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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第十八話 中層――空と水

# 第十八話 中層――空と水


 十四歳になったアルトたち《希望の夜明け》は、浅層のほとんどを自分たちだけで歩けるようになったからといって、そのまま勢いで中層へ踏み込むことはしなかった。冒険者組合で過去の事故例を調べ、中層へ潜った経験のある冒険者から話を聞き、学校でも地形と魔物について調べたうえで、ロープ、保存食、予備の水、治療用品、松明、予備武器まで一つずつ確認していく。


「魔物が強くなるのは予想してたけど、俺は崖とか水没した道の方が嫌だな。相手が魔物なら話すか戦うか逃げるか出来るけど、崖に『通してくれ』って言っても無理だろ?」


 アルトが地図を見ながら言うと、ルウは少し感心したように頷いた。


「お主がダンジョンへ入る前に危険を数え、しかも戦闘以外を先に気にするようになるとは、初めて潜った頃から考えればかなりの進歩であるな」


「それ、ちゃんと褒めてる?」


「かなり褒めておる。以前のお主なら、とりあえず行ってから考えると言い出していたであろう」


「そこまでひどくないと思うけど……まあ、否定はしにくいな」


 七人は笑ったが、中層へ降りる当日には全員の表情が少し引き締まっていた。


 浅層と違い、中層は空気が湿り、壁には苔が広がり、遠くから絶えず水滴の音が聞こえている。通路も単純な一本道ではなく、上下に分かれ、狭い穴や半分崩れた横道まで混じっていた。


「じゃあいつもの通り、俺は広く探す。トウはいつも通り20メートル内を正確にね。ネズミさんたち、周りを見てきて。危なかったら無理せず戻ってきていいからな。戦わなくていいし、終わったらご褒美あげるからね」


《分かった》


《水ある》


《道いっぱい》


 何匹かのネズミが別々の通路へ散っていく。


 しばらくすると、


《大きい虫》


《長い》


《こっち》


という感覚が届いた。


「前に虫系の魔物がいるみたいだ。トウ、確認出来る?」


「5メートルのムカデ二匹。うん」


 少し進むと、体長数メートルほどもある巨大なムカデが二匹、湿った壁際に身体を這わせていた。レオンとガルドが身構えたが、アルトは一歩だけ前へ出る。


「俺たち、ここを通りたいんだけど、邪魔かな?」


 巨大ムカデの触角が揺れる。


《フェンリルの友》


《通るだけ?》


「うん。巣を壊したりしない」


《なら通れ》


「通っていいって」


 レオンが少し肩の力を抜いた。


「うわあ。中層でも《神獣の友》は有効なのでありますな」


「助かるけど、全部こうじゃないから油断しない方がいいぞ」


 その言葉どおり、次に遭遇した大型蜘蛛は、アルトが話しかけるより先に、


《友》


《でも腹減った》


《食べる》


と返してきた。


「はい、こっちは戦闘だな。ガルド前、レオン右、フィーネは脚を狙って。トウは後ろの通路も見ててくれ」


「承知であります!」


 中層へ入ってから、こうした判断は以前よりずっと速くなっていた。


◇


 中層で最初に七人を本当に困らせたのは、魔物ではなく地面だった。


 通路が突然途切れ、その先に幅四メートルほどの亀裂が口を開けている。底は暗くて見えず、壊れかけた橋も途中までしか残っていなかった。


「迂回路はあるかな。ネズミさん達の報告はないな。トウどう?」


 アルトが聞くと、トウが少し考える。


「あると思うけど、かなり戻るな。うん。途中に大きい反応もいくつかある」


 フィーネが亀裂の向こうを見る。


「誰か向こうへ行ってロープを結べたら、みんな渡れそうだけど……七メートルは跳べないよね?」


 アルトは黙って亀裂を見ると、そのあと自分の掌を見た。


「最近、風を少し押せるようになっただろ?」


 ルウの眉が上がる。


「お主、まさか自分を押すつもりではあるまいな?」


「そのまさかだけど、ちゃんとロープつけるぞ。レオンとガルドが持ってくれれば、落ちても引っ張れるだろ?」


「安全策を先に言うようになっただけ昔よりましだが、試すなら一度で成功すると思うなよ」


「分かってる。まず小さくやる」


 腰へロープを結び、ガルドとレオンが反対側を握る。アルトは数歩下がり、身体の周囲へ風らしきものを集める感覚を作った。


「行くぞ!」


 地面を蹴る。


 同時に足元から風を押し上げる。


 身体が普段より軽く浮いた。


「うわっ、足りない!」


 亀裂の手前側へ戻り、ロープを引かれて無事着地する。


「惜しかったね!」


「今のなら、もう少し風を強く出来れば届くと思う」


「そこまで分かったのなら、一度休め。続けて失敗して集中が落ちる方が危険だ」


「ルウ、今日は慎重だな」


「お主が飛ぼうとしておるからである!」


 少し休み、二度目。


 今度は跳ぶ瞬間だけでなく、空中でも身体の下へ風を集める。


 ブワッ!


