。そこは実際にやってみないと分からないけど、必要になった分だけ出せばいいと思う」
その答えを聞いたトウが、リクの肩へそっと手を置いた。「リク、その聞き方では駄目なんだな。アルトに『何体使う?』って聞くと、必要なだけって答えるんだな。先に上限を決めないと大変なことになるんだな。うん」
「我も同感だ。中級ダンジョンでも仲間が増えすぎて、途中から誰がどれだけ増えたのか確認する気が失せたからな」
「俺、そんなに無茶してるか?」
「しておる」
「してるんだな。うん」
ルウとトウがほぼ同時に返し、アルトが苦笑する。オリヴィアだけは笑わず、「一体ごとの強さより、同時に何体へ指示を出し、どの程度の情報を処理できるかを見るべきだな」と真顔で言った。その言葉にレオンが頷き、「アルトの場合、数が増えるほど《和合》も生きるでありますな」と答えると、リクは穏やかに微笑んだ。
「私が授けた加護ですが、もう私が想像していた使い方から随分先へ進んでいますね。今日も何をされるのか、少し楽しみです」
◇
王立魔法学校では、体育祭本番へ進む班を決める一年生の団体競技予選が始まろうとしていた。複数の拠点を一定時間確保することで得点し、最後に開放される中央拠点には大きな点が与えられる。単純に魔法の威力が高いだけでは勝てず、索敵、守備、進路妨害、仲間への情報伝達、そして状況に応じた役割変更が重要になる競技だった。
アルトたち一年一組の対戦相手は、一年二組。指揮役を務めるのはユリウス・エーレンフェルトだった。
「アルト君。中級ダンジョン中層攻略の話は聞いている。同じ一年生として、素直に見事な成果だと思う」
競技前の代表者確認で初めて真正面から話しかけられ、アルトも笑って手を差し出した。「ありがとう。ユリウスのギフト《統率者》も凄いって聞いてるよ。こういう団体戦なら、そっちの得意分野だろ? 今日はよろしく」
「ああ。今日は外部からの戦力が原則禁止されているからな。こちらにも勝機はあるだろう。互いに学校で学んだ力を使って、正面から競えることを楽しみにしている」
嫌味は感じなかった。本当に公平な条件で戦いたいのだろう。アルトはそう受け取りながら、自然にユリウスへ意識を向けた。
【ギフト:《統率者》】
意思疎通、役割分担、判断速度、集団戦闘能力の向上。アルトにはLvだけでなく、ギフトや能力、その性質と弱点まで見える。ただしレベルという概念そのものは王族や宮廷魔法師など一部の者しか知らないため、当然口には出さない。《統率者》は人数が多いほど強力だが、状況変化が重なって役割の再配置が続けば、指揮する本人への負荷も増えるらしい。
「……普通にぶつかったら、かなり厳しそうだな」
「何か言ったか?」
「いや、面白い勝負になりそうだなって思っただけだ」
その少し離れたところでは、案の定アリシアが観戦場所を確保していた。「アルト様~、ちゃんと見てますからねぇ。勝っても怪我は駄目ですからねぇ」と手を振っている。マイルスが「先輩、もう完全に保護者みたいになってますね」と笑っても、本人はまったく気にしていない。
開始直前、アルトは審判教師へ改めて尋ねた。「先生、一つだけ確認です。俺が紙から作る簡易式神は外部戦力には入らない、という理解でいいんですよね?」
「本人がその場で術によって作り、自身の力で維持・操作するものは魔法による生成物と同じ扱いだ。競技場外から独立した存在を呼び込むのでなければ使用して構わない。ただし安全規定は守るように」
「分かりました。それなら大丈夫です」
ユリウスはそのやり取りを聞いていたが、特に表情を変えなかった。アルトが式神を使うこと自体は想定していたからだ。
問題は、数まで想定していなかったことだった。
◇
競技開始直後、主導権を握ったのはユリウスだった。「前衛は第二拠点へ。中央にはまだ入るな。防御班は右側を固め、支援班は前衛の進路だけ確保してくれ」
短い指示が次々と飛び、それを受けた二組の生徒たちはほとんど迷わず動いた。一組が最初の拠点を押さえる頃には、二組はすでに別方向へ二班を展開している。
「ほう。すごいな。本当に全員が一つの部隊みたいだ」
アルトは感心しながらも、得点差が開き始めるのを見て懐へ手を入れた。「同じやり方で張り合っても勝てないなら、俺は俺のやり方でいくか」
取り出したのは、束になった白い紙だった。
「アルトくん、それ……全部使うつもり?」
フィーネの問いに、アルトは紙へ霊力を通しながら笑った。「全部必要かは分からないけど、使っていいって言われたからな」
一枚が宙へ舞い、小さな鳥の形へ変わる。続いて二枚、五枚、十枚。そこで止まると思っていた観客たちの予想を裏切り、紙は次々とアルトの手から離れていった。二十、三十と増え、数えることに意味がなくなった頃には、白い式神の群れが競技場の上空いっぱいへ広がっていた。
「…………」
ユリウスが、初めて言葉を失った。
右を見ても式神。左を見ても式神。上空では紙の鳥が何重にも旋回し、競技場のほぼ全域を見下ろしている。
