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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第十七話 希望の夜明け

# 第十七話 希望の夜明け


 十三歳になった春、アルトたち七人は六年間通った初等科を卒業し、そのまま同じ町の中等部へ進んだ。


 初等科最後の日、エレウスは七人を前にして、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。


「皆さん、卒業おめでとうございます。中等部へ進んでも、毎日の五分は続けるんですか?」


「もちろん」


 アルトが答えるより少し遅れて、フィーネまで笑う。


「わたしも。もうやらないと、なんか気持ち悪いもん」


「だろ?」


「アルト君と一緒にしないでよぉ。……まあ、一緒だけど」


 レオン、ガルド、トウ、ノエルも当然のように頷き、ルウだけが腕を組んだ。


「そもそも今さらやめる理由がないであろう」


 エレウスは少しだけ目を細めた。


「最初はアルト君一人でしたね」


「そうだったっけ?」


「そうですよ。皆さんに『五分だけでも一緒にどうですか』と言ったのはアルト君です」


 アルトにとっては大したことではなかった。


 今日やったから、明日もやる。


 明日やったら、その次の日もやる。


 気づけば六年経っていただけだった。


「中等部では私が直接皆さんを教える機会は減りますが、困ったことがあったらいつでも来てください」


「先生、ダンジョンの相談でも?」


「むしろ相談せずに行く方を禁止したいですね」


「分かった」


「その返事なら安心しました」


◇


 中等部の授業は、アルトにとって初等科よりずっと面白かった。


 魔物学、地図の読み方、野外活動、罠への対処、応急処置、ダンジョンの構造、冒険者組合の仕組み。


「中等部、最高だな」


「お主の興味がある授業ばかりだからであろう」


 ルウの言う通りだった。


 一方で礼法や長い年代を覚える歴史の授業では、アルトの集中力は露骨に落ちる。


「そこまで態度を変えなくてもよいのではないか?」


「興味あるところはちゃんと聞いてるぞ」


「興味のないところも聞けと言っておる」


 そして中等部へ進んだことで、七人が長く待っていたものがようやく解禁された。


 学校指定の講習を受け、保護者の許可を得た生徒は、冒険者組合へ登録したうえで、管理された初級ダンジョンの浅層へ入ることが出来る。


 もちろん自由にどこまでも潜れるわけではない。入口では名前と人数、入場時刻を記録され、浅層には巡回する冒険者がいて、危険な区域には立入警告もある。


 それでも本物のダンジョンだった。


◇


「パーティー名をお願いします」


 冒険者組合の受付で尋ねられ、アルトは迷わず答えた。


「《希望の夜明け》」


 受付の女性が七人を見る。


「希望の夜明け……素敵な名前ですね」


「前から決めてたんだ」


 フィーネが嬉しそうに頷く。


「うんっ。七人でずっと使おうって」


 登録用紙には七人の名前が並んだ。


 アルト。


 レオン。


 ガルド。


 トウ。


 フィーネ。


 ノエル。


 ルウ。


 六年間、一緒に五分から始めた七人が、その日初めて正式に一つのパーティーになった。


「役割も確認しておきましょう」


 アルトが机の上へ地図を広げる。


「俺とトウが先に探す。トウは20メートル以内を正確に。俺は100メートル以内を大まかに。何か見つけるたびにトウに知らせる。ガルドが前で受けて、レオンがそこから攻撃。フィーネは後ろから弓。ノエルは治療だから絶対無理して前に出ない」


