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ギフトなしと呼ばれた男  作者: 近江 伊吹
第一章 《ギフトなしの少年》

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第十話 空から見える世界

# 第十話 空から見える世界


 翌朝、アルトはいつもの素振りと父との打ち合い、走り込みまで全部終えると、朝食を急いで済ませ、昨日の帰り道で《我の目。見る》と伝えてきた小鳥を探すため、ルウと一緒に町外れへ向かった。


「こういう日くらい、朝の鍛錬を少し後へ回してもよかったのではないか?」


「やらないと気持ち悪いんだよ」


「分かっておる。聞いた我が悪かった」


「でも今日はちょっと早めに終わらせたぞ」


「それでも全部やったのであろう?」


「おう」


「相変わらずであるな」


 ルウは呆れながらも笑っていた。


 いつもの木のところまで来て少し待つと、茶色い小鳥が飛んできてアルトの前の枝へ止まった。


 チチッ。


《アルト》


「おう。昨日のやつ、やってみようぜ」


《見る》


「それ。どうするんだ?」


《我。見る》


「それは分かってる。俺がどうやったらお前の見てるものを見られるんだって」


《アルト。見る》


「だから、それを聞いてるんだけどなあ」


 アルトが困っていると、隣で鳥とのやり取りを聞いていたルウが少し考えた。


「お主は普段、自分の考えを鳥へ伝えようとするとき、鳥へ意識を向けておるのであろう?」


「うん」


「ならば今度は逆に、自分から何かを伝えようとせず、鳥から来るものを受け取ることだけ考えてみてはどうだ?」


「なるほど」


「出来るかどうかは分からぬが、試す価値はあろう」


「やってみる」


 アルトは地面へ座って目を閉じた。鳥の鳴き声、自分の呼吸、近くを流れる風の音が聞こえるが、それ以上のものはなかなか伝わってこない。


(見せて)


 今度は言葉を押しつけるのではなく、鳥の方から来るものへ意識を開くようにしてみる。


 すると突然、地面が遠ざかった。


「うわあああっ!」


 アルトは後ろへひっくり返った。


「アルト!」


「と、飛んだ!」


「お主は地面に転がっておるぞ」


「違うって! 目が飛んだ!」


「目だけか?」


「たぶん! 俺が上から見えた!」


 アルトは勢いよく起き上がったものの、少しふらついた。


「もう一回!」


「待て。今ふらついたであろう」


「でも出来たぞ!」


「出来たからこそ、落ち着いて確かめるのだ。今度は我がお主の肩を支える。それなら転びにくかろう」


「ルウ、頭いいな」


「昨日も聞いたぞ」


「今日も頭いい」


「ふふふ、分かっておるではないか」


 ルウが後ろから肩を支え、アルトはもう一度目を閉じた。


(見せて)


