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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第二章 《魔法学校一年生》

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第四十一話 天蓋大森林、教室の外へ

【第四十一話 天蓋大森林、教室の外へ】


 フィーネが一年生の精密射撃競技で優勝してから2週間後、王立魔法学校では野外大演習の説明が行われていた。


「アルト様、おはようございます。それで先日のサクラさんとの会話についてなんですが、精霊をはっきり視認できるようになったのは、やはり晴明様だった頃の――」


「アリシア先輩。最初から晴明様って呼んでるのと同じになってるぞ」


「あっ……アルト様、おはようございます! それでは改めて、晴明様だった頃の精霊との交流について――」


「そこは改まってないだろ」


 今日もアリシアは、アルトが教室へ入るより早く待っていた。安倍晴明の転生者だと知られてからというもの、その熱量は研究対象への興味を完全に通り越しており、本人が地球で使われていた言葉を借りて言うところの『推し活』になっている。


 転生者や転移者同士についても、互いの事情を知る者が増えていた。ただし、それを学校中へ公表しているわけではなく、アリシアも一般生徒が近くに来れば一応は声を落とす。その一応がどこまで信用できるかについては、アルトにもまだ分からなかった。


 やがてマリアが教室へ入り、壁に大きな地図を広げた。


「今日説明するのは野外大演習についてよ。今回の舞台は【天蓋大森林】。王都からそう遠くない場所にあるけれど、大森林という名前どおり、ちょっとした森だと思って入る場所じゃないから、そのつもりで聞きなさい」


 地図に描かれている森林は広大だった。外縁部だけでもかなりの面積があり、その奥にはさらに幾重もの森林地帯が続いている。


「天蓋という名の由来は、森を見ればすぐに分かるわ」


 ベアトリスが説明を引き継いだ。


「この大森林には非常に大きな古木が多く、その枝葉が幾重にも重なっています。場所によっては晴れた昼間でも地上からほとんど空が見えません。頭上を巨大な天蓋で覆われているように見えることから、古くから【天蓋大森林】と呼ばれています。森の奥へ入るほど樹木は巨大になり、日光も届きにくくなります」


「そして、暗くなるだけじゃない」


 マリアが続ける。


「奥へ行くほど生息する魔物も強くなる。だから学校では、大森林を大きく浅層、中層、深層に分けて演習区域を設定しているわ。一年生は浅層区域。二年生は中層区域。三年生は深層区域。今年の一年生は、中層区域へ入ることを禁止する。理由がどうあれ、勝手に境界を越えたら重大な規則違反よ」


 教室の空気が少し引き締まった。


「二年生になると中層なんですね……」


 フィーネが地図を見ながら呟く。


「そういうこと。中層からは、一年生が数人集まったくらいでは対処の難しい魔物も普通に生息している。三年生の深層はさらにその上よ。今回の目的は強い魔物を倒して自慢することじゃない。決められた区域の中で、自分たちの判断で行動し、全員で帰ってくること」


 セオドアが地図の上へいくつかの資料を置いた。


「課題は経路選択、野営、救助対象の発見、搬送、帰還だ。事前の地図だけを信用するな。地図に道が描かれていても、今も通れるとは限らない。予測と現地で確認した事実は分けて記録すること」


「こちらの地図も過去の調査記録を基にしています。正確に記録されていたとしても、それは記録された時点で正確だった、という意味に過ぎません」


 ベアトリスの言葉に、アルトは素直に頷いた。晴明としての記憶が戻ったことで、術に関する理解は以前とは比較にならない速度で進んでいる。しかし、過去の知識があることと、現在の世界を何でも知っていることはまったく違う。


「ちなみに二年生は中層へ行くから、今回私はアルト様のおそばには――」


「アリシア、残念そうな顔をしても区域は変わらないわよ」


「まだ何も言ってません!」


「顔に全部書いてあるから」


 教室に笑いが起きた。


 アルトが小さく笑うと、アリシアは少し頬を膨らませながらも、「中層から戻ったら必ずお話を聞かせてくださいね」と念を押した。


「はいはい。無事に帰ってからな」


「約束ですよ、晴明様」


「最後で戻るなって」


 その日の説明の中で、フィーネはアルトが以前何気なく話した『妖怪』についても聞いた。


「幽霊とは違うの?」


「違うな。説明しろって言われると難しいけど、人でも動物でも魔物でもない、人ならざる存在はいろいろいる。俺が前にいた日の本にも妖怪って呼ばれるものがいたんだ。天蓋大森林みたいな古い森なら、いても不思議じゃないと思う」


「会えたら、アルト君また友達になりそうだねっ」


「さあな。相手次第だけど、話せるなら話してみたいとは思うよ」


 翌朝、一年生たちは天蓋大森林の浅層区域へ入った。


 森へ一歩踏み込むだけで、名前の意味はすぐに分かった。高く伸びた木々の枝が幾重にも重なり、まだ浅層だというのに、空は緑の隙間からわずかに見えるだけだった。鳥の声や葉擦れの音は絶えず聞こえるが、遠くの様子は木々に遮られてほとんど見通せない。


 《希望の夜明け》から参加しているのは、アルト、フィーネ、ルウ、トウ、ノエルの五人。レオンは王立騎士学校、ガルドは王都の普通の学校へ通っているため、この学校行事には参加していない。週末になれば七人でダンジョンへ行くが、今日は王立魔法学校の生徒だけで行う演習だった。


「じゃあ始めよう。トウは近くを頼む。俺は少し広めに見る」


「分かったんだな、うん」


 アルトは紙の式神を複数放ち、それとは別に、森にいる鳥や虫たちへも協力を頼んだ。式神と生きている動物は同じものではない。しかしアルトは、その両方から視界や感覚を受け取ることができ、必要なら離れた動物の身体を借りて霊術まで使える。


