第二十二話 出来ることを見せればいい
# 第二十二話 出来ることを見せればいい
校内推薦審査で《ギフトなし》《魔力零》という二つの数字を改めて突きつけられ、「王立魔法学校へ推薦する価値があるのなら実力で証明しろ」と言われた翌日、アルトは落ち込むどころか、朝から何を見せれば一番分かりやすいだろうと考えながら剣を振っていた。
「普通はもう少し悩むものではないか? 少なくとも昨日は、推薦そのものへ反対する者までおったのであろう」
隣で魔法の練習をしていたルウが尋ねると、アルトは素振りを続けたまま答えた。
「だって、駄目だって決まったわけじゃないだろ。実力を見せれば認めるかもしれないって話なんだから、それなら見せればいいじゃん。それで足りなかったら、足りないところを練習すればいいし」
「十五年間その考え方で生きてきたお主に、今さら別の反応を期待した我が間違っておったようだな」
「それに晴明の記憶が戻ってから、昨日出来なかったことが今日出来るようになるのが増えて、今けっこう面白いんだよ」
それは誇張ではなかった。これまでアルトは、何が正しいかも分からないまま何百回も試し、その中から偶然うまくいった方法を拾っていた。それが今は違う。十二年以上かけて自分が積み上げてきた身体と霊力に、安倍晴明が持っていた膨大な知識が加わり、どこへ力を流せばよいか、何を削れば無駄がなくなるか、失敗したときにはどこを直せばよいのかまで分かる。
だから練習量は以前と大して変わっていないのに、成長する速度だけが明らかに変わっていた。
◇
実技審査の日、訓練場にはアルトだけでなく、王立魔法学校への推薦候補になったフィーネ、トウ、ノエル、ルウも集められていた。審査は攻撃、防御、制御、それに状況判断を確認する応用課題で構成されており、教師だけでなく冒険者組合からも一人が立ち会っている。
最初に目を引いたのはフィーネだった。
「三つの標的へ、出来るだけ短い時間で攻撃してください」
「分かりましたっ。それじゃあ、お願いね」
フィーネが弓を引くと、その周囲で小さな風が動いた。
一本目。
ヒュッ!
矢を放つと同時に二本目をつがえ、さらに三本目まで続けて放つ。三本の矢は一直線には進まず、風の精霊に押されるようにわずかに軌道を変え、互いに離れた三つの標的へ次々突き刺さった。
「三射すべて命中……それも精霊魔法による軌道修正を同時に?」
「はいっ。でも、まだアルト君に風を手伝ってもらった方が遠くまで狙いやすいです」
教師は記録を見直す。
「君のギフトは《弓力(微)》となっていますが」
「そうですよっ。でも弓は毎日練習してますから」
フィーネは特に不思議そうでもなかった。
ノエルの試験では、模擬負傷者に複数の症状が設定された。ノエルはすぐに回復魔法を使うのではなく、身体を確認し、固定具と薬草を先に取り出した。
「回復魔法を使わないのですか?」
「使う。でも骨がずれてるなら先に戻して固定した方がいいし、この傷なら全部魔法で治そうとすると、うちの力が先になくなる。出血だけ止めて、残りは薬草でいい」
治癒担当の教師が小さく頷く。
「治癒術師として怖いのは、自分の魔法だけですべて治せると思い込むことです。三年間、実際に負傷者を見てきた経験が出ていますね」
トウは探索課題で、壁や箱の中へ隠された対象を次々指し示し、その後は幻想魔法で自分が立っている位置そのものを誤認させた。
「《探知(小)》だけでは、この数をここまで正確に捉えるのは難しいはずですが」
「いっぱい練習したからじゃないかな。うん。それに、見つけるだけじゃなくて、見つからないようにする練習も面白かったな」
途中、一瞬だけトウの表示が《――》になったのを見てアルトは首を傾げたが、すぐ元へ戻ったので深く考えなかった。
ルウに至っては、攻撃、防御、補助、治療のどれを指定されても一定以上の結果を出してしまい、審査員の方が困り始めた。
「君は、専門をどこへ置いているのですか?」
「特には決めておらぬ。そのとき必要なものを使えばよいと思っておる」
アルトが思わず笑う。
「俺と似てるな」
「お主と一緒にするなと言っておる」
審査員の机では、次第に妙な話になっていた。
「《弓力(微)》、《探知(小)》、《回復(小)》、《魔力(小)》……そして《なし》。ギフトだけを見れば、誰一人として上位推薦候補にはならないではないか」
その言葉を聞いたエレウスが、穏やかな声で答えた。
「ですから私は、子供を見るときにギフトの名前だけで判断してはいけないと思っております。五歳でもらったものより、その後十年間何をしたのかの方が、今の彼らを説明しているのではないでしょうか」
◇
そしてアルトの番になった。
「最初は攻撃です。もっとも得意な攻撃術を一つ見せてください」
「一つだけですか?」
「一つで十分です」
アルトは少し迷ってから、訓練場の奥に置かれた標的へ手を向けた。
「じゃあ、周りが燃えないやつにします。エアカッター!」
ヒュンッ!
