第三十四話 本気を出させる準備
# 第三十四話 本気を出させる準備
翌朝、いつもの七人で朝練をした後、朝食の最中にアルトが今日からストライクとの模擬戦に向けて準備すると話すと、レオンはパンを置いて少し身を乗り出した。
「王立騎士学校でも実戦を想定した訓練は始まっているであります。ただ、相手の攻撃を受けながら自分の攻撃を通すとなると、選抜試験のように一発当てれば終わりという考えでは難しいでありますな」
「やっぱりそうだよな。昨日ストライクにも似たようなこと言われたんだ。レオン、帰ったら剣士が踏み込むときの足の動きも少し教えてくれない?」
「承知であります。自分に分かる範囲でよければ、いくらでも付き合うであります」
その横でガルドが呆れたように笑った。
「入学したばかりで、もう《勇者》と本気の模擬戦か。王立魔法学校も王立騎士学校も大変じゃのう。わしの普通高校では、昨日は王都の商会で使う帳簿の読み方なんぞを習っとったぞ」
「そっちも面白そうだな。今度見せてくれよ」
「おう、構わんぞ。じゃが週末はダンジョンじゃから、それまでに模擬戦でへろへろになるでないぞ」
「分かってるって」
そう答えたアルトだったが、向かいのフィーネはあまり信用していないらしく、「ほんとかなあ」と笑っていた。
その日の放課後、アルトはマリア先生の監督する実技場で、まずHPシステムについて説明を受けることになった。昨日はストライクから勝負を持ちかけられた勢いで承諾したものの、考えてみれば何をどう判定する仕組みなのかほとんど分かっていない。
「それでよく勝負を受けたわね。あなた、意外とそういうところは考える前に動くのね」
「だって戦えるって言うから、詳しいことは今日聞けばいいかなって思って」
「普通は逆よ。まあいいわ、ちゃんと聞きなさい」
マリアが起動用の術具へ触れると、アルトの身体を薄い光の膜が包んだ。見たところ普通の防御魔法に近いが、身体からわずかに離れた位置にもう一層の術式が重なっている。
「簡単に言えば、これは攻撃が身体へ届く前に障壁で受け止めて、その負荷をHPとして計算する仕組みよ。開始時を全快として、残り一割まで減った時点で自動的に敗北判定が出る。そこから先は安全のために戦わせないわ」
「じゃあ、いきなりものすごく強い攻撃を受けて、一割を通り越したら?」
「そこまで考えてあるわ。万一、停止判定より早く防護が尽きて0になった場合には、一度だけ緊急障壁が作動して攻撃を身体の外へ弾いてくれるわ。ただし相手へ跳ね返すわけじゃないし、それが作動したら障壁が壊れて後は生身で攻撃を受けることになるから即終了よ」
「なるほど。それなら本気で攻撃しても大丈夫なんだな」
「通常の攻撃ならね。魂へ直接作用するもの、精神を壊すもの、強い呪いみたいに障壁で安全を保証できない術は禁止。そこは勘違いしないこと」
アルトは素直に頷いた。晴明の記憶が戻ってから、呪術についても基本的な知識はかなり戻ってきているが、そもそも練習試合で使うようなものではない。
「それなら、風や火、土、雷、それと結界や式神は?」
「システムが処理できる範囲なら使っていいわ。ただし実際に試す前に私が確認する。あなたの術は普通の魔法と少し違うからね」
「分かった。それなら色々できそうだ」
「その顔をしている時が一番心配なのよね……」
マリアがため息をついたところへ、アリシアが分厚いノートを抱えて現れた。
「晴明様、本日は対《勇者》用の術を組み立てると聞きました!」
「アリシア先輩、なんで知ってるの?」
「情報収集は推し活の基本です!」
「堂々と言われると、なんか注意しにくいな……」
さらに、その後ろから三年生のラインハルトまで姿を見せた。
「面白そうなことをやってるな。昨日、ストライクがアルトと戦うって聞いたから、練習相手が必要なら付き合おうと思って――」
「ありがとうございます、ラインハルト先輩! 晴明様が《勇者》をどう攻略するのか、一緒に見届けましょう!」
ラインハルトの動きが止まった。
「……今、何て言った?」
「晴明様ですけど?」
「いや、そこじゃなくて……まさか、安倍晴明様?」
「待ちなさい、今安倍晴明様と言った?」
今度はアルトが止まった。
「ラインハルト先輩に、マリア先生まで知ってるの?」
「知ってるも何も、元日本人で安倍晴明を知らない方が珍しいだろ。陰陽師の代表みたいな人じゃ――って、ちょっと待て。本当にお前が晴明様?」
