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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第十六話 森はお前を知っている

# 第十六話 森はお前を知っている


 十一歳になったアルトのもとへ、ある日の授業中、普段は閉じているはずの動物たちとのつながりを突き抜けるほど強い感情が飛び込んできた。


《痛い》


《怖い》


《助けて》


 アルトは思わず立ち上がった。


「先生、森で何かあった」


 エレウスは事情を聞くと、アルトたちだけで森へ行かせることはせず、マックスを含む衛兵と木こりを呼んだ。鳥の視界で先に確認すると、助けを求めていたのは巨大な熊で、斜面から落ちた倒木と岩の間に前脚を挟まれ、暴れるほど傷を深くしていた。


 救助は七人だけではできなかった。


 アルトが熊へ《今から木を動かすから暴れるな》と伝え、トウが倒木の裏にある岩の位置を探し、レオンがロープを運び、ガルドが木こりたちと補助材を支える。フィーネは高い場所から周囲を警戒し、ノエルは治療の準備をし、ルウはアルトのすぐそばで熊と作業全体を見ていた。


「今だ! 脚を抜いて!」


 ギギギギッ、と持ち上がった倒木の下から熊が前脚を引き抜き、大人たちが一斉に退避する。


 ドンッ!


 倒木が地面へ落ちた。


《取れた》


「よかったな」


 ノエルが《回復(小)》と薬草で傷を処置している間、アルトは熊の隣へ座り、以前から気になっていたことを尋ねた。


「森の奥に、すごく大きくて強い奴がいるんだろ?」


《いる》


「何なんだ?」


 熊は少しだけ森の奥へ顔を向けた。


《主》


「森の主?」


《そう》


「怖い?」


《怖い》


 少し間を置く。


《でも。悪くない》


「会える?」


 熊はアルトを見た。


《アルトなら》


「ほんと?」


《主。アルト知っている》


「え?」


 アルトが聞き返すより先に、背後からマックスの声が飛んだ。


「待て待て待て。今、森の主に会うとかいう話になってないか?」


「なってる」


「即答するな」


「でも向こうも俺を知ってるって」


「それが余計怖いんだよ!」


◇


 当然、その日に森の奥へ行くことは許されなかった。


 それからアルトは鳥や犬、狼たちへ森の主について聞いて回ったが、返ってくる言葉は似たようなものだった。


《強い》


《大きい》


《古い》


《主》


 そして不思議なことに、


《アルト。知ってる》


という答えまで共通していた。


「俺、会ったことないぞ」


「お主が一方的に知らぬだけではないか?」


 ルウが言った。


「どういうこと?」


「鳥も犬も狼も熊も、お主と話しておる。動物同士でも情報を伝えていることは、ポチのときに分かったであろう?」


「ああ」


「ならば森の主とやらが、お主の話を聞いていても不思議ではあるまい」


「……森中で俺の噂されてる?」


「そういうことになるな」


「なんか恥ずかしいな」


「今さらであろう」


 結局、マックスとエレウスを説得し、大人も同行すること、危険を感じたらすぐ戻ることを条件に、森の主がいるという場所へ行くことを許されたのは、アルトが十二歳になってからだった。


◇


 森へ入ったのはアルトとルウ、それにマックスを含む数人の大人たちだった。ほかの五人も行きたがったが、今回は森の主がどれほど危険なのかさえ分からないため、人数を増やさないことになった。


