第四話 鳥とも話せる?
《腹減った》
昨日、木の上の小鳥から確かにそんな感覚が伝わってきた。
それが気のせいだったのか、本当に鳥の言っていることが分かったのかを確かめるため、翌朝のアルトはいつも以上に忙しかった。木剣を百回振り、父マックスとの打ち合いを終え、城壁沿いを走り、身体の中にあるかもしれない何かを探すところまでいつも通り済ませると、朝食の席でパンを食べながら、皿に残った最後の一切れをじっと見つめる。
「アルト、どうしたの?」
ハイネが不思議そうに尋ねる。
「このパン、もらっていい?」
「食べるならいいわよ」
「俺じゃなくて鳥に」
「鳥?」
「昨日、腹減ったって言ってた」
食卓が少し静かになった。
タクトがすぐに食いつく。
「兄ちゃん、今度は鳥と喋るの?」
「たぶん」
「蟻さんの次は鳥さん?」
アーニャまで嬉しそうに身を乗り出す。
「まだ分かんないから調べるんだよ」
「鳥さん何て言うかな」
「パンちょうだい、じゃない?」
「それは昨日もう言ってた」
「腹減った、でしょ?」
「そうそう」
タクトとアーニャはもう完全に信じているらしい。
マックスがパンを齧りながら苦笑した。
「家族の中で一番驚かなくなったの、あの二人かもしれんな」
「父さんも昨日、蟻さんの話聞いたじゃん」
「聞いたけど、だからって今日から鳥まで増えると思うか普通」
「俺だって思ってなかったぞ」
「それはそうか」
ハイネは少し考えてから、アルトの皿へさらに小さなパンを一つ載せた。
「こっちはあなたの分。そっちだけ鳥にあげて、自分がお腹空いたって帰ってくるのはなしよ」
「分かった!」
「あと、知らない鳥を追いかけて町の外まで行かないこと」
「分かってるって」
「ルウちゃんと一緒に行くの?」
「うん」
「なら少し安心ね」
「母さん、俺だけだと安心じゃないの?」
「あなたは研究を始めると周りが見えなくなるから」
「そんなことないぞ」
家族全員が黙ってアルトを見る。
「……たぶん」
「ほら」
笑い声が食卓に広がった。
◇
いつもの町外れの木へ着くと、ルウはすでに待っていた。
「遅かったな」
「朝の訓練全部やってきたから」
「今日は鳥の研究をするのであろう? 一日くらい剣を減らしてもよかったのではないか?」
「やらないと気持ち悪いんだよ」
「知っておる。言ってみただけだ」
ルウはアルトが持っている紙包みへ目を向ける。
「それが餌か?」
「パン。母さんにもらった」
「昨日の鳥が来るとよいな」
「同じ鳥か分かるかな」
「そこは考えておらなかったのか?」
「今思った」
「くくく。では、同じかどうかも調べればよかろう」
「それもそうだな」
二人は木の下へ腰を下ろした。
アルトはパンを細かくちぎって、少し離れた地面へ置く。
「昨日のやつ、いるかな」
「呼んでみればよいのではないか?」
「鳥ってどう呼ぶんだ?」
「さあ?我に聞くな」
「ルウでも知らないこと結構あるんだな」
「おまえなあ。いくら我でも何でもかんでも知ってるわけがなかろう?それに知らぬことを知らぬと言えるのも賢さであるぞ?」
「まあ、知ったかぶりされるよりずっといい」
しばらく待つ。
最初は何も起こらなかった。
やがて木の枝へ一羽の小鳥が飛んできた。
チチッ。
アルトの頭へ、ごく薄い感覚が流れ込む。
《食べ物》
「来た!」
「分かるのか?」
「うん。食べ物って言ってる」
鳥は枝から地面へ降り、パンへ少しずつ近づいてくる。
すると、どこから見ていたのか別の鳥が一羽、さらにもう一羽と集まり始めた。
チチチッ。
《食べたい》
《ある》
《怖い》
《近い》
《欲しい》
「うわ、いっぱい来た」
「昨日一羽だったから気づかなかっただけで、意外と騒がしいものだな」
「ルウにも分かる?」