 身体が一瞬だけ浮き上がり、そのまま向こう側の石床へ転がり込んだ。


「届いた!」


「飛んだというより、かなり大きく跳んだだけではないか!」


「でも途中で足ついてないぞ!」


「そこを勝ち誇るな!」


 アルトは笑いながらロープを柱へ結び、残りの六人が安全帯を使って渡れるようにした。


 それから風は、単なる攻撃補助ではなくなった。落下するときに身体を押し上げ、煙を吹き払い、フィーネが遠くへ矢を放つときには横風を少し打ち消し、ファイアボールを押して速度を上げる。


「アルト君、右から少しだけお願い。強すぎると矢まで流されるから、本当にちょっとだけね」


「これくらいだと思う」


 風を送る。


 ヒュッ!


 フィーネの矢が遠くの魔物の肩へ突き刺さった。


「当たった!」


「俺もまだどれくらい押せばいいか分かってないから、今のは半分くらい偶然だぞ」


「そこは格好よく『狙い通り』って言ってよぉ」


「次は狙えるようにする」


「そういうところはアルト君だよね」


◇


 中層攻略が進むにつれ、戦わない判断も増えた。


《前。いっぱい》


 ネズミから強い警戒が届き、トウもすぐ確認する。


「十五匹いるな。うん」


 レオンが剣へ手を掛けた。


「進むのでありますか?」


「いや、迂回しよう。勝てるかもしれないけど、倒す必要ない相手に怪我する理由ないだろ」


「委細承知であります。目的は魔物の討伐ではなく、中層の攻略でありますからな」


「そういうこと」


 以前なら「勝てるかどうか」を最初に考えていたアルトが、今では「戦う必要があるか」を先に考えるようになっていた。


◇


 新しい力が現れたのは、中層へ潜り始めて数か月が過ぎた頃だった。


 七人は地下を流れる大きな川の前で立ち止まっていた。向こう側へ通路は続いているが、水量が多く、流れも速い。ネズミたちは水際から先へ行きたがらず、トウの探知も水の中では普段ほど正確ではなかった。


「別の道は?」


「あるけど、かなり戻るな。うん」


 アルトは流れる水をじっと見る。


「これ、動かせないかな」


 ルウが嫌な予感でもしたような顔をする。


「今度は水か?」


「火が出来て、風も出来たんだから、水も何か出来るかもしれないだろ?」


「その理屈はかなり雑であるぞ」


「でも試すだけならいいだろ。川全部を動かす気はないぞ」


 アルトは水際へ座り、掌を水へ向けた。


 動け。


 何も起こらない。


 もう一度。


 何もない。


 十回ほど試しても、水面は流れに合わせて揺れるだけだった。


「さすがに無理かな」


「全部動かそうとしておらぬか?」


 ルウが聞く。


「少しだけのつもりだけど」


「お主の『少し』は川の一部であろう。最初に火を出したときは、どれほどの大きさだった?」


「指先くらい……あ」


 アルトは自分の指を水につけた。


 掌の上に一滴だけ乗せる。


「これなら?」


 胸の奥から腕へ、掌へ、そして水へ意識を向ける。


 一滴が震えた。


「動いた?」


 フィーネが近づく。


「もう一回」


 アルトはさらに集中した。


 すると水滴が掌からほんの少し離れ、ふわりと宙へ浮いた。


 七人が黙った。


「……浮いたな」


 レオンが目を丸くする。


「浮いたでありますな」


「水だ!」


 アルトの顔が一気に明るくなる。


「また増えた!」


 ルウは笑いながら額へ手を当てた。


「本当にお主は、次から次へと妙なものを増やすな」


「ウォーターボール出来るかも!」


「まず一滴を落とさず維持出来るようになってからにせよ」


 当然その日のうちに試した。


「ウォーターボール!」


 小さな水球が掌から十センチほど飛び、


 ぽちゃん。


 地面へ落ちた。


「……弱いな」


「火のときも同じことを言っておったぞ」


「じゃあこれも毎日だな」


「やはりそうなるか」


◇


 十四歳の一年間、《希望の夜明け》は何度も中層へ潜った。この頃には一回あたり経費を差し引いても一人当たり二万ガルにはなっていた。


 アルトの風は、長い跳躍を補助するだけだったものから、落下速度を落とし、数秒だけ身体を地面から浮かせられるところまで進んだ。水も一滴から小さな水球へ、小さな水球から複数の水を動かすところへ進み、地下河川の流れそのものを変えるほどではないものの、少量なら流れる方向をずらすことも出来るようになった。


