第二十八話 試験ではないはずだった
# 第二十八話 試験ではないはずだった
第五試験当日の朝、アルトは宿を出る前から昨日の森のことが気になっていた。
「トウ、昨日感じたやつ、やっぱり普通の魔物じゃなかった?」
「よく分からないけど、少なくともいつも森で感じる気配とは違ったな。うん。すぐ消えたから場所までは分からなかったけど、嫌な感じはしたな」
隣で聞いていたルウが腕を組む。
「ならば試験官へ伝えておいた方がよい。何もなければ、それで終わる話であるからな」
「そうする」
試験会場へ到着したアルトは、開始前に近くの教師を見つけて昨日のことを話した。教師は笑って流すこともなく、真面目に聞いたあとで頷いた。
「実は昨夜、鳥の群れが一斉に飛び立ったという報告があり、巡回を増やしています。安全結界、警戒術式とも異常は確認されていませんが、念のため監視を強化しています。何か感じたらすぐ報告してください」
「分かりました」
少なくとも学校側も確認している。
なら大丈夫なのかもしれない。
そう思いながらも、アルトは森から視線を外さなかった。
◇
「第五試験は大規模実戦演習です。複数の小隊を一つの部隊として運用し、森林区域に配置された三つの拠点を順番に制圧してください。制限時間は四時間。個人戦闘力だけでなく、索敵、救援、情報共有、集団内での判断も評価対象となります」
今回の区域には数十人の受験者が配置された。
アルト、フィーネ、トウ、ノエル、ルウも同じ区域だが、それぞれ別小隊。さらにストライク、マイルス、セドリックの姿もある。
「今日はみんないるねっ!」
フィーネが嬉しそうに言う。
「同じ戦場というだけで、同じ小隊ではないぞ」
ルウが釘を刺す。
「それでも近くにいる方がいいもん」
トウは当然のようにアルトの横へ立っていた。
「トウ、お前も別小隊だろ」
「始まったら行くな。今はまだ始まってないからここにいるな。うん」
「最近その理屈ばっかりだな」
「便利だからな。うん」
フィーネが何か言おうとした瞬間、開始を告げる鐘が鳴った。
◇
試験開始。
アルトはまず紙式神を十数体飛ばした。
「広く見てきて。敵と罠の場所が分かったら教えて」
さらに森の鳥やネズミへ意識を向ける。
《人いっぱい》
《変なのいる》
《食べ物?》
「あとでな。今日はあっちの変なのがどこにいるか教えて」
《分かった》
すでに恒例になりつつあるやり取りだった。
第一拠点までの敵配置が見えてくる。
「右の小隊、進行方向三十歩くらい先に罠ある! 左から回った方がいい!」
アルトの声が飛ぶ。
別小隊の受験生が一瞬戸惑ったが、近くの試験官が止めることもないため、素直に進路を変えた。その直後、別の受験者が魔法人形を誘導し、罠の存在が確認される。
「本当にあった……」
式神は索敵だけでなく、各小隊への伝令にもなった。
フィーネは風の精霊を飛ばし、遠距離から敵を射抜く。トウは探索魔法と幻想魔法で敵集団を別方向へ誘導し、ノエルは負傷判定を受けた者を次々治療する。ルウは攻撃、防御、補助を必要な場所へ使い分けていた。
ストライクは相変わらず強い。
「そこ三体います!」
「承知いたしました」
一人で全部片づける。
「やっぱ便利だな、ストライク」
アルトが思わず呟く。
マイルスは目立って大技を使わない。それでも気づけば最も必要な場所にいて、崩れそうな小隊を立て直している。
(マイルスも相変わらず無駄ないな)
第一拠点は予定よりかなり早く制圧された。
◇
第二拠点へ向かう途中、全体指揮を任されていた受験生が魔法人形の攻撃で戦闘不能判定を受けた。
「指揮官がやられた!」
「次どうするんだ!」
複数の小隊が一瞬止まる。
アルトは周囲を見る。
敵は正面。
左側の小隊が押されている。
右側にはまだ余裕がある。
「左は下がりすぎなくていい! 防御役を前に出して持ちこたえて! 右の二小隊は中央へ寄って、ストライクが前へ出たら一緒に押して! 回復役は中央へ集まって!」
考えてから言ったわけではなかった。
三年間、《希望の夜明け》でやってきたこと。
そして晴明として、大勢の式神や協力者と動いていた記憶。
目の前の戦況を見た瞬間に、必要な配置が浮かんだ。
「アルトさん、正面でよろしいでしょうか?」
「うん。ただし奥まで行きすぎないで! 俺の式神が見えなくなる!」
「承知いたしました!」
ストライクが前へ出る。
正面が崩れる。
そこへ左右の小隊が押し込む。
十分ほどで第二拠点も制圧された。
遠くから監視していた試験官の一人が記録板へ何かを書き込んでいた。
◇
第三拠点へ向かい始めたところで、アルトは違和感を覚えた。
「……あれ?」
鳥に問いかける。
「この先、敵どれくらいいる?」
返ってきたのは、今までとは違うものだった。