 晴明の記憶を取り戻したことで、その運用は急速に複雑になっていた。


「……アルト君、もうそんな遠くまで分かるの?」


「全部じゃないよ。式神と鳥たちが見てる範囲だけだ。ただ、道の候補はいくつか見えてきた」


 アルトが示した最短経路は、急な斜面を抜ける細い道だった。


「こっちなら早い。でも、帰りに救助対象を運ぶことまで考えると厳しいな」


 フィーネも斜面を見上げる。


「弓を構えたまま誰かを守って歩くのも難しそうだよ。もう一つの道の方がいいと思う」


「うちもそっちね。足を痛めた人を担架で通すなら、最短より広い方がいいわ」


「じゃあ遠回りの方にしよう。早く着くことより、帰れる道を選んだ方が今回の課題には合ってる」


 一行が進み始めて間もなく、アルトの意識へ一羽の鳥から情報が入った。


 少し先の木陰に、ホーンラビットがいる。


 アルトに見える情報ではLv22。《突角》。


 だが、人間を襲う気配はなく、こちらの集団を避けて草むらへ移動しようとしていた。


「前にホーンラビットがいるけど、こっちへ来る気はない。そのまま通って大丈夫そうだ」


「まだ見えないよっ?」


「鳥が上から見つけてくれた」


「お主の索敵は、ますます反則じみてきたな」


 ルウが呆れたように言ったが、アルトは笑って肩をすくめただけだった。


 さらに進む。


 今度は紙の式神が、少し離れた場所に数体のコボルトを発見した。


 Lv35前後。


 初級ダンジョンでも見かける程度の魔物だが、森の中では縄張りを持つ個体も多い。


 ただ、今回の群れに強い敵意はなかった。


 アルトは本体から近づくことなく、式神を通して意思を送った。


『俺たちは学校の演習で通るだけなんだ。この先を通っても大丈夫か?』


 すぐに返事が来た。


『そっちならいい。でも右は行くな。昨日、木が倒れた』


『教えてくれてありがとう。確認してみるよ』


 アルトは鳥と別の式神を右へ回した。


 確かに大木が倒れ、斜面の一部まで崩れている。


「右の道は使えない。コボルトたちが教えてくれた」


「もう魔物に道を聞いてるの?」


 フィーネが笑う。


「聞いたというか、向こうから危ないって教えてくれたんだ。せっかくだから信じたいけど、セオドア先生が言ってた通り、自分たちでも確認はしたよ」


 コボルトへ礼を伝え、一行は安全な方角へ進む。


 そして古びた石標の近くへ差しかかったところで、アルトが突然足を止めた。


『……そっちは、行かない方がいいよ』


 魔物ではない。


 鳥でも虫でもない。


 薄い人影が、石標のそばに立っていた。


「アルト君?」


「誰かいる」


 フィーネたちにはまだはっきり見えていない。


 アルトはその人影へ向き直った。


「さっき止めてくれたの、君か?」


『うん。そっちは昔の道。今は崩れてる』


「そうか。教えてくれてありがとう。確認してみるよ」


 式神を向かわせると、その言葉どおりだった。古い地図では通行可能になっている道が、現在は途中から崩れ落ちている。


『……怖くないの?』


 人影が不思議そうに尋ねた。


「さあな。今のところ怖がる理由はないと思う。助けてくれたんだろ?」


『人間は、幽霊を見ると逃げる人が多いから』


「俺は昔から割と見慣れてるんだ。それに、幽霊だからって悪い相手とは限らないだろ」


 しばらく沈黙したあと、人影が少し笑った。


『また来たら、話してくれる?』


「おう。もちろん」


 それだけだった。


 契約もなく、使役もしない。


 ただ次に会ったときも話す約束をした。


 それでもアルトにとっては、魔物に続いて、幽霊にも新しい友達ができた瞬間だった。


「アルト君、本当に友達になるの早いねっ」


「俺が早いんじゃなくて、向こうが話してくれたからだよ」


「でも普通は、幽霊とそんな感じで約束しないと思うよっ」


「そうかな」


 フィーネが楽しそうに笑い、ノエルも小さく笑った。


 その後も一行は、ゴブリンの小集団を遠くから避け、毒を持つポイズンフロッグが多い湿地を迂回しながら、予定されていた野営地点へ向かった。戦えば倒せる相手でも、倒す必要がなければ戦わない。それも今回の演習で試されている判断の一つだった。


 夕方近く。


 野営地点が見え始めた頃、アルトはふと足を止めた。


 森の奥。


 浅層よりさらに深い方向から、何かが一瞬だけ触れた気がした。


 魔物でもない。


 昼間の幽霊とも違う。


 なのに、妙に懐かしい。


「アルト」


 トウも同じ方向を見ている。


「ああ。トウも感じたか」


「感じたんだな、うん」


 ほんのわずかに、返事のようなものが返ってきた。


 だがアルトは、その方向へ歩き出さなかった。


「気になるけど、今は演習中だ。しかも俺たちは浅層から出ちゃいけない。勝手に追いかけるのはやめよう」


「それがいいんだな、うん」


「夜に時間があったら、ここから分かる範囲で少し考えてみよう」


 アルトはもう一度だけ、巨大な木々の向こうへ目を向けた。


 何層にも重なった枝葉が空を覆い、その先にある中層も、さらに奥の深層も、ここからは何も見えない。


 その巨大な緑の天蓋の向こうから――。


 もう一度だけ。


 かすかな返事が届いた。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

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執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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