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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第二章 《魔法学校一年生》

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第三十七話 今日は私が先生だからねっ

# 第三十七話 今日は私が先生だからねっ


 放課後、アルトがフィーネと約束していた研究場所へ向かうと、なぜか先にアリシアが待っていた。


「晴明様、お待ちしておりました! 本日はフィーネさんの精霊魔法と、晴明様の術との比較研究ですね。必要になるかと思い、前回までの記録も整理して持ってきました」


「アリシア先輩、俺より先に来てるじゃん。それと、学校ではアルトで頼むって何回言えばいいんだ?」


「あっ……申し訳ありません、アルト君。つい口が滑ってしまいました」


 そう言いながら、アリシアが抱えているノートはすでに何枚もの紙が挟まれて厚くなっている。


 フィーネがそれを見て、くすくす笑った。


「アリシア先輩、最近、学校にいる間はだいたいアルト君の近くにいるよねっ」


「そ、それは当然です。再現不能だった未知の術を使い、しかも前世があの安倍晴明となれば、継続的な観察は研究者として当然でしょう」


「研究者?」


「……主に研究です」


「今、ちょっと間があったよな」


「ありません」


 即答したアリシアに、アルトとフィーネは顔を見合わせて笑った。


 二年生のアリシアが一年生の授業に入り浸るわけにはいかない。それでも放課後になると、かなりの確率でどこからともなく現れる。最初は自分の《魔法複製》でアルトの術を再現できないことが悔しかったらしいが、晴明だと知ってからは、悔しさより好奇心の方が完全に勝っているようだった。


