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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第五話 ギフトなしの入学

# 第五話 ギフトなしの入学


 蟻と意思らしきものを通わせ、鳥とは少しずつ言葉に近いものまで交わせるようになっても、アルトの日常そのものが大きく変わったわけではなかった。朝になれば木剣を振り、父マックスと打ち合い、町の城壁沿いを走り、身体を鍛え、それが終われば相変わらず存在しないと言われた魔力らしきものを探し、暇があれば蟻や鳥へ話しかけるという生活を、毎日ほとんど欠かすことなく続けていた。


 六歳になったアルトの周りでは、町の人たちもすっかりその奇妙な行動に慣れていた。


「アルトちゃん、今日は鳥さん何て言うてるん?」


 駄菓子屋のオウサカおばちゃんに聞かれれば、


「今日は暑いって」


「そら鳥さんやなくても分かるわ」


 と笑われる。


 果物屋のダンおじさんの店先では、屋根に止まっている鳥を見上げ、


「ダンおじさん、あの鳥、そこのリンゴ狙ってるぞ」


「おい、追っ払え!」


「友達だから無理」


「友達なら盗むなって言え!」


「分かった。言ってみる」


 そんなやり取りまで日常になった。


 ただし、アルト自身が一番熱心に続けているのは、相変わらず剣と、魔力がないはずの身体の中を探ることだった。父との打ち合いでは以前より明らかに攻撃を避けられるようになり、時には木剣を当てることさえある。だからといってマックスが本気になれば到底勝てないのだが、それでも昨日より一つ出来ることが増えれば、アルトには十分だった。


 そして、そんな日々を続けているうちに、アルトは七歳を迎えた。


 初等科へ入学する年である。


 その少し前、アルトの家ではもう一つの祝い事があった。


 弟のタクトと妹のアーニャが五歳になり、二人の祝福の儀を迎えたのである。


「兄ちゃん、俺、《剣聖》だったらどうしよう!」


 神殿へ向かう朝から、タクトは落ち着かない様子で剣を振る真似をしている。


「父さんに仕事辞められるぞ」


「なんで!?」


「俺が五歳のとき、《剣聖》が出たら食わせてもらうって言ってたから」


「マックス」


 ハイネが低い声を出す。


「冗談だって、ハイネ」


「子供が本気にするでしょう」


「俺はしなかったぞ」


「アルトは変に冷静だったからよ」


「変って言うなよ」


 そんな会話の横で、アーニャだけは少し不安そうに自分の服の裾を握っていた。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「私も、何もなかったらどうしよう」