「前世の名前は安倍晴明だったみたいだな」
ラインハルトとマリア先生の声が、ほとんど同時に漏れた。
「…………アルト様」「晴明様……」
「先輩?先生?」
「あ、いや、アルト。ちょっと待て、お前も転生者なんかい!」
「その言い方だと……ラインハルト先輩も!?」
「俺も前世は日本人だ。こっちへ生まれ直して十七年になるけどな」
アリシアが嬉しそうに手を叩いた。
「また一人増えました!」
「増えましたじゃないよ。昨日から何人出てくるんだよ」
「マイルス君、セオドア先生、私、ラインハルト先輩、マリア先生……晴明様の周りに元日本人が集まってきましたね!」
「だから晴明様じゃなくてアルトでいいって」
「善処します!」
「昨日もそれ聞いた気がするな……」
「なんということ。アルト様が安倍晴明様だったなんて」
「マリア先生まで。やめてくださいよ」
「ちょっと待って。私が知る限り、転生者は皆強力なギフトを持っているわ。その唯一の例外がアルトさ…アルト君よ」
「だって晴明様ですから。ギフトなくても強いですよ」
「何か理由があるわ。これから調べてみないとね」
「マリア先生、今は模擬戦」
「ああ、そうだったわね」
「私からも一つ。マリア先生、ここって、元日本人だらけなの?昨日から元日本人との遭遇率が半端ないんですけど」とアリシア。
「いや、今は日本人元日本人は数えるほどになった感じだな。以前はそこかしこにいたが、ある日突然ほとんどの転移者転生者が消えてしまったんだ。だから、この学校にいる日本人元日本人も、昨日今日出会った人物でほぼ全てなんじゃないかな?」
「そして、先ほど言ったとおり、転移者転生者は皆強力なギフトを持っている。従って、この学校でも目立ってしまう、ということだ」
「なるほど~」
「だから、今は模擬戦!」
話が収まったところで、ラインハルトが木剣を手に取った。
「まあ、前世の話はまた今度ゆっくりしよう。今はストライク対策だ。俺はあいつと同じ戦い方じゃないが、正面から来る相手への練習にはなると思うぞ」
「うん。ちょっと見せてもらう」
アルトはラインハルトへ意識を向けた。すると、他の人間には見えていない情報がいつものように浮かび上がる。
【ラインハルト・ケイン】
【Lv230】
【ギフト:《剣魔一体》】
【能力:剣撃中の魔法運用・斬撃への魔法付与・攻防同時切替】
やはり強い。数字だけを見ても今の自分よりかなり上で、しかも剣を振りながら魔法を使い、攻撃から防御へほとんど途切れず移れる。もちろん、この数字やギフトまで自分に見えていることを口にするつもりはない。レベルという概念そのものを知る者すら少ないのだから、相手の能力まで見えるなどと知られれば余計な騒ぎになる。
(ラインハルト先輩相手に正面から打ち合うのは無理だな。だったら、剣を振らせる場所そのものをこっちで決めればいい)
アルトは地面へ数枚の符を置き、小さな式神を左右へ走らせた。晴明だった頃の記憶が戻ったことで、風、火、水、土、雷の術は急速に使い方を思い出しつつあり、簡単な結界や幻想、探知まで含めれば、今の自分でも組み合わせられる手札は以前とは比べものにならない。ただし知識があるからといって、昔の晴明と同じ出力が出せるわけではない。今の身体と霊力で使える形へ組み直す必要がある。
「先輩、最初は俺の好きに仕掛けさせてもらっていい?」
「いいぞ。何をしてくるか見てみたいからな」
開始と同時に、アルトは左から風を吹かせた。強く押し飛ばすほどではなく、自然に右へ避けたくなる程度。その右側には目立たない薄い結界を置き、さらに一歩奥の地面だけを土の術でわずかに隆起させてある。
ラインハルトが風を避け、結界を嫌って半歩だけ進路を変える。その足が、アルトの狙った場所へ入った。
「そこだ!」
符が光り、小さな火球が横から飛び込む。ラインハルトは木剣で受けたものの、完全には防ぎきれず、HPシステムの表示がわずかに減った。
「おお……今のは完全に誘導されたな」
「やった!」
フィーネが声を上げ、その隣でアリシアはすでに猛烈な勢いでノートを書いていた。
「さすが晴明様! 風で動かし、結界で選択肢を減らして、最後に符を――」
「アリシア先輩、実況するならせめてアルトって呼んでよ!」
「そこは難しい相談です!」
「なんで!?」
ラインハルトが楽しそうに笑いながら、再び開始位置へ戻った。
