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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第二章 《魔法学校一年生》

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第四十九話 ほら、三割も売上が増えるわ

第四十九話 ほら、三割も売上が増えるわ


 次のダンジョン攻略を翌日に控えた夕方、《希望の夜明け》の七人は学生寮の談話室に集まっていた。テーブルの上には前回持ち帰った素材の一覧と売却記録が並んでいる。その向かい側で帳面をめくっていたクラリス・アルトマンは、最後の一枚まで確認すると、しばらく考えるように指先で机を叩いた。


「うーん、やっぱりどんぶり勘定ね。どう?私がマネージャーやったげるわよ。お金の管理なら任せてくれていいわ」


「そんなにまずかったのか?」


 アルトが尋ねると、クラリスは帳面をこちらへ向けた。


「まずいっていうより、もったいないのよ。ウォーウルフの素材は今なら冒険者ギルドの方が高いし、この鉱石はイヨン商会の方が高く買えるわ。これは今すぐ売らずに保管。この薬草は王都で品薄だから今週中に売る。それと、この魔石は加工用としてガルドに回した方が、素材のまま売るよりずっと得ね。ほら、これだけでざっと3割近くも売上が増えるわ」


「すごい。今見ただけで全部分かるのか?」


「ほとんどの素材なら市場相場も、ギルドの買取価格も、うちの商会の価格も覚えてるわよ。商売人の娘なんだから、そのくらいできないと困るもの」


 クラリスは何でもないことのように言ったが、アルトの目には別の情報も見えていた。


《ギフト 高速演算》


 なるほど、とアルトは思った。商人として叩き込まれた知識にこのギフトが組み合わされているなら、計算や採算判断では到底かなわない。


「それで、マネージャーの取り分なんだけど、クラリスはどうしたい?」


「今まで経費を差し引いた残りを7人で山分けしてたんでしょ?私はダンジョンに潜るわけじゃないし、持ち帰った収穫物を選別してもうけさせてあげるだけだから、経費を差し引いた残りのうち、15分の1をもらうわ。残り15分の14を7人で山分け。これでどう?」


「うん。俺はお願いしたいな。戦い方なら考えられるけど、素材をどこへ売るかなんて全然分からないし」


「私も賛成だよっ。クラリスちゃんがやってくれるなら安心だもん」


「トウも賛成なんだな。うん」


「我も異論はない。少なくともアルトに帳簿を任せるよりは遥かに安心できそうである」


「あ?そこまで言う?」


「うちもお願いした方がいいと思うわね。専門の人に任せられるところは任せた方がいいもの」


 ノエルまで賛成し、レオンも背筋を伸ばした。


「異論なしであります。収穫物の売却まで含めて初めて攻略の成果でありますから、適任者へ任せるべきであります」


 最後に全員の視線がガルドへ集まる。


「わ、わしももちろん賛成じゃが……クラリスにそこまでしてもらってええのかのう」


「何言ってるの。あなたたちが毎回損して帰ってくる方が気になるわよ。それに、もう引き受けるって決めたから」


「そ、そうか。なら頼むぞい」


「はい、決まり。これから《希望の夜明け》の収支は私が見るから、収穫物を勝手に売らないでね。いいわね?」


 こうして、七人の戦闘メンバーとは別に、クラリスが《希望の夜明け》のマネージャーを務めることが満場一致で決まった。


 翌朝、七人は再び中級ダンジョンへ向かった。今回も入口付近では、以前知り合ったウォーウルフやリザードマン、その友達までが次々と合流し、紙の式神や本物の鼠、鳥、虫まで数えれば、途中では四百を超える一団になった。


「……もう我はいちいち数えぬぞ。数えるだけ精神に悪い」


 ルウが遠い目をして言うと、トウが隣で頷いた。


「それがいいと思うんだな。うん。どうせまた増えるんだな」


「お主、その言い方は慰めになっておらぬぞ」


 しかし、中層へ近づくにつれて状況は変わった。上層の魔物たちが一体、また一体と足を止めていく。アルトは立ち止まるたびに礼を言い、無理に付いてくるよう頼むことはなかった。


『ここまでで十分だよ。助かったよ。ありがとう』


『無茶をするなよ』


『ああ。またあとでな』


 四百を超えていた一団は、中層へ向かうにつれ数が減っていった。それでも力のあるウォーウルフやリザードマンの何体かは残り、自分たちの意思で同行してくれている。反面、新しい階層から新しい味方が加わっていった。そうして魔物の入れ替わりと数の上下はあるものの、だいたい300体前後で落ち着いた。もちろん動物や式神込みの数である。


 中層を進み始めると、敵の強さも明らかに変わってきた。


《リザードナイト Lv175》

《能力 槍盾陣》


《コカトリス Lv180》

《能力 石化毒》


 さらにその奥では、


《マミープリースト Lv190》

《能力 衰弱呪詛》


 アルトには名前も能力も見えるが、弱点は相手が強くなるほど霞んでいる。だが晴明の記憶を取り戻した今は、見えない情報を一から探す必要はなかった。動き、構え、術の流れを見れば、前世の知識から似た性質を持つ存在を思い出し、ある程度の仮説を立てられる。


「この先に敵対する魔物が2体と、少し遅れて1体がいる。コカトリスの正面は避けよう。フィーネは距離を取って、サクラと一緒に目を狙える位置を探してくれ。レオンはリザードナイトを引き付けて、ガルドは中央を頼む」


