表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は背中から死んでいた  作者: swingout777


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/40

第14話 聖剣は血を拒む

 魔王城の地下で見つけた記録石は、勇者カイゼルの二つ目の遺言だった。


 俺を、英雄として弔わないでくれ。


 一人の人間として送ってほしい。


 俺の死を調べてくれ。


 その言葉を背負って、俺たちは魔王城の中庭へ戻った。


 灰色の空の下、黒花が静かに揺れている。

 そこは魔王の城というより、やはり大きな墓所にしか見えなかった。


 敵味方の名を分けず、ただ死者の名を刻む場所。


 王国の国葬とは、正反対の場所だった。


「ノアさん」


 エリシアが、記録石を抱えたまま言った。


「兄の遺言だけでは、王国は認めないかもしれません」


「ええ」


 俺も同じことを考えていた。


 記録石には、勇者が魔王領で知った真実が残っている。

 黒花が呪いではないこと。

 魔王城が墓所であること。

 勇者が魔王を倒すのではなく、真実を持ち帰ろうとしていたこと。


 だが、肝心な瞬間は途切れている。


 白い手袋は映った。

 だが顔は見えない。


 レオンだと疑うには十分でも、断罪するには足りない。


「兄を刺したのが誰なのか」


 エリシアは唇を噛んだ。


「それを示す証拠が必要です」


 その時、ニムが俺たちの袖を引いた。


 魔族の子どもは、黒花の奥を指さしている。


「勇者の剣、ある」


「聖剣が?」


 エリシアが目を見開いた。


 王国では、勇者の聖剣は国葬の祭壇に飾られると発表されていた。


 だが、勇者の遺体が葬儀局に運ばれた時、聖剣はなかった。

 英雄管理局が先に回収したのだと思っていた。


 ニムは首を振った。


「王国の人、持っていったのは鞘だけ。ほんとの剣、魔王様が隠した」


 俺とエリシアは顔を見合わせた。


 鞘だけ。


 つまり王国は、民に見せるための飾りを持ち帰った。

 本物の聖剣は、まだ魔王城に残っている。


 ニムに案内され、俺たちは中庭の奥にある小さな礼拝室のような場所へ入った。


 そこには祭壇があった。


 王国の神を祀るものではない。

 黒花の根が絡み、名もない死者の木札がいくつも置かれている。


 その中央に、一本の剣が横たえられていた。


 聖剣。


 刃は白銀。

 柄には王国の紋章と、古い聖印が刻まれている。


 けれど、不思議なことに、剣は輝いていなかった。


 王国の絵物語では、聖剣は常にまばゆい光を放っている。

 魔を退け、正義を示す剣。


 だが目の前の聖剣は、死者のそばで沈黙しているように見えた。


「兄の剣です」


 エリシアがそっと膝をついた。


 手を伸ばしかけ、ためらう。


「触れてもいいのでしょうか」


「あなたは妹です」


 俺は言った。


「きっと、拒まないと思います」


 エリシアは頷き、聖剣の柄に触れた。


 その瞬間、剣身に淡い光が走った。


 だが光はすぐに揺らぎ、赤黒い筋となって刃の表面に浮かび上がった。


 まるで血管のようだった。


「これは……」


 俺は近づいた。


 聖剣の刃には、目に見えないほど薄く乾いた血が残っていた。


 いや、残っているというより、剣が血を記憶している。


 葬儀屋が死者の傷を読むように、この剣は最後に触れた血を拒んでいるようだった。


「聖剣は、魔の血を焼くと聞いています」


 エリシアが言った。


「魔王を斬ったなら、刃には黒い焦げ跡が残るはずです」


「でも、これは違う」


 俺は反応薬の小瓶を取り出した。


 葬儀局から持ち出した、わずかな道具の一つだ。


 刃の血痕に一滴垂らす。


 液体は、黒ではなく赤く光った。


「人間の血です」


 エリシアの顔が強張った。


「兄の血ですか」


「それだけではありません」


 俺は刃の根元を見た。


 そこに残る血は、勇者のものと違う反応を示していた。

 聖属性に触れた血。

 近衛騎士が誓約の儀で使う、王国式の血判に近い。


「複数の血がついています」


「兄以外の、誰かの血……」


「おそらく、勇者様が最後に人間と刃を交えた証拠です」


 エリシアは聖剣を握ったまま、震えていた。


「兄は、魔王と戦っただけではなかった」


「はい」


「王国の誰かと、戦った」


 その言葉は、静かに礼拝室へ落ちた。


 聖剣がかすかに鳴った。


 まるで、その通りだと言うように。