「今日はアリシア先輩に教える日じゃないよっ。わたしがアルト君に教えるって約束したんだから」


「もちろんです。今日は見学者に徹します」


「そのノートの構え方で見学者って言われてもなあ」


 アルトが苦笑しながらフィーネの隣へ座る。


「それで、何から始めればいい?」


「まずは、わたしがサクラと精霊魔法を使うところを見てて。アルト君なら、前よりいろいろ見えるようになってるんでしょう?」


「たぶんな。やってみる」


 アルトは目を凝らした。


 以前なら、フィーネが何か自分とは違う力を使っている、くらいしか分からなかった。しかし晴明の記憶を取り戻してから、霊的なものへの感覚は急速に研ぎ澄まされている。


 フィーネの周囲へ意識を集中させる。


 すぐ横に、何かがいる。


 姿と呼べるほどはっきりしたものではない。淡い何かがそこにあるような、目を離せば消えてしまいそうな、ぼんやりした気配だった。


「……フィーネの横、何かいるな」


「えっ?」


 フィーネの顔がぱっと明るくなる。


「サクラが見えるの?」


「見えるって言っていいのかな。姿までは分からない。ぼんやり何かいるのが分かるくらいだよ」


「それでもすごいよっ。前はほとんど分からなかったでしょう?」


「ああ。晴明だった頃の感覚が戻ってきたのもあると思う。まだ今の身体で全部使えるわけじゃないけど、前より拾えるものはかなり増えてる」


 フィーネは嬉しそうに横を向いた。


「サクラ、アルト君にも少し分かるようになったって」


 もちろんアルトには、サクラの返事までは聞こえない。


 ただ、先ほどの淡い気配がほんの少し揺れたように感じた。


「今、反応した?」


「うん。でもまだ待ってね」


「もう何か返ってきてるように見えるけど」


「まだだよっ」


 アルトは伸ばしかけた手を止めた。


 フィーネは急がない。


 何かを強制するでもなく、もう一度静かに呼びかける。その間にもアルトには、フィーネの周囲でわずかな変化が続いているのが分かった。


 自分なら、もう術を重ねていた。


 反応を見つけたなら、次の手を出す。


 それが今のアルトにはかなり自然になっている。


「……今」


 フィーネが小さく言った。


 直後、それまで曖昧だった気配が一瞬だけはっきりする。


「分かった。今の違いなら見える」


「ほんと?」


「ああ。さっきも反応はしてた。でも今のは違った。なんて言えばいいのか分からないけど……さっきはこっちを見たくらいで、今は返事をした感じかな」


「そう、それ! わたしもそんな感じなんだよっ」


 フィーネが嬉しそうに身を乗り出す。


「精霊魔法ってね、こっちが魔力を流したら、その通りに動いてくれるっていう感じじゃないの。サクラにお願いして、サクラが返してくれて、それから一緒にやるの」


「命令じゃないんだな」


「うん。だってサクラはわたしの友達だから」


 友達。


 その言葉に、アルトは少し考えた。


 今まで自分は、蟻や虫、鳥、ネズミをはじめ、いろいろな生き物と関わってきた。こちらから一方的に従わせるより、相手が何を嫌がり、何を望んでいるのかを見た方がうまくいくことも多い。


 晴明の知識が戻ってから、術そのものは一気に増えた。


 だが、今世で十五年かけて覚えたことまで、晴明だった頃の知識に置き換わったわけではない。


「俺も似たようなこと、ずっとやってたのかもしれないな」


「アルト君も?」


「動物とか虫に何か頼むときだよ。こっちの都合だけで動かそうとするより、相手が何をしたいのか見てから頼んだ方がうまくいく。今まで精霊魔法とは別物だと思ってたけど、考え方は近いのかも」


「じゃあアルト君、思ってたより分かるの早いかもねっ」


「でもサクラのことは、まだぼんやりしか分からないけどな」


「それでいいよ。サクラだって、いきなり近づかれたらびっくりするかもしれないし」


「そりゃそうか」


 アルトは、もう一度フィーネの横を見る。


 やはり輪郭までは見えない。


 けれど、確かに何かがいる。


 今は、それだけで十分だった。


「なるほどのう。精霊魔法というものは、我が普段使う魔法とは始まり方から違うようであるな」


 少し離れて見ていたルウが会話に加わった。


「ルウの魔法だと、どう違う?」


「我の場合は、自分で術を組み、そこへ力を通せば魔法が働く。もちろん扱い方や得手不得手はあるが、誰かの返事を待たなければ術が始まらぬわけではない。フィーネのやり方とは、そこが大きく違うのであろう」