 アルトは妹を見る。


「何もなくても別にいいじゃん」


「お兄ちゃんみたいに?」


「そう。俺みたいに」


「でも兄ちゃん、普通じゃないじゃん」


 タクトが横から口を挟む。


「何がだよ」


「毎朝剣振って、蟻と喋って、鳥とも喋ってる」


「最近は鳥の方がよく喋るぞ」


「ほら、もっと普通じゃない!」


 マックスが吹き出し、ハイネまで堪えきれず笑った。


「アーニャ」


 アルトは妹の頭へ手を置く。


「何が出ても、お前はアーニャだろ。欲しいの出たら一緒に喜べばいいし、出なくても何かやりたいこと探せばいいじゃん」


「お兄ちゃんも?」


「俺?」


「私に何か出たら、嬉しい?」


「当たり前だろ」


「お兄ちゃんにはないのに?」


「俺にないからって、お前にもない方がいいわけないじゃん」


 アーニャは少しだけ安心したように笑った。


 神殿では先にタクトの名前が呼ばれた。


 神官が額へ手をかざし、しばらく目を閉じた後で微笑む。


「《剣士》ですね。剣を扱ううえで良い助けとなるギフトです」


「やったあ!」


 タクトが飛び上がり、そのままマックスへ駆け寄った。


「父さん! 俺、《剣士》だって!」


「おう。よかったな。じゃあ今度から父さんが少しずつ教えてやる」


「俺も教えるぞ!」


 アルトがすぐに割って入る。


「え?」


「明日から一緒にやろうぜ」


「毎日?」


「当たり前だろ」


 タクトが少し考えた。


「……父さんだけでいい」


「なんでだよ!」


 次にアーニャが呼ばれた。


 神官が確認すると、少しだけ感心したように頷く。


「《魔法》です」


「魔法?」


 本人より早く声を上げたのはアルトだった。


「はい。極めて珍しいというほどではありませんが、良いギフトですよ。基礎から学べば複数の魔法を身につけられる可能性があります」


「アーニャ、すごいじゃん!」


「お兄ちゃん、近いよ」


「魔法使えるようになったら絶対見せて! どうやって出すのかも教えて!」


「まだ使えないよ」


「じゃあ練習するとき俺も見ていい?」


「アルト」


 ハイネが呆れた顔をする。


「あなたの方が目を輝かせてどうすんのよ!今日の主役はアーニャなのよ?」


「分かってるって。嬉しいからさ」


「半分くらい研究したいだけじゃないの?」


「あ、まあ、それもある」


「はあ、認めるのね……」


 それでもアルトは心から喜んでいた。


 帰宅した後も、タクトには「剣を教える」としつこく言い、アーニャには「魔法が出たら一番に見せろ」と何度も念を押し、最後には二人からまとめて「うるさい」と言われた。


 マックスはそんな息子を眺めながら、ふと尋ねた。


「アルト」


「ん?」


「羨ましくないのか?」


「え?何が?」


「タクトには《剣士》、アーニャには《魔法》だぞ」


「そりゃ羨ましいよ」


 あまりにも即答だったので、マックスが目を丸くする。


「羨ましいのかよ」


「剣のギフトも欲しいし、魔法なんかめちゃくちゃ欲しいぞ」


「だったら悔しくないのか?」


「悔しいのと、二人がいいギフトもらって嬉しいのは別だろ」


 アルトは庭に置いてある自分の木剣を取った。


「それに俺、ギフトなくても前より強くなってるし」


「まあ、それはそうだな」


「蟻とも鳥とも話せるし」


「それは父さんにもよく分からんけどな」


「魔法だってまだ諦めてないぞ」


「ええ?まだ探してるのか?」


「当然」


「神官に魔力なしって言われて二年だぞ?」


「神官は魔力がないって言っただけだろ。魔法っぽいことを絶対何も出来ないって証明したわけじゃない」


「……うわあ、そこをそう考えるのか」


「ないなら、ないなりに何か方法あるかもしれないじゃん」


「お前ならほんとになんとかしてしてしまいそうで怖いわ」


 そう言ってアルトがいつものように木剣を振り始めたのをマックスは笑いながら見守るのであった。


◇


 それから間もなく、初等科へ入学する朝が来た。


「アルト、動かない!」


「この服じゃなくていいだろ。前のまだ着られるぞ」


「初登校なの。今日くらい綺麗な服を着なさい」


「どうせ汚れるじゃん」


「理屈を言わない」


「はい」


 ハイネに襟を直され、髪を整えられ、ようやく家を出ることを許されたアルトは、タクトとアーニャに見送られながら東通りへ向かった。


 途中、色とりどりの布が軒先に並ぶ小さな仕立て屋の前で足を止める。


「ルウー! 行こうぜ!」


「朝から大声を出すでない」


 店の奥からルウが出てきた。


 いつもより少しだけ整った服を着ているものの、本人はどうでもよさそうな顔をしている。


 その後ろから、黒髪をまとめた女性が姿を見せた。


「アルト君、おはよう」


「おはよう、ミレイアおばちゃん!」


「今日から学校ね。二人とも忘れ物はない?」


「俺は大丈夫」


「我も問題ない」


「ルウ、襟が少し曲がってるわよ」


「自分で直せる」


「動かないの」


 ミレイアが慣れた手つきでルウの襟を整える。


「母上、もうよい」


「今日くらいちゃんとして行きなさい」


「ハイネ母さんと同じこと言ってる」


「アルト君も捕まったの?」