 奥へ進むほど鳥の声が減っていく。


 しかし、不思議と嫌な静けさではなかった。


《こっち》


 木の上の鳥が道を教える。


《主。先》


 少し進むと狼が待っていた。


 以前助けた狼だった。


《アルト》


「おう。久しぶり」


《来た》


「来たぞ」


 狼はそのまま先へ歩き始めた。


「案内してくれるって」


「本当に森中と友達になってないか、お前」


「俺から頼んだわけじゃないぞ」


 やがて木々が途切れ、広い草地へ出た。


 中央に巨大な岩がある。


 いや。


 アルトは足を止めた。


「……あれ、岩じゃないぞ」


 白銀の毛が風に揺れた。


 ゆっくりと頭が持ち上がる。


 狼に似た姿。


 しかし、アルトが知るどの狼とも違う。立ち上がれば大人の背丈を遥かに超え、その身体から漂う存在感だけで、マックスたちが反射的に武器へ手を掛けた。


《抜くな》


 低い声が、アルトの頭の中へ響いた。


 今まで話したどの動物よりも明瞭だった。


「父さん、剣抜かないで。襲う気ない」


「……本当だろうな?」


「そう言ってる」


 アルトは巨大な獣を見る。


 すると表示が浮かんだ。


 《フェンリル Lv――》


「……また横線」


《何を見ている、人の子》


「名前と強さみたいなやつ。フェンリルっていうのか?」


《人は我をそう呼ぶ》


「森の主?」


《そう呼ぶ者もいる》


 アルトは少し考えてから尋ねた。


「俺のこと知ってるって本当?」


 フェンリルの金色の瞳が細くなる。


《知っている》


《小さき者の声を聞く人の子》


「小さき者?」


《蟻》


 アルトは目を丸くした。


《虫の声を聞き、鳥の声を聞き、傷ついた狼を殺さず、熊の声を聞いた》


《森は、お前を知っている》


「……ずっと見てたの?」


《森の者が見ていた》


「それで俺に会おうと思った?」


《違う》


「違うの?」


《お前が我に会いたがった》


「ああ、そうだった」


 フェンリルの口元がわずかに動いた。笑ったようにも見えた。


《面白い人の子だ》


「じゃあさ」


 アルトはいつもの調子で言った。


「友達になろうぜ」


 後ろでマックスが盛大に咳き込んだ。


「アルト!?」


《我と友に?》


「うん」


《我が何者か分かっているのか》


「フェンリル。森の主。神獣なんだろ?」


《そうだ》


「だから?」


 沈黙したのはフェンリルの方だった。


《……我を恐れぬのか》


「怖くないわけじゃないぞ。父さんより絶対強そうだし」


「そこで父さんを基準にするな」


「でも俺を食う気ないだろ?」


《ない》


「じゃあ話せるじゃん」


 長い沈黙のあと、森全体へ響くような低い音がした。


 フェンリルが笑っていた。


《よかろう》


《小さき者の声を聞くアルトよ》


《我はお前を友と認める》


「おう。よろしくな」


◇


《友となった印を与えよう》


「印?」


 フェンリルの額から淡い光が浮かび、アルトの胸へ入った。


 身体が一瞬温かくなる。


 表示を見る。


 《加護 神獣の友》


「加護?」


《我が友であることを、獣たちが感じ取る》


「強くなる?」


《ならぬ》


「そっか」


 あまりにもあっさり答えたアルトに、フェンリルが首を傾げた。


《不満ではないのか》


「別に。強くなるのは自分でやるからいいや。それより何ができるの?」


《獣、魔獣、虫など、我に近き性を持つ者は、お前を友として受け入れやすくなる》


「じゃあ襲われなくなる?」


《否》


《腹を空かせた者はお前を食おうとする》


「食うのかよ」


《縄張りを侵せば怒る者もいる。命令を受けて戦う者もいる。お前を嫌う者もいよう》


「じゃあ今までと一緒じゃん」


《そうでもない》


《我が友ならば友、と考える者も多い》


「どれくらい?」


《さあな。半分ほどは話す前から敵とは見なさぬかもしれぬ》


「半分!? すごいじゃん!」


 フェンリルは続けた。


《だが、我の名を盾に欺くな》


《友として迎えた者へ、油断したところから刃を向ければ、その者は二度とお前を友とは見ぬ》


「そんなことしないぞ」


《分かっている》


「じゃあなんで言った?」


《だから、お前に与えた》


 アルトは一瞬黙り、それから笑った。


「ありがとな」


《うむ》


 アルトにとって、それは強大な力を授けられた瞬間ではなかった。


 森の奥に、新しい友達が一人増えた。


 本人の感覚では、その程度だった。


◇


 帰り道、ルウがアルトの隣へ並んだ。


「神獣へ向かって『友達になろうぜ』と言う者を、我は初めて見たぞ」


「友達になるのに身分関係ある?」


「神獣を身分で片づけるな」


「でも友達だろ?」


「……まあ、そうであるな」


 ルウは笑った。


「お主らしい」


 その日の夜、水面を見る。


 《アルト Lv15》


 レベルは変わらない。


 《意思疎通 熟練度5》


 こちらも同じ。


 ただ、その下に今までなかった一行だけが増えていた。


 《加護 神獣の友》


「本当に増えてるな」


 けれど剣が急に上手くなったわけではない。


 火も相変わらず飛ばない。


 明日の朝も剣を振り、身体を鍛え、身体の中の何かを動かす練習をすることに変わりはなかった。


 そして十二歳の一年も過ぎていった。


 七人は相変わらず、雨の日も、忙しい日も、何も起きない日も、それぞれ最低五分を続けた。


 やがて初等科最後の春が近づいたある日、アルトがいつもの六人へ言った。


「なあ」


「何である?」


「前に話したの覚えてる?」


 レオンが尋ねる。


「ダンジョンの話でありますか?」


「そう。中等部入ったら、七人で正式にパーティー組もうぜ」


 ガルドが笑う。


「とうとうじゃな」


「トウは行くな。うん」


「うちも行く」


「わたしもっ!」


 レオンも真面目に頷いた。


「危険性、装備、退路、役割分担まで十分に準備した上で挑むのであれば、賛成であります」


 最後に全員がルウを見る。


「だからなぜ毎回我を見るのだ」


「ルウは?」


「……仕方あるまい。我も付き合おう」


「よし!」


 アルトは笑った。


「じゃあ決まりだな」


 蟻の声を聞くところから始まった少年の世界は、いつの間にか神獣のいる森まで広がっていた。


 そして次の春。


 十三歳になったアルトたちは、中等部へ進む。


 七人が初めて自分たちの名前でパーティーを組み、地下へ続くダンジョンの入口に立つ日は、もうすぐそこまで来ていた。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)

執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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