「承知であります」


「よし。ワシが前じゃな」


「うちは後ろ」


「トウはアルトと探すな。うん」


 アルトが最後にルウを見る。


「ルウは空いたところ」


「雑すぎるであろう!」


「だってルウ、攻撃も防御も補助も出来るじゃん」


「それを先に言え」


「だから空いたところ」


「結局同じではないか」


 ルウは不満そうだったが、実際それが一番合っていた。


「それじゃ、ネズミさん達は探索よろしくね。終わったらご褒美あげるからね。探索だけでいいからね。攻撃はしちゃダメ、襲われたら逃げる。いいね?」


「チュウ!」《分かった!》


◇


 当然、最後の難関は親だった。


「本当に行くのね?」


 ハイネは何度目か分からない確認をした。


「うん」


「危なくなったら?」


「帰る」


「怪我しそうなら?」


「無理しない」


「面白そうなものを見つけても?」


「……危なそうなら近づかない」


「今ちょっと間があったわよ」


 マックスは笑いながら、息子の肩へ手を置いた。


「攻略することより、帰ってくることを優先しろ」


「分かってる」


「仲間が一人でも動けなくなったら?」


「帰る」


「勝てそうな相手でも、帰った方が安全なら?」


「帰る」


「よし」


 マックスは頷いた。


「なら行ってこい」


◇


 初級ダンジョンの入口は、町から少し離れた丘の麓にあった。


 石で補強された入口から地下へ階段が続き、下からひんやりした空気が流れてくる。


「……本当に入るんだね」


 フィーネが弓を握り直した。


「怖い?」


「ちょっと。でも楽しみ」


「自分も緊張しているであります」


「ワシもじゃ」


「トウも少し怖いな。うん」


「うちも」


 全員がルウを見る。


「なぜ我を見る」


「ルウは怖くない?」


「……少しは緊張しておる」


「ルウでも?」


「我を何だと思っておるのだ!」


 七人の笑い声が、初めてのダンジョンへ吸い込まれていった。


◇


 浅層へ入って間もなく、ネズミさん達が前方に蟻がいると報告。


トウが確かめる。


「蟻三匹。うん」


「大きさは?」


「皆の背丈くらい。うん」


 レオンが剣へ手を掛ける。


「戦闘準備でありますな」


「待って。蟻なら話せるかもしれない」


 少し進むと、巨大な蟻が三匹、通路を塞ぐように立っていた。


 ガルドが前へ出て盾を構え、レオンも横につく。フィーネは矢をつがえ、ルウもいつでも魔法を使えるように手を上げた。


 アルトだけが一歩前へ出た。


「こんにちは」


 巨大蟻の触角が動いた。


《……人》


《違う》


《フェンリルの友》


「分かる?」


《分かる》


「俺たち、向こうへ行きたいんだけど通っていい?」


《通る?》


「うん」


《どうぞ》


「通っていいって」


「…………」


 誰も動かなかった。


「どうした?」


 ルウが額へ手を当てる。


「うん?おかしいな?ダンジョンとは、このような場所であったか?」


「いや、俺も初めてだから分かんない」


 巨大蟻がさらに触角を動かす。


《右。行かない方がいい》


「なんで?」


《蜘蛛》


《腹減ってる》


「左は?」


《平気》


 アルトが振り返った。


「右に腹減った巨大蜘蛛がいるって。左行こう」


 フィーネが呆然とする。


「ダンジョンの魔物に道案内してもらってる……」


「便利だな、《神獣の友》」


「便利という言葉で済ませてよいのか、これは」


◇


 しかし、その便利さが万能ではないこともすぐに分かった。


 左の通路をしばらく進むと、灰色の毛を持つ狼型の魔獣が現れた。


 アルトが止まる。


「フェンリルの友だけど、通してくれる?」


《知っている》


「じゃあ――」


《腹減った》


「え?」


《お前たち。食べる》


 アルトは剣を抜いた。


「こいつはダメだ」


「交渉決裂でありますか?」


「最初から俺たちを食べる気だ」


「ではワシが前じゃ!」


 ガルドが盾を構えた瞬間、魔獣が地面を蹴った。


 速い。


 訓練で相手にしてきた人間とは動きが違う。


 ガンッ!


「ぐっ!」


 ガルドの身体が盾ごと後ろへ押される。


「重いぞ!」


「レオン、右!」


「承知であります!」


 レオンが横から踏み込むが、魔獣は身体を捻ってかわした。


「速いであります!」


「フィーネ、足狙える?」


「やってみる!」


 ヒュッ!


