第二十九話 ギフトなし対勇者
# 第二十九話 ギフトなし対勇者
前日の魔獣侵入騒ぎが嘘だったかのように、王立魔法学校の中央闘技場は静かだった。
もっとも、安全確認に夜通し駆り出された教師たちの顔には疲労が残っている。
「今日は本当に大丈夫なんだよね?」
フィーネが不安そうに闘技場を見回すと、ルウが肩をすくめた。
「昨日の今日で同じ失敗をするほど、この学校も間抜けではあるまい。結界も教師の数も昨日とは比較にならぬ」
「何か出てもアルトがいるな。うん」
「トウ、お主は最近アルトへ頼りすぎではないか?」
「信じてるだけだな。うん」
言いながらトウは今日もアルトのすぐ横にいる。
「まあ、今日は森じゃないし大丈夫だろ。それより最後の試験だぞ」
暫定三十六位。
一組は上位四十人。
ここまで来た以上、落ちるつもりはなかった。
◇
「最終選抜試験について説明します。本日の試験は、一対一によるペイント戦です」
試験官の言葉に、受験生たちがざわめいた。
専用術式を付与された制服は、有効攻撃を受けた場所だけ鮮やかなピンク色へ変化する。
「頭部三点、胸部二点、背部二点、左右の肩が各一点、左右の太腿が各一点。合計十一点。一度得点された部位へ再度攻撃しても加点されません。制限時間終了時に得点の多い者を勝者とします」
さらに試験官は魔道具を掲げた。
「本試験は決闘の強さだけを測るものではありません。後衛職が前衛職中衛職と戦う場合、双方とも直接攻撃は禁止し、魔法あるいは貸与する遠隔魔道具のみを使用します。後衛職同士も同様です。前衛職中衛職同士については、試験用武器による直接攻撃を認めます」
ノエルが貸与された小型の杖を見る。
「これなら、うちも撃てる」
「ノエルちゃん、先手必勝だよ!頭狙えば一発三点だよ!」
「フィーネ、回復職へ何を吹き込んでおる」
◇
その言葉どおり、ノエルの試合は意外な展開になった。
相手は攻撃魔法を得意とする少年だったが、直接攻撃は禁止。ノエルは攻撃を避けながら距離を取り続け、焦った相手が大きな魔法を外した瞬間、静かに貸与魔道具を構えた。
ぱしゅっ。
相手の頭が鮮やかなピンク色へ変わった。
「当たった」
「ノエルちゃん三点!」
本人よりフィーネの方が喜んでいた。
ルウ、フィーネ、トウもそれぞれ高評価を維持した。
マイルスは相変わらず派手ではない。無駄な攻撃をせず、相手の動きを読んで高得点部位だけを確実に取る。
「やっぱマイルス、上手いな」
「必要なところへ当てればいい試験なんだから、たくさん攻撃する必要はないんだよね」
「考えること似てるな」
「だから君を見てると面白いんだよ」
◇
そして組み合わせ表の最後の方へ、二つの名前が並んだ。
アルト。
ストライク・ローゼンベルク。
「よりによってストライク君なの!?」
フィーネが声を上げた。
「最高の相手ではないか。《勇者》と戦える機会など滅多にないぞ」
「ルウちゃんは簡単に言うけど、ものすごく強いんだよ!」
ノエルも頷く。
「ストライク、強い」
「アルトが勝つな。うん」
トウだけは平然としている。
「トウちゃん、少しは心配してよ!」
「心配はしてるな。でもアルトが勝つと思ってるな。うん」
アルトは苦笑した。
「俺本人より自信あるな、お前」
「昔からだな。うん」
◇
闘技場の中央。
ストライクが試験用の剣を受け取った。
「アルトさんと戦えるとは光栄です。ですが、今日は遠慮いたしません」
「その方がいい。俺も使えるもの全部使うから」
「望むところです」
二人は握手を交わした。
アルトには見える。
《勇者》。
そして、それに付随する高い能力。
身体能力。
剣術。
魔法。
防御。
真正面から比べれば、今のアルトよりストライクの方が上だった。
(普通にやったら負けるな)
なら、普通にやらなければいい。
「始め!」
瞬間。
ストライクが消えたように見えた。
「速っ!」
アルトは結界を張る。
一枚。
破壊。
二枚目を抜ける前に身体を捻ったが、試験剣が左肩へ触れた。
ぱっと肩がピンクになる。
「一点!」
さらに追撃。
太腿。
ピンク。
「ストライク選手、二点!」
「待って待って、始まって何秒だよ!」
