第二十一話 ギフトなしを推薦する?
# 第二十一話 ギフトなしを推薦する?
初級ダンジョン最深部を攻略した翌日、授業が始まる前に校長室へ呼ばれたアルトは、何か叱られるようなことをしただろうかと考えながら扉を開けたが、机の上に置かれていたのは反省文でも注意書きでもなく、王立魔法学校と大きく記された一枚の書類だった。
「アルト君、王立魔法学校への推薦候補として、君の名前を挙げたいと考えています」
「俺を?」
「十五歳の中等部生だけで構成されたパーティーを率い、三年間かけて初級ダンジョン最深部まで攻略し、しかも最奥に存在した守護獣を単純に討伐するのではなく、術式を解除して事態を収めた。冒険者組合から届いた報告だけでも、推薦候補に入れない理由を探す方が難しいでしょう」
それなら何が問題なのかと思っていると、校長は書類の一番上を指した。
《ギフト――なし》
その下。
《魔力――測定不能、または零》
「問題はこちらです」
「まだそこ見るんだ」
アルトが思わず言うと、校長は苦笑した。
「学校側としても、君を能力のない生徒だと思っているわけではありません。むしろ逆です。問題なのは、王立魔法学校の推薦制度そのものが、《ギフトなし》《魔力なし》で火、風、水、土、雷を操り、飛行し、結界を張り、呪術らしき術まで扱う生徒を想定していないことなのです」
「じゃあ、制度に俺を合わせないと駄目なの?」
「いいえ」
校長は笑った。
「君が制度の方を困らせてください。その方が面白いでしょう」
「それなら出来そうだな」
「私もそう思います」
推薦には校内審査があり、学科、実技、魔力量測定、ギフト確認、それに複数の教師による面談を通過する必要があるという。実績だけなら十分でも、学校として王都へ送り出す以上、誰が見ても推薦に値すると説明出来る資料を作らなければならない。
「審査は三週間後です。それまでに特別なことをする必要はありません。普段どおりで結構ですよ」
「三週間あったら結構練習出来るな」
「……普段どおりという言葉の意味を間違えた気がしてきました」
◇
晴明の記憶を取り戻してから、アルト自身が一番驚いていたのは、新しい術を知ったことではなく、今まで使っていた術の無駄があまりにも多かったことだった。
たとえば結界。
これまでは自分の周囲に円を作り、内と外を分けることだけを意識していたが、晴明の記憶には、力を流す支点、方角による偏り、負荷を分散する方法、破られやすい方向へあらかじめ霊力を厚くする方法まで残っている。同じだけの力を使って試してみると、以前なら数分で消えていた結界が、十数分経っても安定したままだった。
「……これ、ずるくない?」
見ていたルウが首を傾げる。
「自分の記憶であろう?」
「そうなんだけどさ。昨日まで何百回やって少しずつ分かってたものの答えが、最初から頭の中に全部あるんだぞ」
「ならば使えばよかろう。知っているのに、わざわざ遠回りする必要もあるまい」
「それもそうだな」
火行術も同じだった。
一つの大きな火球を作るだけなら以前でも出来たが、今は霊力を最初から分割しておけば、小さな火球を複数同時に作れる。風も、エアカッターを真っ直ぐ飛ばすだけでなく、途中で流れを変える方法が分かる。水は薄い膜として広げれば防御や足止めに使え、土壁も支点を工夫すれば少ない力で広い範囲を支えられる。雷は威力を上げるより、細く絞って神経を一瞬だけ乱す方が今のアルトには使いやすかった。
「やり方知ってるだけで、全然違うな」
「前世の知識とやらは便利なものだな」
「でも、晴明が使えた術を全部使えるわけじゃないんだよ」
アルトは記憶にある高度な結界を一つ試した。
何も起きない。
「ほら」
「霊力が足りぬのではないか?」
「それもあるし、操作も足りない。やり方は分かるんだけど、今の俺じゃ出来ないみたいだ」
「ならばどうする?」
「練習するしかないだろ」
ルウは笑った。
「記憶が戻っても結論は同じなのだな」
「出来ないなら、出来るようになるまでやるしかないじゃん」
それでも、正しい練習方法が分かっているという差は大きかった。以前なら百回試して原因を探したところを、今は最初から悪いところが分かる。失敗しても、何を直せばいいのか分かる。そのため三週間という短い期間でも、アルトの術は明らかに洗練されていった。