 矢が魔獣の前脚を掠める。


「後ろ!」


 トウが叫んだ。


「もう一匹来るな! うん!」


「ルウ、後ろ頼む!」


「任せよ!」


 ルウが振り向きざまに魔法を放ち、二匹目の進路を塞ぐ。


 アルトは最初の一匹へ向けて剣を構えながら、空いた左手へ意識を集めた。


 胸の奥から腕へ。


 掌へ。


「ファイアボール!」


 今度は、もう指先で消える火ではなかった。


 拳ほどの炎が掌から離れ、魔獣の目の前を横切る。


《火!》


 魔獣が反射的に顔を背けた。


「レオン、今!」


「承知であります!」


 レオンの木剣ではない実戦用の剣が振り下ろされ、魔獣を捉えた。


 一匹目が倒れる。


 二匹目も、ガルドが前を塞ぎ、フィーネが足を射抜き、最後はアルトとレオンが左右から動きを止めた。


 戦いが終わると、七人ともすぐには動けなかった。


「……練習と全然違う」


 フィーネが息を整えながら言う。


「型通りには動いてくれないでありますな」


「盾ごと飛ばされるかと思ったぞ」


 ガルドも肩で息をしている。


 アルトは倒れた魔獣を見た。


「話せても、戦わないといけない奴もいるんだな」


「そうであるな」


 ルウが静かに答えた。


「相手の言葉が分かることと、相手と仲良く出来ることは別のようだな」


「うん」


 少しだけ重い感覚が残った。


 それでも、こちらを食べようとしていた相手だった。


 仲間を守るために必要な戦いだったことも分かっている。


「今日はここまでにしよう」


 フィーネが驚く。


「もう帰るの?」


「初日だし、ガルドも腕痛いだろ?」


「少しな」


「ノエルの薬も使った。次に何が出るか分からない。父さんと約束したから、帰ろう」


 ルウが少し目を丸くした。


「お主からそう言うとはな」


「俺だって成長するぞ」


「それは失礼した」


◇


 冒険者組合へ戻ると、受付の女性は七人全員が帰ってきたことを確認して頷いた。


「初回で欲張らなかったのは正解です。帰ってこられる冒険者が、一番長く続きますから。じゃあ、収穫物を見せてください。」


狼の牙3 魔石微6 計1200ガル


ちなみに定食一杯1000ガルほど。


「1人200ガルにもならん」


「最初はこんなものですよ。続けている間に稼げるようになりますから」


「わかった。頑張って続けてみるよ」


 家へ帰ると、ハイネはアルトの腕の小さな擦り傷を見つけた。


「怪我してるじゃない!」


「これくらいかすり傷だぞ」


「怪我は怪我でしょう!」


 マックスは先に尋ねた。


「七人とも無事に帰ってきたか?」


「うん」


「なら今日は合格だ」


「ぜんぜん攻略してないぞ?」


「父さんの合格基準は、全員で無事に帰ってくることだ」


 アルトは少し考え、笑った。


「じゃあ合格でいいや」


◇


 それから《希望の夜明け》は、ほとんど毎週のようにダンジョンへ通った。


 学校の課題が多い週は無理をせず、雨で道が悪い日は校内で訓練だけにし、それでも一度も「もうやめよう」と言う者はいなかった。


 巨大蟻に会えば、


《また来たね》


「おう」


《今日は右。蜘蛛いない》


「ありがとな」


 と情報をもらい、別の魔獣には、


《フェンリルの友》


《なら通れ》


とあっさり道を譲られた。


 もちろん全部がそうではない。


《ここ。我の巣》


「通りたいんだけど」


《嫌》


「迂回するか」


 話し合って避けられる相手もいれば、


《腹減った》


《食う》


「またこれか!」


 と剣を抜くしかない相手もいた。


 アルトはネズミ達に通路の先を見てもらい、鳥や蝙蝠から得られる場所ではその視覚や聴覚を借り、トウの探知と合わせて罠や魔物の位置を確かめた。ガルドの盾を中心に陣形を作り、レオンが仕留め、フィーネが遠くから急所を狙い、ノエルが小さな傷をその場で処置する。ルウは空いた穴を埋めるように魔法で攻撃も防御も行った。


 そしてアルト自身も変わっていった。


 火はもう、ただ点けるだけの力ではない。


 火球として飛ばせるようになり、威力や方向も少しずつ調整出来る。


 さらにある日、火球を避けた魔物を見ながら、


「もう少し横から押せたらな」


 と考えた瞬間、掌の周囲で空気が動いた。


 ブワッ!


