十章:そして物語は終盤へ01
「ふっはははははははは! そんなバカみたいに剣を振り回しただけの打撃攻撃など、この僕にはそう、この僕には通用しませんよ……!」
カインからの攻撃をヒラリとかわし宙でふわりと飛ぶカボチャ。
「くっそおー飛ぶなんてずりぃぞ降りて来い!」
カインが剣を振り下ろした大理石の床は木端微塵に砕け散っている。
「バカか貴様、いやバカだったな誰が降りろと言われて降りるか!」
カボチャは腰を逸らしてワッハッハッハヒィッハッハと本物の悪役も顔負けの高笑い。
すると頭上からカボチャの顔面めがけ大剣が降って来た。
「どわあああ!?」
油断していたカボチャのマントに突き刺さる。
そのまま床めがけ真っ逆さまに落ちカボチャは大理石の床に縫い付けられてしまった。
「どうだ、俺は飛べないけど剣なら投げ飛ばせるんだぜ」
勝ち誇った顔でカインは大剣の柄を握り、床へと抑えつける。
せっかく捕まえた敵を逃さないように、しかし取り押さえた相手を見てギョッとした。
「お、お前……誰だ?」
床に落ちた衝撃でずっとカボチャが被っていたパンプキンの被り物にヒビが走り、パカリと割れたのだ。
「いっててて、よくも――!?」
露わになったその顔は……。
「こ、子供?」
髪の先を一つに束ねた真っ黒な長い髪、大きな赤い瞳、愛らしい幼い顔。カインとさほど変わらない背丈。
「…………」
「え、嘘お前、足、腕、体!? 身体がある!?」
今まで確かに見えていなかった筈のカボチャの身体。
被り物を外した瞬間はっきりとした形で現れ、そして次の瞬間にカボチャは姿を消した。
「よくも、よくも僕の素顔を……こうなったら奥の手です」
慌てて声がした方に身構えれば、玉座の前にその姿があった。
大股に開いた子供らしい短い足、カボチャは片手で自身の顔を隠すように鷲掴み。
カインをぎろりと刺すような視線で睨む。
もう片方の手には〝あの本〟を持っていた。
どこからともなく煙幕が辺りに立ち込め、カボチャの姿を隠していく。
「なんだこれ、逃げる気か!?」
煙を吸わないように口元を押さえて声を張る。
「これは一種の術ですよ。君が大好きな〝魔王討伐日誌〟この本から〝魔王〟を呼び出す」
「な、なんだって!?」
ちなみに様子を見ていた魔王も思わず「なんだって!?」と声に出したが奇跡的に二人は気付かない。
「さあ出でよ。物語の魔王サタンよ!」
開いた本のページから眩しい閃光が辺りを覆い尽くす。
「わっ!」
「ふあっはっはっはー、どうです恐れおののきましたか!?」
「見えねーよ」
「え、あれ? ちょっと待って下さい」
カボチャが慌てて本のページを閉じると、辺りはゆっくりともとの景色を取り戻し、魔王の玉座の前にはそれこそ魔王らしい禍々しく恐ろしく真っ黒で強そうな、それ以外説明しようのない魔王がいた。
カインが魔王討伐日誌という本で見た、魔王そのまんまの男、サタンは身動き一つとらずただじっと黙っている。
それにしてもあんなに大きいんじゃ椅子にも座れないよなぁと、カインが思っているとカボチャが偉そうにサタンの肩を叩く。
「さぁ行けサタンよ、目の前の勇者を倒すのです!」
その瞬間、カボチャの身体がくの字に歪み吹っ飛んだ。
ドゴオオオと凄まじい衝撃音と共に城壁が大きく凹む。
「……カボ、チャ?」
壁の中心にめり込むその姿にカインは言葉を失った。
◇◇◇
「――どうなっているんだ?」
物陰から見守るこの城の本物の主は、同じく隠れて一部始終を見ていた腹心へ問いを投げかけた。
「おそらくカボチャの幻術でしょう」
「そうか、幻か。それなら何故」
「彼の凄さはその魔力の強さと膨大さです。ただの幻も術が発動すれば、もはやそれは幻ではなく具現化したものに等しい」
「つまり実在せざる者が今誕生し、幻ではない攻撃をしかけたと言う事か」
「えぇ、左様です。そして、カボチャの力のもっとも恐ろしいところは、強く膨大な魔力ゆえに」
その言葉の先を魔王は既に知っている。
「うまく制御出来ない」