 今度はゆっくりと、自分ではない視界が重なってきた。


 空。


 地面。


 木。


 そして、ずっと下に黒髪の少年と少女がいる。


「……俺がいる」


「む?当然であろう」


「違うって。俺が俺を上から見てるんだよ。ルウもいるぞ」


「ほう。我はどのように見える?」


「黒い髪。あと、こっち見てる」


「ああ、我も鳥を見ておるからな」


「でも上から見えてる。すごいぞ、これ」


 鳥が羽ばたくたびに景色が傾き、アルトの身体まで自分が飛んでいるような感覚に引っ張られる。


「うっ……」


「どうした?」


「ちょっと気持ち悪い」


「身体は地面にあるのに、目だけ空を飛んでおるからではないか?」


「たぶん」


「今日は少しずつ慣らした方がよいな」


「もう一回だけ」


「少し休んでからだ」


「分かった」


 ルウは研究を止めなかった。ただ、アルトが無茶をしないよう、次に試す条件を一緒に考えた。


◇


「母さん! 俺、空飛んだ!」


 家へ帰るなりアルトが叫ぶと、店の商品を並べていたハイネの手が止まった。


「…………今度は何をしたの?」


「身体じゃないぞ。目だけ!」


「余計分からないわよ」


「鳥の見てるものが見えるんだ」


 事情を説明すると、タクトとアーニャまで駆け寄ってきた。


「兄ちゃん飛べるの!?」


「だから身体は飛べないって!」


「私も見たい!」


「俺の見てるものを人に見せる方法はまだ分からないぞ」


 その日の実験として、アルトは家の中に残り、マックスだけが裏庭へ出た。鳥に庭を見てもらい、アルトが目を閉じる。


 空から庭を見る。


 マックスが指を立てた。


「三本!」


 庭から父の声がする。


「当たりだ!」


「おおー!」


 タクトとアーニャが歓声を上げた。


 ハイネも感心したようだったが、すぐにアルトへ指を向ける。


「便利そうだけど、それを使って人の家の中を覗いたりしちゃ駄目よ」


「しないって!」


「研究だからとか言って覗かない?」


「そんな研究しないよ!」


「ふふふ、ならいいわ」


「もう、母さん、俺のこと何だと思ってるんだよ……」


◇


 学校でも、エレウスと七人で何度か試した。校舎の裏へレオンが札を持って行き、鳥に上空から見てもらう。


「七!」


「正解であります!」


「すごーい!」


 フィーネが嬉しそうに手を叩く。


「これなら高いところから遠くまで見られるのう」


 ガルドも感心していると、トウが少し考えて口を開いた。


「鳥で大体の場所を見る。その後トウが近くを探したら、もっと細かく分かるかもしれないな。うん」


「それいいな!」


「空から見えぬところも、トウなら分かる可能性があるということであるな」


 ルウがすぐに補足する。


「じゃあ今度一緒にやろうぜ」


「うん。やるな」


 ただし万能ではなかった。鳥が遠くへ行くほど視界は薄くなり、ある程度離れると突然切れた。アルトが歩きながら使おうとすれば危うく柱へぶつかり、鳥が猫に驚いて急旋回したときには、その場にしゃがみ込むほど気分が悪くなった。


「便利ですが、弱点もかなりありますね」


 エレウスが記録帳へ書き込む。


「だから練習する」


「そう言うと思いました。ただし、倒れるまでやるのは禁止ですよ」


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


「そこは断言してください」


 七人が笑った。


◇


 その日の放課後、いつもの自主練を始めてしばらくした頃だった。


 北の方角から何羽もの鳥が飛んできた。


《水》


《多い》


《怖い》


《壊れる》


 アルトが木剣を止める。


「……なんかある」


「鳥か?」


 ルウがすぐに気づいた。


「うん。北の方。水がいっぱいで、壊れるって」


 以前なら、自分の目で確かめようと走り出していたかもしれない。


 しかし今回は違った。


「見せて」


 近くに来た鳥の一羽へ意識を向ける。


 視界が空へ上がった。


 町の北。


 川。


 さらに上流。


 狭くなった場所へ大量の枝と流木が引っ掛かり、そこへ水が溜まっている。即席の大きな堰のようになっており、その隙間から水が勢いよく噴き出していた。


「やばい」


 アルトは接続を切ると、すぐエレウスのところへ走った。


「先生! 川の上の方で木がいっぱい詰まってる。水が溜まって、壊れそうだ!」


「自分で見に行きましたか?」


「鳥の目で見た。俺たちは行ってない」


 エレウスは一瞬だけアルトを見て、それから頷いた。


「それで正解です。先生が衛兵へ知らせます。皆さんはここから出来ることだけしてください」


「おう!」


 エレウスが走り出す。


 アルトはもう一度鳥の目へつなぐ。


「ルウ、何見ればいい?」


「全部見ようとするな。今必要なのは、危険な場所に人が残っておらぬかどうかだ」


「分かった!」


「トウ、アルトが場所を示したら探知出来るか?」


「近ければ出来ると思うな。うん」


 七人が自然に動いた。


 アルトが空から川沿いを見る。


 トウが位置を絞る。


 レオンは近くの教師たちへ情報を伝え、フィーネは高い場所へ上がって自分の目でも川沿いを確認する。ガルドは大人に頼まれ、避難路に置かれていた重い木箱を動かすのを手伝い、ノエルは怪我人が出た場合に備えて薬草と布を用意した。


「アルト!」


 トウが声を上げる。


「川の近く、人いると思うな。うん」


「どっち?」


「もっと上だな」


 鳥の視界を上流へ動かす。


 小さな小屋が見えた。


 その前に老人と、小さな子供がいる。


「いた!」


「場所は?」


 トウへ説明すると、彼女は目を閉じた。


「うん。二人いると思う。動いてるな」


「レオン!」


「承知であります!」


 レオンが衛兵の方へ走る。


 間もなくマックスを含む数人の大人が川沿いへ向かっていった。


 アルトは鳥の視界から、その姿を追い続ける。


 老人が事情を理解し、子供の手を取る。


 衛兵たちと一緒に高い場所へ向かう。


 その瞬間だった。


《壊れる!》


「来る!」


 流木の塊が大きく揺れた。


 一つ。


 二つ。


 そして一気に崩れた。


 大量の水が轟音とともに川を下る。


 ドドドドドドッ!