「めちゃくちゃ捕まった」


「でしょうね」


 ミレイアが楽しそうに笑った。


 仕立て屋の奥から、染料のついた前掛けをした男が出てくる。


「アルト」


「おはよう、ゼノおじさん」


「うむ。おはよう。今日より初等科であるな」


「うん」


「学ぶことは多い。興味あるものだけではなく、多少は他のことも覚えるのだぞ」


「なんで俺に言うの?」


「お主が興味のない話を聞かぬことは、すでに知っておるからな」


「ゼノおじさんまで……」


「父上の言う通りであるぞ」


「ルウまで言うなよ」


 ゼノは少しだけ笑う。


「ルウ」


「なんだ、父上」


「アルトと仲良くな」


「今さら何を言っておるのだ。我らは以前から仲がよい」


「ならばよい」


「ゼノおじさん、ルウのことは任せろ!」


「うむ。頼んだ」


「父上!」


 ルウが即座に抗議する。


「なぜ我がアルトに守られる側なのだ」


「アルトの方が危なっかしいから、むしろルウちゃんに見てもらった方がいいかもしれないわね」


 ミレイアが笑う。


「母上。それなら納得である」


「俺は納得しないぞ!」


「では二人で互いに見ていればよい」


 ゼノが淡々と言う。


「それでよかろう」


「……前から思ってたんだけど、ゼノおじさんとルウって喋り方そっくりだよな」


「そうか?」


「そうであるか?」


 二人がほぼ同時に首を傾げた。


 ミレイアが吹き出す。


「ほら、そこもそっくり」


 ルウは少し不満そうだったが、アルトはおかしくなって笑った。


「じゃあ行ってくる!」


「いってらっしゃい。気をつけてね」


「うむ。励め」


「行ってまいる」


「お前、本当に七歳?」


「決まっておろうが」


 二人は並んで初等科へ向かった。


◇


 初等科の教室には、職人、商人、衛兵、農家など、さまざまな家庭の子供たちが集まっていた。アルトにとって、これほど大勢の同年代と毎日同じ場所で過ごすのは初めてであり、それだけでも少し面白かった。


「ルウ、あいつ髪真っ赤だぞ」


「聞こえるように言うでない」


「あっちの子すごい大きいな」


「見るな」


「学校って面白いな」


「まだ何も始まっておらぬぞ」


 やがて一人の男性が教室へ入ってくると、騒いでいた子供たちが少しずつ静かになった。三十代半ばほどに見える穏やかな顔立ちで、細い眼鏡の奥の目には威圧感よりも好奇心のようなものが浮かんでいる。


「おはようございます。私はエレウス。今日から皆さんの担任を務めます」


 優しい声だった。


「私自身のギフトは《演算》です。数字を扱ったり、物事を順序立てて考えたりすることが少し得意です。ただし、先生のギフトを覚える必要はありません。それより皆さんには、自分が何を好きで、何が出来て、これから何をやってみたいのかを少しずつ見つけてもらいたいと思っています」


 アルトは少しだけエレウスを好きになった。


「今日は皆さんの名前を覚えたいので、一人ずつ簡単な自己紹介をしてもらいます。名前と、差し支えなければギフトを教えてください。ただし、一つ約束があります」


 エレウスは教室全体を見る。


「ギフトの大小や種類を理由に、人を笑わないこと。《大》でも使わなければ身につきませんし、《小》でも工夫すれば役に立つことがあります。珍しいギフトだから偉いわけでもありません。これは先生の教室での約束です」


 アルトは今度はかなりエレウスを好きになった。


 順番に子供たちが立つ。


《農耕》。


《裁縫》。


《計算(小)》。


《火魔法(小)》。


《剣術》。


 魔法や剣のギフトが出ると、教室から自然に小さな歓声が上がった。


 やがてルウの番になる。


「我はルウ。ギフトは《魔力(小)》である。よろしく頼む」


 独特の話し方に何人かが笑いかけたが、エレウスが先に微笑んだ。


「とても丁寧な話し方ですね。先生は良いと思います。《魔力(小)》も、魔力をどう使うかによって出来ることはいろいろあるでしょう。これから探していきましょう」


「うむ。よろしく頼む」


 笑いかけた子供たちも、それ以上何も言わなかった。


 次にアルトが立つ。


「アルト。よろしく。ギフトは……ない」


 教室の空気が変わった。


「ない?」


「ギフトなし?」


「そんなことあるの?」


 ざわつく声が聞こえる。


 アルトはもう二年前ほど傷つかなかった。


 ギフトがないこと自体は変わらないし、今さら隠しても仕方がない。


 エレウスだけは表情を変えなかった。


「アルト君ですね。ギフトが確認されないというのは珍しい例ですが、それだけで何も出来ないという意味ではありません。好きなことはありますか?」


「剣と、魔法の研究。それから蟻と鳥」


「最後の二つは何をするんです?」


「喋る」


 教室がまたざわつく。


「蟻と鳥と?」


「うん。最近、ちょっと言ってること分かるようになった」


 エレウスが少しだけ目を細めた。


「それは面白いですね」


「先生、信じるの?」


「今の時点では、本当に意思疎通しているのかどうか先生には判断できません。ただ、アルト君がそう感じているなら、どういう条件で出来るのか調べてみる価値はあるでしょう」


