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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第二章 《魔法学校一年生》

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第四十八話 一個大隊でダンジョン祭り

第四十八話 一個大隊でダンジョン祭り


 数日後、《希望の夜明け》は再び中級ダンジョンへ入っていた。前回は上層ボスのオーガ・チャンピオンを倒し、中層への道を開いたところで引き返したが、今回は最初から中層へ足を踏み入れることを目的としている。ところが、肝心の中層へ着くより先に、別の問題が発生していた。


「……アルト。我は前回、三百を超えたところで十分におかしいと思っておったのだが、これは一体どういうことなのだ?」


 ルウが振り返った先には、ウォーウルフ、リザードマンをはじめ、上層でアルトと知り合った魔物たちがぞろぞろと続いていた。それだけではない。前回仲良くなった魔物が別の仲間を連れてきて、その仲間がまた別の魔物を紹介するという連鎖が起き、紙の式神、本物の鼠や鳥、虫などの偵察要員まで含めれば、その数は四百を軽く超えていた。


「友達が友達を連れてきてくれたみたいだな。まだ五百はいってないと思うよ」


「まだ、という言葉をそこで使うな! 我らは七人でダンジョンへ入ったはずなのだぞ。それがなぜ、数日後には一個大隊どころではない規模になりつつあるのだ!」


「でも、みんな自分から来てくれてるんだな。うん」


「トウよ、お主まで平然としておる場合ではないぞ!」


「アルトだから仕方ないんだな。うん」


「またそれか!」


 ルウが額を押さえる一方で、アルトは近寄ってきたウォーウルフの頭を撫でながら、別のリザードマンから先の様子を聞いていた。誰かを従わせたわけでも、命令して集めたわけでもない。ただ一度友達になり、その友達が困っているなら手を貸そうと魔物たち自身が集まってきただけだった。


 やがて一行がオーガ・チャンピオンのいた場所を越え、中層へ続く通路へ差しかかると、それまで賑やかだった魔物たちの足が次々と止まり始めた。アルトが振り返ると、一頭のウォーウルフが申し訳なさそうに耳を伏せる。


『ここから先は、俺たちには危険だ』


「うん。ここまででいいよ。むしろここまで一緒に来てくれてありがとう。帰る時にまた会おう」


『お前たちは行くのか?』


「少しだけな。危ないと思ったら俺たちも帰るよ」


 アルトが笑うと、魔物たちは安心したように鳴き声を返した。強いウォーウルフや数体のリザードマンなどは自分の意思で残ったが、大半は上層へ戻っていく。四百を超えていた大集団は、中層へ入る頃には見る見る小さくなっていった。


「命じれば、あやつらは付いてくるのではないのか?」


 その光景を見ていたルウが小声で尋ねると、トウは首を振った。


「友達なんだから、無理に危ないところへ連れていったら駄目なんだな。アルトは絶対そんなことしないんだな」


「……なるほどな。だからこそ、あれだけの数が自分から集まってくるのかもしれぬな」


「そうなんだな。うん」


 中層へ入ると、雰囲気は明らかに変わった。トウが探索魔法を広げ、アルトも式神を先行させる。すぐに二つの反応が返ってきた。


《トロール Lv155》

《能力 高速再生》

《弱点 ――》


《ボーンナイト Lv165》

《能力 盾受け反撃》

《弱点 ――》


 数字も能力も見えるが、弱点は上層より明らかに霞んでいる。晴明の記憶を取り戻してから、アルト自身の成長速度は以前より上がっている。それでも今の自分より強い相手が集まる中層で、情報を見る力まで万能になるわけではなかった。


「二体同時だな。ガルドはトロールを止めてくれ。レオンはボーンナイト。ただし、盾で受けた直後の反撃がある。最初から深く入らないで」


「承知!」


「任せい。でかいのはわしが受けるぞい」


 戦闘が始まる。ガルドがトロールの腕を盾で流し、レオンはボーンナイトの剣と盾を慎重に見ながら間合いを詰める。フィーネはサクラと呼吸を合わせて射線を探し、ルウは全体を見渡せる位置で魔法を準備する。ノエルも負傷者が出ればすぐ回復できるよう後方を移動し、トウは探索魔法を途切れさせない。