「じゃあ同じような現象を起こせても、途中は全然違うのか」


「そう考えるのが自然であろうな」


 アルトはノートを開いた。


 魔法。


 霊術。


 精霊魔法。


 最終的に似た現象が起きても、そこへ至るまでが違う。


 セオドアから教わったように、結果が同じだからといって仕組みまで同じだと決めつけるべきではない。


「ちょっと待って。今の比較、面白いな」


「晴明様、私もそう思います!」


「近いって」


 気づけばアリシアがアルトの肩越しからノートを覗き込んでいた。


「ルウさん、比較用に先ほどの魔法をもう一度お願いできますか?」


「構わぬぞ」


 ルウが初歩的な魔法を使う。


 アリシアはじっと観察したあと、《魔法複製》で同じ魔法を再現した。


「こちらは問題ありません」


 次にフィーネを見る。


「では精霊魔法を――」


 しばらく待つ。


 何も起こらない。


「……やはり駄目です。フィーネさん自身の動きや力の流れを見ても、その先にある精霊の応答を私のギフトでは再現できません」


「アルト君の術も駄目だったもんね」


「はい。ですが、できないという結果も重要です」


 アリシアはすぐにノートへ書き込んでいく。


「通常魔法は再現可能。アルト君の霊術は再現不能。精霊による応答も再現不能……晴明様、先ほどの『待つ』という部分について、もう少し詳しく説明していただけますか?」


「だから今日は俺が教わってる方だって。そこはフィーネに聞いてくれ」


「あ……そうでした」


 アリシアがフィーネへ向き直る。


 フィーネは少し得意そうに胸を張った。


「今日は、わたしが先生だからねっ」


「ではフィーネ先生、お願いします」


「先輩に先生って言われると、なんか変な感じだよっ」


 それでも嬉しそうなフィーネを見て、アルトも笑った。


 今度はもう一度、アルト自身が合わせてみることになった。


 フィーネがサクラへ呼びかける。


 気配が揺れる。


 先ほどのアルトなら、そこで動いていた。


 だが今度は待つ。


 まだ。


 もう少し。


 淡い気配が変わる。


「今だよっ」


 フィーネの声と同時に、アルトも術を動かした。


 派手なことは何も起こらない。


 新しい技が完成したわけでもない。


 それでも先ほどより、二つの力の流れが自然につながったことだけは、アルトにも分かった。


「……なるほど。本当に違うな」


「でしょう?」


「ああ。今まで俺、反応が見えたらすぐ次に行こうとしてた。でも待ってる間にも、相手の方で変わってるんだな」


「うんっ。だから急がない方がいいときもあるの」


「これは覚えとくよ。今まで使ってきた術にも、応用できるかもしれない」


 フィーネは満足そうに頷いたあと、今度はアルトのノートへ視線を落とした。


「じゃあ次、わたしが聞いてもいい?」


「もちろん」


「アルト君の結界って、守る相手が動いても平気なの? 朝もガルド君がかなり動いてたけど、結界にぶつからないのかなって思ってたの」


「ああ、ガルドに張ってるのは、ガルド自身の周りに張り付くように作ってるんだ。身体の動きに合わせて一緒に動く。空気まで止めたら息ができないから、当然空気は通すようにしてあるよ」


「じゃあ、ガルド君が急に横へ飛んでも大丈夫なんだ」


「そのための形だな。ガルドの前に壁みたいな結界を置いたら、予想外に動いたとき自分でぶつかるだろ? だから盾役には身体についてくる結界の方が使いやすい」


「なるほど……じゃあ、わたしたちの後ろに張ってくれるのは?」


「そっちは別。外から中へ来る攻撃は止めるけど、中から外へは通せるようにしてる。そうしないとフィーネの矢もルウの魔法も、俺の結界に当たるからな」


「一方だけ止めるんだねっ」


「そういうこと。まあ、まだ改善できるところはあると思うけど」


 フィーネは感心したように何度か頷き、それから少し笑った。


「なんか今日は、本当にお互いに教えてるね」


「そうだな。俺ばっかり教えてるつもりもなかったけど、こうしてみるとフィーネから教わること、結構あるな」


「ほんとに?」


「ああ。晴明だった頃に知ってたことは多い。でも、この世界で俺が知らないことまで全部知ってるわけじゃないしな。それに知識があっても、実際にやってみないと分からないこともある」


「じゃあ、これからも分からないことがあったら聞いてねっ」


「頼むよ、フィーネ先生」


「もう、それは恥ずかしいからやめてよっ」


「晴明様、では私は――」


「アリシア先輩はまず、その晴明様を直そうか」


「努力します」


「たぶん明日も言ってるよねっ」


「……え?あはは、どうしてもついね」


 三人で笑っている横で、ルウが呆れたように肩をすくめた。


「まったく、お主らは研究をしておるのか遊んでおるのか分からぬな」


「両方でいいんじゃない?」


「ふ、まあよいわ。楽しんで覚えられるなら、その方が長続きするであろう」


 帰り支度をしながら、アルトは今日の最後の一行をノートへ書き込んだ。


 ――見えた反応に、すぐ手を出さない。


 相手から返ってくるものを、少し待つ。


 動物たちと付き合ってきたときにも、似たことは何度もあった。


 今はまだ、フィーネの横にいるサクラの姿さえぼんやりとしか分からない。


 けれど、今まで見えなかったものが少しずつ見えるようになっている。


 それなら、これから先も、自分の知らない何かと出会うことがあるのかもしれない。


「アルト君、置いてくよっ」


 少し先からフィーネが振り返る。


「おう、今行く」


 アルトはノートを閉じ、フィーネの横へ並んだ。


 できることを増やすだけではなく、待つことも覚える。


 それがどこで役に立つのか、このときのアルトにはまだ分からなかった。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

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執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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