推しの羽は極上のトリートメントで保護します! ~ネフィリムの孤独と、限界オタクの狂気~
推しの羽は極上のトリートメントで保護します! ~ネフィリムの孤独と、限界オタクの狂気~
「だから話を聞けっての!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ美少年――もとい、私の新たなる『推し』のツッコミが、ポポロ村ののどかなあぜ道に響き渡った。
私は鼻息を荒くしながら、彼の両肩をガシッと掴んだまま目を輝かせている。
「話ならいくらでも聞くわ! 握手会なら剥がしのスタッフが来るまで粘るタイプだったから! で? 名前は? 趣味は? 好きな食べ物は?」
「あ、握手会……? 剥がし……? なんだそれ。あんた、さっきから言葉の使い方がおかしいぞ……」
少年は心底気味悪そうに私を見ている。
無理もない。瀕死の重傷だったところを、見ず知らずの女にいきなり謎の美容液を塗りたくられ、「養う」と宣言されているのだ。常識的に考えれば完全な不審者である。
だが、オタクの辞書に『自重』という文字はない。
「私はセシリア。しがない村人よ。あなたは?」
「……キッド。キッド・ジーニアスだ」
「キッドくん! 最高! 響きだけでご飯三杯いけるわ!」
「だから意味がわからねぇって……っ」
キッドくんは大きなため息をつき、その場に胡座をかいた。
そして、警戒の色を隠しきれない鋭い瞳で私を睨み上げる。
「あんた、俺が怖くないのか?」
「怖い? どうして? こんなに顔がいいのに?」
「顔の話はしてねぇ! 俺の背中を見ろ!」
キッドくんが肩を揺らすと、彼の背中から生えている二つの片翼がバサリと広がった。
右には、陽の光を弾く白銀の天使の羽。
左には、光を吸い込むような漆黒の魔族の羽。
相容れない二つの属性をその身に宿す存在。光と闇の混血、『ネフィリム』。
「俺の両親は、この『イレギュラーな血』のせいで処刑された。俺は存在しちゃいけない禁忌のバケモノなんだよ。普通の人間なら、俺の羽を見ただけで悲鳴を上げて石を投げてくる。……あんただって、本当は気味が悪いんだろ?」
自嘲気味に笑うキッドくんの瞳には、ひどく暗く、冷たい孤独が沈んでいた。
きっと彼は、たった16年の人生の中で、私の想像を絶するような迫害や偏見の目に晒されてきたのだろう。
誰もが自分を恐れ、忌み嫌う。だから先に牙を剥き、壁を作る。
――なんて可哀想な、私の推し。
「……信じられない」
「……だろ? だから、さっさと俺から離れ――」
「こんなにバサバサになるまで放置するなんて、信じられないッ!!」
「は……?」
私はキッドくんの背後に回り込み、その白と黒の羽を両手でわしっと鷲掴みにした。
「ひゃうっ!? ちょっ、おま、なに触って……ッ!?」
「見てこれ! 毛先が完全に枝毛になってるじゃない! 光沢も失われてるし、キューティクルが死滅寸前よ! 禁忌? バケモノ? バカ言わないで。こんなに美しくて尊い造形、国宝に指定して然るべきだわ!」
「こっ、国宝……っ!?」
「待ってて! 今すぐ【至高のコスメ錬金】で極上のトリートメントを作ってあげるから!」
私は道端に自生していた保温効果のある『レ足ス』の葉と、持っていたマナウォーターを錬金陣に放り込んだ。
【至高のコスメ錬金】は、美容に関するものなら大概の概念を物質化できる。
私は前世の記憶をフル回転させ、天使の神気と魔族の魔気、両方に適応できる『超浸透型ハイブリッド・ヘアオイル』を一瞬で錬成した。
「よし完成! さあキッドくん、羽を広げて! 根元からしっかり揉み込んであげるから!」
「や、やめろ! そこは敏感なんだ、触るなッ! ああっ、変な声出っ……!」
私は逃げようとするキッドくんを羽交い締めにし、容赦なくトリートメントを羽に擦り込んでいく。
オイルが浸透するにつれ、白銀の羽は真珠のような輝きを取り戻し、漆黒の羽は夜空の星界のような深みのある艶を放ち始めた。
「んんっ……ふぁ……っ、ぁ……」
「よしよし、いい感じよ。どう? 痛くない?」
「痛くは、ないけど……なんか、すごくポカポカして……変な、感じだ……」
抵抗を諦めたのか、キッドくんは私の腕の中で次第に力が抜け、トロンとした目で大人しく羽を撫でられ始めた。大型犬のブラッシングをしているみたいで、私の母性が爆発しそうである。尊い。命が助かる。