《行かない》
《怖い》
《奥、嫌》
ネズミも同じ。
《逃げる》
《怖い》
アルトが足を止める。
すぐ近くの別小隊にいたトウも、ほぼ同時にこちらを向いた。
「アルト」
「トウも?」
「うん。昨日よりはっきりするな」
フィーネまで駆け寄ってくる。
「アルト君、風の精霊たちが奥へ行きたくないって言ってる。何かいるみたい」
ルウも森の奥を見る。
「魔力の流れも妙であるな。試験用の術式だけではない」
「先生!」
アルトは近くにいた教師へ報告した。
「森の奥に何かいます。動物も精霊も怖がってます」
教師はすぐ監視用の魔法具を確認した。
「……反応はあります。しかし試験用の大型魔法人形と同程度です。別区域でも同じ反応が出ていますから、もう少し確認します。君たちは警戒を強めて進んでください」
「分かりました」
教師も疑い始めている。
だが監視術式上では、まだ中止するほどの異常には見えていなかった。
◇
数分後。
最初の一体が木々の間から現れた。
狼。
だが魔法人形ではない。
アルトには情報が見えた。
《Lv72》
「待って! あれ本物だ!」
周囲の受験生が振り向く。
「本物?」
「人形じゃない!」
さらに二体、三体。
猪型。
大型の虫。
《Lv81》
《Lv67》
《Lv94》
教師の顔色も変わる。
「全員、一度後退――」
そのとき、狼型の魔物がアルトを見た。
動きが止まった。
《友達?》
《フェンリル》
別の虫型も攻撃態勢を解く。
《友達》
「攻撃してこない奴は攻撃しないで!」
「何を言ってる!?」
「俺には敵意ない! こいつらまで刺激したら敵増える!」
迷う暇はなかった。
アルトへ敵意を持たない個体は次々と動きを止める。
《神獣の友》。
だが、全てではない。
目を赤く染めた個体が突っ込んでくる。
「そっちは駄目だ!」
アルトが結界を展開。
激突。
その首筋へ黒い模様が見えた。
「……呪術?」
晴明の記憶が反応する。
同じ黒い術式が、敵対する魔物すべてに刻まれている。
「こいつら、普通に暴れてるんじゃない。何かに強制されてる!」
◇
森の奥で、轟音が響いた。
安全結界が大きく揺れる。
教師たちが一斉に振り返った。
「結界に外部衝撃!?」
「監視術式の反応値が上昇しています!」
今まで試験用の魔力反応へ紛れていた何かが、ようやく隠し切れなくなった。
木々を押し倒しながら、巨大な魔獣が姿を現す。
四本の太い脚。
異様に発達した身体。
全身を覆う黒い術式。
アルトの視界に表示が浮かぶ。
《Lv278》
「……強いな」
「アルト君、分かるの?」
「かなり危ないと思う」
詳細な数字は言わない。
さらに見える。
《再生》
《魔力障壁》
《咆哮》
《眷属支配》
そして胸の中心。
他の魔物へ伸びる黒い術式が、すべてそこへ集まっていた。
「胸だ」
「何が?」
マイルスが聞く。
「あいつの胸に変な術式の核がある。周りの魔物の術式も全部そこにつながってる」
ストライクが剣を構える。
「では、そこを破壊すればよいのでしょうか?」
「たぶん弱くなる。ただ、正面から俺が行っても届かない」
「でしたら、わたくしが道を作ります」
マイルスも魔獣を見ながら言った。
「取り巻きはボクたちで止めた方がよさそうだね。アルトは核を壊す方法を考えて」
「分かった」
トウがアルトの袖を掴んだ。
「アルト。トウなら、あれくらいならすぐ終わらせられるな」
アルトは一瞬だけトウを見る。
本当の騰蛇なら、この魔獣など相手にならない。
「まだ大丈夫。俺たちでやってみる」
「分かったな。でもアルトが本当に危なくなったら、今度は聞かないな。うん」
「それでいい」
◇
巨大魔獣が咆哮する。
周囲の魔物が一斉に動いた。
「散らばらないで! 防御役は前、回復役は中央! フィーネ、精霊で胸の核が見える位置を探して! トウは取り巻きの位置! ルウは防御お願い! ノエルは負傷者優先!」
「分かったよっ!」
「承知した」
「任せて」
「分かったな。うん」
ストライクが最前線へ飛び出す。
「わたくしが正面を引き受けます!」
巨大魔獣の爪とストライクの攻撃が激突し、地面が抉れる。
「硬いですね……!」
「障壁ある! そのまま無理に抜かないで!」
アルトは式神を一斉に飛ばした。
三十体。
左右。
上空。
地面近く。
そのうち十体が幻想術を発動し、複数の受験生の姿を作る。取り巻きの魔物が幻影へ流れる。
残りは結界。
敵の進路を細かく分断する。
「アルト君、見えた! 胸の少し右!」
フィーネの矢が飛ぶ。
魔力障壁へ弾かれる。
「やっぱ先に障壁壊さないと駄目か」
「アルト、右から三体来るな!」
「式神四体そっち! 雷!」
式神を通して雷術。
敵が止まる。
ルウが広域障壁を重ね、ノエルが倒れた受験生を回復させていく。
