第二十七話 五人なら五人で戦えばいい
# 第二十七話 五人なら五人で戦えばいい
第三試験で科目一位を取り、暫定順位を千人中百九十二位まで上げた翌朝、アルトが食堂へ入ると、今日は珍しく自分の隣の席が空いていた。
「よしっ、今日はわたしが隣!」
フィーネが嬉しそうに椅子へ走る。
しかし、その椅子を引こうとした瞬間、反対側からトウが座った。
「間に合ったな。うん」
「なんで今日もトウちゃんが座るの!」
「昨日もここだったからな。うん」
「昨日座ったら今日もトウちゃんの席になるの!?」
「そういう決まりでもいいと思うな。うん」
「よくないよっ!」
アルトはパンを食べながら、そのやり取りをほとんど気にしなくなっていた。
「アルト君まで慣れないでよ!」
「だって毎朝これやるの?」
「私が先だったじゃん!原因はトウちゃんだから!」
ルウが呆れたように首を振る。
「今日の試験は三時間の集団実戦なのだぞ。朝から体力を使い切るでない」
「そうだった。今日は五人一組なんだよね」
フィーネの表情が少し曇る。
「《希望の夜明け》のみんなとは別々なんだよね……」
「試験だけだろ。知らない奴と組むのも面白そうじゃん」
「アルト君はそういうところ全然気にしないよね」
「まず出来ること聞けば何とかなるだろ」
トウが当然のように頷いた。
「アルトなら大丈夫だな。うん」
「トウちゃん、最近そればっかり!」
◇
試験会場へ着くと、班分けが発表された。
予告されていた通り、アルト、フィーネ、トウ、ノエル、ルウは全員別の班だった。
アルトの名前の下には四人。
その一人を見つけた瞬間、アルトは少し笑った。
「ストライク、一緒じゃん」
「アルトさんと同じ班なのですね。よろしくお願いいたします」
ストライク・ローゼンベルク。
ローゼンベルク侯爵家の跡取りであり、《勇者》のギフトを持つ、現在の受験者の中でも明らかな上位候補。
残る三人は、攻撃魔法が得意な少年カイル、防御魔法を得意とする少女ミナ、回復と補助を担当する少年エドだった。
試験官が五人へ説明する。
「第四試験は集団実戦です。制限時間は三時間。森林演習区域の中央に設置された敵陣から旗を奪い、五人全員でここへ帰還してください。区域内には複数の魔法人形、罠、障害物が配置されています。班員が戦闘不能判定を受けた場合は大幅減点。旗の取得だけでなく、指揮、連携、役割分担、判断、消耗率も個別に評価します」
三時間。
単純な速さだけを見る試験ではない。
「まず班長を決めてください」
カイルとミナの視線が自然にストライクへ向かった。
当然だった。
「わたくしでも構いませんが、アルトさんは三年間、実際にパーティーを率いてダンジョンを攻略されていたのでしょう?」
「まあ、《希望の夜明け》では俺が指示すること多かったけど」
「でしたら、わたくしよりアルトさんの方が適任だと思います。わたくしは敵を倒すことには自信がありますが、初対面の方々を率いた経験はございませんので」
「いいの?」
「もちろんです」
三人も異論はなかった。
「じゃあ俺がやる。最初に、みんな何出来る?」
試験開始までの短い時間に、アルトは一人ずつ確認した。
カイルは火力型。強い攻撃魔法を数回撃てるが、連発すると消耗が激しい。
ミナは障壁魔法。五人全員を守れるのは短時間だが、一人か二人なら長く維持出来る。
エドは回復と身体強化。重傷を何度も治すのは難しい。
最後にストライク。
「一番強い攻撃、何回くらい使える?」
「十回程度なら問題ないと思います。ただ、周囲への被害が大きいため、狭い場所ではおすすめ出来ません」
「じゃあ、ストライクは先頭じゃなくて遊撃」
三人が驚く。
カイルが尋ねた。
「一番強いのに、前衛じゃないのか?」
「一番強いから固定しない。どこかが崩れたら一人で立て直せるだろ? 前に置いて全部倒してもらうより、必要なところへ動いてもらった方が強いと思う」
ストライクが頷いた。
「なるほど。わたくしを一か所へ縛らないということですね」
「そういうこと。ミナは中央より少し前。エドは中央。カイルは後ろから必要な相手だけ撃って。俺は真ん中で全体見る」
「アルトさんは戦わないのですか?」
「必要なら戦う。でも、まず敵がどこにいるか分からないとな」
アルトは紙を取り出した。
◇
「開始!」
五人が森林へ入る。
アルトはすぐに式神を十二体放った。
「前、左右、それと上から見てきて。敵がいたら戦わなくていいから教えて」
さらに近くの藪からこちらを見ていたネズミへ声を掛ける。
「森の中に変なのいっぱいいるだろ? どこにいるか教えてもらっていい?」
《食べ物?》
「終わったらな」
《分かった》
ストライクが驚いたように見る。
