第四十五話 邪魔はあのギフトなしだ
第四十五話 邪魔はあのギフトなしだ
アルトたちの前へ降り立った人影は、ブラックドレイクの《黒炎ブレス》を正面から受け止めていた。黒い炎が左右へ激しく渦を巻き、周囲の草木を焼いていく。それでも、その人物だけは一歩も退かなかった。
黒から深緑へと見える長い髪。その隙間から見える翡翠色の瞳。成人した女性の姿は、千年前に知っていた姿とまったく同じではない。それでもアルトには、見間違えるはずがなかった。
「……六合?」
女性がゆっくりと振り返る。
その瞳がアルトを捉えた瞬間、それまで静かだった表情がわずかに崩れた。
「……やっと、会えましたね」
その声を聞いた瞬間、アルトの中で千年前の記憶が一気につながった。騰蛇の次に出会い、少しずつ信頼を重ね、やがて十二神将の一柱としてではなく、一人の友として隣にいた存在。
「ああ。遅くなった。……でも、今は晴明じゃなくてアルトだ」
「はい。分かっています。あなたが晴明であったことも、今はアルトとして生きていることも、どちらもあなたなのでしょう」
その隣でトウが嬉しそうに笑った。
「六合、おかえりなんだな、うん。トウもずっと会いたかったんだな」
「騰蛇……あなたも無事だったのですね。本当に、よかった」
再会した二人がもう少し話したそうにしているのはアルトにも分かったが、その余裕をブラックドレイクは与えてくれなかった。低い唸り声とともに巨体が動き、再びストライクとマイルスへ顔を向ける。
六合もすぐに表情を引き締めた。
「話したいことはたくさんありますが、まずは皆さんをここから帰しましょう。私が倒してもいいのですが、せっかくですので皆さんに頑張ってもらいましょう」
「おう。俺もそのつもりだ」
そう答えた瞬間、アルトの視界に新しい情報が浮かんだ。
《加護 和合の加護》
意識を向けると、その意味まで自然に伝わってくる。
信頼し合う者同士の意思や感覚、そして異なる術をつなぎ、互いの力が邪魔し合うことを減らして連携精度を高める加護。人だけではなく、精霊、魔物、幽霊、妖怪といった異なる存在同士にも作用する。ただし、相手の意思を無視して強制的につなぐことはできない。
「……加護が増えてる。《和合の加護》か。信頼してる相手同士の感覚や術をつないで、今までより合わせやすくする力みたいだ。人間同士じゃなくてもいいらしいけど、相手が嫌がってるのを無理やりつなぐことはできない」
「じゃあ、サクラともつながれるの?」
フィーネのそばにいるサクラも驚いてアルトを見る。
『わたしも?』
「たぶんな。魔物や幽霊、妖怪まで含まれてるみたいだから、サクラもいけると思う。ただ、ついたばかりだから俺も使い方まではよく分かってない。そこは実際にやってみるしかないな」
ブラックドレイクが再び歩き始める。
アルトは紙の式神を通して、もう一度だけ意思を送った。
『聞こえるか? もう戦わなくていい。止まってくれ』
やはり返事はない。
六合もブラックドレイクへ意識を向け、しばらくその様子を見てから静かに言った。
「この子に意思がないわけではありません。ただ、何かに覆われて、自分の意思を外へ出せなくなっているように感じます。何が起きているのかまでは、今ここで断定できません」
「じゃあ、やっぱりこいつ自身が俺たちを襲いたくてやってるとは限らないんだな」
「その可能性は高いと思います」
アルトは仲間たちを見回した。
「なら、できれば殺したくない。みんな、力を貸してくれ。この加護、一人で使うものじゃないと思う」
「もちろんだよっ。最初からそのつもりだよっ!」
「ここまで助けに来てもらったのですから、今度はこちらにも戦わせてください。わたくしもできることをいたしましょう」
ストライクが剣を構え直し、マイルスも周囲の生徒たちを確認しながら頷いた。
「僕も協力するよ。みんなで帰るために来たんだから、最後までみんなで帰ろう」
「当然であろう。我を外して話を進めるでない」
