第十四話 小さな火の使い道
# 第十四話 小さな火の使い道
初めて火を出した翌朝、アルトはいつもより少し早く朝稽古を終えると、マックスが見守る庭の隅で水桶を横へ置き、右手を前へ伸ばした。
「昨日最後が三秒だったから、今日は四秒だな」
「そんな都合よくいくか?」
「やってみないと分かんないだろ?」
「まあ、それはそうだな」
胸の辺りにあるかもしれない何かを腕へ動かし、掌へ集め、指先から外へ押し出す。
ポッ。
小さな炎が浮かんだ。
「一、二――」
消えた。
「……二秒」
「昨日より短いな」
「もう一回」
今度は一秒も持たずに消えた。
三回目は火そのものが出ない。
「なんで昨日より下手になってるんだ?」
アルトが指先を睨むと、マックスが笑った。
「毎日必ず昨日より上手くなるわけじゃないって、エレウス先生に習ったんじゃなかったか?」
「……そうだった」
「忘れてたのか?」
「数字が上がるときは覚えてるんだけどな」
「都合いいな」
アルトは少し考えてから、再び掌を見る。
「じゃあ何が昨日と違うんだろ」
「もうそっちへ行くのか」
「だって違いが分かればまた出来るかもしれないだろ」
マックスは声を上げて笑った。
「よし。父さんは仕事へ行くから、続きは先生かルウがいるところでやれよ」
「分かった」
◇
事情を聞いたエレウスは、放課後になると校庭の端へ水桶と記録帳を持ってきた。
「今日は火を大きくする実験ではありません」
「ええ?」
「まず同じことを何度も出来るか確かめましょう」
「大きくする方が面白そうなのに」
「面白いことから始めると、何が原因で成功したのか分からなくなりますよ」
「我も先生に賛成である」
ルウが当然のように隣から口を挟む。
「二対一か」
「多数決の問題ではありません」
エレウスが苦笑した。
その日は二十回試すことになった。
一回目、出ない。
二回目、火が出て一秒。
三回目、二秒。
四回目、出ない。
そうして全部終えたところで、火が出たのは八回、最も長く残ったものでも三秒、炎の大きさはどれも指先に浮かぶ程度だった。
「思ったより出ないな」
「でも昨日までは一度も出来なかったのでしょう?」
「うん」
「なら大きな前進ですよ。ただし、まだ自由に使えるとは言えませんね」
「じゃあ、出せる確率を上げる?」
「それがよいと思うぞ」
ルウも頷いた。
「必要なときに出ぬ火では困るからな」
「確かに」
アルトは記録帳へ「八回」と書き込んだ。
◇
数日後、アルトはアーニャの練習と自分の火を改めて比べることにした。
「また見るの?」
「今日は比べるだけだから」
「近づきすぎないでね」
「分かってる」
アーニャが右手を前へ出す。
ポッ。
小さな火が浮かぶ。
消す。
もう一度。
ポッ。
また出た。
三回、四回、五回。
ほとんど失敗しない。
「なんで毎回出るんだよ」
「魔法だからじゃない?」
「俺のも火だぞ」
「でも、お兄ちゃんの火、なんか違うよ」
「何が?」
「うーん……分かんないけど、私のとは違う感じ」
子供らしい曖昧な答えだったが、その夜ルウにも似たことを言われた。
「妙であるな」
「ルウも?」
「うむ。我が身体の中で魔力を動かすときと、お主が火を出そうとしているときでは、何かが違うように思える」
「何が違う?」
「うまく説明出来ぬ。ただ、同じものを動かしているようには感じぬのだ」
「じゃあ俺の、魔法じゃない?」
「そこまでは分からぬ。火が出ておることだけは間違いないがな」
アルトは少し考えた。
「まあいいか」
「よいのか?」
「名前分かんなくても火は出るし」
「お主らしいな」
「でも、いつか何なのかは知りたい」
「そのためにも記録しておけばよかろう」
「うん」
◇
次にアルトが挑戦したのは、当然のように火を飛ばすことだった。
「今日こそファイアボール!」
ポッ。
指先に火が出る。
「飛べ!」
消えた。
「……もう一回」
ポッ。
「飛べ!」
消える。
十回やっても、一度として火は指先から離れなかった。
「飛ばないね」
フィーネが弓を抱えたまま横から覗き込む。
「なんでだろ」
「火魔法とは別の何かが必要なのではないでありますか?」
レオンが言う。
「アーニャは火を離れたところに出せるんだけどな」
「なら、お主の火は今のところ、その場へ出すことしか出来ぬのかもしれぬ」
ルウの言葉に、アルトは指先を見る。
「じゃあ、この小さい火で何出来る?」
「攻撃には使いにくそうだね」
フィーネが言った。
「でも、火なんだよな」
アルトは近くに置かれていた蝋燭へ目を向けた。
「先生、これつけていい?」
「水桶の前でなら」
小さな火を出し、蝋燭の芯へ近づける。
炎が移った。
「ついた!」
「当然と言えば当然であるな」
「でも使えるじゃん」
アルトはそこから急に楽しくなった。
乾いた小枝なら火をつけられる。
紙も燃える。
焚き付けさえ用意すれば、小さな炎から焚き火まで育てられる。
「暗いところなら明かりになるし、寒かったら焚き火作れる。濡れた服乾かすのにも使えるかもな」
「料理にも使えるねっ」
フィーネが言う。
「火をつけるところまでなら」
「その後は?」
「誰かに任せる」
「料理はしないの?」
「食べられたら何でもいいし」
