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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第十一話 毎日やった、その先

# 第十一話 毎日やった、その先


 鳥の目を借りられるようになった翌朝、アルトはルウと並んで町外れの草地に座り、今度は目を開いたまま空を見上げていた。頭上では、すっかり顔馴染みになった小鳥が何度も円を描くように飛んでいる。


「やっぱり聞こえる」


「鳥の耳からか?」


「うん。風の音と羽の音、それから……あっ、誰か喋ってる」


「どこでだ?」


「向こうの道。俺の耳じゃ全然聞こえない」


 接続を切ると音が消え、もう一度鳥へ意識を向ければ、遠くのざわめきが戻ってくる。昨日は鳥の視界と一緒に偶然聞こえただけだったが、何度試しても同じ結果になる以上、どうやら聴覚まで借りられるようになったらしい。


「なら、目を借りずに耳だけ借りることは出来ぬのか?」


「耳だけ?」


「昨日は目だけ飛ばすことが出来たのであろう。必要なものだけ受け取れるなら、お主も酔いにくくなるのではないか?」


「なるほど。やってみる」


 アルトは鳥へ意識を向けながら、今度は目から入ってくるものを受け取らず、音だけ欲しいと考えてみた。最初は空からの景色まで流れ込んできたが、一度切ってやり直し、二度目、三度目と試しているうちに、自分の目には隣のルウが見えているのに、耳には頭上を飛ぶ鳥の羽音と風切り音が聞こえるという、何とも奇妙な状態になった。


「出来た」


「どうだ?」


「変な感じ。ルウを見ながら、上の音聞いてる」


「我の声も聞こえるのか?」


「そっちは普通に聞こえてる」


「二つの耳を持っておるようなものか。なかなか便利ではないか」


「だろ?」


「うむ。これは素直に褒めてよかろう」


「もっと褒めてもいいぞ」


「調子に乗るでない」


 二人で笑った。


◇


 学校でエレウスにも報告すると、当然のように実験が始まった。鳥を少しずつ遠くへ飛ばし、視覚だけ、聴覚だけ、両方同時と条件を変えてみたところ、聴覚だけなら視覚を同時に受け取るより負担が軽く、かなり長くつないでいられるらしい。


「音の方が遠くまで届いている気がするぞ」


「そうかもしれませんが、今日は正確な距離を測る道具がありませんから、断定はしないでおきましょう」


「先生、慎重だな」


「アルト君が勢いで結論を出そうとするので、先生くらい慎重な方がちょうどいいんですよ」


「俺、そんなに早い?」


 七人全員が頷いた。


「なんで全員なんだよ」


「自覚がない方が問題であるな」


 ルウまで頷くので、教室に笑い声が広がった。


 それからの日々は、不思議なくらい何も起こらなかった。


 川が溢れることもなければ、馬車が暴走することもなく、迷子を知らせに鳥が飛んでくることもない。ただ授業を受け、家へ帰り、家の手伝いをし、七人はそれぞれ出来る範囲で練習を続けた。


 けれど実際には、そんな何も起きない日の方がずっと多かった。


 雨の日もあった。


「今日、雨だよぉ」


 校舎の入口でフィーネが空を見上げる。


「軒下なら弓引けるんじゃない?」


「寒いよ?」


「じゃあ五分だけ」


「……五分ならやろっかな」


 家業の手伝いで時間が取れない日には、ガルドが申し訳なさそうに言った。


「今日は親父の仕事を手伝わねばならんのじゃ。放課後は無理じゃな」


「家で盾構えるくらいなら出来るだろ?」


「それなら出来そうじゃ。五分だけやってみるかのう」


 レオンは逆にやりすぎることがあった。


「昨日百回振ったら、今日は腕が痛いであります。しかし毎日続けると決めた以上、百回振るであります」


「痛いならやめといた方がいいぞ」


「しかし、それでは毎日にならないであります」


「俺だって熱出たときは振らなかったぞ。頭の中でやったけど」


「では今日は型を頭で確認するのも練習でありますか?」


「いいんじゃない? 身体壊して何日も出来なくなった方がもったいないだろ」


「なるほど。委細承知であります」


 アルト自身も、以前なら疲れていても無理に剣を振ったかもしれなかったが、父やエレウスに叱られてからは、身体に痛みがある日は動きを頭の中で確認したり、軽く構えるだけにしたりするようになっていた。