「まだ参ります!」
「嬉しそうに言うな!」
アルトが風で距離を取る。
エアカッター。
火行術。
雷術。
だがストライクは防ぎ、避け、真正面から距離を詰めてくる。
アルトは紙式神を放った。
式神の一体が死角へ入り、ストライクの右肩へ触れる。
ピンク。
「一点!」
「よし!」
しかし直後、ストライクが結界を破り、アルトの胸へ剣を当てた。
ピンク。
二点追加。
**ストライク四点。アルト一点。**
「アルト君、負けてるよぉ!」
「見れば分かる!」
「まだ大丈夫だな。うん」
「トウちゃんは落ち着きすぎ!」
◇
アルトは逃げながら観察していた。
踏み込み。
剣を振った後の重心。
回避方向。
何より、ストライクは頭と背中をほとんど晒さない。
(そりゃそうだ。そこだけで五点だもんな)
ストライクが再び迫る。
肩への軌道。
アルトは避けなかった。
剣がすでにピンクになった左肩へ触れる。
何も起こらない。
「なぜ避けなかったのですか?」
「そこ、もう取られてるから」
「なるほど……!」
「感心してる場合か?」
その隙にアルトが風で滑り込み、ストライクの左太腿へ式神を触れさせた。
ピンク。
**四対二。**
◇
「じゃあ、ここからだな」
三十枚の紙が舞った。
式神。
火行術が右。
風行術が左。
雷が上から落ち、結界が足元へ生まれる。
さらにアルトが二人、三人と増えていく。
「幻想ですね!」
ストライクは迷わない。
一体。
二体。
次々と偽物を斬り抜ける。
「やっぱ通じないか!」
「何度も拝見しておりますので!」
それでもアルトは式神を増やし続けた。
ストライクは知らない。
式神の何体かが攻撃せず、闘技場の床へ小さな紙片を落としている。
一枚。
三枚。
七枚。
十二枚。
ストライクの剣がアルトの幻想を貫いた。
本体は背後。
「今!」
床の紙片が一斉に光る。
多重結界。
「これは……!」
「長く止めなくていい!」
土行術。
足元がわずかに傾く。
風。
ストライクの身体が前へ流れる。
アルトは横を抜けた。
背中へ手を伸ばす。
触れた。
ピンク。
二点。
**四対四。**
観客席が一気に沸いた。
「追いついたぁ!」
「まだ終わっておらぬぞ、フィーネ」
◇
「さすがです、アルトさん!」
ストライクは笑っていた。
「でも、次はもう通しません!」
「そうだろうな!」
結界を力で破り、一気に反転する。
今度はアルトが読み切れなかった。
剣を避けた先へ、ストライクが回り込む。
「後ろです!」
「うわっ!」
背中。
ピンク。
二点。
**ストライク六点。アルト四点。**
残り時間はわずか。
アルトが勝つには、最低でも三点が必要だった。
取れる場所。
頭。
三点。
(分かりやすいな)
当然、ストライクも分かっている。
「頭部を狙われるのでしょう?」
「まあ、そうなるよな」
「でしたら守り切ります」
「そうしてくれ」
アルトは笑った。
◇
残った式神が一斉に動く。
幻想のアルト。
一人。
三人。
五人。
十人。
全員が頭へ向かう。
「狙いは分かっています!」
ストライクが幻想を破る。
式神を落とす。
結界を抜ける。
そして本物のアルトを見つけた。
「そこですね!」
剣が頭へ迫る。
当たれば三点。
九対四。
完全に終わる。
アルトはぎりぎりで顔を逸らした。
剣先が胸へ触れる。
しかし胸はすでにピンク。
追加点なし。
「また……!」
「取られた場所も使い道あるだろ!」
アルトが風行術を爆発させる。
低く滑る。
ストライクも反応して振り向き、頭部を守った。
(やっぱそこ守るよな)
アルトは止まらない。
式神一体を頭へ。
ストライクが斬る。
二体目。
防ぐ。
三体目。
避ける。
それも全部、見せるためだった。
頭を守れば、動く方向は限られる。
晴明の記憶。
十年間の訓練。
三年間のダンジョン。
今日まで見たストライクの癖。
全部が一つにつながる。
「そこ!」
最後の式神が頭上から落ちた。
ストライクが剣を上げる。
しかし式神は攻撃しない。
結界。
一瞬だけ、腕を上へ固定する。
「なっ――」
アルト本人が踏み込んだ。
直接、頭へ手を伸ばす。
