第二十四話 王都、そして千人の推薦者
# 第二十四話 王都、そして千人の推薦者
王立魔法学校の選抜試験を受けるため王都へ出発する朝、アルトが玄関へ降りると、すでにハイネが荷物を開けて三度目の確認をしていた。
「着替えは入ってるわね。推薦状もあるし、お金も持ったし、薬も入れたし……アルト、本当に忘れ物ない?」
「たぶん大丈夫だって。忘れても王都で買えるものなら買えばいいし、推薦状と財布さえあれば何とかなるだろ」
「そういう考え方だから確認してるのよ」
横では今年中等部へ入ったばかりのタクトとアーニャまで、まるで自分たちが受験へ行くかのように落ち着かない。
「兄ちゃん、絶対受かってこいよ。王立魔法学校がどんなところだったか、帰ってきたら全部教えてくれよな。俺も三年後には王立騎士学校受けるんだから」
「私は魔法学校の方! 授業とか寮とか図書館とか、どんな魔法使う人がいたかもちゃんと覚えてきてね」
「俺は二人の下見に行くんじゃなくて受験しに行くんだぞ。それに、まだ受かるかどうかも分からないからな」
そう言いながらもアルトは笑っていた。
最後にマックスが息子の肩へ手を置く。
「受かっても落ちても、ちゃんと帰ってこい」
「試験なんだから帰ってくるって」
「だから言ってるんだ。結果より先に、無事に帰ってくることを考えろ」
「分かった。行ってきます」
家を出ると、それで終わりではなかった。オウサカおばちゃんからは飴を持たされ、ダンおじさんからは「王都でもちゃんと食え」と果物を渡され、門の近くでは父の知り合いの衛兵まで声を掛けてくる。
「アルト、王都の連中に田舎者だって舐められるなよ!」
「別に喧嘩しに行くわけじゃないぞ!」
「試験なんかぶっ飛ばしてこい!」
「試験をぶっ飛ばしたら落とされるだろ!」
笑い声に見送られながら、アルトは何度か後ろを振り返った。
五歳のときには、この街を歩くたび《ギフトなし》の自分を心配して何かを持たせてくれた人たちが、十年後の今日は王立魔法学校へ送り出してくれている。
「絶対受からないとな」
隣を歩いていたフィーネが笑う。
「うんっ。みんなで受かろうね、アルト君」
◇
王都へ向かった推薦受験者の中には、アルト、フィーネ、トウ、ノエル、ルウだけでなく、セドリックやほかの学校から推薦された生徒たちもいた。
そして数日後、巨大な城壁を越えた瞬間、アルトは素直に声を上げた。
「でかいな……」
道幅だけでも故郷の大通りとは比べものにならず、石造りの建物が何階にも重なり、馬車が途切れることなく行き交い、夕方でも魔法灯が通りを明るく照らしている。
「お主でも、その程度の普通な感想を言うことがあるのだな」
「初めて見るんだから驚くだろ。ルウは驚かないの?」
「我とて初めて見るものはある。ただ、お主ほど口へ出さぬだけだ」
フィーネは店先へ並んだ品物を見て目を輝かせ、ノエルは薬草店を見つけるたびに立ち止まり、トウは大通りより細い路地の方へ興味を示す。
「トウ、今は探検するなよ。迷ったら試験受けられないぞ」
「大丈夫だな。場所は覚えてるから戻れるな。うん」
「それが一番怖い答えなんだよ」
そんなやり取りをしながら王立魔法学校へ到着すると、今度は全員が足を止めた。
広い。
一つの学校というより、いくつもの巨大な建物が集まった一つの街に近い。魔術演習場、何階あるのか分からない図書塔、学生寮、講義棟、そのさらに奥にも施設が続いている。
「ここ、全部学校なの?」
フィーネが尋ねると、セドリックまで少し呆然としていた。
「僕たちの学校なら、敷地ごと何校入るんだろうな」
「王都に来たって感じするな」
だが、本当に驚いたのは受付会場へ入ってからだった。
全国から集められた推薦受験者。
**千人。**
全員が、それぞれの地方では推薦を勝ち取ってきた者たちである。
「千人いて、合格が四百四十人か」
アルトが案内書を確認する。
「半分以上落ちるんだね……」
フィーネの声が少し小さくなる。
「でも四百四十人も受かるんだろ? そこに入ればいいんだから、まだ何も始まってないぞ」
そう言いながら、アルトは周囲へ視線を巡らせた。
能力が見えるようになって以来、人を見ると意識しなくても時折情報が浮かぶ。
故郷ではあまり見なかった強さの者が、ここには何人もいた。
《炎術(中)》
《水魔法(大)》
《魔力増幅(中)》
《精霊契約(中)》
数字の方も、七十、八十、九十と高い者が珍しくない。
(やっぱ全国から集まると違うな)
そう思いながら歩いていたアルトの視線が、一人の少年のところで止まった。
表示されたギフト。
《勇者》
「……勇者?」
思わず小さく口へ出した。
「どうしたのだ?」