マイルスは派手な動きこそ見せないが、アルトが指示する前に空いた場所へ入り、敵の流れを止めていた。
「マイルス、左そのままお願い!」
「分かったよ。君は核に集中した方がいいと思うよ」
アルトは胸の術式を見る。
障壁。
再生。
黒い核。
三つがつながっている。
「呪術を先に切れば……」
晴明の記憶から術式を引き出す。
式神五体をストライクの背後へ。
「ストライク! 三秒だけ胸の前空けられる?」
「三秒でよろしいのでしたら!」
ストライクが踏み込む。
巨大魔獣が反応。
一撃。
二撃。
真正面から受けながら、強引に身体をずらした。
「今です!」
「行け!」
五体の式神が飛び込む。
一体が火行術。
一体が風行術。
二体が結界。
最後の一体が胸元へ張りつく。
「呪術、解除!」
黒い術式が揺れる。
アルトの額から汗が流れる。
「もうちょっと……!」
魔獣が式神を振り払おうとする。
「させません!」
ストライクの一撃。
マイルスの魔法が脚を止める。
フィーネの矢が目元へ飛び、トウの幻想が視界を乱す。
ルウの障壁が暴れる腕を一瞬だけ止めた。
「今!」
アルトが式神を通して雷を叩き込む。
黒い核が砕けた。
バキンッ――。
巨大魔獣を覆っていた黒い術式が、一斉に消える。
「ストライク!」
「承知いたしました!」
全力の一撃。
轟音。
巨大魔獣の身体が地面へ沈んだ。
沈黙。
◇
ほぼ同時だった。
遠方の試験本部で、ようやく監視術式の解析が完了する。
「外部魔獣侵入を確認! 第五試験を中止――」
伝令魔法が発動しかける。
しかし現場から報告が飛び込んだ。
『対象魔獣、撃破! 繰り返します、対象魔獣は受験生によって撃破されました!』
「……撃破?」
試験官たちが顔を見合わせた。
◇
安全確認後、第五試験は予定より早く終了した。
本部では長い協議が行われた。
本物の魔物が侵入した以上、試験そのものを無効とする意見もあった。
だが、受験生に落ち度はない。
試験区域内で発生した事態であり、正式な中止命令が出る前に決着している。そして何より、集団実戦として評価する予定だった索敵、連携、救援、指揮、判断、そのすべてが実際の危機の中で示されていた。
結論。
**第五試験は有効。**
夕方。
結果が掲示された。
「アルト君!」
フィーネの声が響く。
「第五試験、一位!」
「本当?」
アルトが見る。
異変を最初に察知。
索敵。
情報共有。
敵味方の判別。
集団指揮。
呪術核の発見と破壊。
戦闘不能者を抑えながらの大型魔獣撃破。
総合評価。
**第五試験最高得点――アルト。**
そして暫定総合順位。
六十一位から――。
**三十六位。**
「入った!」
アルトが初めて素直に声を上げた。
「四十位以内だ!」
「やったぁ! これで五人とも一組だよっ!」
フィーネが飛びつきそうな勢いで喜ぶ。
ルウも珍しく満足そうに頷いた。
「ようやく素直に喜んだな。昨日までなら『まだ暫定だろ』と言いそうなものだが」
「いや、これは嬉しいだろ。八百十二位から三十六位だぞ」
「最初から入ると思ってたな。うん」
トウが涼しい顔で言う。
「だからトウちゃん、アルト君に甘すぎるってば!」
「実際入ったから間違ってなかったな。うん」
「そういう問題じゃないよっ!」
ノエルも小さく笑う。
「五人一緒」
「うん。全員一組だな」
アルトは順位表を見上げた。
三十六位。
そのさらに上には、まだ多くの名前がある。
ストライクも。
マイルスも。
「まだ上に三十五人いるんだな」
ルウが嫌な予感でもしたようにアルトを見る。
「お主、一組へ入ることが目標ではなかったのか?」
「入ったら次が見えるじゃん」
「やはりそう言うと思ったわ」
◇
しかし、選抜試験はまだ終わっていなかった。
試験官が最後の紙を掲示する。
《最終選抜試験》
アルトが読む。
「まだあるのか」
周囲の受験生からも同じような声が上がった。
「今日あんなことあったのに!?」
試験官は苦笑する。
「明日の演習区域については、教員総出で安全確認を行います。さすがに同じことは起こさせません」
アルトは紙を見る。
ここまで来た。
千人中八百十二位。
五百三位。
百九十二位。
六十一位。
そして三十六位。
魔力零。
ギフトなし。
それでも、一組へ届いた。
「あと一つか」
トウがすぐ横から覗き込む。
「アルトなら大丈夫だな。うん」
アルトは笑った。
「うん。ここまで来たら、最後までやる」
王立魔法学校選抜試験。
残るは、最終試験だけだった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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