 毎日続ける。


 けれど、毎日同じ量をやるわけではない。


 五分しか出来ない日は五分でいい。


 出来る日はもっとやればいい。


 そうやって何週間、何か月と積み重なっていった。


◇


 ある日の放課後、いつものように七人の状態を確認していたアルトの目が、フィーネのところで止まった。


 《フィーネ Lv5》


 《弓術 熟練度2》


「フィーネ!」


「な、何? 急に大きな声出さないでよぉ」


「二になってる!」


「……え?」


「弓術。二!」


 フィーネはしばらく瞬きをしていた。


「ほんと?」


「ほんとだって」


「一じゃない?」


「二」


「……二」


 自分でも確かめられない数字なのに、フィーネは弓を胸へ抱き締めた。


「アルト君、二になった」


「うん」


「ほんとに二になった」


「だから一の次は二だって言っただろ?」


「それ、算数の話みたいに言ってたじゃん」


「でもなったじゃん」


「……うんっ!」


 フィーネの顔が一気に明るくなった。


「わたし、もうちょっとやる!」


「今日は何本?」


「あと五本! 明日もやる!」


 その横でエレウスが記録帳を開き、最初の日の数字と今日の数字を見比べた。


「本当に上がりましたね」


「先生、やっぱ毎日だよ!」


「可能性はかなり高くなりました。ただし、毎日やれば必ず同じ日数で上がるとは限りませんよ」


 実際、レオンの《剣術》はまだ二のままで、ガルドの《防御》も二、トウの《探知》も二、ノエルの《薬草》は三、ルウの《魔力操作》も二のままだった。それでもレオンの型は以前より崩れにくくなり、ガルドは盾を構えたままかなり動けるようになり、トウの探知も少しずつ広がっている。