「我には鳴き声しか聞こえぬ」
「そっか」
アルトは鳥たちをじっと見る。
「昨日のやついる?」
チチッ。
《食べ物》
「それじゃなくて、昨日俺と喋ったやつ」
《知らない》
《食べる》
《あれ》
「どれだよ」
ルウが笑う。
「人間同士のようにはいかぬようだな」
「でも蟻さんより分かりやすい」
「どう違う?」
「蟻さんはもっと……気持ちだけって感じ。危ないとか、食べ物とか。でも鳥はちょっと言葉っぽい」
「なら、相手によって受け取れる情報の量が違うのかもしれぬな」
アルトが勢いよくルウを見る。
「それだ!」
「またか」
「蟻さんより鳥の方が頭いいからかな」
「その可能性はあるな。もっと頭のよい動物なら、さらに詳しく分かるかもしれぬ」
「犬とか?」
「試してみたいのであろう?」
「うん」
「顔に書いてある」
アルトは嬉しそうに笑った。
「でもまず鳥だな」
「そうした方がよい。一つずつ確かめた方が分かりやすい」
アルトはパンを手のひらへ乗せ、一羽の鳥へ差し出した。
「これ欲しい?」
《欲しい》
「じゃあ来いよ」
鳥は一歩近づく。
しかし、それ以上は来ない。
《怖い》
「取らないって」
《食べたい。怖い》
「どっちなんだよ」
「両方なのであろう」
ルウが横から言う。
「お主だって、知らぬ人間から美味そうなものを差し出されたら欲しくても警戒するであろう?」
「確かに」
「なら、無理に近づける必要はない。そこへ置いてやればよいのではないか?」
「そうだな」
アルトはパンを地面へ置いた。
鳥はアルトが少し離れるのを待ってから、ようやくパンを啄み始めた。
「命令すれば何でも言うこと聞くわけじゃないんだな」
「蟻と同じであろう」
「やっぱテイムじゃないのかな」
「神官にも違うと言われたのではなかったか?」
「そうなんだけどさ」
「我は、この方がよいと思うぞ」
「なんで?」
「言うことを聞かせるだけでは、話しているとは言えぬからな。相手が嫌なら断る。それでも伝わる方が、よほど面白いであろう?」
アルトは鳥を見た。
「うん。その方がいい」
少し考えてから続ける。
「友達になれるかもしれないしな」
「そうだな」
◇
鳥の研究が一段落すると、今度はアルトがルウをじっと見始めた。
「なんだ?」
「ルウもやってみてよ」
「鳥と話せるか?」
「うん。ルウには《魔力(小)》あるだろ。もしかしたら魔力が関係してるかもしれないし」
「なるほど。試す価値はあるな」
ルウはすぐに否定せず、一番近くにいた鳥へ向き直った。
「そこの鳥よ。我の言葉が分かるか?」
チチッ。
《怖い女》
アルトが吹き出した。
「なんだ?」
「いや……」
「何を言った?」
「言っていい?」
「言え」
「怖い女だって」
「…………」
ルウの眉が少し動いた。
鳥がさらに鳴く。
《怖い。近づかない》
「……失礼な鳥であるな」
アルトが笑う。
「ルウ、聞こえてないんじゃなかったの?」
「そやつの顔を見れば分かる!」
「鳥の顔分かるの?」
「なんとなくだ!」
「俺と同じじゃん」
「う、うるさい!」
ルウが少し声を大きくすると、鳥たちが一斉に飛び立った。
「ほら、逃げた!」
「なんだ、我のせいか!?」
「怖い女だから」
「アルト!おまえなあ」
「ははは!」
アルトは腹を抱えて笑った。
ルウも最初こそ頬を膨らませていたが、やがて堪えきれずに笑った。
「まあよい。それで、何か分かったのか?」
「ルウには聞こえなかったなら、魔力だけじゃないのかも」
「そうだな。少なくとも《魔力(小)》を持っているだけでは、同じことは出来ぬようだ」
「じゃあこれ、なんなんだろ」
「まだ分からぬな」
「面白いな」
「お主は答えが分からないほど嬉しそうだな」
「だって調べること増えるじゃん」