「いい作戦だった。じゃあ、もう一度やろう」
「同じのでいい?」
「ああ。ただし――一度見せた道なら、次は塞ぐぞ」
二度目が始まった。
アルトが同じ風を起こした瞬間、ラインハルトは剣を振りながら逆方向から魔法をぶつけて風を崩した。そのまま結界の位置を読んで大きく踏み込み、土が隆起する場所へ足を置く前に跳ぶ。さらに着地するより早く魔法を放ち、アルトが次に使おうとしていた符を先に弾き飛ばした。
「えっ、そこまで一度で分かるのか!」
「仕掛けが分かれば、全部まともに付き合う必要はないからな!」
剣が迫る。同時に横から魔法が飛ぶ。アルトは結界で剣を受けたが、魔法への対応が一瞬遅れ、HPを大きく削られたところでマリアが手を上げた。
「そこまで。今ので十分ね」
アルトは息を吐きながら、さっき自分が置いた符を見る。
「一回目はうまくいったのに、二回目は全然だったな」
「作戦が悪いわけじゃない。一回目は本当にやられたよ。ただ、同じ相手と戦い続けるなら、相手も考える。特にストライクは一度見たものへ素直に二度も引っかかる相手じゃないだろう?」
「そうか……選抜は一発当てれば次に切り替えられた。でもHP戦だと、一回通してもその後まで考えなきゃならないんだな」
アルトは悔しそうにするより、むしろ面白そうに笑った。
「だったら一個の仕掛けを完成させるんじゃなくて、最初の仕掛けを破られた後まで作ればいい。風を消されたら次は土、土を避けたら結界、結界を読まれたら――」
「アルト君」
フィーネが声をかける。
「さっきの二回目ね、ラインハルト先輩は風が来る前から、一回目と右足の向きが違ってたよ。たぶん、最初から同じ道には行かないって決めてたんじゃないかな」
アルトは目を丸くしてラインハルトを見る。
「本当?」
「よく見てるな。その通りだ。二回目は最初から右へ流されないつもりだった」
「俺、術の方ばっかり見てた……。フィーネ、そういうの明日も見ててくれない?」
「もちろんだよっ。アルト君が見えないところなら、わたしが見るから」
そのあと射場へ移ると、フィーネは二枚の簡易障壁の間に作られた細い隙間へ矢を通してみせた。昨日アルトに指摘された狙いの癖も少し修正されていて、数本射っても大きく外れない。
「やっぱりフィーネの強みって、威力よりこっちなんだな。小さい隙間でも作れれば、そこへ通せる」
「アルト君が昨日教えてくれたからだよっ。わたし、一発だけすごい矢を撃つより、狙ったところへちゃんと当てられる方が好きかも」
「うん。それ、すごくいいと思う」
アルトはそこからまた符を広げ、結界の置き方を変え、次は風ではなく水ならどうか、雷なら一瞬だけ相手の判断を遅らせられるかと考え始めた。しかししばらくすると、同じ符の線を三度書き直していることにフィーネが気づいた。
「アルト君、今日はもう終わりにしよう?」
「あと少しだけ試したいんだけど」
「その『あと少し』、たぶん長いよ。それに明日勝ちたいなら、今日疲れきっちゃう方がもったいないと思う」
アルトは手元の失敗した符を見て、それから苦笑した。
「……そうだな。フィーネの言う通りだ。今日は帰ろう」
「うんっ。その方がいいよ」
片づけを終えると、アリシアが名残惜しそうに一枚の符を見つめていた。
「晴明様、その符だけでも研究用にいただくというのは――」
「今日は駄目。明日な」
「分かりました! では明日必ずお願いします!」
「こういうときだけ素直だな……」
フィーネと並んで寮へ戻る途中、アルトは今日のラインハルトとの二戦を何度も頭の中で思い返していた。一度成功した術は、次には対策される。ならば必要なのは完璧な一手ではなく、崩された後に次を選び直せることなのだろう。
「フィーネ」
「なに、アルト君?」
「明日の試合、最初から最後までちゃんと見ててくれ。俺が気づかなかったところがあったら、終わったあとに教えてほしい」
フィーネは少し嬉しそうに笑って、大きく頷いた。
「うんっ。ずっと見てるよ」
「よし。だったら明日は、ストライクを本気にさせてやる」
勝てるとは言わなかった。
けれど今のアルトには、それだけでも十分に大きな目標だった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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