風の刃が走り、厚い木製標的の上半分が斜めに滑り落ちた。
「無詠唱……」
「詠唱した方がいいんですか?」
「いえ、続けてください」
昨日反対を表明した審査員が標的を見ながら言った。
「威力は認めよう。ただ、この程度なら熟練した風魔法使いにも可能だ」
「じゃあ、もう少しやっていいですか?」
「構わない」
今度は三つ。
アルトの周囲に圧縮された風が生まれる。
「エアカッター!」
三枚の風刃が同時に飛び、別々の標的へ向かった。さらに一本だけは途中で大きく弧を描き、遮蔽物の後ろに置かれた標的を横から切断する。
「風の刃を、放った後から制御しているのか?」
「前は真っ直ぐしか飛ばせなかったんですけど、力の流し方が分かったので、最近曲げられるようになりました」
アルト本人にとっては晴明の知識を利用した練習成果にすぎないが、審査員たちの筆が一斉に動き始めた。
防御課題では結界を使った。
一発。
二発。
三発。
教師が放つ魔法を透明な境界が受け止めても、以前のようには揺らがない。
「もう少し威力を上げても?」
「大丈夫です。俺もどこまでいけるか見たいのでお願いします」
「試験中ですよ」
「だからちょうどいいかなって」
強い魔法が結界へぶつかる。
ギィンッ!
右側だけが大きく歪んだ。
「右へ偏った……支点が一つ弱いのか」
アルトは攻撃を受けながら霊力の配分を変える。
次の一撃。
今度は結界全体へ衝撃が分散した。
審査員が顔を上げる。
「攻撃を受けながら、自分の術を修正したのか?」
「弱いところ分かったんで」
アルトには、それもごく普通の答えだった。
◇
応用課題では、訓練場の一角に模擬市街地が作られていた。
倒壊しかけた建物。
内部に三人の模擬負傷者。
火災。
そして救助を妨害する魔法人形。
アルトの前には、同学年でも成績上位として知られる魔術科の少年が先に挑戦した。大きな魔力と《炎術(中)》のギフトを持つ優等生で、名前はセドリックという。
開始と同時にセドリックは魔法人形へ強力な水魔法を撃ち込み、短時間で機能を停止させ、その後に火災を消して救助へ移った。判断も魔法も十分に優秀だったが、敵を倒す間に火が二階まで広がり、模擬負傷者の一人が煙を多く吸ったという判定がついた。
「総合時間、四分二十二秒。負傷者三名救出、一名に二次被害判定」
十分な好記録だった。
「すごいな。一発であれ倒したぞ」
アルトが素直に感心すると、ルウが横から見る。
「お主もこれから試験なのだぞ」
「だから見てるんじゃん。あのやり方も速い」
次はアルト。
「始め!」
合図と同時に空へ浮かび、上から全体を確認する。
「火は二階まで行ってない。建物左側がかなり崩れそうだな」
視線を下げると、瓦礫の隙間に小さなネズミを見つけた。
「ごめん、ちょっと手伝って。中に人が三人いるから場所見てきてくれる?」
《食べ物くれる?》
「終わったらちゃんとあげる」
《行く》
ネズミが隙間へ入る。
《一人。近い》
《二人。奥》
《一人動かない》
「位置分かった!」
審査員席がざわつく。
「動物に内部を偵察させたのか?」
アルトは魔法人形を倒しに行かなかった。土壁を立てて進路を塞ぎ、その外側へ簡易結界を重ねる。
「しばらくそこで待ってて!」
魔法人形が土壁を叩き始めるが、その間に水を広げて火を消し、風を建物内部へ通して煙を外へ押し出す。
さらに小さな紙人形を取り出した。
「頼むぞ」
式神がふわりと浮き、アルト自身が入れない狭い隙間へ進む。
まだ鮮明とは言えないが、簡単な景色が戻ってくる。
「奥の一人は梁の下だ。先にそっち!」
風で瓦礫の埃を払い、土で崩れかけた天井を支え、水膜を負傷者の周囲へ張って熱を遮る。絡んだ縄と折れた木材だけをエアカッターで切断し、一人、二人、三人と救助していった。
「負傷者三名、救出完了。ここまで二分十一秒!」
審査員の声が上がる。
セドリックより圧倒的に速い。
しかも二次被害はゼロ。
しかし試験は終わっていない。
「さて……待たせたな」
土壁を壊しかけている魔法人形へアルトが向き直った。
結界を解除する。
火行術。
風行術。
雷術。
動きを削りながら攻撃したが、セドリックのような大出力で一気に壊すことは出来ず、最終的に停止させるまでかなり時間を使った。
「終了! 総合時間、四分三十四秒。負傷者三名、二次被害なし!」
「十二秒負けたか」
アルトは笑った。
