第四十七話 それがアルトなんだな。うん
第四十七話 それがアルトなんだな。うん
オーガ・チャンピオンが棍棒を持ち上げると、狭い通路の空気が一気に張り詰めた。アルトの目には相手の情報が浮かんでいる。
《オーガ・チャンピオン Lv185》
《能力 剛撃》
《能力 地面叩き》
《弱点 ――》
レベルも能力も見える。だが、弱点だけは霞がかかったように読み取れない。これまでの経験から、アルトにはその理由にも見当がつき始めていた。どうやら自分との実力差が広がるほど、深い情報ほど見えにくくなるらしい。トウやルウを見た時に表示そのものがおかしくなるのも、同じ理屈なのかもしれない。
「最初から倒しにいかなくていい。まず動きを見る。ガルド、正面。レオンは右から入れる場所を探してくれ」
「任せい。真正面から受け止めるだけが盾の使い方じゃないところを見せてやるわい」
「承知!」
フィーネはサクラとともに弓を構え、トウは探索魔法で周辺と敵の足運びを捉える。ルウはいつでも援護できる位置を取り、ノエルは全員へ回復魔法が届く距離を崩さない。さらにウォーウルフとリザードマンまで、頼まれたわけでもないのに当然のように七人の左右へ散った。
「この者たちも共に戦うのでありますか?」
「うん。手伝ってくれるって。ただ友達なんだから、危ないと思ったら無理しないでくれよ」
『それはこちらの台詞だ。お前たちも無茶をするな』
「はは、分かった」
次の瞬間、オーガ・チャンピオンが踏み込んだ。棍棒が唸りを上げ、ガルドへ振り下ろされる。
「ガルド、右!」
「おう!」
ガルドは盾で正面から受け止めず、身体を右へずらしながら棍棒の軌道を外へ流した。それでも衝撃は凄まじく、靴底が床を滑る。だが、そのわずかな隙にレオンが右側へ回り込み、斬撃を入れる。浅い。オーガ・チャンピオンは気にも留めず、今度は棍棒を大きく持ち上げた。
「来るんだな。地面なんだな!」
トウの声とほぼ同時に棍棒が床へ叩きつけられた。石床が砕け、衝撃が円状に走る。全員が散って避ける中、アルトだけは式神の目、本物の虫の目、ウォーウルフの位置から得られる情報まで重ねて相手を見ていた。
大技の直後、右側が僅かに開く。
《弱点 ――》
文字が一瞬だけ揺れた。
「今のか……」
「アルト君、何か分かった?」
「たぶん。もう一度見たい」
フィーネは理由を尋ねず頷いた。再びオーガ・チャンピオンが踏み込み、ガルドへ《剛撃》を放つ。今度はアルトが短く叫ぶ。
「ガルド!」
「おう!」
右とも避けろとも言っていない。それなのにガルドは先ほどと同じように棍棒を右へ流し、同時にレオンが反対側へ回った。フィーネはまだ矢を放たず、ルウも魔法を待つ。
少し離れて見ていた六合の眉が動いた。
「……今、アルト様は名前しか呼んでいませんよね?」
誰も答える暇はない。
再び《地面叩き》。
「トウ!」
「右が開くんだな!」
アルトの視界の中で、霞んでいた文字が一瞬だけ輪郭を持った。
《弱点 地面叩き直後・右脇》
「フィーネ、右脇!」
「うん!」
フィーネの弓から精霊魔法をまとった矢が放たれた。レオンの身体すれすれを通過した矢は、まるで最初からそこに道が存在していたかのようにオーガ・チャンピオンの右脇へ突き刺さる。レオンは身を屈めたまま踏み込み、傷口へ剣を重ねた。
怒り狂ったオーガが振り返ろうとする。しかし、その背後にはウォーウルフが回り込み、リザードマンが逃げ道を塞いでいた。
「ルウ!」
「心得た!」
ルウの魔法がレオンの肩を掠めるほどの距離を通り抜け、オーガ・チャンピオンだけを正確に撃ち抜いた。普通なら味方を巻き込みかねない射線だが、レオンは魔法がどこを通るのか分かっていたかのように、ほんの半歩だけ身体をずらしている。
ガルドが前へ出る。レオンが切り込む。フィーネの矢がその隙間を抜け、トウの幻想魔法が敵の視線を一瞬だけ狂わせる。ウォーウルフとリザードマンも七人の動きに合わせ、ノエルは必要な瞬間だけ回復魔法を重ねる。