「そこは昔から変わらぬな」
アルトはふと思い出したように、ルウの腕へ視線を向ける。
「なあ、魔力ってどんな感じ?」
「どんな感じ、と言われても困るな」
「触ったら分かるかな」
「またやるのか?」
「ちょっとだけ」
「まあ、構わぬが」
ルウが腕を差し出す。
アルトは手首へ指を当て、目を閉じた。
温かい。
脈が打っている。
自分の身体と同じところもある。
しかし、その奥にごくわずか、自分にはないものが流れているような気がした。
「……なんかある」
「何がだ?」
「分かんない。でも俺と違う」
「ほう。それが魔力なのかもしれぬな」
「やっぱ俺にはないのかな」
アルトは自分の胸へ手を当てた。
一瞬だけ、少し残念そうな表情になる。
ルウはそんなアルトを横から見た。
「アルト」
「ん?」
「我の魔力を感じ取れるならそれほど悲観する必要はないかもしれんぞ?それに、今見つからぬからといって、探すのをやめるつもりはないのであろう?」
「ないぞ」
「ならば、それでよかろう」
「簡単に言うなあ」
「お主がいつも簡単にやっておることを言っただけだ」
「そっか」
「それに、お主には今のところ蟻や鳥と話せるという、我には出来ぬことがあるではないか。何もないわけではなかろう」
アルトは少し黙った。
「ルウ、それ褒めてる?」
「ああ、褒めておる。お主は誰よりも努力家だ。必ずいつか報われるときが来る」
「そっか。ルウもたまにはいいこと言うな」
「ふん。ひと言余計だ。」
アルトの顔が明るくなる。
「じゃあ、魔力の方も続ける」
「ああ。お主の好きにするとよい」
「一緒に調べてくれる?」
「よかろう。乗りかかった船だ、仕方あるまい。それに、なかなか面白くなってきたからな」
「やっぱ楽しんでるじゃん」
「はははは」
一緒に笑い合う二人だった。
◇
その日の夕方、家へ戻ったアルトは、鳥から聞こえた言葉を家族に一通り報告した。
「鳥さん、お腹すいてたの?」
アーニャが目を輝かせる。
「うん。パン食ってた」
「私も喋りたい!」
「聞こえるかやってみる?」
「やる!」
「タクトも?」
「俺も!」
三人で庭へ出た。
ちょうど屋根の上に数羽の小鳥が止まっていたので、アルトが指差す。
「あいつらに話しかけてみろよ」
「鳥さーん!」
アーニャが手を振る。
チチッ。
《大きい声》
「なんて言った!?」
「声でかいって」
「分かったの!?」
「俺にはな」
タクトも負けじと声をかける。
「俺は?」
チチッ。
《子供》
「子供だって」
「兄ちゃんだって子供じゃん!」
「鳥に言えよ!」
「鳥! 兄ちゃんも子供だぞ!」
チチチッ。
《うるさい》
「うるさいって」
「なんで俺だけ!」
ハイネが店の入口から笑って見ている。
「アルト、本当に分かってるみたいね」
「だろ?」
「昨日の火事もあったし、もうお母さんも疑ってないわよ。ただし、鳥の言うこと全部信じちゃ駄目よ」
「なんで?」
「鳥だって間違えることくらいあるかもしれないでしょう?」
アルトが少し考える。
「……確かに」
「人間だって間違うもの。相手が鳥でも同じじゃない?」
「母さんもルウみたいなこと言うな」
「それ、褒めてる?」
「褒めてるぞ」
「ふふ、ならいいわ」
ハイネは笑った。
アルトはその横顔を見てから、屋根の上の鳥たちへもう一度目を向けた。
誰かの言うことが分かる。
それは、その相手がいつも正しいという意味ではない。
言葉が通じることと、言うことを聞かせることも違う。
鳥との研究を始めたばかりなのに、もう分からないことがいくつも増えていた。
それが楽しかった。
◇
数日後。
アルトとルウがハイネのお使いで町を歩いていると、一羽の鳥が何度も低いところを旋回しながら、アルトの近くへ寄ってきた。
チチチッ!