「俺もそう思ってる」


「では、分かったことが増えたら先生にも教えてください」


「おう!」


「それと、魔法の研究というのは?」


「俺、魔力ないって言われたんだけど、何か出来る方法がないか毎日調べてる」


 今度こそ何人かが本当に不思議そうな顔をした。


「魔力がないのに?」


「うん」


「なんで?」


「使いたいから」


 あまりにも普通に答えたので、逆に笑う者はいなかった。


 エレウスは嬉しそうに頷いた。


「まだ分からないから調べている、ということですね。先生はとても良い姿勢だと思いますよ」


「先生も分からないことあるの?」


「山ほどあります」


「大人なのに?」


「大人になっても、分からないことはなくなりません」


「そっか」


「だから面白いんですよ」


 アルトは大きく頷いた。


「先生、いいな」


「ありがとうございます」


 教室の何人かが笑った。


 自己紹介は続く。


 やがて背筋を真っ直ぐに伸ばした少年が立ち上がった。


「自分はレオンであります。父は衛兵をしているであります。ギフトは《剣技(小)》であります。よろしく頼むであります」


「礼儀正しいですね、レオン君。《剣技(小)》なら基本を丁寧に身につけることから始めるといいでしょう。小さいから駄目なのではなく、そこへ何を積み重ねるかが大切です」


「承知であります!」


 次に、同年代とは思えないほど肩幅のある少年が立つ。


「ワシはガルドじゃ。家は鍛冶屋をしとる。ギフトは《盾(小)》じゃ。よろしく頼む」


「ガルド君は鍛冶にも興味がありますか?」


「もちろんじゃ。いつか親父より良い剣と盾を作りたいのう」


「素敵な目標ですね。《盾(小)》も、使い方を学べば誰かを守る力になりますよ」


「うむ、分かったのじゃ」


 次に立ったのは、少し眠たそうな目をした少女だった。


「トウは、トウだな。ギフトは《探知(小)》だな。うん。よろしく」


「探知は便利な能力ですよ。周囲の小さな変化に気づければ、人を助けられることもあります」


「うん。分かった。うん」


 トウは座る前に、一瞬だけ教室全体へ視線を巡らせた。


 アルトは何となくその動きが気になったが、理由までは分からなかった。


 次に、明るい表情の少女が立ち上がる。


「わたしはフィーネだよっ。ギフトは《弓力(微)》なの。よろしくねっ」


 《微》という部分で、何人かが少しざわつく。


 フィーネ自身も一瞬だけ気まずそうな顔をした。


「フィーネさん、弓を持ったことはありますか?」


 エレウスが尋ねる。


「うんっ。でもね、全然当たらないの」


「なら、これから当たるようになればいいですね」


「え?」


「最初から全部出来てしまったら、上手くなったときの楽しみが減るでしょう?」


 フィーネの表情が明るくなる。


「そっか。うん、先生、それいいねっ」


 最後に、小柄で落ち着いた雰囲気の少女が立つ。


「うちはノエル。家は薬師と薬草農家。ギフトは《回復(小)》。よろしく」


「家業と相性の良いギフトですね。ただ、回復の力だけではなく、今まで通り薬草の知識も大事にしてください。出来ることを二つ持っていれば、一つでは助けられない人を助けられるかもしれません」


「承知」


 自己紹介が一通り終わった頃には、アルトは学校という場所がかなり気に入り始めていた。


 知らないことが多い。


 知らないギフトもたくさんある。


 そして、エレウスという先生は「ギフトがないなら駄目」と決めつける人ではなさそうだった。


◇


 数日後、アルトが待ちに待っていた身体訓練の授業が行われた。


 担当もエレウスだった。


 校庭に並べられた木剣を前に、エレウスはまず安全について丁寧に説明する。


「今日は木剣を使いますが、相手を強く打つための授業ではありません。握り方、構え方、動き方を知るためです。勝った人が偉いわけでもありませんし、負けた人が駄目なわけでもありません。今日出来なかったことが一つ分かれば、それも立派な成果ですよ」