「数字が変わらなくても、出来ることは増えておるな」


 ルウが言った。


「うん」


 アルトも素直に頷いた。


「父さんの熟練度六と俺の四で、数字だけじゃ全然分かんないのはもう分かったからな」


「良いことを覚えましたね」


「先生まで言う?」


「大切なことですから」


 数字は便利だった。


 でも数字だけが全部ではない。


 それも少しずつ分かってきた。


◇


 そんな日々を送っているうちに、アルトは八歳になった。


「アルト、八歳おめでとう」


「ありがとう!」


 その日の夕食はいつもより少し豪華で、マックスとハイネ、タクト、アーニャだけでなく、ルウとゼノ、ミレイアも祝いに来ていた。


「お兄ちゃん、早く食べよ!」


 アーニャが食卓の菓子を見ながら急かす。


「俺の誕生日だぞ」


「だから早く食べよう?」


「アーニャちゃんは相変わらずね」


 ミレイアが楽しそうに笑う。


「うむ。祝いの日である。今日くらいは好きに食べても構うまい」


「ゼノ、あなたまで甘やかさないの」


「母上の言う通りであるぞ、父上」


「お主にも言われたくはない」


「なぜだ」


 ゼノとルウが同じような顔をして首を傾げたので、アルトが吹き出した。


「やっぱ二人そっくりだな」


「どこがだ?」


「そうである。どこが似ておる?」


「そこだよ!」


 笑い声が食卓を包んだ。


 食事が一段落したところで、マックスが壁際から一本の木剣を持ってきた。


「ほら、アルト」


「これ……俺の?」


「ああ。今までのじゃ軽すぎるだろ。少し長くして、重くしてある」


 受け取ってみると、確かに今まで使っていたものよりずっと重い。


「父さん、ありがとう!」


 アルトはその場で振りかけ、ハイネに止められた。


「家の中で振らない!」


「ごめん!」


「服をあげたときより喜んでない?」


「だって剣だぞ?」


「服だって大事でしょう!」


「着られたらいいじゃん」


「アルト!」


 また全員が笑った。


 マックスが酒の代わりの茶を飲みながら、ふと口を開いた。


「そういや、お前たちが放課後の練習を始めて、もう一年近いんじゃないか?」


「……あ」


 アルトは考えた。


「そうかも」


「ほぼ毎日続いておるぞ」


 ルウが答える。


「ルウまで毎日のように出かけるから、最初は何をしてるのかと思ったわ」


 ミレイアが笑う。


「だが、続いておるのならよいことである」


 ゼノが穏やかに頷いた。


 アルトは少しだけ不思議な気持ちになった。


 自分が毎日やるのは昔から当たり前だった。


 けれど今は六人も一緒に続けている。


 そして今日、フィーネの《弓術》は本当に一から二になった。


「一年か……」


 長いような、短いような気がした。


◇


 その夜、新しい木剣を庭で何度か振った後、水面へ自分を映した。


 《アルト Lv14》


 《剣術 熟練度4》


 《体術 熟練度3》


 《意思疎通 熟練度4》


「変わってないな」


 少しも残念ではなかった。


 手に持っている新しい木剣は重く、以前と同じようには振れない。


「じゃあ、これでまた練習できるな」


 出来ないことが増えたなら、出来るようになるまでやればいい。


 それだけだった。


◇


 翌日、アルトが新しい木剣を背負って町を歩いていると、ダンおじさんに呼び止められた。


「お、アルト。新しい剣か?」


「父さんにもらった。昨日誕生日だったんだ」


「そうか! 八歳か。でかくなったなあ」


 その少し先では、当然オウサカおばちゃんにも捕まった。


「誕生日やったん? ほら、飴ちゃん持っていき!」


「また?」


「嫌なら返し!」


「いる!」


「ほらな」


 飴をもらい、笑いながら歩いていると、道端に一匹の犬が座っていた。町で何度も見かけた茶色い犬で、今日はなぜかアルトをじっと見ている。


「なんだ?」


「ワン!」


《腹減った》


「…………」


 アルトは足を止めた。


「お前もか」


「ワン!」


《肉》


「鳥より要求細かいな」


 隣にいたルウがすぐに興味を示す。


「何と言っておる?」


「腹減った。肉欲しいって」


「随分とはっきりしておるな」


 アルトは犬の前へしゃがみ込んだ。


「名前ある?」


《ポチ》


「ポチ?」


《そう》


「飼い主は?」


《いる》


「家どこ?」


 犬が道の先へ顔を向ける。


《あっち》


 アルトとルウは顔を見合わせた。


「鳥よりかなり会話になっておるではないか」


「うん。やっぱ頭のいい相手ほど、細かく分かるのかもな」


 アルトがもう一度犬を見る。


「なんで俺のこと見てたんだ?」


《アルト。変》


「おい」


 ルウが吹き出した。


「犬にまで言われたか」


「笑うなよ。っていうか、待て」


 アルトは犬へ顔を近づけた。


「なんで俺の名前知ってる?」


《鳥。言う》


「鳥?」


《鳥たち。アルト知ってる》


「鳥同士で俺の話してるの?」


《する》


「マジか……」


 アルトは目を丸くした。


 犬はさらに鼻を動かし、町の外にある森の方角へ顔を向けた。


《森の奴も知ってる》


「森の奴?」


《大きい》


 犬の身体が少しだけ強張った。


《怖い》


 アルトの表情から笑みが消える。


「何がいるんだ?」


《森。大きい奴》


「ルウ」


「なんだ?」


「よく分からないけど……森に、俺のことを知ってる何かがいるみたいだ」


 ルウも森の方を見る。


「危険なのか?」


「ポチは怖いって」


「なら、勝手に見に行くのはやめておけ」


「分かってる。まず鳥に聞いてみる」


「うむ。それがよい」


 以前のアルトなら、気になった瞬間に森へ向かっていたかもしれない。


 今は違う。


 分からないなら調べる。


 危ないかもしれないなら、安全な場所から調べる。


 毎日続けてきたのは、剣や能力だけではなかった。


 少しずつ、考え方も変わっていた。


 アルトは森の上を飛ぶ鳥を見上げた。


「明日、聞いてみるか」


「我も付き合おう」


「頼む」


「その代わり、無茶はするでないぞ」


「分かってるって」


《森。怖い》


 ポチがもう一度繰り返した。


 八歳になったばかりのアルトには、その森で自分を待っているものが何なのか、まだ分からなかった。


 ただ、蟻から始まった小さな会話の輪が、いつの間にか鳥へ、馬へ、犬へ、そして町の外の森へまで広がろうとしていた。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

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執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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