総合時間ではセドリックが勝った。
しかし救助時間だけならアルトが圧倒的な一位だった。
◇
「なぜ最初に魔法人形を倒さなかった?」
審査員から尋ねられ、アルトは少し考える。
「倒す必要がなかったからです。結界と土壁でしばらく止められるなら、その間に人を助けた方がいいと思いました。敵を倒してる途中で建物が崩れたり、煙を吸った人が死んだりしたら、勝っても意味ないので」
「総合時間では負けています」
「はい。セドリックの攻撃、俺よりずっと強かったです。あれは普通にすごいと思います」
少し離れた場所で聞いていたセドリックが、逆に困ったような顔をした。
「でも、君は僕より二分近く早く全員を救出した。僕は敵を倒せば安全になるとしか考えていなかった」
「それも間違ってないと思うぞ。あの魔法人形が結界で止められない相手だったら、俺も先に倒したと思うし」
「……なるほど。状況で変えるのか」
「ダンジョンで毎回違ったからな」
二人の間に敵意はなかった。
むしろアルトは、セドリックの大出力魔法をどうすれば自分の霊術で再現出来るだろうと考え始めていた。
◇
審査員たちの評価も変わり始めていた。
「実力が不足している、とはもう言えないな」
昨日まで推薦に慎重だった教師が認める。
「ただ、正体不明の術体系であることに変わりはない。最後に、本人の戦闘能力を直接確認したい」
「模擬戦ですか?」
アルトは横にいるセドリックを見る。
セドリックも少し笑った。
「どうやら僕たちみたいだね」
「さっき総合タイム負けたから、今度は勝ちたいな」
「僕も救助では完敗だったから、今度は負けないよ」
ところが、実技担当教師が前へ出た。
「二人とも何を勝手に決めているんだ。セドリック君には別の課題があります。アルト君の相手は私です」
「先生?」
アルトはその教師を改めて見た。
実技指導を担当するバルガス先生。長年冒険者として実戦を経験した後、学校で剣術と魔法戦闘を教えている男である。
そしてアルトにだけ見える表示が浮かんだ。
《バルガス Lv150》
「……強いな」
思わず呟く。
「何か言いましたか?」
「いえ。先生、かなり強そうだなと思って」
「それは教師ですからね。安心してください。生徒相手に本気で潰すつもりはありません」
周囲の教師たちは笑っている。
彼らにとってバルガスが強いことは分かっていても、百五十という数字を知っているわけではない。そもそも人間の強さを数字として捉える概念そのものが、この国では王族や一部の宮廷魔法師など、ごく限られた者にしか知られていない。
アルトは少し考えた。
自分は九十七前後。
相手は百五十。
純粋な力比べなら、まず勝てない。
ところが不思議と、嫌な気分にはならなかった。
「先生、勝ってもいいんですよね?」
訓練場が静かになる。
バルガスは一瞬驚いたあと、大きく笑った。
「もちろんです。出来るものなら、ぜひ」
「分かりました」
ルウが額へ手を当てる。
「お主は本当に、強い相手を見ると嬉しそうな顔をするな」
「だって、試したいこといっぱいあるんだよ」
◇
模擬戦は、相手を戦闘不能と判定するか、審判が決着したと判断した時点で終了する。
「始め!」
バルガスが消えた。
そう見えるほど速かった。
「速っ!」
アルトは風を爆発させるように横へ飛ぶ。
直後、今まで立っていた場所へ木剣が振り下ろされた。
「よく避けましたね」
「まともに受けたら終わりそうなんで!」
エアカッターを三方向から放つ。
バルガスは一枚をかわし、一枚を剣で散らし、最後の一枚は防御魔法で止めた。
ファイアボール。
水球。
土槍。
雷。
次々使っても、決定打にならない。
「出力は多彩ですが、一つ一つなら対応出来ます!」
「ですよね!」
アルトも途中で分かった。
**一つずつ使うから駄目なのだ。**
晴明の記憶が教えてくれる。
術は、強いものを一つ撃つためだけにあるのではない。
相手を動かす。
選択肢を減らす。
次の一手を決めさせる。
そこまで含めて術である。
アルトは土壁を三つ作った。
バルガスの視界を切る。
左へ水を広げる。
右には炎。
正面にだけ道を残す。
「追い込んだつもりですか?」
バルガスは当然、正面へ来ない。
風で土壁を越えようとする。
「そこです」
空中へ入った瞬間、アルトが指を動かした。
事前に地面へ置いていた小さな紙。
パチンッ!