◇
中でも一番アルトの興味を引いたのは、記録に新しく現れた《式神術 熟練度0》だった。
「ゼロってことは、一回も出来てないってことだよな」
「数字の意味としては、そうなのであろう」
「じゃあ一を目指す」
紙を小さな人形の形に切り、晴明の記憶どおりに霊力を流す。
「立て」
紙人形は少し浮いた。
そのまま倒れた。
「惜しい」
「今ので惜しいのか?」
「昨日は浮きもしなかった」
「そういう基準なら進歩ではあるな」
何日か続けると、紙人形は数秒だけ立つようになった。さらにある日、トウが横から覗き込みながら何気なく言った。
「アルト、その端に力入れすぎじゃないかな。うん。もう少し真ん中へ流した方が動きやすそうだな」
「そうなの?」
「たぶんだな。うん」
試してみる。
紙人形が一歩動いた。
「動いた!」
アルトは喜んだあと、トウを見る。
「なんで分かった?」
「なんとなくだな。うん。トウにもよく分からないけど、そんな気がしただけだな」
「へえ。ありがとな」
「うん」
トウはいつもどおりの顔で頷いたが、ルウだけが一瞬、何かを確かめるようにトウを見ていた。
◇
王立魔法学校への推薦候補になったことを家族へ話すと、夕食の席はダンジョン攻略の報告をした前日以上に騒がしくなった。
「兄ちゃん、王都に行くの!?」
タクトが真っ先に食いつき、その隣でアーニャも身を乗り出す。
「王立魔法学校って、王国で一番すごい魔法学校でしょ? 私も行きたい!」
「まだ推薦候補だって。それにアーニャも今年中等部に入ったばっかりなんだから、今からちゃんとやれば狙えるんじゃないか?」
「何やればいい?」
「毎日最低五分」
「またそれ?」
「俺たち六年以上続けてるぞ。五分なら出来るだろ」
タクトも笑う。
「俺は王立騎士学校の方がいいな。兄ちゃんみたいに魔法いっぱい出せないし、剣の方が好きだし」
「剣士のギフトあるんだから、そっち合ってるんじゃない? でもギフトあるからって練習しなくてもいいわけじゃないぞ」
「分かってるって」
マックスは子供たちの会話をしばらく聞いてから、アルトへ尋ねた。
「お前自身は王立魔法学校へ行きたいのか?」
「行きたい。晴明の記憶が戻って、自分の術のこともかなり分かったけど、この世界の魔法については逆にもっと分からないことが増えたし、王都なら今まで見たことない術や魔物もいるだろうし、それにもっと強くなりたい」
少し考えてから付け足す。
「家族やみんなを守れるくらいにはなりたいし……普通に面白そうだしな」
「最後のが一番本音じゃないでしょうね?」
ハイネが笑う。
「全部本音だって」
ハイネは笑いながらも少しだけ寂しそうだったが、それ以上何も言わず、「まだ合格したわけじゃないんだから、まずは目の前の審査を頑張りなさい」とアルトの皿へ料理を足した。
◇
翌日、《希望の夜明け》の六人にも推薦の話をすると、思っていた以上に大きな話になった。
「実は、わたしも先生から推薦候補って言われたんだよっ」
フィーネが手を上げる。
「精霊魔法の適性と弓、それにダンジョン攻略の実績が評価されたみたい」
「うちも」
ノエルも続けた。
「回復魔法と薬草。王立魔法学校の治癒系の先生から見てもらえるかもしれないって」
トウもいつもの調子で、
「トウも探索魔法と幻想魔法で推薦の話が来てるな。うん」
と言う。
最後にルウ。
「我にも来ておる。魔法全般を扱えることと、三年間の実戦経験を評価したらしい」
「じゃあ五人で受けるのか!」
アルトが嬉しそうに言うと、レオンは少し胸を張った。
「自分には王立騎士学校への推薦候補の話が来ているであります。剣術とダンジョンでの前衛経験を評価していただいたようでありますな」
「ワシは王立の魔法学校も騎士学校も違うのう。王都の普通科高校で、鍛冶や工学も学べるところを勧められておる。親父も、鍛冶を続けるなら一度王都の技術を見てこいと言っておるしな」
七人全員が、初めてそれぞれ違う進路を意識した。
フィーネの顔が少しだけ曇る。
「じゃあ、みんな別々になっちゃうの?」
「学校が違うだけだろ?」