 その時だった。


「後ろから来るんだな! レイスアーチャーなんだな!」


 トウの声とほぼ同時に、アルトの式神にも新たな敵影が映る。


《レイスアーチャー Lv170》

《能力 霊矢》


 三方向からの攻撃。以前なら、アルトは誰がどこへ動くか一人ずつ指示していただろう。しかし口から出た言葉は、たった一つだった。


「来た!」


 それだけで全員が動いた。


 ガルドはトロールを前方へ押し込み、後衛への直線を塞ぐ。レオンはボーンナイトの注意を引いたまま位置をずらし、フィーネは一度構えていた矢を下ろして身体を反転させる。トウはレイスアーチャーの位置を感覚として全員へ伝え、ルウは後衛を覆える角度へ魔法を展開した。ノエルはまだ誰も傷ついていないにもかかわらず、次に最も危険になる位置へ先回りしている。


 アルト自身にも、なぜ全員がそこへ動くと分かったのか説明できなかった。ただ、《和合の加護》を通して互いの意図がつながった瞬間、自分が何をすべきかだけが自然に分かった。


「フィーネ!」


「分かってる!」


 放たれた精霊魔法の矢がレイスアーチャーへ向かう。その射線を避けるようにルウの魔法が別角度から入り、相手の退路を塞ぐ。まだ完全ではない。動きが一瞬重なるところもあり、ガルドはトロールの一撃を受けて大きく後退した。それでも以前なら三体同時に現れた時点で乱れていた陣形が、ほとんど崩れない。


