第二十四話:王都への帰路
夜明けと同時に、帝都を発った。
半竜人化して空を飛ぶと、帝都の全体が見渡せた。昨日まで戦場だった街が、朝の光の中に静かに沈んでいた。瓦礫の片付けが始まっていた。煙の跡が残っていたが、炎はもうない。
シズクは少し、帝都を見下ろした。「行くわよ」とライオスに言った。「ああ」
2人が、東に向かって飛んだ。
——王都へ向かう空の道——
「シズク」
「なに? ライオス」
「ユリウスに謝ったか」
シズクは少し間を置いた。
「……まだ」
「早めにしろ」
「分かってるわよ」
「分かってるなら、今すぐ通信しろ。今の間に言わないと、王都に戻ったら仕事の話になって言いそびれる」
シズクは少し考えた。
ライオスの言う通りだった。認めたくはないが、正しかった。
通信の筆を取った。
——ユリウス。先に動いて、後ろで整えさせた。ありがとう。そして——ごめんなさい。——シズク
しばらく間があってから、返事が来た。
——王妃が謝るのは珍しい。記念に日付を記録しておきます。それと——お疲れさまでした。——ユリウス
「何て?」
「記念に日付を記録する、だって」
ライオスは少し笑った。
「らしいな」
「全く……」
でも、シズクの口元は緩んでいた。
空の色が、少しずつ変わっていた。帝都の方角が遠くなり、王都の方角が近くなっていた。
「帰ったら、まずソイルに会いに行かなくちゃ」
「俺もそのつもりだ」
「それからユリウスに、直接言う」
「通信で言ったばかりじゃないか」
「通信と直接は、違う。あれは前払い。ちゃんと顔を見て言う」
ライオスは何も言わなかった。
でも、否定もしなかった。
◇◆◇◆◇
——竜の国、王都——
王都が見えてきた瞬間、シズクは息をついた。
帝都とは違う。石造りの重厚さではなく、竜族の建築の独特の曲線が、朝の光に輝いていた。高い尖塔に、竜の国の旗が翻っていた。
城門の前に、ソイルが立っていた。
静かに待っていた。
王都守備隊を従えて、正装で、でも笑顔で。
シズクが最初に降り立った。
「お帰りなさいませ、王妃様」
「ただいま、ソイル」
2人は少し見合った。それからソイルが一歩前に出て、シズクを抱きしめた。正装のまま、守備隊の前で、構わずに。シズクも抱き返した。
「王都は?」
「全部、大丈夫です。暴動の再発なし、各地の駐留兵も正常に機能しています。ユリウスの指示通りに動きました」
「ユリウスの指示通りに?」
「はい。私が守備隊の責任者として判断したことは、ほぼ全部ユリウスが先に手配していました。でも」とソイルは続けた。「全部終わったら、ユリウスが言ってました。ソイルがいてくれたから、安心して動けた、と」
「それは本当のことよ」とシズクは言った。
「貴方がいなければ、私は王都を置いて動けなかった。ありがとう、ソイル」
ソイルは少し目を細めた。
「シズクたちが帰ってきてくれたから、よかった」
「帰ってきたわよ。全員、無事に」
城門を入ってすぐ、ソイルがノアとリベルの前に立ちはだかった。
シズクへの挨拶が終わった直後だった。にこにこした顔のまま、2人を真正面から見た。
「ちょっと待って。聞いたわよ、ノア」
「な、何を?」
「ユニゾンブレス。最後、五元から六元になったって」
「……聞いてたか」
「ウィンドラから全部報告が来てるもの」とソイルは言った。笑顔のまま、声だけが低かった。「シズク、マリン、リベル、アルテミス、ミスティ、ノア——六元でしょ。あれれー、私、入ってないわよね?」
「ソイルは王都の守備が——」とノアが言いかけた。
「それは分かってる」とソイルはすかさず口をはさんだ。
「分かってるけど。悔しくない? 私が悔しくないほうがおかしくない?」
リベルが少し後退した。
「まぁ、その、緊急事態だったので……」
「緊急事態なのは分かってる」とソイルはもう一度言った。
「でも私のポジション、コントラバスよ。大地の低音。私がいたら和音がもっと豊かになってたはずじゃない?」
「それは……否定できない」
「でしょ! しかも私、この中で一番年上よ。シズクたちより1つ上。なのに留守番!」
リベルが小声でノアに耳打ちした。
「年齢まで出てきた……」
「土の竜族は根に持つのよ」とノアも小声で返した。
「テラ様もそういうところがあった」
「聞こえてる」とソイルは言った。にこにこしたまま。