(なんだ、この女……)
一方、キッドは私の腕の中で、激しい混乱に陥っていた。
彼はこれまで、ゴルド商会のオロチ会長の屋敷――通称『鳥籠』で英才教育を受けてきた。オロチにとってキッドは「希少なコレクション」であり「将来の優秀な駒」だった。
そこに『愛』はなかった。
キッドに向けられるのは、利用価値を見定める打算の目か、あるいは種族を嫌悪する恐怖の目だけだった。
けれど、背後から自分を優しく包み込み、丁寧に羽を撫でるこの女からは、打算も恐怖も一切感じない。
あるのはただ、意味不明なほどの『熱狂』と、痛いほど純粋な『善意』だけだった。
(俺の羽を綺麗だって言った。……親以外で、そんなこと言った奴は、こいつが初めてだ)
心の奥底に分厚く張っていた氷が、ほんの少しだけ溶け出すような感覚。
キッドがそんな心地よい微睡みに身を委ねようとした、その時だった。
『ぐぎゅるるるるるるぅ〜〜〜っ』
キッドのお腹から、盛大な虫の根が鳴り響いた。
「ああっ!」
「ち、違う! 今のは俺じゃねぇ!」
「推しのお腹が鳴った! これは非常事態よ! 栄養補給を急がなきゃ!」
真っ赤になって取り繕うキッドくんをよそに、私は立ち上がった。
ポポロ村には、各国の冒険者やお忍びの神々も通うという伝説の24時間営業ファミレス『ルナミスキング』――通称『ルナキン』がある。あそこの特大ハンバーガーをテイクアウトして、キッドくんに腹いっぱい食べさせよう。
「よし、ちょっと待っててね。すぐにご飯を買って――」
私が駆け出そうとした、次の瞬間。
『バロロロロロロロロロロンッ!!!!』
突然、上空の空間がガラスのようにひび割れ、鼓膜を劈くような凄まじい爆音が村に響き渡った。
次元の裂け目から飛び出してきたのは、暴走族顔負けの巨大なロケットカウルと絞りハンドルを装着した、特注の魔導旧車『爆音天聖号』だ。
「な、なに!?」
「チッ……来やがった!」
キッドくんが血相を変えて立ち上がり、私を庇うように前に出た。その手には、どこから取り出したのか、漆黒の魔気を纏う剣が握られている。
凄まじい土煙を上げて着地したバイクから、一人の男が降り立った。
黄金のリーゼントをビシッとポマードで固め、背中には『全国制覇』の刺繍が入った金ピカのジャージ。そして足元は、なぜか履き古された便所サンダル。
昭和のヤンキー漫画から飛び出してきたような出で立ちだが、その身から立ち上るオーラ(神気)は、背筋が凍るほど圧倒的だった。
「おうキッド! ワレ、ワシの『聖雷・鉄拳制裁』を三発もモロに食らって生きとるとは、だいぶ根性ついたやないけ!」
「うるせぇリキ兄貴! 稽古の範疇超えて殺しに来てただろ! あんたのせいでここまで吹っ飛ばされたんだぞ!」
リキ兄貴、と呼ばれたそのヤンキーは、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべてタバコ(ショートホープ)に火をつけた。
どうやら、キッドくんがボロボロになっていた原因はこの男らしい。
神々しいまでの威圧感に、普通なら足がすくんで逃げ出す場面だろう。キッドくんも冷や汗を流しながら私を守ろうと剣を構えている。
だが、限界社畜として幾多のクラッシャー上司を相手にしてきた私(と、限界オタク)の目は誤魔化せない。
「あの……そこのヤンキーのお兄さん」
「あぁん? なんや嬢ちゃん。すっこんで――」
「お肌、すっごく乾燥してますよ? ほうれい線の原因になりますよ?」
「……は?」
キッドくんの制止をすり抜け、私はヤンキー聖獣の目の前へとズンズン歩み寄っていった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「ネフィリムの羽をモフる限界オタクww」
「キッドくん、完全に餌付け(物理)されてる」
「ヤンキー聖獣にスキンケアを勧める女、強すぎる」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回、ヤンキー聖獣『リキ兄貴』との遭遇! 果たしてセシリアのオタクパワーは神にも通用するのか!?
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!