 数分後、最後のボーンナイトが倒れると、リクはしばらく何も言わなかった。


「……アルト様」


「どうした?」


「今、『来た』としか言いませんでしたよね?」


「うん」


「ガルドさんに前を塞げとも、フィーネさんに後方を狙えとも、ルウさんに射線を作れとも言っておられませんでしたよね?」


「言ってないな」


「なのに、なぜ全員がそれぞれ違う役目を理解して同時に動けるのですか?」


 フィーネが首を傾げた。


「なんとなく、今はこれをすればいいって分かったのよね」


「私の《和合の加護》は、信頼する者同士の意思や感覚をつないで連携しやすくする加護なのです! 今のは、もう言葉すら必要なくなり始めているではありませんか!」


 リクはとうとう両手で頭を抱えた。


「晴明様の時でも、授けてすぐここまで無茶な使い方はなさらなかったのに……」


 その様子を少し離れて見ながら、ルウがトウへ囁いた。


「トウよ。あれは本当に《和合の加護》なのか?」


「加護だけじゃないんだな。みんな、ずっと一緒に戦ってきたんだな。誰が何を得意として、どう動くか知ってるんだな。加護は、それをつないでるだけなんだな」


「つまり加護が七人を別人のように変えたのではなく、元々積み重ねてきたものを、外へ出しやすくしたということか」


「そうなんだな。うん」


 ルウは頭を抱えたままのリクを見ると、少し気の毒そうに笑った。


「それならば、あやつが頭を抱えるのも仕方あるまいな」


「まだ始まったばっかりなんだな。うん」


「……それを本人に言ってやるな。倒れるぞ」


 その日は中層を少し進んだところで撤退した。新しく友好的な魔物とも数体知り合えたが、アルトは無理に数を増やそうとはせず、「また会おう」と約束して帰路についた。


 入り口に戻る途中、レオンが言いにくそうにガルドに切り出した。


「ガルド、帰ったらアクセサリーの相談に乗って欲しいであります。」


「 お?どうした? 」


「実は同学年の女生徒に今度の休日に武器選びを手伝ってもらうことになっているであります。」


「 ああ、確かにお前の武器、そろそろ買い換えた方がいいよなあ。」


「 そこでお礼に何か、プ、プレゼントでもしたいのであります。」


「 ガハハハ。そう言うことなら任せときな。わしはこう見えてもアクセサリー作りも得意じゃからの。目利きもしてやるし、なんなら作ってやってもいいぞ。」


「 ほんとでありますか?助かるであります。」


「 いいってことよ。いくらでも頼ってくれや。その代わり、その子のことちゃんと教えろよ?ん?」


「 ガルドには負けたであります。」


 学生寮へ戻った後、レオンは約束どおりガルドの部屋を訪れていた。


「レオン、こいつがわしが作ったアクセサリーじゃ。ペンダント、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、なんでもあるぞ? どうだ、気に入ったのはあるか? こんなやつを作ってほしいって言うなら作ってやるぞ?」


「これは素晴らしいであります。どれもこれも本当に見事であります」


「どんな感じの子なんじゃ? その子の雰囲気に合うもんを送ってやらんとのう」


 その時、廊下から声が飛んできた。


「おーい、ガルド、お客さんだぞー」


「お、すまん。ちょっと待っててくれ。自由に見ていてくれて構わんぞ」


「わかったであります」


 しばらくして入ってきたのは、金色のソバージュを揺らした美しい少女だった。頬には薄くそばかすがあり、明るく人懐っこい笑顔を浮かべている。


「ガルド、帰ってたのね。素材の売却表を持ってきたわよ。……って、これが今回の収支?」


「おう。だいたいこんなもんじゃろ」


 クラリス・アルトマンは帳面を数秒眺めただけで眉を寄せた。


「うーん、ちょっとどんぶり勘定ね。いいわ、私がマネージャーやったげる。お金の管理なら任せといて」


「え? いいのか?」


「放っておいたら、あなたたち絶対に素材を安く売るもの。こっちはまとめてイヨン商会へ回せばもっと値段を付けられるし、消耗品も仕入れ値で用意できるわ。はい、決まり」


「相変わらず早いのう……」


「計算は得意だからね。今度皆に紹介してね」


 クラリスは楽しそうに笑い、その後もしばらくガルドと話していた。ガルドも普段より少し声が上ずり、時々顔を赤くしている。用事を終えたクラリスが帰ったあと、レオンは静かに口を開いた。


「仲が良さそうでありましたな?」


「なんじゃ、見とったのか」


「彼女さんでありますか?」


「な! ち、違う違う。クラリスは大店の跡取り娘じゃぞ。わしなど釣り合いが取れん」


「その割には良い雰囲気だったではありませんか?」


「そ、そう? そう思うか? 行けそうかの?」


「あれは脈アリと見たであります」


「そ、そうかあ。今度食事でも誘ってみるかのう」


「どういう方なのでありますか?」


「ああ、クラリスは取引先の大店、イヨン商会の娘さんでな。昔から親同士が商談してる間に、よう一緒に遊んでもろうとったんじゃ」


「ガルド殿も隅に置けませんな」


「よさんか。ほんとにクラリスは、わしには高嶺の花なんじゃ」


「はて? 恋愛に身分など関係ないのではありませんか?」


「そ、そうかの? なら、誘ってみるかの?」


「その意気であります!」


「おまえさんも、武器探しを手伝ってくれる女生徒とうまくいったらいいな?」


「あ、いや、こっちは本当に自分だけの一方的な好意であります」


「一方的な好意だけで、休みの日に武器探しまで手伝ってくれるかのう? まあ焦ることはない。まずは似合いそうなアクセサリーでも選んで渡してみい」


「……承知であります」


 そして次の休日。レオンは王都の武器店の前で、少し緊張しながら待っていた。


「待たせたな、レオン」


 振り返ると、背筋を真っ直ぐ伸ばした長身の少女が立っていた。艶のある長い髪は今日は試合ではないため真っ直ぐ背中へ流している。オリヴィア・シュタインベルク。侯爵家の令嬢であり、同じ王立騎士学校の同学年、同じクラス。そして《剣聖》のギフトを持つ少女だった。