2人が固まった。
シズクが横から言った。
「ソイル」
「はい」
ソイルはシズクの方を向いた。
普通の笑顔に戻っていた。
「次は一緒にやりましょう。絶対に」
ソイルは少し間を置いた。それから、また笑顔になった。今度は本物の笑顔だった。
「……約束ですよ」
「約束する」
リベルがこっそりノアに耳打ちした。「コントラバスがいたら、もっとすごかったのかな」
「間違いなく」とノアは言った。「でも今回は仕方なかったよね……」
「ソイル姉様には言わないほうがいいよね、それ」
「絶対に言わなくていい」
◇◆◇◆◇
王宮に戻ってすぐ、土の皇子グラウンドがシズクたちの前に現れた。
旅の埃が服についていた。大きな荷物を背負っていた。
疲れているはずなのに、目が輝いていた。この男は、いつもそうだ。
「お帰りなさい、シズク姉様」とグラウンド。「帝都でのこと、すごかったらしいですね。聞きましたよ。あ、帰り道に辺境の名物を食べてきたんですが、これが絶品で——」
「報告が先よ」とシズクがバッサリと切った。
こうしないとマイペースな彼に付き合わされて、いつまでたっても本題に入れないのだ。
「あ、はい」
グラウンドは荷物から書類を取り出した。
大きな世界地図だ。
そのうえに赤い線と青い線が複雑に交差していた。
「前回の報告で、マナの枯渇は地脈の再編——偏在だと言いました。自然現象ではなく、人為的な操作の可能性がある、と」
「覚えてるわ」
「帝都近郊の地脈を調べたところ、偏在のパターンがより鮮明になっていました」
「なるほど、続けて」
「はい、そしてもう一つ——偏在の中心点が、複数ある。1か所から操作しているのではなく、複数の拠点から同時に操作されている可能性があります」
シズクは地図を見た。赤い点が4か所ある。帝都周辺に1か所。辺境に2か所。そして——
「もう1か所は?」
「竜の国の南端です」
グラウンドの声が少し低くなった。
「国内に、何かある」
部屋が静かになった。ユリウスが書類から顔を上げた。シリウスが地図に視線を落とした。ライオスが腕を組んだ。
「ヴェルダン卿が何かを知っているようだったわ」とシズクは言った。「帝国の法廷で話させる手はずになっている。でも——それより先に、この南端の場所を調べる必要がありそうね」
「俺、行ってきましょうか?」とグラウンドは言った。あっさりと。
「危ないかもしれないわよ」
「いやぁ、でも美味しいものが食べられるかもしれないし」
シズクはグラウンドを見た。ソイルの弟だ。土の竜族で、地質学者で、大食漢で、諸国漫遊が本業のような男だ。でも——この男の調査がなければ、今回の件は全体像が見えなかった。
「分かった。でも1人では行かないで。護衛をつける」
「護衛より、美味しいものを知っている案内人の方がいいです」
「ああ、もう。護衛と美味しいものを知っている案内人を、両方つける」
「最高ですね」とグラウンドは言った。満足そうだった。
「ユリウス、手配して」
「かしこまりました」
ユリウスはすでに筆を動かしていた。
シズクは地図をもう一度見た。
4か所の赤い点。竜の国の南端。
まだ、終わっていない。でも——今日は、その話はここまでにしよう。
「グラウンド」
「はい」
「夕食、一緒に食べましょう。王都で一番美味しいものを用意させるわ」
グラウンドの目が輝いた。
「本当ですか! では事前にリクエストをいいですか。辺境で食べられなかったものがいくつかあって——」
「後で聞く」とシズクは言った。
「今はまず、自分の部屋に戻って着替えをしたいわ」
「あ、はい。お疲れさまでした」
シズクは立ち上がった。廊下を歩いた。王宮の廊下は、いつもと変わらなかった。石の壁、窓から差し込む光、遠くから聞こえる兵士たちの声。
帰ってきた。
シズクは少し立ち止まって、廊下の窓から外を見た。王都の景色が広がっていた。ここが、自分の場所だ。
マナの問題は、まだ残っている。ヴェルダン卿は何かを知っている。南端に何かがある。グラウンドがそれを追う。
でも——今日は帰ってきた。それでいい。
窓から離れて、また歩き始めた。
自分の部屋への廊下を、シズクは久しぶりに歩いたのだった。
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