《子供》
「ん?」
鳥が少し先へ飛ぶ。
また戻ってくる。
《泣く》
《穴》
「ルウ」
「何か言っておるのか?」
「子供。泣いてる。穴、だって」
ルウはすぐに表情を引き締めた。
「ならば、案内しようとしているのかもしれぬな」
「俺もそう思う」
「行こう。ただし、危険なら近づかず大人を呼ぶぞ」
「うん」
二人は鳥を追った。
細い道を抜け、使われなくなった古い水路の近くまで来ると、本当に小さな泣き声が聞こえてきた。
「いた!」
水路の底に、三歳くらいの男の子が座り込んで泣いている。
「大丈夫か!」
「うえええん!」
「今助ける!」
アルトが飛び降りようとすると、ルウが服を掴んだ。
「待て。お主まで登れなくなったら二人になるぞ」
「じゃあどうする?」
「我が大人を呼んでくる。アルトはここにおって、その子を安心させてやれ」
「分かった!」
「すぐ戻る」
ルウは迷わず走り出した。
アルトは水路の縁へ腹這いになって、泣いている子供へ声をかける。
「大丈夫だからな。もう人呼びに行ったから」
「怖い……」
「うん。でももうすぐ来るぞ。怪我してる?」
「足痛い」
「動かない方がいいな。そこに座ってろ」
頭上では、案内してきた鳥が木の枝へ止まっている。
チチッ。
《いた》
「うん。いたな。ありがとな」
《子供。見つけた》
「お前が見つけたんだろ」
ほどなくして、ルウが近くにいた大人を何人も連れて戻ってきた。縄を使って男の子を引き上げると、探し回っていた母親も駆けつけ、泣きながら子供を抱き締めた。
「ありがとうございます、本当に……!」
「俺たちじゃなくて、あの鳥が教えてくれたんだ」
「……鳥?」
母親が目を丸くする。
アルトは木の枝を指差した。
「うん。子供が泣いてるって」
「…………」
明らかにどう反応してよいか分からない顔だった。
ルウが横から助け舟を出す。
「少なくとも、あの鳥が何度もアルトを呼びに来たことは我も見ておる。それについて行った結果、ここへたどり着いたのだ」
「そ、そうなの……」
母親はまだ半信半疑だったが、やがてアルトとルウへ何度も頭を下げた。
「とにかく、ありがとう。本当にありがとう」
「もう大丈夫ならいいぞ」
アルトは照れくさそうに頭を掻いた。
少し離れたところでは、例の鳥がまだこちらを見ていた。
チチッ。
《よかった》
アルトは鳥を見上げた。
「お前も心配してたのか?」
《子供。泣く。嫌》
「そっか」
アルトは少し笑った。
鳥だって、人間の子供を気にすることがある。
今日また一つ、知らなかったことを知った。
◇
帰り道。
「認めよう」
ルウが突然言った。
「何を?」
「お主は本当に鳥とも何らかの意思疎通が出来ておるようだ」
「今さら?」
「今までもかなり信じておったぞ。ただ、今日のでさらに確信したということだ」
「そっか」
「火事に続いて、今日も鳥がいなければあの子はもっと長く見つからなかったかもしれぬ。お主の力は、かなり役に立つものだな」
「力って言われると変な感じだな」
「では、特技か?」
「それもなんか違う」
「なら、研究の成果でよい」
「それがいい」
二人で笑った。
「でもさ、ルウ」
「なんだ?」
「俺が鳥と話せるんじゃなくて、鳥の方も俺と話そうとしてるんだよな」
「そうだな。そうでなければ、わざわざ呼びに来たりはせぬだろう」
「そっか」
「嬉しいか?」
「うん」
アルトは素直に頷いた。
「だって、一方的に俺だけ分かってるんじゃないなら、ちゃんと話してるってことだろ?」
「そうだな」
「なんかいいな、それ」
「我もそう思うぞ」
ルウが微笑んだ。
そのとき、先ほどの鳥が追いついてきて、アルトの肩へ軽く止まった。
「お?」
「随分と懐かれたものだな」
「俺、何もしてないぞ」
