第二十三話 推薦状
# 第二十三話 推薦状
実技指導を担当するバルガスとの模擬戦で一本を取った翌朝、アルトが学校へ入ると、廊下ですれ違う生徒たちの視線がいつもより明らかに多かった。昨日の審査を直接見ていなかった者にまで話が広がっているらしく、「実技の先生に勝ったらしい」「でもギフトなしなんだろ」「魔力も零って本当なのか」といった声が、本人に聞こえる程度の距離からちらほら届いてくる。
「なんか昨日から、やたら見られるな」
隣を歩いていたルウが呆れたようにアルトを見る。
「実技指導の教師へ模擬戦で勝った生徒が、翌日から何事もなかったように登校してくれば見るであろう。むしろ、お主が気にしなさすぎなのだ」
「でも先生の方が普通に強かったぞ。もう一回やったら、昨日の式神は絶対警戒されるし、同じ方法じゃ勝てないと思う」
「そこまで分かっておるならよい。勝ったという結果だけで、自分の方が強いと思い始めたら面倒だからな」
「そんなわけないじゃん。あの先生、俺より剣も速いし、力も強いし、魔法の出力も上だったしな」
アルトにはバルガスの《Lv150》という数字まで見えていたが、そのことは口にしなかった。そもそも他人のレベルだけでなく、ギフトや能力、熟練度らしき情報まで見えるという現象そのものを、アルトはほとんど誰にも話していない。エレウスでさえその仕組みを知らず、人の強さを数字として捉える考え自体が、この国では王族や一部の宮廷魔法師など、ごく限られた者しか知らないものらしいと分かってからは、なおさら軽々しく口にしない方がいいと思うようになっていた。
そのとき、後ろから声を掛けられた。
「アルト君、少しいいですか?」
バルガスだった。
「先生、おはようございます。昨日はありがとうございました」
「礼を言われるのも妙ですが、こちらこそ良い勉強になりました。ちなみに昨日と同じ方法で今日もう一度戦えば、紙の式神は最初に焼きますよ」
「やっぱり。じゃあ別の方法考えないとな」
「また私と戦う気なのですか?」
「強い人と戦うと、出来ないこといっぱい分かるんで面白いですよ」
バルガスはしばらくアルトの顔を見たあと、声を上げて笑った。
「一つだけ覚えておいてください。実戦で大切なのは、勝った方法を次もそのまま使えると思わないことです。相手も考えますし、こちらの手を覚えます。昨日の勝利は見事でしたが、次は別の勝ち方を考えなければならない」
「分かりました。じゃあ次までに何個か考えておきます」
「そこまで前向きに受け取るとは思いませんでしたが……まあ、君ならそうでしょうね」
◇
その日の午前、アルトたち推薦候補は別室で待たされ、その間に最終推薦会議が始まっていた。
会議室には校長、実技担当のバルガス、魔術担当、治癒担当、学科担当の教師、それに冒険者組合の代表者とエレウスが集まっている。
「まずアルト君についてだが、実力不足を理由とした反対意見は撤回します」
前日に推薦へ慎重な姿勢を見せていた魔術教師が、最初にはっきりそう言った。
「攻撃、防御、精密制御、救助判断、さらにバルガス先生との模擬戦まで見た以上、戦闘能力や応用力が推薦水準に達していないとは言えません。ただし、私はまだ一つ気になっています。王立魔法学校は魔術師を育成するための学校です。魔力を持たず、ギフトもない者を推薦する前例を、我々が作ってよいのでしょうか」
「逆にお尋ねしてもよろしいでしょうか」
エレウスが穏やかな声で答えた。
「王立魔法学校は、優れたギフトを持つ者を育てる学校なのでしょうか。それとも、力を学び、その力をよりよく使える者を育てる学校なのでしょうか」
会議室が静かになる。
「アルト君は魔力を持っていませんし、ギフトもありません。しかし、火を使い、風を使い、水を使い、土を使い、雷を使い、結界を張り、術式を解析し、動物や魔物と意思を交わし、三年間仲間を率いてダンジョンを攻略してきました。昨日の救助課題では、自分の得意な攻撃を見せることより、先に人を助けることを選びました」