「承知!」


「任せい!」


 戦闘が始まった直後、トウの探索魔法が別方向の反応を捉えた。


「後ろからも来るんだな!」


 アルトも式神から送られてきた景色を確認する。マミープリーストがあらわあれて杖を掲げ、呪詛を放とうとしていた。


「来た!」


 それだけだった。


 ガルドはリザードナイトを中央へ押し込み、レオンは反対側へ抜けてコカトリスの進路を切る。フィーネは一度狙っていた標的を捨て、サクラとともにマミープリーストへ射線を取った。ルウは後衛全体を守りながら敵の術へ干渉できる位置へ動き、ノエルは誰からも指示されないままガルドの少し後ろへ回る。トウは探索魔法を維持したまま幻想魔法を重ね、アルト自身は呪詛の流れを遮るため符を放った。


 言葉として伝えたのは、「来た」の二文字だけ。それでも全員が、自分が何をすべきかを理解していた。


「……もう駄目ですわ」


 少し離れた場所で見ていたリクが、両手で頭を抱えた。


「昨日はまだ偶然の一致かもしれないと、自分に言い聞かせる余地がありました。でも今のは無理です。アルト様は敵が来たとしか言っておられないではありませんか!」


「でも、何をすればいいか分かったよ?」


 フィーネが戦いながら当然のように答える。


「そこなのです! 私の《和合の加護》は意思や感覚をつなぎ、連携をしやすくするものです。何も言わずに全員へ別々の戦術を伝える加護ではありません!」


 その横を通ったルウが、トウへ小声で話しかける。


「トウよ。『来た』だけで皆が動くことが、既に普通になっておるぞ」


「そうなんだな。うん」


「しかも同じ動きをする者が一人もおらぬ。それぞれが自分の役目へ勝手に動いておるではないか」


「みんな、誰が何を得意なのか知ってるんだな。アルトもみんなが何をしたいか分かってるし、みんなもアルトが何をしたいか分かってるんだな。そしてお互いが何をしたいのかも分かってるんだな。うん」


「……この先、どうなるのだ?」


 トウは少し考えてから答えた。


「たぶん、もう言葉がいらなくなるんだな。うん」


 ルウは、今まさに頭を抱えているリクをちらりと見る。


「それは本人にはまだ言わぬ方がよいな。本当に倒れそうだ」


 戦闘を終え、一行はさらに奥へ進んだ。途中で中層に住む魔物とも新しく知り合い、上層から付いてきた友達が帰った代わりに、今度はこちらの階層の住人が道を教えてくれるようになる。人数が無限に増えるわけではない。深く進めば付いてこられなくなる者もいる。それでも、アルトの友達の輪だけは場所を変えながら確実に広がっていた。


 その日の難所となったのは、巨大な鉄の身体を持つゴーレムだった。


《アイアンゴーレム Lv195》

《能力 鉄拳》

《弱点 ――》


 フィーネの矢は硬い表面で弾かれ、レオンの剣も深く入らない。ガルドが鉄拳を受け流す間、アルトは式神を上へ回し、足元へ鼠を潜らせ、何度も関節の動きを観察した。


「身体全部が同じ硬さじゃない。動かすためには、どこかに継ぎ目があるはずだ」


 アイアンゴーレムが腕を振り上げる。


《弱点 ――》


 さらに見る。


《弱点 関節部――》


「フィーネ!」


「うん!」


 アルトが場所まで言うより先に、フィーネの矢が膝関節へ向かっていた。同時にルウの魔法も同じ一点へ飛ぶ。矢はレオンの身体すれすれを抜け、魔法はガルドの盾の横を通過する。それでも誰も怯まない。味方が自分に当てないことを、もう疑っていなかった。


 関節を破壊されたアイアンゴーレムが崩れ落ちる。


 リクは無言だった。


「リク?」


「今は話しかけないでくださいませ、アルト様。少し、自分の加護とは何だったのか考えたい気分です」


「そ、そう?だけど、リクの加護がなければ今の状態はないんだからね?」


「!」


 その日の最後、案内してくれていた魔物たちが大きな扉の前で足を止めた。


『ここから先には行かない方がいい。首のない騎士がいる』


「首のない騎士か……」


 アルトは紙の式神だけを扉の隙間から先へ送り込んだ。


 薄暗い広間。その中央に、一体の黒い騎士が立っている。鎧を着た身体には首がなく、片手には巨大な剣が握られていた。


《デュラハン Lv245》

《能力 首なし突撃》

《能力 死騎士の斬撃》

《能力 恐怖》

《弱点 ――》


 今までとは明らかに違う。


 アルトはしばらく観察してから式神を戻した。


「今日はここまでにしよう。あれを今から勢いでやるのは違う。次は最初からあいつを倒すつもりで準備して来よう」


「承知!」


 誰も異論はなかった。


 帰還すると、クラリスが持ち帰った素材を次々と仕分けていく。


「これはギルド。これはイヨン商会。こっちは保管。これはガルドに加工してもらった方が得ね。……はい、終わり」


「もう終わったのか?」


「だから任せといてって言ったでしょ?」


 ガルドが感心したようにクラリスを見る。


「やっぱりクラリスは凄いのう……」


「何言ってるの。大したことじゃないわよ。それに、これからずっと私がやるんだから、早く慣れてね」


「お、おう。頼むぞい」


 クラリスは当然のように笑ったが、ガルドだけは、その「これからずっと」という言葉をまったく別の意味では受け取っていなかった。


 そしてアルトは、今日最後に見た黒い騎士を思い出す。


《デュラハン Lv245》

《弱点 ――》


 弱点は見えない。


 だからこそ、次は七人で見つければいい。


「次で、中層を攻略できるように入念に準備しよう」


 アルトの言葉に、六人がそれぞれ頷いた。


次回更新は明日の12時の予定です。




皆様に大切なお願いがございます。


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執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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