 火に風を加えれば火球の速度が上がる。


 水と風を合わせれば細かな霧を作れる。


 火と水を近づければ蒸気が出る。


 アルトは戦闘中でさえ新しい使い方を思いつくので、そのたびにルウから「実験は帰ってからにせよ」と怒られた。


 ほかの六人も同じように変わっていた。レオンは覚えた技を状況に応じて切り替え、ガルドは自分が耐えるだけではなく、仲間が逃げたり攻撃したりする時間を作る盾になった。トウは複雑な地形でも探知の癖を覚え、フィーネはアルトの風まで利用して長距離射撃の精度を上げ、ノエルは毒や火傷、捻挫への処置まで覚えていく。ルウは相変わらず決まった役割を持たなかったが、誰かが崩れそうになると必ずそこへ入り、攻撃、防御、補助のどれでも必要なものを使った。


 七人でいる。


 それだけだった昔とは違う。


 いつの間にか、七人で一つの動きをするようになっていた。


◇


 中層最後の難所は、魔物ではなく増水した地下河川だった。


 帰路へ使う通路の一部が水に沈み、元来た道へ戻れなくなっている。


「無理に渡るのは危ないな。別の出口探そう」


 アルトが言うと、ネズミたちとトウが周辺を調べ始める。


《穴ある》


《狭い》


「トウ、分かる?」


「右奥に空間あるな。うん。でも崩れた岩で半分塞がってる」


「じゃあそこ確認しよう」


 ガルドとレオンが岩を動かし、フィーネが細い隙間の向こうへ矢に結んだ糸を通してロープを渡す。アルトは流れ込んでくる水を少しだけ横へ逸らし、風で霧と湿った空気を払い、ルウが魔法で崩れかけた部分を補強する。


「あと少しじゃ!」


「レオン、ガルドと一緒に押して!」


「承知であります!」


 岩が動く。


 人一人が通れる隙間が開いた。


 七人は順番に抜け、最後まで誰も置いていかなかった。


 出口側へ出たところで、全員が座り込む。


「魔物、一匹も倒してないのに疲れた……」


 フィーネが笑う。


「ダンジョンの敵って、魔物だけじゃないんだな」


 アルトも濡れた髪をかき上げながら答えた。


「でも全員出られたからいいだろ」


 ルウが頷く。


「それが一番であるな」


◇


 十四歳の終わり頃、《希望の夜明け》はついに中層最深部へ到達した。


 巨大な石扉の横には、冒険者組合の古い札が立っている。


 《ここより深層。熟練冒険者以外の進入を禁止する》


「とうとう来ちゃったね」


 フィーネが扉を見上げる。


「浅層へ初めて入った頃が、ずいぶん昔みたいじゃな」


 ガルドも笑った。


「どうするのでありますか?」


 レオンがアルトを見る。


 答えは決まっていた。


「今日は帰ろう。深層の魔物、地形、必要な装備を全部調べてから来ようぜ。ここまで来たんだから、焦って失敗する方がもったいない」


 ルウが少し笑う。


「もう我も驚かぬぞ」


「何が?」


「お主が自分から帰ると言うことにだ」


「何回も帰ってるだろ」


「昔のお主を知っているからな」


 七人は深層への扉に背を向けた。


◇


 その夜、アルトは一年分の記録を整理した。


【《希望の夜明け》――十四歳・中層攻略終了時】


 《アルト Lv68》


 《剣術 熟練度7》


 《体術 熟練度6》


 《意思疎通 熟練度8》


 《加護 神獣の友》


 火――火球、連射、威力調整が可能。


 風――短時間浮遊、落下制御、射撃・火球の軌道補助が可能。


 水――小規模な水球、少量の水流操作が可能。


 《魔力操作 熟練度――》


 《レオン Lv55》


 《剣術 熟練度7》


 《ギフト 剣技(小)》


 《ガルド Lv54》


 《防御 熟練度7》


 《ギフト 盾(小)》


 《トウ Lv52》


 《探知 熟練度7》


 《ギフト 探知(小)》


 ただし、ときどき《Lv――》になる。


 《フィーネ Lv50》


 《弓術 熟練度7》


 《ギフト 弓力(微)》


 《ノエル Lv48》


 《回復 熟練度6》


 《薬草 熟練度8》


 《ギフト 回復(小)》


 《ルウ Lv――》


 《魔力操作 熟練度――》


 《ギフト 魔力(小)》


 アルトは最後の二人を見比べた。


「トウもたまに壊れるし、ルウはほぼ毎回壊れるな」


 そこだけは一年経っても、よく分からない。


 しかし、その下に並んだ仲間たちの数字を見ると、自然に笑みが浮かんだ。


 《弓力(微)》だったフィーネの弓術は七。


 《回復(小)》しかなかったノエルの薬草は八。


 《剣技(小)》のレオンも、《盾(小)》のガルドも、毎日の積み重ねと実戦で確実に伸びている。


 神から何をもらったかだけで、その後の全部が決まるわけではない。


 七人自身が、そのことを数字で証明し始めていた。


 アルトは記録帳を閉じる前に、最後へ一行書き加えた。


 《次――深層》


「また面白くなってきたな」


 明日も剣を振る。


 火も、風も、水も練習する。


 そして次に何が出来るようになるのかは、まだ誰にも分からなかった。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)

執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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