「トウも一緒なんだな、うん。みんなで合わせるのは六合が一番得意なんだな」
「うちは怪我人を見るわ。誰かが無理をしすぎたらすぐ止めるから、そのつもりでいてね」
それぞれの意思がそろった瞬間、アルトは不思議な感覚を覚えた。
声が聞こえるわけではない。
考えていることが全部分かるわけでもない。
それでも、トウが探索魔法で感じている危険の方向、フィーネとサクラが狙おうとしている場所、ルウが魔法を放とうとしている瞬間、ストライクが前へ踏み込もうとする気配、マイルスが周囲を動かそうとしている意図、ノエルが誰の状態を気にしているのかが、以前よりほんの少しだけ近く感じられた。
「……これか。みんなが何をしようとしてるのか、今までよりずっと分かる。なんだか、このまま進むと、一つの体になるような」
六合が穏やかに頷く。
「完全に一人になる力ではありません。違うまま、つながる力です。だからこそ、いろんな存在と繋がることができます。なれてくれば、今よりずっと素早く、有機的に、結合できるようになります」
ブラックドレイクが翼を広げた。
トウの探索魔法から、左翼を下げる瞬間が伝わってくる。フィーネも同じ場所を見ていた。
「サクラ、翼の付け根を狙うよっ!」
『うん、今ならいける!』
フィーネが弓を引く。
アルトは反射的に風の霊術を重ねようとして、寸前で止めた。
以前、中級ダンジョンで勝手に力を足し、フィーネの矢筋を狂わせたことがある。助けるつもりでも、相手が求めていなければ邪魔になる。
フィーネが狙いを定める。
「アルト君、今! 風をお願い!」
「おう!」
今度は迷わない。
フィーネが放った矢へ、アルトの風の霊術が重なる。サクラの精霊魔法と霊術はぶつかることなく噛み合い、矢の軌道をさらに鋭く伸ばした。
翼の付け根へ命中。
ブラックドレイクの巨体が大きく傾く。
「今である!」
ルウの魔法が続き、体勢をさらに崩す。トウが探索魔法で次の動きを拾い、アルトはブラックドレイクが反撃しようとした方向へ先回りして結界を張った。
マイルスが後方へ声を飛ばす。
「今のうちに負傷者を下げて! 戦えない者は絶対に前へ出ないで!」
その声とほぼ同時にストライクが駆ける。
「行きます!」
勇者の一撃がブラックドレイクの脚を捉えた。
巨体が沈む。
六合が正面からその動きを受け止めた瞬間、アルトは別方向へ回していた紙の式神を通して霊術を放った。複数方向から攻撃が重なり、ブラックドレイクはついに地面へ倒れ込む。
それでもアルトはすぐに追撃しなかった。
しばらく様子を見てから、紙の式神を近づけて状態を確かめる。
「……生きてる。気を失ってるだけだ」
「よかった……この子も誰かに無理やり戦わされてたのかもしれないもんね」
「そうかもしれない。まあ、それも含めて先生たちに調べてもらおう」
緊張が少し緩んだところで、ルウがトウへ小声で話しかけた。
「トウよ。我らが正体を明かす覚悟までしたというのに、結局は六合に一番いいところを持っていかれてしまったな」
「六合が来てくれたんだから、それでいいんだな、うん。トウはアルトたちが無事なら、それが一番なんだな」
「それは我とて同じである。ただ、お主が『仲間が来る』ともう少し早く分かっておれば、我らもあそこまで覚悟を決めずに済んだのではないか?」
「トウも分かったのは本当に直前だったんだな。それにルウ、アルトを助ける気満々だったんだな、うん」
ルウは一瞬黙り、少しだけ顔をそらした。
「当然であろう。そこに迷う理由などない」
「うん。トウも知ってるんだな」
「……お主はこういうときだけ妙に嬉しそうであるな」
ほどなくして、木々の向こうからマリアたち教師陣が到着した。
全員の無事を確認したマリアは安堵した表情を浮かべたものの、次の瞬間にはアルトたち五人を厳しい目で見た。
「あなたたち、一年生は中層区域へ立入禁止だと説明しましたよね?」
