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第二十二話:夜明けの清算

 ——帝都、臨時指揮所——


 夜が明けた。


 帝都の空が、完全に青くなっていた。戦いの痕跡がそこかしこに残っていたが、炎は収まり、魔獣の咆哮は聞こえなくなっていた。竜の精鋭と帝国軍が各地の制圧を続けていたが、もう大きな戦闘はない。


 シズクは臨時指揮所の窓から帝都を見渡した。


「ルナリス」


「はい」と闇の天将が影から答えた。


「教団の指揮系統は完全に沈黙しています。幹部の大半は昨夜のうちに拘束しました。逃亡した者が数名いますが、追跡中です」

「ヴェルダン卿は?」

「テラナ部隊が屋敷の外壁を崩した際に、地下室で発見しました。抵抗はありませんでした」


 そうだろう、とシズクは思った。指揮系統が断たれ、魔獣が鎮められ、反乱軍が孤立した今、抵抗できる状況ではない。


「ウィンドラ」


「はい」とウィンドラが飛んできた。


「辺境の反乱貴族、12名中9名が降伏を申し出ています。残り3名は逃亡中ですが、ゼファー様の流通網で行き先を把握しています」

「通商連合はどう?」

「主要商会の代表が帝国に出頭しました。アクアリーヌ部隊に補給路を完全に凍らせられた後、持ちこたえる手段がなくなったようです」


 シズクは少し息をついた。作戦は成功した。でも——成功したからといって、終わりではない。この後の処理の方が、むしろ長くかかる。


「ユリウス」


「はい、女王様」とユリウスが書類の山の向こうから顔を上げた。指揮所の端に設置された机が、すでに書類で埋まっていた。いつの間に用意したのか、シズクには分からなかった。


「帝国側との手続きはどうなってるの?」

「レオナルド陛下との共同作戦協定の文書化が今朝から始まっています。ヴェルダン卿の身柄については、帝国の法で裁くという方向で話が進んでいます」

「それでいいわ。帝国の問題は帝国が解決する。私たちは協力したまでよ」

「賢明な判断です。あと、その言葉、そのまま文書に使わせていただきます」

「……好きにして」


 ユリウスはすでに筆を動かしていた。



 ◇◆◇◆◇



 ヴェルダン卿が連行されてきたのは、昼前だった。


 帝国の衛兵に両脇を抱えられ、かつて帝都で権勢を誇っていた男が、臨時指揮所に引き立てられてきた。服が汚れていた。テラナが壁を崩した時の粉塵が、まだ白く残っていた。


 シズクは椅子に座ったまま、ヴェルダン卿を見た。男は最初、視線を床に落としていた。でも——シズクが何も言わずにいると、やがて顔を上げた。


「竜の……王妃か」

「そうよ」

「随分と若いな」


「随分と甘い計算をしていたのね」とシズクはヴェルダンの言葉を無視して言った。声は静かだった。


「竜の国が動くのに、数日かかると思っていたのかしら?」


 ヴェルダン卿は答えなかった。


「竜族が半竜人化して飛べば、帝都まで半日もかからない。そういう基本的なことを知らなかったのか、知っていても実感できなかったのか——どちらにしても、致命的な見落としだった。しょせんはトカゲ、と思っていたのかもしれないけれど……」


 男の目が、わずかに動いた。


「我々は、世界を正しい方向に導こうとしていた」

「……正しい方向、ね」とシズクは繰り返した。


「マナが枯渇しているのは竜のせいだと。でも——グラウンドの調査によれば、マナの枯渇は自然現象ではなく、地脈の人為的な操作による可能性がある。誰かが意図的にやっていた。その誰かが、貴方たちではないとは言い切れない」