鳥が首を傾げる。
チチッ。
《アルト》
アルトが固まった。
「……え?」
「どうした?」
鳥がもう一度鳴く。
《アルト》
「こいつ、俺の名前知ってる」
「普段から呼ばれているのを聞いて覚えたのではないか?」
「鳥って名前覚えるの?」
「種類によってはあるかもしれぬ。我もそこまでは知らん」
「お前、本当に知らないこと増えてきたな」
「お主の研究範囲が広がりすぎなのだ!」
アルトが笑う。
鳥も楽しそうに鳴いた。
《アルト。友達》
「…………」
今度は本当に足が止まった。
「また何か聞こえたのか?」
「友達、だって」
ルウの表情が少し柔らかくなる。
「そうか」
「俺、こいつの名前知らないのに」
「ならば聞いてみればよい」
「鳥って自分の名前あるのかな」
「それも研究すればよかろう」
「また増えた」
「嬉しそうではないか」
「うん」
アルトは肩に止まる小鳥へ、そっと指を近づけた。
「俺たち、友達なのか?」
チチッ。
《友達》
「そっか」
アルトは嬉しくなって笑った。
「じゃあ、これからもよろしくな」
《よろしく》
「おお! よろしくも分かった!」
「本当に少しずつ言葉が増えておるな」
「ルウ、明日も調べようぜ!」
「構わぬ。ただし、朝食を冷たくして母上に怒られても我は知らぬぞ」
「それは大丈夫。今日怒られたから覚えた」
「一日で忘れぬことを願っておこう」
「なんだよ、それ」
二人は笑いながら家へ向かった。
◇
家へ戻る道の途中、ルウがふいに足を止めた。
「アルト」
「ん?」
「明日から、我の家にも来るか?」
「ルウの家?」
「うむ。母上が、そろそろ一度連れてこいと言っておる」
「お母さんいるの?」
「いる。父上もな」
「会ってみたい!」
アルトが即答すると、ルウは少しだけ目を細めた。
「ただし、変なことを聞くなよ」
「変なことって?」
「魔族は角ないのか、とか。尻尾生えてるのか、とか」
「それ、聞いちゃ駄目なのか?」
「駄目に決まっておろう!魔族関係の質問はなしだ」
「分かった。じゃあ聞かない」
「本当に分かっておるのか?」
「たぶん」
「むう。お主の『たぶん』は信用ならぬな」
翌日。
ルウに案内されて訪れたのは、町の東側にある小さな仕立て屋だった。
表には色とりどりの布が並び、店の奥からは布を裁つ音が聞こえてくる。
「ここが我の家だ」
「仕立て屋?」
「母上が営んでおる」
ルウが扉を開ける。
「ただいま」
「お帰りなさい、ルウ」
奥から、落ち着いた声が返ってきた。
姿を現したのは、黒髪を後ろでまとめた女性だった。ルウと同じように少し耳が尖っており、浅黒い肌をしている。
「その子がアルトくんね?」
「うん」
「初めまして。私はミレイア。ルウの母です」
「初めまして。アルトです。」
「礼儀正しいのね。いい子だわ」
ミレイアは柔らかく微笑んだ。
その笑顔は自然だったが、アルトにはどこか少し周囲を警戒しているようにも見えた。
「父上は?」
「裏で染料を混ぜているわ。呼んでくるわね」
ミレイアが奥へ向かう。
しばらくすると、背の高い男性が姿を現した。体格が良く、がっしりしており、腕には染料の跡が残っている。やはり少し耳が尖っており、浅黒い肌をしている。
「よく来たな我はゼノ。ルシフェルの父だ」
「アルトです」
「話は聞いておる。剣の稽古を毎日しておるそうだな」
「はい」
「それに、鳥とも話せるとか」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ研究中なので」
ガルドは一瞬黙ったあと、低く笑った。
「なるほど。それはいい。面白い子だ」
「父上、笑っている場合ではないぞ。アルトを困らせないでくれと言ったであろう」