「はい。すみません。最初は先生を待つつもりでした。でも、ウォーウルフと戦ってるところへレッサーワイバーンが後ろから近づいていて、先生が着くまで待ったら挟まれると思いました」
マリアはすぐには答えず、現場と生徒たちの状態を確認した。アルトが先に式神で連絡していたこと、実際にストライクたちが交戦中だったこと、レッサーワイバーンが接近していたことも確認される。
さらに偽の標識、幻惑らしき魔法の痕跡、本来この区域にいるはずのないブラックドレイクまで見つかった。
「……今回は処分も減点もしません。ただし、結果的に全員助かったから正しかった、という話ではありません。あなたたちまで救助される側になっていた可能性もあったのよ。次に似た状況が起きても、今日と同じ判断が正しいとは限りません。それだけは忘れないこと」
「はい。分かりました」
「最後に一つだけ言っておくわ」
「はい」
「よくやってくれたわ。ありがとう」
「先生……」
事件が起きた以上、野外大演習をそのまま続けることはできなかった。学校は全学年へ帰還を命じ、その時点で今年度の大演習を中止した。
◇
帰校後の説明では、事件が起きる前までに確認できた経路判断、危険回避、野営、情報収集、救助、搬送、班内連携などを基に成績をつけることになった。ただし班ごとに終了時点が違うため、総合順位は発表されない。
また、ストライクとマイルスたちの救出や中層への越境、ブラックドレイクとの戦闘は通常の演習点とは切り離された。
アルトたちの班については、事件以前の経路判断や危険回避、救助・搬送について非常に高い評価が与えられた。
説明が終わると、二年生の演習から戻ってきたアリシアがものすごい勢いでアルトのところへ走ってきた。
「アルト様! 中層へ入ったうえにブラックドレイクと遭遇したというのは本当ですか!? いえ、晴明様ならご無事だとは思っておりましたが、どうしてわたしがいないところでそんな大事件を――」
「アリシア先輩、途中から晴明様に戻ってる。それと、俺が事件を起こしたわけじゃないよ」
「……アルト様です! でも、それとこれとは別問題です!」
「何が別問題なのか、俺にはよく分からないけどな」
張り詰めていた空気が少しだけ緩み、フィーネたちも笑った。
騒ぎが落ち着いたあと、アルトはトウと六合の三人で少しだけ話す時間を作った。
「また会えるとは思っていました。でも、本当に会えると、何から話せばいいのか分からなくなるものですね」
「俺もだよ。トウと会ったときもそうだった。晴明だったころのことは覚えてる。でも、俺は今アルトとして生きてる。それでも、また六合に会えたことは本当に嬉しい」
「アルトはアルトなんだな。晴明だったことも、今のアルトの一部なんだな、うん」
六合はしばらくアルトを見つめ、それから静かに微笑んだ。
「では、これからは今のあなたの友として、また隣にいさせてください」
「ああ。もちろんだ」
涙ぐみながら静かにアルトに抱きつく六合。抱き返すアルト。そっと二人の背中に手を添えるトウ。
失ったはずのつながりが、一つ戻ってきた。
けれど、それは過去へ戻ることではない。
今のアルトの人生に、昔の友達がもう一度加わったのだ。
◇
――そのころ。
どこかの薄暗い部屋で、何者かたちが声を交わしていた。
「……今回の作戦も失敗したな」
「だから言ったであろう。この程度では足りぬと。もっと大規模に動くべきだった」
「いや、規模を大きくすれば事前に察知される危険も増える。今回の問題はそこではない」
「では、何だ?」
「邪魔が入った」
「邪魔?」
「選抜試験で目立っていた、あのギフトなしだ」
「……あれか。今回あそこに居合わせたのは偶然か?」
「まだ分からん。だが、これからも我々の邪魔をするようなら、早めに始末した方がいいかもしれんな」
「ならば、最重要監視対象へ加えておこう」
「うむ」
次回更新は明日の12時の予定です。
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