 アルトは思わず鳥との接続を切った。


 しばらくして、町の方から大人たちの声が聞こえた。


 川沿いの小屋や荷物の一部は水を被った。


 しかし、人はすでに避難していた。


 誰も死ななかった。


 大怪我をした者もいなかった。


◇


 救助から戻ったマックスは、校庭にいるアルトを見つけると近づいてきた。


「今回は、自分で川まで突っ込まなかったな」


「父さんが危ないことするなって言ったから」


「そうか」


「でもちゃんと助けられたぞ」


「ああ、よくやったな」


 マックスは息子の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「今日のお前は、昨日よりずっと強かったぞ」


「剣使ってないぞ?」


「剣だけが強さじゃないって、父さん言っただろ」


「ああ……そうか」


「ちゃんと覚えておけ」


「おう」


 少し離れた場所では、ルウがそのやり取りを見ながら微笑んでいた。


◇


 夕方、町へ戻ると、事情を聞いた人たちに次々と呼び止められた。


「またアルトちゃんかいな!」


 オウサカおばちゃんが腰へ手を当てる。


「今度は空から川見たんやて?」


「俺じゃないぞ。鳥が見たんだ」


「もうどっちでもええわ!」


 ダンおじさんも大笑いする。


「お前、とうとう空まで使い始めたか」


「だから鳥だって。それに俺だけじゃないぞ。トウが人探して、レオンが知らせて、ガルドもフィーネもノエルもルウも一緒にやったんだ」


「そうかそうか。じゃあ今日は七人とも偉かったってことだな」


「うん」


 アルトは、それが妙に嬉しかった。


 自分一人が褒められるより、今日はみんなでやったと言える方が嬉しい。


◇


 その夜、アルトはいつものように水面へ自分を映した。


 《アルト Lv14》


「…………あれ?」


 目を擦る。


 もう一度見る。


 《アルト Lv14》


「上がったああああ!」


「うるさい!」


 店の奥からハイネの声が飛んできた。


「ごめん!」


 しかしアルトの興奮は止まらない。


 昨日まで十三だった。


 今日は十四。


 初めて数字が変わった。


「何したから上がったんだ?」


 鳥の目を借りたから。


 人を助けたから。


 七人で動いたから。


 それとも、昨日までの全部が積み重なったから。


「よく分からんけど、何かが増えたんだよな」


 さらに意思疎通を見る。


 《意思疎通 熟練度4》


「こっちも!」


 昨日まで三。


 今日、四。


 剣術は四のまま。


 体術も三のまま。


「じゃあ、やったことに関係して上がるのかもな……」


 アルトは急いで紙へ今日の出来事を書き始めた。


◇


 翌朝、もう一度鳥の視界を借りてみると、昨日より少しだけ楽だった。


 町の屋根。


 道を歩く人。


 遠くの城壁。


 空を切る風。


 そのとき、アルトは妙なことに気づいた。


 自分の耳の近くでは聞こえていないはずの風の音がする。


 羽ばたく音。


 遠くの町のざわめき。


「……ん?」


 鳥との接続を切る。


 音が消えた。


 もう一度つなぐ。


 聞こえる。


 隣にいたルウが、アルトの顔を見た。


「今度は何だ?」


「ルウ」


「なんだ?」


「音も聞こえるかもしれない」


 ルウは数秒黙ったあと、小さく笑った。


「また増えたのか」


「たぶん」


「お主と一緒におると、本当に退屈せぬな」


「だろ?」


「褒めておる」


 アルトも笑った。


 昨日までは、鳥と言葉を交わせるだけだった。


 今日は、その目で世界を見ることが出来た。


 そして今度は、その耳で世界を聞けるかもしれない。


 アルトは空を飛ぶ小鳥を見上げた。


 出来ることが一つ増えれば、分からないことも一つ増える。


 だから明日も試してみる。


 いつものように、ほんの少しずつ。


次回更新は明日の12時の予定です。


皆様に大切なお願いがございます。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)

執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m

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