「アルトさんは、動物ともお話し出来るのですね」
「だいたいだけどな」
「素晴らしい能力だと思います」
「ギフトないけどな」
「それでも出来ているのであれば、問題ないのではありませんか?」
「……そう言われるとそうだな」
少し前まで本気でアルトを心配していた男とは思えないほど、ストライクは素直だった。
◇
最初の敵は魔法人形六体。
「まとめて焼きます!」
カイルが魔法を構えた。
「待って。二体だけ狙って」
「でも全部いけるぞ?」
「ここで全部使ったら後がきついだろ。ストライク、右二体。カイルは左二体。残り二体は俺が逸らす」
「承知いたしました」
アルトが幻想術を使い、少し離れた場所へ五人の姿を映す。
残った二体が幻影を追う。
カイルが二体。
ストライクが二体。
数秒で終了。
「……こんなに力残して進めるのか」
カイルが自分の手を見る。
「三時間あるんだぞ。最初の十分で全部使ったら困るだろ」
審査員たちは遠方から魔法具で様子を確認していた。
「敵を倒せるのに、必要な数しか倒さないか」
「消耗管理ですね。あの年齢で、戦闘を目的ではなく手段として見ています」
◇
さらに進むと、式神から二つの経路が返ってきた。
右。
安全だが遠い。
左。
最短だが大型魔法人形が二体。
「左行こう」
ミナが驚く。
「危なくない?」
「普通なら。でもストライク、二体を三分くらい止められる?」
「倒す必要はないのでしょうか?」
「うん。俺たちが通るまででいい」
「三分でよろしければ問題ありません」
「じゃあお願い」
森を抜け、大型魔法人形二体が現れる。
ストライクが一人で前へ出た。
「ここはわたくしがお引き受けします。皆さんは先へ」
真正面から二体を受け止める。
凄まじい衝撃が森に響いた。
「行くぞ!」
四人はその横を抜ける。
二分ほどして、背後からストライクが追いついてきた。
「倒したの?」
「一体だけです。もう一体は追ってこない程度に壊しました」
「三分止めてって言ったのに」
「申し訳ありません。少し余裕がございましたので」
「やっぱ強いな……」
本人は涼しい顔だった。
◇
中盤、アルトの式神でも見つけられなかった地面の罠が発動した。
「危ない!」
エドが足を取られ、転倒する。
試験用の魔法が脚へ当たり、負傷判定。
「わたくしが抱えて進みましょうか?」
ストライクが近づく。
「いや、ミナ、前に障壁。カイルも周囲見て。俺が脚固定する。エド、自分で治療出来る?」
「少し時間もらえれば」
「じゃあ急がなくていい。ここ安全にするから」
アルトは簡単な固定を行い、ミナの障壁の内側でエド自身に治療させる。
「時間、大丈夫かな?」
「三時間あるんだぞ。ここで無理して悪化した方が点落とすだろ」
エドが治療を終えるまで三分。
その間、アルトは次の経路まで確認していた。
「行けそう?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ行こう」
誰も置いていかない。
《希望の夜明け》でずっとそうしてきた。
◇
旗のある敵陣へ到着した時点で、開始から四十七分。
守っているのは大型魔法人形一体と、通常型八体。
アルトは少し眺める。
「今度はストライク、全力でいいよ」
ストライクの目が少し輝いた。
「ようやくですね」
「でも大型だけな!」
「承知いたしました」
ミナが障壁で通常型の射撃を防ぐ。
カイルが足止め。
アルトの式神が敵の視界を乱し、結界で二体の動きを封じる。
エドが全員へ身体強化。
そしてストライク。
巨大な一撃。
大型魔法人形が吹き飛んだ。
「……やりすぎじゃない?」
「大型だけを狙いましたが?」
「いや、合ってるけど」
旗を奪う。
開始から五十二分。
「帰るぞ」
カイルが笑った。
「三時間あるのに、もう帰るのか?」
「旗持って戻らないと終わらないだろ」
◇
帰路は来た道をそのまま使わなかった。
「行きに避けた敵がまだいるから、少し北へ回る。式神から見る限り、こっちの方が空いてる」
「最短ではありませんね?」
ストライクが聞く。
「少し遠い。でも戦闘二回避けられる。結果的には速いと思う」
ネズミが先行。
式神が上空。
幻想術で遠くへ偽の人影を走らせ、敵部隊を別方向へ誘導する。
五人はほとんど戦わずに森林を抜けた。
そして――。
「アルト班、帰還!」
旗。
五人全員。
戦闘不能者なし。
試験官が時計を確認する。
「一時間十二分……」
三時間の制限時間を半分以上残していた。
その後、ほかの班も次々戻ってきた。
全班終了。
結果。
**アルト班――最速。**
◇
採点結果は、さらに意外なものだった。
「集団実戦、個人最高得点は二名です」
掲示された名前。