「オリヴィア殿。本日は休日にもかかわらず、付き合っていただき感謝するであります」


「気にする必要はない。装備の更新は重要だ。それに、君は毎日の鍛錬を欠かさず、自分の課題にも真面目に向き合っている。そういう者の武器選びなら、私も手を貸したいと思っていた」


「身に余る言葉であります」


「大袈裟だ。まず現在の武器の重量、重心、得意な間合いを確認しよう。見た目だけで選ぶと後悔する。長く使うものなら、実際に振って疲労まで確かめた方がいい」


「承知であります。よろしくお願いするであります」


「了解した。では行こう」


 二人は並んで店へ入っていった。


◇


 武器店を何軒か回り、実際に何本もの剣を振って確かめた末、レオンはようやく自分に合う一本を選ぶことができた。店を出る頃にはすでに午後の日差しも傾き始めていたが、オリヴィアは疲れた様子もなく、むしろ満足そうに頷いている。


「良い選択だったと思う。今までの剣より少し重いが、君ならすぐに使いこなせるだろう。ただし、最初から普段と同じ量を振るのは勧めない。重量が変わった分だけ身体への負担も変わるからな。数日は様子を見ながら調整した方がいい」


「承知であります。本当に助かったであります。オリヴィア殿がいなければ、見た目だけで選んでいたかもしれないであります」


「それは困るな。武器は長く使うものだ。君が毎日あれだけ真面目に鍛錬しているのだから、道具もきちんと選ぶべきだろう」


 オリヴィアにとっては、それだけのことなのだろう。レオンが努力を惜しまないから、その努力が無駄にならないよう手伝った。それ以上でもそれ以下でもない。少なくとも本人は、そう考えている。


 だがレオンは、そこで妙に落ち着かなくなった。


「オ、オリヴィア殿。その……今日はもう一つ、渡したいものがあるであります」


「私に?」


「はいであります。今日一日付き合っていただいたお礼であります」


 レオンは鞄から小さな箱を取り出した。昨夜、ガルドの部屋で何度も迷った末に選んだネックレスだった。


「もし好みに合わなければ無理に使っていただかなくても――」


「開けてもいいか?」


「もちろんであります!」


 オリヴィアが箱を開く。その瞬間、いつも凛としている彼女の目が少しだけ大きくなった。


「……綺麗だな」


「希望の夜明けのメンバーで鍛治師のガルドが作ってくれたものであります。オリヴィア殿なら、こういうものが似合うのではないかと思ったであります」


 オリヴィアはしばらくネックレスを見つめ、それからレオンへ向き直った。


「ありがとう、レオン。とても嬉しい。大切に使わせてもらう」


「よ、喜んでもらえて何よりであります!」


 レオンの顔が見る間に赤くなった。


 対するオリヴィアは、自分がなぜこれほど嬉しいのかまでは考えていなかった。ただ、日頃から尊敬し、とても好ましい青年だと思っているレオンが、自分のために選んでくれた。その事実が素直に嬉しかった。


「せっかくだ。今つけても構わないか?」


「も、もちろんであります!」


「では、少し待ってくれ」


 長い髪を片手で持ち上げ、オリヴィアはネックレスを身につけた。そして振り返る。


「どうだろう。似合っているか?」


「……きれいだ。あ、はい、非常にとてもよく似合っているであります」


「そ、そうか。それなら良かった」


 オリヴィアは満足そうに笑った。


 レオンは、その笑顔をまともに見られず少しだけ視線を逸らした。


 二人とも、まだこれを恋とは思っていない。


 少なくとも、この時の二人はそう思っていた。


 ただ、一人は胸を高鳴らせ、もう一人は胸元のネックレスを何度も確かめながら、並んで帰路についた。 


次回更新は明日の12時の予定です。




皆様に大切なお願いがございます。


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