 ヴェルダン卿の顔が、わずかに動いた。シズクはそれを見逃さなかった。


「後で詳しく聞かせてもらうわ。帝国の法廷で会いましょう」


 衛兵がヴェルダン卿を退場させた。扉が閉まった。


「マナの操作について、何か知っている顔でしたね」とルナリスが影から静かに言った。

「そう見えた。でも今は焦らない。帝国の法廷で全部話させる。それが一番確実よ」



 ◇◆◇◆◇



 レオナルドとの会談は、午後に行われた。


 皇宮の小会議室に、レオナルドとイゾルデ、シズクとライオスが集まった。改まった場だったが、レオナルドは最初に立ち上がって言った。


「今回の件、竜の国に多大な迷惑をかけた。祭典の強行は、私の判断の誤りだった」


 ライオスが何か言おうとした。シズクが先に言った。


「帝国が屈しないという意思を示す必要があったことは、理解しています。ただ——次からは事前に相談してください」

「……肝に銘じる」


 イゾルデが少し口元を緩めた。


「次はない、と私は願いたいですが……」

「同意見です」


 レオナルドは少し間を置いてから言った。


「マリン皇妃が捕縛された時、レオンが傷を負ったまま私の前に立った。陣頭指揮を請うた。その時の息子の顔を見て——私はこの子がいれば帝国は大丈夫だと思った。同時に、その妻を護れなかった自分の判断を、恥じた」

「レオン様はよく戦われました」

「当然のことです。それと、マリン皇妃に、あなたから礼を伝えてほしい。あの方は、帝国の皇妃として、完璧に振る舞った」


 シズクはレオナルドを見た。皇帝として謝罪の言葉は出せない男が、息子の嫁を褒める言葉でそれを伝えようとしていた。


「陛下」

「なんだ?」

「それは、私ではなくご自分でマリンに伝えてください。マリンはもうレオン様の妻で、貴方の娘なのですから」


 レオナルドは少し間を置いた。それから、静かに頷いた。


「……そうだな」


 イゾルデがシズクを見た。その目に、温かいものが宿っていた。「アクア様の娘ですから」という言葉は、今日は言わなかった。でも、その目が言っていた。



 ◇◆◇◆◇



 夕方、シズクは帝都の城壁の上に立っていた。


 西の地平線が、朱く染まっていた。今朝、6色の光が溶けていった場所だ。もう何もない。ただの地平線だった。


「シズク」


 ライオスが来た。隣に立った。


「ユリウスが言ってた」とライオスは言った。


「マナ操作の件は、まだ解決していないって」

「そう。ヴェルダン卿が何か知っている。でも今回の叛乱とは別の、もっと大きな何かが動いている可能性がある。グラウンドの調査を続けてもらう必要がある」

「またやっかいなことが残ったな」

「そうね。でも——今夜はそれより先に、帰りたい」


 ライオスが少し驚いた顔をした。「帰る?」


「王都に。ソイルが待ってる。ちゃんとお礼を言いに行かないと。あとユリウスにも」

「それだけか」

「それだけじゃない」とシズクは言った。


「帰って、ちゃんと眠りたい。自分の寝台で。貴方の隣で」


 ライオスは何も言わなかった。でも、シズクの肩に手を置いた。




 しばらく、2人で西の空を見ていた。


「ねーねー」

「……なんだ?」

「私、頑張ったよね?」


 ライオスは少し固まった。それから、ゆっくりと周囲を見渡した。城壁の上には、今は2人しかいない。それを確認してから、ぶっきらぼうに言った。


「……頑張ったよ。さすが俺の妻だ」


 それから、シズクの頭に手を置いて、額に口をつけた。


 シズクは何も言わなかった。でも、少しだけライオスに寄りかかった。


「明日の朝、出発しましょう」とシズクは言った。


「マリンのことは、レオンに任せておけばいい。あの2人なら、大丈夫だから」

「……ああ」


 城壁の下から、帝都の夜が始まろうとしていた。明かりが灯り、人々の声が聞こえてきた。昨夜あれだけの戦いがあったのに、街は生きていた。人々は夜を迎えていた。


 それでいい、とシズクは思った。これが護りたかったものだ。


 西の空の最後の朱が、地平線の向こうに沈んでいった。


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