**アルト。**
そして、
**ストライク・ローゼンベルク。**
「同点か」
アルトが言う。
「光栄です」
ストライクは本当に嬉しそうだった。
「わたくし一人でしたら、もっと敵を倒そうとして時間を使っていたと思います。アルトさんの指揮があったからこそ、この結果になりました」
「でもストライクいなかったら、大型二体の道選べなかったし、最後の守護人形でも時間食ってたぞ」
「では、お互いがいたから最高得点になったということでしょうか?」
「そういうことだな」
ストライクは少し考えてから笑った。
「わたくしは今まで、自分がもっと強くなれば多くの人を守れると思っていました。それは間違いではないと思いますが、今日、もう一つ分かりました。自分が強いことと、仲間全員を強く使えることは別なのですね」
「俺は《希望の夜明け》で三年やってきただけだぞ」
「その三年間は、わたくしにはないものです。次はわたくしも、そこでは負けないようにしたいですね」
その声には初めて、はっきりと競争心が混じっていた。
◇
「君、本当に面白いね」
別班で試験を終えたマイルスがやってきた。
「昨日は自分が入口へ座ったまま三十体の式神とネズミを動かして、今日は初対面の四人を動かしたんだよね」
「なんか俺が人を道具みたいに使ってる言い方だな」
「褒めてるんだよ。君は、自分一人が強くなるより、周りを動かして全体を強くするのが上手いんだと思うよ」
アルトは少し考えた。
晴明もそうだった。
一人で何でもやったわけではない。
式神。
十二神将。
数多くの協力者。
使えるものを使ったというより、一緒に戦える者と、それぞれが出来ることを組み合わせていた。
「そうかもな」
「やっぱり君いいね」
◇
フィーネたちも、それぞれ別の班で高い評価を受けていた。
フィーネは精霊を使った索敵と弓による遠距離支援。
トウは探索魔法と幻想魔法で敵との接触そのものを減らし、ノエルは回復役として最後まで班員全員を維持した。
ルウは攻撃、防御、補助を使い分け、気づけば自然に副指揮の位置へ収まっていたらしい。
「みんな上がってる!」
夕方、フィーネが順位表の前で声を上げる。
ルウはすでに一組圏内。
トウも一組圏内。
フィーネも一組圏内。
ノエルも四十位以内へ入っていた。
そしてアルト。
「六十一位!」
「おお」
「おお、じゃないよ! 百九十二位から六十一位だよ!」
昨日から百三十一人抜き。
最速チーム。
個人最高得点タイ。
その結果だった。
「あと十九人か」
「二十一人ではないか?」
ルウが即座に訂正する。
「四十位以内だから、四十一位まで上がればあと一人だろ。六十一から四十まで二十一人だな」
「自分で言っておいて間違えるな」
「まあ、二十一人ならもうすぐじゃん」
フィーネが笑う。
「早く来てねっ。わたしたち待ってるから!」
「うん。次で追いつきたいな」
トウがすぐ横で頷いた。
「アルトなら来るな。うん」
「だからトウちゃん、最近アルト君に甘すぎるってば!」
◇
順位発表のあと、試験官から翌日の説明が行われた。
「第五試験は、大規模実戦演習です。これまでの五人一組ではなく、複数班を合わせた数十人単位での戦闘になります」
演習区域は、王立魔法学校の外縁部に広がる森林地帯。
敵となる魔法人形の数も、これまでとは比較にならない。
「なお、安全管理のため各区域には教員を配置します。想定外の危険が発生した場合、試験は即座に中止します。中止命令が出た場合は、得点より避難を優先してください」
アルトは説明を聞きながら、遠くに見える森林へ視線を向けた。
その瞬間だった。
木々の奥。
何か。
意思疎通の感覚へ、一瞬だけ異質なものが触れた。
「……ん?」
「どうした?」
ルウが尋ねる。
「今、森の方でなんか引っ掛かった気がした」
トウも同じ方向を見る。
いつもの涼しい表情から、わずかに笑みが消えた。
「トウも少し変な感じがしたな。うん」
「魔物か?」
「よく分からない。すぐ消えたから、気のせいかもしれないけど」
そのとき、森から大量の鳥が飛び立った。
一斉に。
空を覆うほどに。
アルトは黙ってそれを見上げる。
「アルト」
トウが呼ぶ。
「明日は、少し気をつけた方がいいかもしれないな」
アルトは森へ視線を戻した。
「……うん。分かった」
暫定六十一位。
一組まで、あと二十一人。
だが翌日の試験は、順位だけを気にしていればいいものにはならないのかもしれなかった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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