ルウに尋ねられ、アルトは首を振った。
「いや、あの人かなり強そうだなと思って」
ちょうどその少年も視線に気づいたらしく、こちらへ歩いてくる。
「こんにちは。よくわたくしのギフトがわかりましたね。わたくしはストライクです。お互い推薦を受けてここまで来たのですから、合格出来るといいですね」
丁寧すぎるほど丁寧な話し方だった。
「俺はアルト。よろしく」
「アルトさんですね。こちらこそよろしくお願いいたします」
ストライクはにこやかに握手をすると、そのまま別の受験生のところへ向かった。
アルトはその後ろ姿を見る。
「なんか変わった喋り方だけど、悪い奴じゃなさそうだな」
「初対面で判断するには早いであろう」
「それもそうか」
◇
もう一人と顔を合わせたのは、受験受付へ向かう途中だった。
「君たち、王立魔法学校の受付ならそっちじゃないよ。そっちは在校生用の入口だから、受験生は右だよ」
声を掛けてきたのは、落ち着いた雰囲気の少年だった。
「あ、ありがとう。俺アルト」
「ボクはマイルスだよ。地方から来た推薦組かな?」
「そう。こっちはフィーネ、トウ、ノエル、ルウ」
「五人一緒なんだ。君たちいいね。試験でまた会うと思うから、そのときはよろしくね」
マイルスはそれだけ言って人混みへ消えていった。
「親切な奴だったな」
「アルト君、王都でもすぐ知り合い増えるねっ」
「道間違えたおかげだけどな」
この時点で、マイルスはまだアルトが《ギフトなし》であることを知らなかった。
◇
大講堂へ千人の推薦者が集められ、試験官が壇上へ立つ。
「皆さんは、それぞれの学校や地域で推薦を得てここへ来た優秀な生徒です。しかし推薦は、本校へ入学する資格を保証するものではありません。今年度の推薦受験者は千名、最終合格者は四百四十名を予定しています」
会場の空気が一段重くなる。
「選抜は学科、魔力量およびギフト適性、術式実技、応用課題、そして最終実戦試験によって行います。どれか一つだけが優れていても合格出来るとは限りません。皆さんが本校で学ぶに値する総合的な力を持つか確認します」
アルトの顔だけは、話が進むほど少し楽しそうになっていた。
「アルト君、笑ってない?」
「面白そうじゃん。全国で推薦取った奴が千人もいるんだぞ」
「普通は緊張するところだよぉ」
◇
最初は学科試験だった。
魔物学、術式、ダンジョン知識では、アルトはほとんど迷わない。晴明の記憶が戻ってから術式を見る力はさらに上がっており、この世界の魔法理論とは体系が違う問題でさえ、「向こうではこう考えるのか」と比較しながら解ける。
ところが王国史の細かな年代になると話が変わった。
(晴明、これ全然役に立たないな)
前世の知識に、この王国の三代前の国王が即位した年まで入っているはずもない。
礼法も平均的。
一般魔法理論も、陰陽術とは前提そのものが違うため、学校で習った範囲を思い出しながら答えるしかなかった。
学科試験終了時点では、アルトは十分上位にいた。
マイルスはさらに上。
セドリックも高得点。
ストライクは極端な学科型ではないものの、悪くない位置につけている。
「マイルス、頭いいな」
アルトが掲示を見ながら言うと、偶然近くにいた本人が笑った。
「学科はけっこう得意なんだよね。でも君も術式問題、かなり取ってるよね。地方の学校であそこまで習うものなのかな?」
「学校で習ってないこともちょっと混じってる」
「それ、ますます面白いね」
◇
問題は次だった。
魔力量測定。
受験者が次々と水晶へ手を置き、数値が記録されていく。
セドリックはかなり高い。
フィーネも推薦水準を十分満たす。
ノエルは突出していないが、回復魔法を扱うには問題ない。
トウとルウも審査を終えた。
そしてアルト。
「手を水晶へ置いてください」
「はい」
水晶へ触れる。
反応なし。
測定員が確認する。
「……零?」
「たぶん合ってます」
「もう一度お願いします」
別の水晶。
やはり零。
念のため三つ目。
《0》
「校内でも何回かやったんですけど、全部そうでした」
周囲の受験生がざわめき始めた。
「魔力ゼロ?」
「推薦試験だぞ?」
「何でここにいるんだ?」
その中から、聞き覚えのある丁寧な声がした。
「アルトさん、大丈夫でしょうか? 水晶が三つとも反応しないのでしたら、体調か何かに問題がある可能性はないのでしょうか?」
ストライクだった。
「いや、体調は普通だぞ。俺、最初から魔力ないんだ」
「魔力が……ないのですか?」
「うん」
ストライクの顔が本気で心配そうになる。
「それでしたら、この後の試験はかなり厳しくなるのではないでしょうか? 無理をなさらない方がよろしいのではありませんか?」