アルトは当然のように言った。
「王都にいるなら週末に集まれるじゃん。《希望の夜明け》を解散する理由ないし、土曜か日曜にダンジョン行けばいいだろ」
レオンが頷く。
「その通りであります。平日は各自の学校で学び、週末は《希望の夜明け》として実戦を続けるということでありますな。それなら、自分にも異論はないであります」
「ワシもそれがいい。鍛冶の勉強した装備を、みんなで試すことも出来るしのう」
「うちも週末なら行ける」
「トウも行くな。うん」
フィーネの顔がすぐ明るくなる。
「じゃあ今までとそんなに変わらないねっ!」
ルウだけが少し呆れたように笑った。
「王都へ行ってまで毎週ダンジョンへ潜るつもりなのか、お主らは」
「ルウも来るだろ?」
「……当然であろう」
七人が笑った。
学校が分かれても、《希望の夜明け》は七人のままだった。
◇
三週間後、校内推薦審査の日が来た。
最初の学科試験では、アルトは魔物学、ダンジョン学、術式解析では高得点を取った一方、王国史の細かな年代と礼法では普通だった。
「晴明の知識、王国の歴史には全然役に立たないな」
「前世の知識で、この国の王の即位年まで分かったら逆に怖いであろう」
ルウに言われ、アルトも笑った。
問題はその次だった。
「魔力量を測定します。手をこちらへ」
アルトが測定器へ手を置く。
針は動かなかった。
《0》
審査室が静かになる。
別の測定器を持ってくる。
やはり、
《0》
魔術教師が眉を寄せた。
「故障ではないのか?」
「俺も前はそう思ってたんですけど、本当に魔力ないみたいです」
「魔力がない?」
「はい」
「では、君が使う火魔法は何なのです?」
「魔法じゃなかったみたいです」
教師たちの視線が集まる。
「では何を?」
「霊力です」
「……霊力?」
「俺の中ではそういう名前みたいです。説明すると長くなるんですけど、実際に見た方が早いと思います」
許可を得て、アルトは掌を上へ向けた。
火。
風。
水。
土。
最後に小さな雷。
どれだけ術を使っても、隣に置かれた魔力測定器は零のままだった。
教師たちが言葉を失う。
「魔力を一切消費していない……?」
「そもそも最初からないですから」
「そんな術体系は聞いたことがない」
「俺も少し前まで知りませんでした」
審査員の一人が厳しい表情で書類を閉じた。
「正体の分からない力を用いるうえに、ギフトも魔力もない。実績があることは認めるが、このような者を王立魔法学校へ推薦することには賛成出来ない」
部屋の空気が少し重くなる。
しかしアルトは腹を立てなかった。
「じゃあ、何をしたら認めてもらえます?」
「実力で証明してもらうしかないでしょう。次の実技審査で、王立魔法学校へ送り出す価値があると我々全員に認めさせなさい」
アルトは少しだけ笑った。
「それなら分かりやすいです」
「自信があるのですか?」
「あります。出来なかったら、そのときはもっと練習します」
審査員が一瞬言葉を失った。
アルトにとっては、それだけの話だった。
ギフトがない。
魔力もない。
五歳の頃から何度も言われてきた。
それでも十五歳になった今、自分の手の中には、十二年間毎日積み上げてきたものと、ようやく取り戻した知識がある。
だったら見せればいい。
神から何をもらったかではなく、自分が何を出来るようになったのかを。
◇
その夜、審査までの三週間で変化した数字を確認した。
《アルト Lv96》
《剣術 熟練度8》
《体術 熟練度8》
《意思疎通 熟練度9》
《霊力操作 熟練度8》
《火行術 熟練度8》
《風行術 熟練度8》
《水行術 熟練度7》
《土行術 熟練度6》
《雷術 熟練度4》
《結界術 熟練度6》
《呪術 熟練度5》
《式神術 熟練度1》
《加護 神獣の友》
レベルは二つしか上がっていない。
しかし、出来ることの精度は以前とは比べものにならなかった。
アルトは一歩だけ歩いた紙人形を見る。
「次は実技か」
少し笑う。
「ちょうどいいな。覚えたこと、試せるじゃん」
次回更新は明日の12時の予定です。
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