第三十一話 ギフトなし、最初の授業
# 第三十一話 ギフトなし、最初の授業
王立魔法学校へ入学する朝、七人は途中までいつものように並んで王都の通りを歩いていた。7人の学校が違うこともあって、学生寮は校外にあるものを借りて一緒に生活できるようにしてもらった。しかし、これまでと違うのは、同じ門へ向かうのが今日から五人だけだということだった。
「では、自分はここで別れるであります」
分かれ道でレオンが王立騎士学校の方角を見ると、ガルドも肩に掛けた鞄を持ち直した。
「わしも反対じゃな。まあ、学校が違うだけじゃ。土曜にはまた集まるんじゃろう?」
「おう。今まで通りだ。ダンジョンに行く日もあるし、訓練だけの日もあるし、そのへんはみんなで決めようぜ」
「承知であります」
「分かったのじゃ」
アルトが答えると、フィーネもすぐ横で頷いた。
「《希望の夜明け》まで別々になるわけじゃないもんねっ」
「うむ。学校ごときで我らの仲が変わるはずもなかろう」
「トウもそう思うな。うん」
「うちも異論なし」
ルウ、トウ、ノエルまで続き、最後には誰からともなく笑いがこぼれた。
七歳の頃、たった五分だけでも毎日何かを続けようと集まった七人は、八年経って学校が分かれる年になっても、結局こうして同じような話をしている。
「じゃあ、またな!」
「放課後に時間が合えば顔を出すであります」
「わしは鍛冶屋の手伝いもあるから、先に帰っとる日もあるぞ」
「分かってるって」
二人と別れたアルトたちは、そのまま王立魔法学校へ向かった。
◇
王立魔法学校の正門を抜けたところで、フィーネは思わず足を止めた。石造りの巨大な本館、その左右へ伸びる講義棟、奥に見える実技場、そのさらに向こうには塔まで建っており、中等科までとは学校という言葉の大きさそのものが違って見える。
「すごいね……アルト君、見て。あの塔、何に使うんだろ?」
「ん? ああ、あれも気になるけど、その前にこの結界が気になる」
「もう結界見てるの?」
アルトは校舎ではなく、正門脇の柱から地面へ伸びる細い魔力の流れを目で追っていた。
「選抜試験のときはゆっくり見る余裕なかったけど、たぶん校舎全体を囲ってる。どうやってこれだけ広い範囲をずっと維持してるんだろうな」
「もう研究する気なの?」
「だって気になるじゃん。魔術の学校なんだから、分からないことは聞けばいいだろ」
晴明の記憶が戻ってから、アルトには以前なら見えなかったものまで見えるようになっていた。けれど、分からないものを見つけるとすぐ近づいていくところは昔と何も変わっておらず、フィーネは少しだけ安心して笑った。
「アルトは相変わらずであるな」
「ルウもだろ?」
「我のどこが相変わらずなのだ」
「その喋り方とか、なんだかんだ言って研究に付き合ってくれるところとか」
「それはお主に付き合わされてしかたなくやってるわけでだな、」
「だから相変わらずなんだろ」
「ふ、まあよいわ。今度も付き合ってやるわ。」
そんな話をしながら校舎へ入ると、今度はアルトの方が周囲から見られる番になった。
「あれ、選抜試験の……」
「ギフトなしのアルトだろ?」
「勇者ストライクから一本取ったっていう?」
以前なら「ギフトなし」という言葉だけで空気が変わったものだが、今はそこへ好奇心が混ざっている。アルト自身ももう慣れたもので、聞こえていても特に気にする様子はなかった。
一年一組へ入ると、そこには選抜試験で見覚えのある二人がすでにいた。
「やあ、来たね、アルト」とマイルス。
ストライクが席を立ち、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「ストライク。今日から同じ組だな」
「ええ。選抜では貴方に一本取られましたが、次はわたくしが勝ちますので。そうですね、今度はペイントを一発つければ終わりではなく、最後まで戦える勝負でやりたいですね」
「いいぞ。俺だって負けるつもりはないからな」
二人が笑って握手すると、その横からマイルスが呆れたように口を挟んだ。
「入学初日から次の勝負の話かい?二人とも本当に好きだね」
「マイルスだって選抜じゃ主席だっただろ」
「だからって、朝から決闘の約束はしないよ。それよりボクはアルトがここで何をやらかすのかを見る方が楽しみだね」
「なんでやらかす前提なんだよ」
「選抜試験の自分を思い出してみればいいんじゃないかな?」
アルトは少し考えてから肩をすくめた。
「……まあ、確かにいろいろ変わったことしたかもしれんな」
マイルスが笑い、フィーネまで横で笑った。
◇
最初の魔術理論を担当したのは、セオドア・クラインという五十代ほどの教師だった。派手な杖を持っているわけでもなく、教壇へ置いたのは金属製の円筒と、内部にいくつもの歯車が組み込まれた訓練装置だけである。