 まず基本の握り方と構えを教わる。


《剣術》や《剣技》のギフトを持つ子供たちは、やはり覚えるのが早かった。


 特に《剣術》を持つハルトという少年は、一度説明されただけでかなりそれらしい構えを作り、周囲から歓声を浴びている。


「すげえ!」


「やっぱ《剣術》っていいな」


 アルトも素直に感心した。


(父さんの構えとは少し違うな。子供向けだからかな。それとも教える人によって違うのかな)


 考えながら自分でも構える。


 エレウスが近づいてきた。


「アルト君は、かなり剣に慣れていますね」


「毎日やってるから」


「毎日ですか?」


「うん。父さんが門番だから、小さい頃から真似してる」


「どのくらい小さい頃から?」


「覚えてない。木剣が重くて持てなかった頃から」


「なるほど」


 エレウスの表情が少し変わる。


「では、もし嫌でなければ、簡単な打ち合いをしてみますか?」


「やる!」


 偶然相手になったのは、先ほど褒められていたハルトだった。


「ギフト、本当にないんだよね?」


「ないぞ」


「剣のギフトも?」


「ない」


「大丈夫? 痛かったらすぐ言ってね」


「おう。ハルトもな」


「え?」


「では始めましょう。ただし、強く打ち込まないこと」


 エレウスの合図と同時に、ハルトが踏み込んだ。


 速い。


 同年代としては、きっとかなり速いのだろう。


 しかしアルトが毎朝見ているのは、大人の門番であるマックスの剣だった。


(肩が動いた)


 半歩ずれる。


 木剣が横を通り抜ける。


「え?」


 二撃目。


 今度は腰を見る。


 カンッ!


 木剣で受ける。


 三撃目。


 足が前へ出る。


(大きい)


 後ろへかわす。


 ハルトの顔が少し焦った。


「なんで……!」


 さらに踏み込んでくる。


(腰が回りすぎてる)


 アルトは身体を沈め、その攻撃をかわすと、何年も毎日繰り返してきた動きのまま木剣を振った。


 コンッ。


 ハルトの肩へ軽く当たる。


 校庭が少し静かになった。


「一本ですね。アルト君」


「やった!」


「嘘だろ!? もう一回!」


「いいぞ!」


 エレウスは少し考えてから頷いた。


「ではもう一度。ただし、二人とも今出来なかったことを一つ意識しましょう。ハルト君は焦ると振りが大きくなっていました。アルト君は受けたときに足が止まっていましたね」