「……なんだこれは!?これが、外部戦力を封じた状態だというのか?」
思わず漏れた声に、隣の生徒も答えられない。
観戦席ではアリシアだけが「さすがアルト様~!」と大喜びしており、マイルスは額へ手を当てていた。「外部戦力禁止って、アルトにはあまり戦力制限になってない気がしてきたよ……」
もちろん、紙式神一体一体は強くない。攻撃を受ければ簡単に落ちるし、拠点を占領することもできない。それでも上空から敵の位置を確認し、合図を送り、視界を遮ったり、進路を惑わせ、情報を収集・伝達することはできる。式神を通じて霊術を出すこともできる。呪術はさすがに使わないが。アルト自身も晴明としての記憶を取り戻したことで、かつて蓄積した術の知識を今の戦いへ次々と応用できるようになっていた。
だが、ユリウスも呆然としていたのは一瞬だけだった。
「式神そのものを追うな! 拠点を取れるのは生徒だけだ。広域魔法を使える者は索敵網を削れ。他はアルトたちの動きだけを見るんだ!」
的確な指示でいくつかの式神が落とされる。
「もう切り替えたのか。やっぱり強いな」
アルトは楽しそうに笑った。ユリウスが仲間へ役割を与えて一つの組織として動かすのに対し、アルトは式神が集めた情報を《和合》へ流し、仲間自身へ判断を任せる。フィーネは精霊の助けを借りて射線を整え、トウは探索魔法と幻想魔法で相手の視界と情報を乱し、ルウは状況に合わせて魔法を切り替え、ノエルは必要な者だけを素早く支える。誰もアルトから長い命令を待ってはいなかった。そしてアルトも式神全てを個別の結界で包んだ。これで式神を容易に壊すことはできない。
それでもユリウスは崩れない。終盤まで二組がわずかに先行し、最後の中央拠点が開いた時点でも一点差でリードしていた。
「左から来る二人は囮だ! 中央を守れ!」
ユリウスがアルトの動きを読み切る。アルトは思わず笑った。「そこまで読むか。だったら、もっと増やすしかないな」
新たな式神が左右へ散り、一部はわざと目立ち、一部は高く上がり、一部は地面すれすれを抜けていく。さらに一部は結界で行く手を邪魔する。ユリウスは次々と役割を組み替えるが、そのたびに別方向から新しい情報が飛び込む。
残り時間はわずか。
「フィーネ、中央いける?」
「うん。やってみる!」
それだけで十分だった。フィーネが精霊魔法で一瞬だけ風の流れを変え、その隙へ一組の生徒が走り込む。アルト自身も正面から入り、ユリウス側も即座に中央へ人員を戻した。
終了の鐘が鳴った。
最終集計は――一点差。
一年一組、勝利。
「よっしゃ! 本当にギリギリだったな!」
アルトが拳を上げる一方、ユリウスはしばらく得点板を見つめていた。やがてアルトのところまで歩み寄り、静かに手を差し出す。
「見事だった。私たちの負けだ」
「一点差だぞ。途中まで完全に押されてたし、もう一回やったらどうなるか分からないよ」
「それでも負けは負けだ。ただ……私は一つ、大きく見誤っていたらしい」
「何を?」
ユリウスは、まだ何枚か空を漂っている紙式神を見上げた。
「外部戦力が使えなければ、君の戦力は大幅に低下すると思っていた」
「いや、実際かなり落ちてるぞ。中層で一緒だったみんながいないからな」
「……え?これで、かなり落ちているのか」
ユリウスはそれ以上何も言わなかった。
◇
その夜。寮ではトウ、ルウ、リクが昼間の競技について話していた。
「アルト、楽しそうだったんだな。うん。勝ててよかったんだな」
「アルトにとってはな。しかし、あのユリウスという少年、負けて悔しがっているだけの顔ではなかったぞ」
リクも静かに頷く。「私にもそう見えました。魔物も幽霊も妖怪もいない状態なら、アルト様の力を測れると思っていたのでしょう。そして実際に測ってみたら、余計に分からなくなってしまった」
「アルトが強いのは、いいことなんだな。うん」
トウが不思議そうに言うと、ルウは少しだけ笑った。
「我らにとっては、な」
◇
一方、エーレンフェルト伯爵家へ戻ったユリウスは、父へ提出する報告書を前にしばらく筆を止めていた。
【外部協力戦力を制限した条件下においても、アルトの戦力は当初の想定を大きく上回った】
そこまで書いて、昼間の光景を思い返す。魔物はいなかった。幽霊も妖怪もいなかった。それでも空は式神で埋まり、最後には自分の最も得意とする集団戦で敗れた。
ユリウスはもう一度筆を取った。
【多数の簡易式神による広域索敵・情報伝達能力・結界魔法、ならびに本人を中心とする集団連携能力は、想定以上と判断する】
問題は、ただアルトが三百の戦力を持っているということだけではない。
あのギフトなしの少年自身が、すでに一つの軍隊なのではないか。
そう考えた瞬間、ユリウスは自分でも言葉にできないほどの悪寒を覚えた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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