「本当にお主らしいな」
ルウが呆れたように笑った。
「これ、ダンジョンでも便利そうだな」
「まだダンジョンの話をしておるのか」
「中等部になったら行ってみたいじゃん」
「まず初等科を無事に終えよ」
「分かってるって」
まだ何年も先の話だったが、その頃からアルトの頭には、七人で知らない場所を探索してみたいという気持ちが少しずつ生まれ始めていた。
◇
小さな火の使い道を次々見つけるアルトを見ているうちに、ほかの六人にも少し変化が出てきた。
「《盾(小)》は守るだけかと思っておったが、押したり道を塞いだりするのにも使えるかもしれんのう」
ガルドが言えば、トウも頷く。
「《探知(小)》も、人を探すだけじゃなく、危ないものが近づくのを先に見つけられるかもしれないな。うん」
「うちは《回復(小)》だけで足りないなら、薬草を合わせればいい」
ノエルはすでに実践している。
「自分の《剣技(小)》も、新しい技を覚えるのが少し早いなら、その分いろいろ覚えればよいのでありますな」
レオンも以前ほど《小》という文字を気にしなくなっていた。
フィーネが弓を引く。
ヒュッ。
矢は的の外側へ刺さった。
「あー、また真ん中じゃない……《微》だから――」
言いかけて、止まる。
「……違う。もう一回」
アルトが笑った。
「そうそう」
「アルト君に言われる前に分かったもん!」
「俺、何も言ってないぞ」
「顔が言ってるの!」
「完全に調教されておるな」
ルウが言う。
「違うよぉ!」
フィーネの声に全員が笑った。
アルト自身は特別なことを教えているつもりなどなかった。
小さければ使い方を考える。
出来なければ練習する。
昨日より悪い日があっても、明日もう一度やる。
昔から自分がそうしてきただけだった。
けれど、その当たり前が少しずつ周囲にも伝わっていた。
◇
それから月日が流れた。
火が一度も出ない日もあった。
十回中三回の日もあった。
五回。
七回。
指先に浮かぶ炎も、一秒、三秒、五秒と少しずつ長く保てるようになっていった。
十歳になる頃には、落ち着いて集中すればほとんど失敗せず、蝋燭ほどの小さな炎を十秒ほど維持出来るようになっていた。ただし、相変わらず火を飛ばすことは出来ず、大きな炎を生み出すことも出来ない。
水面を見る。
《アルト Lv14》
《剣術 熟練度4》
《体術 熟練度3》
《意思疎通 熟練度4》
そして、
《魔力操作 熟練度――》
《火魔法》を探しても、何も出ない。
「こんだけ火出せるようになったのに、まだ何にも出ないな」
隣で見ていたルウが少し考える。
「表示が間違っているというより、お主が正しいものを探せておらぬ可能性もあるのではないか?」
「正しいもの?」
「例えば、別の名を持つ力なのに《魔力》として探しても表示されぬ、ということはないのか?」
「そんなことあるかな」
「さあな。我にも分からぬ。ただ、お主の火が我やアーニャの魔法とは少し違うように感じるのは確かだ」
「じゃあ、何を探せばいい?」
「それが分かれば苦労せぬ」
「そっか」
「今は火が使える。それだけ覚えておけばよかろう」
「うん。そのうち分かるかもな」
アルトは深く悩まなかった。
分からないなら、分かるまで続ければいい。
◇
そんなある日のことだった。
町の犬たちが、朝から妙に落ち着かなかった。
吠える。
森の方を見る。
また吠える。
アルトがポチを見つけて近づくと、いつもの食べ物の話より先に言葉が飛んできた。
《狼》
「狼?」
《来た》
「どこに?」
《森。近い》
ルウがアルトの表情を見て尋ねる。
「何があった?」
「狼が森から出てきたみたいだ」
ポチが低く唸る。
《怖い》
「襲ってくる?」
《分からない》
《一匹》
《弱い》
「弱い?」
《怪我》
アルトは森の方へ目を向けた。
その頃には町の衛兵たちも犬の騒ぎに気づき始めており、森の近くへ狼が現れたらしいという話が広まりつつあった。
「子供は近づくな!」
「見つけたら討つぞ!」
大人たちの声が聞こえる。
アルトは反対しなかった。
まだ何も分かっていない。
ただ、ポチの話と、大人たちが考えている狼の姿が少し違っていることだけは気になった。
「鳥に見てもらおう」
「うむ。それがよい」
小鳥へ呼びかける。
しばらくすると視界が空へ上がった。
森の縁。
草むら。
そして、一匹の若い狼。
身体は痩せ、後脚を引きずっている。
こちらへ向かって牙を剥いているわけではない。
木陰で身体を丸め、荒い息をしていた。
アルトは接続を切った。
「……怪我してる」
「町を襲いに来たように見えたか?」
ルウが聞く。
「よく分からない。でも、そうは見えなかった」
「ならば、まず理由を確かめた方がよさそうであるな」
「うん」
アルトはもう一度森を見た。
「なんであいつ、ここまで来たんだろ」
十歳になったアルトは、まだ狼を敵とも味方とも決めなかった。
分からないなら、まず知る。
それが、いつの間にか彼にとって当たり前になっていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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