やがて巨体が大きく揺れ、そのまま床へ倒れ込んだ。
「……勝ったのう」
ガルドが盾を下ろしながら腕を振る。完全な無傷ではない。強烈な衝撃を受けた腕は痺れ、レオンの肩にも浅い傷がある。ノエルがすぐに二人へ回復魔法をかけた。
「勝てたけど、まだ楽勝じゃないな」
アルトがそう言うと、ウォーウルフが鼻を鳴らした。
『前よりずっと強くなった。それでも、この先はもっと強いぞ』
「うん。だから今日は上層突破までにしよう。中層へ入る時は、全員が元気な状態で最初から挑みたい」
誰も反対しなかった。
上層ボスを越えた先には、中層へ続く道が伸びていた。その入口を確認してから引き返し始めると、どういうわけか帰路では来た時以上に仲間が増えていった。ウォーウルフの群れが合流し、別の友好的な魔物が挨拶に来て、その魔物がさらに仲間を連れてくる。アルトの式神は前後左右へ飛び、本物の鼠や鳥、虫たちも周囲で偵察を続けていた。
しばらく歩いたところで、ルウがついに足を止めた。
「……おかしい。我らは七人で入ったはずだ。それが今、見えるだけで百体を超える軍勢になっておるではないか。アルト、一体どうなっておるのだ?」
アルトは周囲を見回してから、少し考える。
「いや、偵察に出してる動物や式神まで入れたら三百は超えてるよ?」
「三百だと!? それはもう一個大隊規模ではないか!」
「まだまだ増えるよ?」
「! くぅ~~~っ!」
ルウは両手で頭を抱え、そのまま髪を掻きむしった。どうやら自分たちが七人組の冒険者なのか、軍勢を率いてダンジョンへ進軍しているのか、本気で分からなくなってきたらしい。
「トウよ、これは普通なのか?」
「アルトだから仕方ないんだな。うん」
「その言葉で全部を済ませようとするな!」
「でも、そうとしか言いようがないんだな」
そのやり取りを聞いていた六合は苦笑していたが、先ほどの戦闘を思い返したのか、やがてトウへ声をかけた。
「トウ、少し宜しいですか?」
「ん? なんなんだな?」
「私は確かに和合の加護を与えました。しかし、アルトのそれは、加護の範疇を越えようとしています」
「それがアルトなんだな」
「晴明様の時でも加護を得てすぐに加護を超えるようなことはありませんでした」
「それがアルトなんだな」
「まさか、晴明様の全盛期の記憶を引き継いでおられる?」
「それがアルトなんだな」
「もう、トウったら、そういえば済むと思っているでしょう?」
「でも、そうとしか言いようがないんだな」
六合はこめかみを押さえた。
「だとすると、これはとんでもないことになりそうですね」
「なりそうだな。うん。でもそうでないと困るんだな。うん」
「あなた、最初からそれが狙いなんですね?」
「そうなんだな。うん」
「あいかわらず、どこまで考えているのか恐ろしいですわね、トウ。いえ騰蛇と呼んだ方がいいのかしら?」
「トウでいいんだな。うん。その方が気楽なんだな。うん」
「ふふ。本当にマイペースで、それでいて誰よりも考えている。トウらしいわ」
「六合は六合でいいのかな? なんならリクにするんだな。うん」
「ふふ、そうね。これからは私もリクでお願いね」
「わかったんだな。リク」
その少し前では、何も知らないアルトが新しく寄ってきた魔物と楽しそうに話している。
リクはその背中を見て、もう一度小さく息を吐いた。
「……本当に、とんでもないことになりそうですわね」
トウはいつものように頷いた。
「それがアルトなんだな。うん」
帰路につく《希望の夜明け》の周囲には、いつの間にかさらに数十体の魔物が増えていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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