「うわっ!」


 フィーネの髪が大きく揺れる。


「アルト君、今の何!?」


「……風?」


 ルウが目を細める。


「また増えたようであるな」


「たぶん」


 アルトは自分の掌を見た。


「じゃあ次は、これも練習だな」


「やはりそうなるか」


 それからも毎日。


 剣。


 火。


 風らしきもの。


 動物との意思疎通。


 七人での連携。


 一回潜って、一つ失敗して、次の週に試す。


 それを一年続けた。


◇


 十四歳を迎える頃、《希望の夜明け》は初級ダンジョン浅層のほとんどを自分たちだけで歩けるようになっていた。


 中層へ続く階段の前に、冒険者組合が立てた札がある。


 《ここより中層。初心者のみでの進入を推奨せず》


「どうする?」


 フィーネが聞く。


 アルトは階段の下を覗いた。


 一年前なら迷わず行きたがっただろう。


「今日は帰ろう」


「行かぬのか?」


 ルウが少し笑う。


「行きたいぞ。でも中層の魔物と地形調べて、装備も見直してからだ」


 レオンが頷いた。


「その判断に賛成であります」


「じゃあ次は中層だな」


 七人は階段に背を向けた。


 急ぐ必要はない。


 明日もある。


 来週もある。


 いつものように続ければいい。


◇


 その夜、アルトは一年分の記録を広げた。


 十三歳でダンジョンへ入り始めた頃と、今では数字もかなり違っている。


【《希望の夜明け》――十四歳・浅層攻略終了時】


 《アルト Lv48》


 《剣術 熟練度6》


 《体術 熟練度5》


 《意思疎通 熟練度7》


 《加護 神獣の友》


 火――火球として実戦使用可能。


 風――発現。まだ小規模。


 《魔力操作 熟練度――》


 《レオン Lv36》


 《剣術 熟練度6》


 《ギフト 剣技(小)》


 前衛攻撃。実戦剣術と新技習得が大きく成長。


 《ガルド Lv35》


 《防御 熟練度6》


 《ギフト 盾(小)》


 盾役。正面防御だけでなく、攻撃を逸らして味方を守る動きが安定。


 《トウ Lv34》


 《探知 熟練度6》


 《ギフト 探知(小)》


 索敵担当。アルトの動物情報と組み合わせ、浅層では奇襲を受けることがほとんどなくなった。


 《フィーネ Lv32》


 《弓術 熟練度6》


 《ギフト 弓力(微)》


 後衛。動く魔物の急所を狙えるまでに成長。


 《ノエル Lv31》


 《回復 熟練度5》


 《薬草 熟練度7》


 《ギフト 回復(小)》


 治療担当。回復と薬草を組み合わせ、軽傷なら現場でほぼ処置可能。


 《ルウ Lv――》


 《魔力操作 熟練度――》


 《ギフト 魔力(小)》


「……また壊れてる」


 昨日は《Lv33》と見えていたはずなのに、今日は横線である。


「まあ、ルウだしな」


 深く考えず、記録帳には、


 《ルウ 表示不安定。たぶんいつもの》


 と書いておいた。


 そして最後に、自分の四十八という数字をもう一度見る。


「結構上がったな」


 一年間、毎週のようにダンジョンへ通った。


 でも一日で四十八になったわけではない。


 一回戦った。


 一回失敗した。


 一つ覚えた。


 次の日も五分やった。


 次の週に、また潜った。


 それを繰り返してきただけだった。


 アルトは記録帳を閉じる。


「次は中層か」


 少しだけ笑った。


「また明日からだな」


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)

執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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