簡単な呪術が発動する。
「警報術?」
「それだけじゃないです!」
紙から放たれた霊力に一瞬だけ意識を取られたバルガスの足元へ、水が巻きつく。
さらに雷。
バチッ!
「ぐっ!」
一瞬。
本当に一瞬だけ、身体が止まった。
アルトは飛んだ。
風で加速。
剣を振る。
それでもバルガスは間に合った。
木剣同士がぶつかる。
ガンッ!
「まだ浅い!」
「分かってます!」
力では押し負ける。
だから押さない。
アルトは剣を離した。
「何っ?」
空いた両手を合わせる。
「結界!」
バルガスの周囲だけを囲う。
外から攻撃を防ぐための結界ではない。
**中から出さないための結界。**
「これは……!」
当然、Lv150の教師なら破れる。
だから長く持たせる必要はない。
「三秒あれば十分です!」
晴明の記憶から作り直した小さな式神が、バルガスの背後から飛び上がった。
紙人形が首筋へ触れる。
そこには模擬戦用の赤い印がついていた。
「そこまで!」
審判の声が響いた。
静寂。
アルトは結界を解いた。
「……勝った?」
バルガスが自分の首筋に付いた赤い印へ触れ、それから声を上げて笑った。
「ええ。私の負けです」
訓練場がざわめいた。
純粋な剣なら負ける。
単純な魔法火力でも、おそらく負ける。
速さでも、耐久力でも、経験でも、バルガスの方が上だった。
それでもアルトは、火、水、土、風、雷、呪術、結界、式神、それに剣術まで全部使い、一つずつ相手の選択肢を削って勝った。
晴明の記憶が戻る以前なら、思いついても実行出来なかった戦い方だった。
「最後の結界、私を倒すためではありませんでしたね」
「はい。三秒止めれば式神が届くと思ったので、壊されてもよかったんです」
「自分より明らかに強い相手に、どうすれば勝てるかを最初から考えていた?」
「途中からです。最初は普通に攻撃して全部止められたので、これじゃ無理だなって」
バルガスがまた笑う。
「十分ですよ」
推薦へ慎重だった審査員も、しばらくアルトを見たあと、書類へ何かを書き込んだ。
「少なくとも、実力不足を理由に反対することは出来なくなったな」
まだ推薦が決まったわけではない。
だが、昨日まで閉じていた扉が、一つ大きく開いたことだけはアルトにも分かった。
◇
その日の夜、アルトは数字を確認した。
《アルト Lv97》
《剣術 熟練度8》
《体術 熟練度8》
《意思疎通 熟練度9》
《霊力操作 熟練度9》
《火行術 熟練度8》
《風行術 熟練度8》
《水行術 熟練度7》
《土行術 熟練度7》
《雷術 熟練度5》
《結界術 熟練度7》
《呪術 熟練度5》
《式神術 熟練度2》
《加護 神獣の友》
「霊力操作、九になった」
数字だけを見れば、あと一つ。
けれど晴明の記憶の中にある自分の全盛期と比べると、今の操作にはまだ無駄がある。
「九でもまだ下手に見えるの、変な感じだな」
紙人形が机の上を二歩歩き、転んだ。
「お前も二になったか」
アルトは紙人形を起こした。
「俺もまだ途中だな」
推薦審査は、残り一つ。
けれどアルトが楽しみにしていたのは、推薦そのものだけではなかった。
今まで自分より遥かに強い相手には、どうすれば追いつけるのかしか考えられなかった。
今日初めて、それより先のことを知った。
**力で負けていても、勝つ方法はある。**
そして安倍晴明の記憶には、まだ試したことのない方法が山ほど残っていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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