 俺は父の記録簿から、小さく切り取った白紙を取り出し、刃に残る血の写しを取った。


 血痕の形。

 魔力反応。

 刃の欠け。

 すべて記録する。


 すると、聖剣の柄が再び震えた。


 エリシアが息を呑む。


 剣身に、短い映像が浮かんだ。


 黒花の中庭。

 勇者カイゼルが聖剣を構えている。


 だが、彼の正面にいるのは魔王ではなかった。


 白い手袋。


 震える剣先。


 雨ではなく、黒花の花粉が舞う中で、近衛騎士の声が聞こえた。


 ――カイゼル、戻るな。


 顔は見えない。


 だが、声は確かにレオンだった。


 エリシアの手から、聖剣が滑り落ちそうになる。


 俺は慌てて支えた。


 映像はそこで途切れた。


「レオン卿……」


 エリシアの声は、かすれていた。


「やはり、兄と戦ったのですね」


「まだ最後までは見えていません」


 俺は言った。


 だが、俺自身もわかっていた。


 疑いは、もうほとんど確信に変わっている。


 レオンは勇者と対峙した。

 勇者は魔王ではなく、人間と戦った。

 聖剣は、その血を覚えている。


 そして、聖剣はその血を拒んでいた。


「ニム」


 俺は魔族の子どもを見た。


「この剣を、王都へ持っていってもいいか」


 ニムは不安そうに黒花の奥を見た。


「魔王様は、勇者のものは勇者の友だちに返すって言ってた」


「俺たちは友だちではありません」


 そう言うと、エリシアが首を横に振った。


「兄は、あなたに頼みました。ノアさんに、自分の死を調べてくれと」


 彼女は聖剣を俺へ差し出した。


「なら、今この剣を持つべきなのは、あなたです」


「俺は剣を振れません」


「振るためではありません」


 エリシアはまっすぐ俺を見た。


「証言させるためです」


 聖剣を証言させる。


 葬儀屋の俺が、剣を武器ではなく死者の記録として持ち帰る。


 それは奇妙な話だった。


 だが、今の俺たちには必要だった。


 俺は聖剣を布で包んだ。


 その瞬間、剣がかすかに熱を帯びる。


 拒まれてはいない。


 おそらく俺が勇者ではないからだ。

 この剣を使おうとしていないからだ。


 ただ、記録として扱おうとしているから、黙っている。


 俺たちは礼拝室を出た。


 黒花の中庭に戻ると、空が少し明るくなっていた。


 王都では、国葬の朝を迎えている頃だ。


 エリシアが魔王城を振り返る。


「兄はここで、何を守ろうとしたのでしょう」


「魔王領の真実かもしれません」


「それだけでしょうか」


 彼女の視線は、壁に刻まれた死者の名へ向いていた。


 人間も魔族も、同じ石に刻まれている。


「兄は、死者の名を消さない場所を守ろうとしたのかもしれません」


 俺は頷いた。


 王国は死者を物語にする。

 魔王城は死者を名前で残す。


 勇者がどちらを選んだのかは、もう明らかだった。


 その時、聖剣を包んだ布の内側で、再び刃が震えた。


 俺は足を止める。


 布の隙間から、赤い光が漏れていた。


 エリシアが息を呑む。


「どうしたのですか」


「何かに反応しています」


 俺は聖剣を取り出した。


 剣先が、王都の方角を示している。


 いや、正確には王都ではない。


 そのさらに手前。


 廃砦の転移陣の方角だ。


 誰かが近づいている。


 聖剣に残った血と、同じ血を持つ者。


 黒花の向こうで、鎧の音がした。


 規則正しい足音。


 白い手袋。


 雨に濡れた黒い外套。


 近衛騎士レオンが、魔王城の門に立っていた。


 彼は俺たちの手元にある聖剣を見て、顔色を変えた。


「それを持ち出すな」


 声は鋭かった。


 だが、その奥には恐怖があった。


 エリシアが聖剣を見せるように一歩前へ出た。


「この剣は、兄の血だけを覚えているわけではありません」


 レオンの右手が震えた。


「やめろ」


「兄は、最後に人間と戦ったのですね」


「やめろ」


「その相手は、あなたですか」


 黒花が風もないのに揺れた。


 レオンは答えなかった。


 だが、聖剣が赤く震えた。


 まるで、その沈黙を拒むように。


 俺はその光を見つめながら、記録紙に新たな一文を書いた。


『聖剣に人間の血の反応あり。魔王の血痕なし。近衛騎士レオン接近時、聖剣が強く反応』


 聖剣は、魔を拒む剣ではなかった。


 少なくとも今は違う。


 勇者を裏切った人間の血を、拒んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