ミレイアがため息をついた。
「それに、あなたはすぐに子供へ昔の話をするでしょう」
「昔の話くらいよいではないか」
「町の人に聞かれたら困る話は駄目です」
アルトは二人を見比べた。
「昔の話って?」
「詳しいことはまた今度ね」
ミレイアがすぐに遮った。
「私たちは昔、別の町で暮らしていたの。ここへ来てからは、この店を営んでいるだけよ」
「そうなんだ」
「ええ。ルウもこの町を気に入ってるし、アルト君も仲良くしてあげてね」
ミレイアの声は優しかった。
けれど、その言葉には妙な重さがあった。
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」
「ただ、町の人には余計なことを知らせぬ方がよい。魔族と分かれば、怖がる者もおるからな」
「ルウはホントに魔族なの?」
「正確には半魔だ」
「半魔?」
「人間と魔族、両方の血を引いているということよ」
ミレイアが説明する。
「だから、ホントは角や尻尾があるの」
「え?見えないよ?」
「普段は隠してるのよ。私たちはかなり人間の姿に近いから、少し変わった家族くらいに思われているの」
「魔族だとバレるとまずい?」
「人族と魔族は戦ってるんだ。まずいに決まってるだろう?それに魔族関係の質問はなしだといったろ?」
ルウが少し視線を逸らす。
「我が何者かより、我がどう生きているかの方が大事であろう?」
アルトはすぐに頷いた。
「うん。ルウはルウだし」
ルウの耳が、ぴくりと揺れた。
「……そうか。ありがとう」
「それに、俺もギフトなしだけど、アルトはアルトって母さんが言ってた」
「それは少し違う気がするが、まあよい」
ゼノが腕を組む。
「アルト。ルウのことを、町で話さないでくれるか?」
「もちろんだよ」
「即答か。よいよい。ちなみに理由を聞いても?」
「ルウが困るなら言わないよ。友達だから」
ゼノはしばらくアルトを見つめた。
やがて、ふっと表情を緩める。
「ルウはよい友達を持ったようだ。アルト、我らはそなたを歓迎する」
「本当?」
「ああ。いつでも遊びに来るといい」
「研究してもいい?」
「いいとも。店の布を勝手に切らなければな」
「切らないよ」
「ああ、それと染料を飲まなければな」
「飲まないって!」
ミレイアが笑う。
「ルウが友達を連れてくるなんてね。今日はおやつを出しましょう」
「やった!」
アルトが喜ぶと、ルウが呆れたように息を吐いた。
「まったく、お主は食べ物に弱すぎる」
「ルウだって昨日パン食べてたじゃん」
「我は普通に食事をしただけだ!」
「鳥も食べてた」
「鳥と一緒にするな!」
店の中に笑い声が広がった。
その日から、ルウは町の中でより自然にアルトと過ごせるようになった。
◇
ある日の夕方。
アルトがルウの家から帰ろうとすると、ミレイアが小さな包みを渡してくれた。
「これは?」
「焼き菓子よ。アルトくんの家族にも持っていって」
「いいの?」
「ええ。いつもルウと仲良くしてくれているお礼」
「俺の方こそ、ルウと一緒にいられて楽しいよ」
ミレイアは一瞬だけ目を細めた。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
店の奥からガルドの声が飛んでくる。
「アルト、ルウを頼むぞ」
「父上!」
「分かった!」
「分かるな!」
ルウが慌てて叫ぶ。
アルトは笑いながら、包みを抱えた。
「じゃあ、また明日な」
「ああ」
店を出ると、屋根の上にいつもの小鳥が止まっていた。
チチッ。
《友達》
「うん。ルウも、鳥も、みんな友達だ」
鳥は満足そうに羽ばたいた。
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