「はい!」


「おう!」


 二度目の打ち合いでは、ハルトも少し落ち着いていた。


 今度はアルトが一本取られる。


「やった!」


「今の上手かった!」


「アルト君、負けたのに褒めるの?」


「だって上手かったじゃん」


 ハルトが少しだけ戸惑った顔をする。


 その後もう一度やり、今度は互いに一本ずつ取ったところで授業は終わった。


 周囲では小さな声が上がっている。


「ギフトなしなのに……」


「《剣術》と普通に戦ってた」


 アルト自身はあまり不思議そうでもなく、自分の木剣を見ていた。


「父さんの方が全然強いけどな」


「それはそうでしょう。お父さんは大人ですから」


 エレウスが笑う。


「ただ、アルト君」


「ん?」


「よく練習してきましたね」


「毎日やってるから」


「相手の剣だけでなく、肩や腰、足まで見ていました。教わったことを何度も繰り返して、自分のものにしたのでしょう」


「うん。父さんに教えてもらった」


「では、お父さんにも感謝しないといけませんね」


「今日帰ったら言う」


「そして、勝ったことより先生が良いと思ったのは、ハルト君に一本取られたとき、すぐ『上手かった』と言えたことです」


「だって上手かったし」


「それが出来るのは、とても良いことですよ」


「そうなの?」


「はい」


 アルトは少し照れくさそうに頭を掻いた。


◇


 授業が終わった後、最初に近づいてきたのはフィーネだった。


「アルト君、すごかったねっ!」


「そう?」


「そうだよっ。《剣術》の子と普通にやってたじゃん。ギフト、本当にないんだよね?」


「ないぞ」


「どうしてあんなに動けるの?」


「毎日やってるからじゃない?」


「毎日?」


「うん」


「本当に毎日?」


「毎日」


 そこへレオンまで近づいてくる。


「失礼ながら、自分も聞きたいであります。毎日とは、本当に一日も休まないという意味でありますか?」


「そうだぞ。雨なら軒下。疲れてたら少しだけ。病気で動けなかったら頭の中でやる」


「そこまででありますか……」


「別に長くやらなくてもいいと思うぞ」


「どういうことでありますか?」


「五分でもやれば?」


「五分?」


 ガルドが会話へ入る。


「五分では短すぎんか?」


「ゼロよりいいだろ」


「まあ、それはそうじゃが」


「今日は五分しか出来ないなら五分だけ。出来る日はもっとやる。でも何もしない日は作らない。俺はそうしてる」


 トウがいつの間にかすぐ近くに立っていた。


「何か根拠があるのか。うん」


「ない」


「ないのか。うん」


「俺がそうしてるだけ」


「なるほど。うん。分かった」


「分かったのか?」


「たぶん。うん」


 ノエルまで寄ってくる。


「うち、薬草なら毎日五分できる」


「それでいいんじゃない?」


「承知」


 フィーネがぱっと顔を明るくした。


「じゃあさ、今日から一緒にやってみない? わたし、弓持ってくるよっ」


「いいぞ」


「自分も参加したいであります」


「ワシも盾を持ってくるかのう」


「トウもやる。うん」


「うちも」


 その会話を少し離れたところから聞いていたルウが、腕を組みながら近づいてきた。


「我を置いて勝手に話を進めるでない」


「ルウもやる?」


「うむ。構わぬぞ。そもそも我は以前から、お主の妙な研究や訓練に散々付き合っておるであろう」


「はは、確かに」


「ならば今さら一人増えようが五人増えようが同じである」


「同じではないと思うけど」


「細かいことを気にするなということだ」


 こうして放課後、校庭の端へ七人の子供たちが集まった。


 アルトは木剣。


 レオンも木剣。


 ガルドは家から持ってきた小さな木盾。


 トウは自分の《探知(小)》で何をすればよいか分からず、とりあえず目を閉じて周囲の音を聞くことにした。


 フィーネは子供用の弓。


 ノエルは薬草の本。


 ルウは《魔力(小)》をどう使えばよいのか考えながら、自分の掌をじっと見ている。


「ルウ、何してる?」


「魔力を手へ集められぬか試しておる」


「見ていい?」


「構わぬ」


「触っていい?」


「またか。まあ、よいが」


 アルトがルウの手首へ指を当てる。


「やっぱ何かある気がするんだよな」


「それが魔力ならよいのだがな」


「俺も後でやる」


「お主には魔力がないのであろう?」


「だから探すんだって」


「ふふ、本当に諦めぬな」


「だって使いたいし」


「ならばやらねば仕方ないな」


 ルウは少し笑った。


 フィーネは少し離れた藁束へ向かって矢を放つ。


 ヒュッ。


 盛大に外れた。


「あれえ?」


「思ったより難しそうだな」


「《弓力(微)》なんだから仕方ないでしょ!」


「ギフトのせいにするの?」


「……しない」


「じゃあもう一回」


「うんっ!」


 レオンは父から教わったという型を丁寧に繰り返し、ガルドは盾を構えたまま前へ出たり後ろへ下がったりしてみる。ノエルは校庭の隅に生えている草を一つずつ確認し、トウは目を閉じて、誰がどこにいるのかを当てようとしていた。