エレウスはそこで少し笑った。
「そして彼だけではありません。フィーネ君は《弓力(微)》、ノエル君は《回復(小)》、トウ君は《探知(小)》、ルウ君は《魔力(小)》。ギフトの文字だけを見れば、誰も上位の推薦候補には見えないでしょう」
「確かにな」
治癒担当の教師が頷いた。
「ノエル君の治療判断は、ギフトの大小では説明出来ません。回復魔法だけで治そうとせず、薬草、固定、止血を組み合わせた。あれは実戦で傷を見てきた人間の判断です」
「フィーネ君も同じだ」
別の教師が続ける。
「《微》であることなど、昨日の射撃を見ればほとんど意味がない」
エレウスは静かに続けた。
「五歳でもらったものより、その後十年間何をしたのかの方が、今の彼らを説明しているのではないでしょうか。私はそう思います」
バルガスも腕を組みながら口を開いた。
「戦闘能力だけで言えば、昨日の時点では私の方がアルト君より上だったと思っています。剣速、出力、耐久力、経験、どれも現時点では私が勝っているでしょう。それでも私は負けました。自分に足りないものを理解し、持っている術を組み合わせ、私の選択肢を一つずつ減らした。あれは単なる魔法の才能ではありません」
冒険者組合の代表者も頷いた。
「私が一番評価しているのは、初級ダンジョンを攻略したことそのものではありません。十三歳から三年間潜り続けて、七人全員が無事生きて帰ってきたことです。強い冒険者は大勢いますが、危険なときに欲を捨てて帰れる者は意外と少ない。あの少年たちは、攻略より無事生還を優先することを覚えている」
それはマックスが、初めてダンジョンへ入るアルトへ何度も言った言葉でもあった。
しばらく議論が続き、最後に校長が全員を見る。
「では、結論を出しましょう」
◇
待合室では、フィーネが何度目か分からないほど扉を見ていた。
「長いねぇ……アルト君、緊張しないの?」
「するけど、もう出来ることは見せたからな。これで駄目なら、次にどうするか考えるしかないだろ」
「お主は本当に便利な性格をしておるな」
ルウの言葉にアルトが笑ったところで、扉が開いた。
「皆さん、中へ入ってください」
五人が並んで会議室へ入る。
校長が立ち上がった。
「推薦審査の結果を伝えます。フィーネ君。精霊魔法と弓術、そして三年間の実戦経験を評価し、王立魔法学校への推薦を認めます」
フィーネの顔が一気に明るくなる。
「ありがとうございますっ! アルト君、一緒に受けられるよ!」
「まだ俺の結果出てないぞ」
「あ、そうだった!」
室内に少し笑いが起こった。
「ノエル君。回復魔法、薬草知識、現場での治療判断を評価し、推薦を認めます」
「ありがとうございます。もっと治せるようになりたいです」
「トウ君。探索魔法と幻想魔法、それにダンジョンでの索敵実績を評価し、推薦を認めます」
「ありがとう。王都でもいろいろ探してみたいな。うん」
「……試験の中で探すべきものだけにしてくださいね」
「分かったな。うん」
「ルウ君。特定分野に偏らず複数の魔法を高水準で扱い、パーティー全体の不足を補ってきた点を評価します。推薦を認めます」
「感謝する。我もさらに学ばせてもらおう」
最後に校長の視線がアルトへ向いた。
机の上には一枚の推薦状。
「アルト君」
「はい」
「王立魔法学校への推薦を、正式に認めます」
ほんの一瞬、アルトは何も言わなかった。
五歳。
教会。
《ギフト――なし》
あの日から何度も見てきた文字が頭をよぎる。
「ありがとうございます」
校長から推薦状を受け取る。
そこには堂々と書かれていた。
《ギフト:なし》
その下には、
《魔力:測定値零》
どちらも消されていない。
「この部分を伏せて推薦することも考えました。しかし、それでは君を正しく推薦したことにはならないでしょう」