ストライクが身体を反らす。
届かない。
「あと少し!」
アルトは足元へ風を叩き込んだ。
身体が前へ飛ぶ。
指先。
額。
触れた。
ぱっ。
ストライクの頭が、鮮やかなピンク色へ変わった。
「三点!」
ほぼ同時に終了の鐘が鳴った。
会場が静まり返る。
試験官が得点を確認した。
ストライク。
肩一点。
太腿一点。
胸二点。
背中二点。
**六点。**
アルト。
肩一点。
太腿一点。
背中二点。
頭三点。
**七点。**
「そこまで! 勝者――アルト!」
歓声が爆発した。
◇
ストライクはしばらく自分のピンク色になった頭を触っていた。
それから、笑う。
「……負けました」
「危なかった。あと何秒かあったら俺の方が取られてたと思う」
「ですが、その時間内に取ったのはアルトさんです。わたくしの負けですね」
「もう一回やったら、同じ手は通じないだろ?」
「もちろんです。次は床へ紙を置かせませんし、すでに取った部位を盾にされることも考えて戦います」
「じゃあ俺も違う勝ち方考える」
「では、わたくしもその方法への対策を考えましょう」
二人は握手した。
「アルトさん。あなたと戦えて良かったです」
「俺も。めちゃくちゃ強かった」
「過去形にしないでいただけますか?」
「あ、ごめん。今も強いな」
観客席からフィーネが駆けてくる。
「アルト君、勝ったぁ! ……でも二人ともすごくピンクだね」
「今それ言う?」
ストライクが自分の頭を見る。
「確かに、少々格好がつきませんね」
緊張が切れ、周囲から笑い声が起きた。
◇
「アルトなら勝つと思ってたな。うん」
トウが当然のようにアルトの腕へ絡む。
「お主、途中で三回ほど立ち上がっておったではないか」
ルウが言う。
「気のせいだな。うん」
「絶対違うよね!?」
ノエルがアルトの様子を見る。
「怪我はない?」
「ペイントだから大丈夫。昨日より全然楽」
アルトは自分の胸に残る鮮やかなピンクを見た。
そして、ふと思い出す。
五歳。
教会。
誰もが何かを授かると思っていた日。
自分に示されたもの。
《ギフト――なし》
あれから十年。
今も変わらない。
アルトには、ギフトがない。
「アルト君」
フィーネが笑う。
「ギフトなくても、《勇者》に勝っちゃったね」
「うん。でも五歳の俺にそれ言っても、たぶん納得しないぞ」
「どうして?」
「あの頃は欲しかったから。みんな持ってたし、俺も欲しかった」
「今は?」
アルトは少し考えた。
「あったら今でも欲しいけどな」
「そこは欲しいんだ」
「だって、もらえるなら欲しいだろ」
フィーネが笑った。
アルトも笑う。
「でも、ないもの数えてても増えないからな。それより、今あるもの使った方が面白い」
剣。
体術。
式神。
結界。
火、風、水、土、雷。
意思疎通。
呪術。
幻想術。
十五年間で手にしたものは、いつの間にか両手では数え切れなくなっていた。
◇
夕暮れ。
長かった選抜試験が、ようやく全て終了した。
「終わったな」
「明日の結果発表が残っておるぞ」
ルウが言う。
「でも、もう俺に出来ることないだろ。昨日三十六位で、今日は勝ったんだから、一組もたぶん大丈夫だと思う」
「アルトは全部やったな。うん」
トウがすぐ隣で言う。
「本当に一組入れるかなぁ」
フィーネはまだ心配そうだ。
「さあな。たぶん大丈夫だと思うけど、駄目だったらそのとき考える」
「アルト君、そういうところ変わらないね」
「今さら変わらないだろ」
アルトは空を見上げた。
魔力零。
ギフトなし。
それでも、ここまで来た。
そして何より。
もう《ギフトなし》という言葉を聞いても、五歳のあの日ほど胸は痛まなかった。
アルトは小さく笑う。
「まあ、これでいいか」
王立魔法学校選抜試験。
あとは、結果を待つだけだった。
次回更新は明日の12時の予定です。
皆様に大切なお願いがございます。
読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)
執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m