「魔術理論と聞いて、今日は教科書を読むと思っていた者もいるだろうが、まず一つだけ実験をしてもらう。この装置は魔力を流すと内部が回転するから、各自で動かし、赤い印の位置で止めてみなさい」
数人ずつ前へ出て装置へ魔力を流す。勢いが強すぎて印を越える者、手前で止まる者、何度か試してようやく成功する者と、結果はさまざまだった。
やがてアルトの番になる。
装置の前へ立ったアルトを見て、教室が少し静かになった。
「先生、一つ聞いていい?」
「何だね」
「赤い印で止めれば、止め方は何でもいい?」
セオドアがわずかに眉を上げた。
「装置を壊さず、他人の手も借りないなら構わない」
「分かった」
アルトは魔力を流さなかった。そもそも、自分には流せる魔力がない。
代わりに小さな紙の式神を一枚取り出して指先から離すと、紙片はひらりと装置へ寄り、回転する軸や歯車の動きを覗き込むように周囲を巡った。
「式神……」
誰かが小さく呟く。
アルトは目を細め、しばらく内部の動きを追った。
「一周ごとに、ここだけ少し抵抗が変わるのか……だったら、この瞬間ならいけるかもな」
指を軽く動かす。
目に見えるほど大きな力ではない。ただ、回転が最も弱まった一瞬に、ごく小さな霊的な働きかけを重ねる。
カチッ。
可動部が赤い印の中央で止まった。
「おお……」
「魔力、入れてないよな?」
教室がざわついたが、アルトは成功したことより装置の内部を気にしていた。
「先生、今の抵抗って最初からそういう作りなの?」
セオドアはすぐには答えず、数秒だけ黙ってアルトと装置を見比べた。実際には《思考加速》で考えを整理していたのだが、外から見れば少し考え込んだようにしか見えない。
「それはまだ内緒だ。しかし、よく止めたな」
「うん」
「では次は、なぜ止まったかを説明してみろ。君がもう一度やって同じ結果を出せたとしても、他人が理解できなければ技術として扱うのは難しい。何を見て、何を予想し、最後に何をした?」
アルトは答えようとして、途中で口を閉じた。
「回転が弱くなるところは見えた。でも、なんでそこだけ弱くなるのかは、まだよく分からない。それに俺がやった霊術も、どこまで装置に影響したのか分けて考えてなかった」
「なら、それが君の最初の課題だ」
叱られたわけでも、否定されたわけでもない。分からない部分を分からないままにせず、どうすれば確かめられるか考えろと言われたのだと気づくと、アルトの顔が明るくなった。
「先生、もう一回やっていい?」
「授業が終わってからなら付き合おう」
「おう!」
その返事を聞きながら、マイルスは自分のノートへ何かを書き込み、授業が終わるなりアルトの机までやってきた。
「もう一回試そうよ。今度は条件を一つだけ変えてみないかい?」
「何を変える?」
「回転速度でどうかな?速さを変えても同じ場所で抵抗が変わるなら、装置側の理由だと考えやすくなるだろう?」
「それいいな。やろうぜ」
「アルト君、もう夢中になってる」
フィーネが笑う。
「だって面白いじゃん」
「うん。わたしも見てていい?」
「もちろん」
「我も見るぞ。どうせアルトは放っておけば夕食を忘れるからな」
「忘れないって」
「以前も同じことを言っておった」
「トウも見てる。うん」
「うちは先に食堂の場所を確認しとく。終わらなかったら呼びに来る」
「ノエルまで俺が忘れる前提なの?」
「もちろん」
「なんでもちろんなんだよ」
笑い声の中で、王立魔法学校での最初の授業は終わった。
◇
その日の帰り道、アルトたちは授業で見た装置の話をしながら歩いていた。
「明日も先生に聞いてみようかな」
「その前に夕食である。遅くなれば皆が待つぞ」
「分かってるって」
ルウがそう言った直後、ほんの一瞬だけ横を見た。
遥か遠くで何かが砕けるような音がかすかに聞こえた。砕けたものはそのまま地面へ落ちることもなく消えた。さらに遠くでは、何者かが意識を失い、誰にも知られることなく静かに崩れ落ちた。
「……?」
アルトが足を止めた。
「どうしたのだ?」
「いや……何かあったような気がしたんだけど、よく分からない。気のせいかもな」
「変な気配はないな。うん」
トウも周囲を見るが、すでに何も残っていない。
アルトはなぜかルウを見た。
「ルウ、何かした?」
「何のことだ?」
「……さあな。俺にもよく分からないから、いいや」
「ならば帰るぞ。夕食が遅くなってはいかんからな」
「おう」
五人はそのまま歩き出した。
アルトにとって王立魔法学校の初日は、知らないことが一つ減った日ではなかった。
むしろ、分からないことがいくつも増えた日だった。
そしてアルトにとっては、面白い学園生活の始まりだった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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