「俺も、このままでいいです」
「よろしいのですか?」
「だって俺にギフトがないのは本当だし、魔力もないですから。それで受けて、出来ることを見てもらえばいいと思います」
校長は満足そうに頷いた。
推薦理由の欄には、初級ダンジョン完全攻略、《希望の夜明け》の指揮、未知の術体系による複数属性相当の現象、結界、術式解析、魔物との意思疎通、救助課題での判断、実技指導教員との模擬戦での勝利まで、細かな字でびっしりと記されている。
「王立魔法学校の方が、この書類を読んで頭を抱えそうだな」
「私もそう思います」
校長が笑った。
◇
推薦を受けたのは《希望の夜明け》の五人だけではなかった。セドリックも当然のように推薦を獲得しており、廊下で会うと推薦状を軽く上げて見せた。
「僕も無事通ったよ」
「おめでとう。王都でも一緒だな」
「先生に勝った人間から普通に祝われると、まだ少し妙な気分なんだけどね」
「俺とお前、別に敵じゃないだろ。それに救助課題の総合タイムは俺が負けてるし」
「十二秒だけだけどね」
「十二秒でも負けは負けだろ。次やったら勝つぞ」
「僕だって次は二次被害を出さない」
セドリックも笑った。
推薦は合格ではない。
王国各地から同じように推薦を得た生徒が王都へ集まり、そこでさらに選抜試験が行われる。
「毎年、推薦を得ても相当数が不合格になります」
教師からそう説明されると、フィーネは少し緊張した顔になった。
「推薦取れたらほとんど終わりかと思ってたけど、まだ全然なんだね」
「その方が面白いじゃん」
「アルト君はそう言うと思ったよぉ」
ルウも横で頷く。
「ここまで来れば、お主が簡単な試験ではつまらぬと言い出す方が心配であるな」
◇
その日の放課後、レオンとガルドからも知らせがあった。
「自分も王立騎士学校への推薦が正式に決まったであります。王都では剣術だけでなく、騎士団の戦術や護衛についても学べるそうなので、出来る限り吸収してくるつもりであります」
「おめでとう。王都でも前衛頼むぞ」
「承知であります。《希望の夜明け》の前衛であることは、学校が変わっても変わらないであります」
ガルドも嬉しそうに腕を組む。
「ワシも王都へ行くことになったぞ。普通科の高校じゃが、鍛冶や金属加工、道具の設計まで学べるコースがあるらしい。親父からも、王都の技術を持って帰ってこいと言われたわ」
「じゃあ、本当に七人全員王都じゃん」
フィーネが嬉しそうに笑う。
「それなら学校が違っても大丈夫だねっ。週末は今までみたいに集まれるよね?」
「王都にもダンジョンがあるって聞いたぞ。今の町より大きいのがいくつもあるらしい」
アルトが言うと、トウも頷いた。
「あるな。冒険者向けの大きいところもあるし、まだ全部攻略されてないところもあるみたいだな。うん」
「いいな、それ」
「お主は王立魔法学校へ行くのか、ダンジョンへ行くのか、どちらが目的なのだ」
ルウに聞かれ、アルトは少し考える。
「両方でいいじゃん。平日は学校で勉強して、週末は七人でダンジョン。それなら今より出来ること増えるだろ」
「自分はまず、各校の休日と課題量を確認してから日程を決めるべきだと思うであります」
レオンの意見に、ルウが感心したように頷く。
「ようやく一人、まともなことを言う者がいたな」
「でも行くんだろ?」
「……もちろん行く」
七人が笑った。
王都へ行っても、《希望の夜明け》は七人のままだった。
◇
推薦が決まった話は、学校より早いのではないかと思うほどの勢いで街へ広まった。
帰り道、駄菓子屋のオウサカおばちゃんに呼び止められる。
「アルト! 王都の学校受けるんやて? あんた、ちっちゃい頃から朝っぱらから走り回ってたもんなぁ。はい、飴ちゃん!」
飴を一掴み渡された。
「おばちゃん、まだ合格してないぞ」