 その様子を少し離れた場所から見ていたエレウスが、やがて近づいてきた。


「良い練習ですね」


「先生」


「誰かに言われて始めたわけではないんでしょう?」


「アルト君が毎日やってるって言ったから」


 フィーネが答える。


「俺は毎日来いとは言ってないぞ」


「でも五分やればって言ったじゃん」


「言ったけど」


「なら一緒にやった方が楽しいでしょ?」


「それはそうかも」


 エレウスが笑う。


「では一つだけ先生から。今日五分やったから、明日急に上手くなるわけではありませんよ」


 アルトたちが先生を見る。


「昨日出来たことが今日は出来ない日だってあります。それでも、少しずつ続けて、一月前より出来ることが一つ増えたなら、それは立派な成長です」


「一月もかかるの?」


 フィーネが聞く。


「もっとかかることもあります」


「ええー」


「でも、その分出来たときは嬉しいですよ」


 アルトが頷いた。


「俺も父さんの剣、最初全然見えなかった」


「今は?」


「ちょっと見える」


「では、それが積み重ねですね」


「先生、五分って測れる?」


「今日は先生が見ておきましょう」


「ありがとう!」


 七人がそれぞれ練習を始める。


 五分という時間は、始めてみれば驚くほど短かった。


「はい、五分です」


「もう?」


 フィーネが弓を下ろす。


「もう終わり?」


「終わってもいいですよ」


「アルト君、どうする?」


「俺はまだやるぞ」


「五分って言ったじゃん」


「最低五分って意味。やりたいならもっとやればいいだろ」


「じゃあわたしもやる!」


「自分ももう少し型を確認したいであります」


「ワシもじゃ」


「トウももうちょっと。うん」


「うちも」


「ならば我も付き合うとしよう」


 結局、その日五分で終わった者は一人もいなかった。


 日が傾き始めた頃、ようやく片づけを終える。


「アルト君、一緒に帰ろ?」


 フィーネが当然のように横へ来る。


「いいぞ」


「明日もやろうねっ」


「おう」


「自分も参加するであります。継続というものを試してみたいであります」


「ワシも五分なら鍛冶屋の手伝いがあっても出来そうじゃ」


「トウも続けるな。うん」


「うちも」


 ルウがアルトの反対側へ並ぶ。


「随分と仲間が増えたな」


「仲間?」


「違うのか?」


「今日会ったばっかの奴もいるぞ」


「今日知り合い、明日も会う約束をしたのであろう。それなら十分である」


「そういうもんかな」


「そういうものであろう」


 校門を出たところで、一羽の小鳥が飛んできてアルトの肩へ止まった。


 チチッ。


 《アルト》


「おう」


 鳥がレオン、ガルド、トウ、フィーネ、ノエル、ルウを順番に見る。


 《いっぱい》


「何が?」


 《友達。いっぱい》


 アルトは隣を歩く六人を見た。


 レオンは妙に真面目で、何でも「であります」と言う。


 ガルドは七歳のくせに「ワシ」と言い、盾を持つと妙に落ち着く。


 トウは何を言っても最後に「うん」を付ける。


 フィーネはよく笑い、今日初めてまともに話したのに、もう昔から知っているような顔で隣を歩いている。


 ノエルは口数こそ少ないが、人が擦り傷を作ると誰より早く気づいていた。


 そしてルウは、今までと同じように当然の顔で自分の横にいる。


「……そうかもな」


 アルトが笑う。


「なんだ?」


「鳥が、友達いっぱいだって」


「そうか」


 ルウが微笑んだ。


「ならば大切にせねばな」


「うん」


 アルトは素直に頷いた。


 この日、七人が始めたことは、本当に大したことではなかった。


 木剣を振った。


 盾を構えた。


 弓を射た。


 周囲の音を探した。


 薬草を覚えた。


 魔力を動かそうとした。


 そして、それを明日もほんの五分だけやってみようと決めた。


 誰も、それが特別なことだとは思っていなかった。


 アルトですら、毎日少しでもやった方が、何もしないより上手くなるのではないか、その程度にしか考えていなかった。


 彼らはまだ、自分たちの中に何が眠っているのか知らない。


 アルトにも。


 レオンにも。


 ガルドにも。


 トウにも。


 フィーネにも。


 ノエルにも。


 そしてルウにも、それぞれ今見えているものだけでは説明出来ない何かがあった。


 けれど、それを知るのはまだ先の話である。


「アルト君、早く行こっ!」


 少し先へ行ったフィーネが振り返る。


「おう、今行く!」


 アルトは走り出した。


 六人も、それぞれの歩幅でその後を追う。


 明日も五分だけやる。


 たったそれだけの、小さな約束を持って。


 後に多くの人々は、この七人を、生まれながらに特別な者たちだったのだと思うことになる。


 それは完全な間違いではない。


 だが、少なくとも彼ら自身が最初に信じたものは、特別な血でも、強力なギフトでもなかった。


 昨日出来なかったことを、今日もう一度やってみる。


 今日出来なければ、明日もやってみる。


 その程度の、ごく普通のことだった。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)

執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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