完全な善意なのは分かる。
分かるのだが、アルトはほんの少しだけ眉を動かした。
「心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫だって。俺も試験受けに来たんだから」
「そうですか……。もし体調が悪くなったら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「……ありがとう」
ストライクは満足そうに去っていった。
ルウが横から小声で聞く。
「悪意はまったくないようだな」
「分かってる。だから余計なんか言い返しにくいんだよ」
◇
続いてギフト適性確認。
ここでは会場の空気がさらに変わった。
《炎術(中)》。
《水魔法(大)》。
《魔力増幅(大)》。
優秀なギフトが読み上げられるたび、担当者が記録していく。
そしてストライク。
「ギフト、《勇者》」
会場全体がどよめいた。
「勇者……?」
「本当にいるのか」
本人は少し困ったように笑っている。
「わたくしとしては、ギフトの名前より試験結果を見ていただければと思うのですが……注目されるのは仕方ありませんね」
やがてアルトの順番が来る。
「アルト。ギフト――」
一瞬の間。
「《なし》」
魔力零のとき以上にざわめいた。
そして少し離れた場所から、マイルスの声がした。
「……君、ギフトもないんだね」
アルトが振り向く。
「うん。五歳のときからずっとなしだぞ」
マイルスは驚いた顔をしたあと、なぜか楽しそうに笑った。
「魔力がなくて、ギフトもなくて、それでも王立魔法学校の推薦まで取ってきたんだね。君いいね。ますます興味が出てきたよ」
「普通そこ、心配するとこじゃない?」
「でも、何も出来ない人間を学校が推薦するとは思えないんだよね。それなら、数字に出ない何かがあるって考えるべきなんじゃないかな?」
「マイルスとは話合いそうだな」
その横からストライクがまた心配そうに近づいてきた。
「アルトさん、ギフトまでお持ちではないのですか? それでしたら本当に無理をなさらない方が――」
「大丈夫だから!」
思わず少し大きな声になった。
「……すみません。わたくし、余計な心配をしてしまったでしょうか?」
しゅんとする。
「いや、悪気ないの分かってるから。ただ、俺は出来ないことを確かめに来たんじゃなくて、出来ることを見せに来たんだ」
ストライクは少し目を見開き、それから微笑んだ。
「それは失礼しました。では、実技を楽しみにしておりますね」
「そうしてくれ」
アルトは小さく息を吐いた。
「いい奴なんだけどな……」
ルウが笑いを堪えていた。
◇
第一段階の結果が発表されたのは、その日の夕方だった。
学科では上位。
しかし魔力量は最低評価。
ギフト適性も最低評価。
結果、アルトの暫定順位は大きく下がった。
**千人中、八百十二位。**
「……落ちすぎじゃない?」
フィーネが掲示板を見上げる。
「四百四十人合格だから……あと三百七十二人抜かないと駄目だな」
「そういう数え方するの?」
「だって明日から実技だろ。まだ半分も試験終わってないじゃん」
フィーネ、ノエル、トウ、ルウはそれぞれ合格圏、あるいは十分そこを狙える位置にいる。セドリックも上位、マイルスとストライクもかなり高い位置にいた。
アルトだけが、大きく下。
それでも本人は、順位表を見ながら笑っていた。
「八百十二位からどこまで上がれるか、分かりやすくていいな」
「お主は本当に落ち込まぬな」
「だって明日の試験内容、これだぞ」
掲示板の次の紙を指す。
《第二試験――魔術実技》
アルトは少し考えた。
「俺、魔術使えないんだけどな」
「陰陽術なら使えるであろう」
「それで採点してくれるかな?」
「千人中八百十二位まで落とされた今さら、遠慮する理由がどこにある」
アルトは笑った。
「それもそうだな。じゃあ、見せてみるか」
魔力零。
ギフトなし。
暫定八百十二位。
それでも十五年間積み上げてきた力は、まだ一つも採点されていなかった。
◇
その日の夜。
アルトはこっそりトウを宿の自室に呼んだ。
誰にも気づかれていないことを確認し、ドアを閉め、結界を張った。もう誰にも聞かれないし、気づかれない。
「騰蛇!」
「せいめいさまーーーーーーーー」
アルトに抱きつき、号泣するトウ、改め騰蛇。
しっかりと抱き返すアルト。
1000年ぶりの再会にそれ以上の言葉はいらなかった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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