「推薦されたんやろ? ほんなら今日はそれのお祝い。合格したらまた別にあげるわ」
少し歩くと、果物屋のダンおじさんまで店先から声を掛けてくる。
「おう、アルト! 聞いたぞ。王都行くんだってな。これ食って試験頑張れ!」
大きな果物を二つ渡された。
「また増えた……」
5歳の誕生日翌日のあの日と同じように、歩くたび誰かに呼び止められた。
ただ、十五歳になったアルトは、もうなぜ胸が温かくなるのかを知っていた。
「やっぱ俺、この街好きだな」
ルウが隣で静かに笑った。
「知っておる」
◇
家へ帰ると、その日の夕食はいつもより少し豪華だった。
「推薦おめでとう!」
アーニャが真っ先に言い、タクトも嬉しそうに続ける。
「兄ちゃんが王都行くなら、俺も絶対王立騎士学校行くからな。レオン兄ちゃんも行くんだろ?」
「じゃあ私は魔法学校! フィーネお姉ちゃんたちも受けるなら、私もいつか一緒のところ行きたい!」
「二人とも、まず今年入った中等部をちゃんとやれって。王都行きたいなら、毎日五分でも練習続ける方がいいぞ」
ハイネが笑う。
「アルトが弟と妹に、学校をちゃんとやりなさいって言うようになるなんてね」
「俺だってちゃんと行ってるだろ」
「興味のない授業で露骨に顔へ出るって、先生から聞いてるわよ」
「誰が言ったんだよ……」
マックスは笑いながらアルトへ尋ねた。
「選抜試験はいつだ?」
「案内が数日で届くらしい。推薦取っただけじゃ全然安心出来ないって」
「なら、今までと一緒だな」
「何が?」
「今日出来ることをやって、試験の日に行くだけだ」
アルトは少し笑った。
「父さんも結局それなんだな」
「お前が誰に似たと思ってる」
◇
当然、推薦が決まったからといって練習を休む理由にはならなかった。
晴明の記憶を整理するほど、今まで自分が火行術、風行術、水行術、土行術、雷術、結界術、呪術、式神術と別々に扱っていたものが、すべて大きな一つの体系につながっていることが分かってくる。
「陰陽術……これが一番近い名前かな」
ルウが聞き返す。
「お主が使っている術全体を、そう呼ぶのか?」
「うん。晴明は陰陽師だった。五行を扱うのも、結界も、呪術も、式神も、全部別々の技ではあるけど、まとめれば陰陽術なんだと思う」
「ようやく、お主の妙な魔法にも名前が付いたわけだな」
「魔法じゃないけどな」
「そこは重要なのであろうな」
さらに記憶を探ると、霊力を身体へ巡らせて動きを補助する方法まで出てきた。
「これ、剣にも使えるかも」
ただし、やり方が分かることと、出来ることは違う。
身体へ流しすぎれば動きが乱れ、少なすぎれば意味がない。
「また練習増えたな」
「嬉しそうに言うことではないと思うぞ」
「出来ること増えるかもしれないんだから嬉しいだろ」
◇
数日後。
王都から厚い封筒が届いた。
王立魔法学校選抜試験案内。
アルト、フィーネ、トウ、ノエル、ルウの五人で開く。
「第一試験……学科、魔力量測定、ギフト適性」
アルトが読み上げ、止まった。
「いきなり俺が一番駄目なやつじゃん」
フィーネが笑いを堪える。
「でも校内審査もそれで通ったでしょ?」
「王立の方が厳しいんじゃない?」
さらに読み進める。
術式実技。
応用魔術。
複合課題。
そして最後。
《最終選抜――実戦形式試験》
アルトの表情が変わる。
「こっちは面白そうだな」
ルウが横から案内書を覗き込み、ため息交じりに笑った。
「王立魔法学校の連中がお主の受験に振り回される姿が目に浮かぶわ」
アルトは推薦状の《ギフト――なし》という文字をもう一度見た。
それは五歳の頃から何も変わっていない。
けれど、その文字の下に積み重ねてきたものは、もうあの頃とは比べものにならなかった。
次回更新は明日の12時の予定です。
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