魔王は気を失って動かなくなっているカボチャに目を向ける。
すると聞き慣れぬ声が辺りに響いた。
「勇者だと……?」
それは地獄から這い上がって来たような野太い声。
先程までとは違う緊張が、辺りに走る。
「我の知る勇者とは随分違う……お前は誰だ小僧、ここは何処だ?」
カインは油断なく大剣を構え直す。
「……俺はカイン、ここはアケドラルって世界の魔王の城だぜ。アンタはそこにある本の中から出て来たんだよ」
「本だと?」
そう言って床に転がるそれにサタンは気付くと、持ち上げた。
「それより答えろよ。なんでカボチャを」
「三下が我に指図をしたからだ」
「確かにそれは俺もちょっと思ったけど。だからって、だからって酷いじゃんか。死んじまったらどうすんだよ!」
「ふ、ふははは……おかしな事を言うな小僧。虫が一匹死んだところで我の知ったことではない」
「なっ!」
「それより今すぐ我を元の場所へ戻せ、見ろ。勇者との最終決戦に我がいないから先の物語がどんどん変わってゆく。ええいおのれ勇者アスタ、その持ち前の誠実さと包容力で我の手下共までもを手玉に取り仲良しこよしで国の再建をしようと……くっ羨ま否、許せん! 貴様の好きにはさせんぞアスタああ!」
怒りを露わに見開く本をミシミシと音が鳴るほど強く握りしめるサタン。
正直ちょっと可哀想な気もするが、それよりカインはカボチャへ駆け寄ろうとした。
するとサタンがとうとうプッツンとキレた。
「えぇい早く戻さぬかーー!」
灼熱の闇の炎が渦を巻いてカインへ一直線に走る。
「カインーー!」
叫びと共に目の前に子供の背が、
「カボチャ!?」
ボロボロの姿でカインを背に庇い、その長い黒髪を爆風で乱れさせ防御壁を展開する。
「これは僕の責任です! けどもう僕にも術の解き方が分からない! アイツの戻し方も!」
「な、なんだよそれ!?」
「なんとかして僕がアイツを倒す! お前は下がっていろ!」
「でもそんな、そんな事出来るのかよ」
「出来る出来ないじゃない、やるんですよ! 大人はね。自分の責任は自分でとるんです!」
そう言うカボチャの服が朱色に染まっていく。
「か、カボチャ……なんか赤い、赤いよ?」
手を伸ばして触ると、カインの手までも真っ赤にさせた。
背中がザックリと裂け、瓦礫が刺さっている。
「カボチャ、カボチャ、さっきの、怪我してんじゃん……嫌だ、ダメだ、やめてよ」
不気味で禍々しい炎は衰える事なくカイン達を消し炭にしようと勢いを増す。
カボチャが苦しそうに唸った。
禍々しく、そして呼吸が出来ない程熱い、襲い来る炎がどんどん二人を蝕む。
「俺が、俺が頑張るから……もうやめてくれよ」
けれど大剣を掴むその手はガタガタと震え、力が入らない。
カボチャの脇腹から服へと血が滲み、どんどん自身を赤く染めていく。
「……カイン、もういい加減、勇者ごっこも満足しただろう。大丈夫僕は強い、魔王退治は任せなさい」
穏やかな声でカボチャが綺麗に微笑む。
「違う……違う!」
初めて会った時からいつも怒ってばかりいたカボチャが、今初めて本当に微笑んだ。
口煩いし、短気だし、でもいつもなんだかんだ助けてくれて、心配してくれて、探してくれて、守ってくれて、見つけてくれて、話を聞いてくれて、我が儘に付き合ってくれて、本当は優しい。
とっても優しい。
だけどいつも怒らせてしまうから、眉間にしわを寄せた顔しか知らなくて。
「それなのに、なんで今、そんな優しい顔するんだよ!」
(確かに俺は魔王の元を目指してた。魔王を倒すんだって、でも!)
「ええい小賢しいガキがああああ!!」
「黙れ、幻影風情がああああ!」
(俺はこんなの求めてない、俺がここに来たのは、俺がここまで来たのは……!)
カインの脳裏に一人の男が過ぎる。
「お前は、お前なんか」
大剣を握り直しサタンに向かって一直線に
「俺が会いたい魔王なんかじゃなあああい!」
飛び出した。
「――そこまでだ」
ピシャリと、低い声が響く。
「……え?」
一瞬にして音が消えた。
カインの身体が剣を振り上げ、その場から勢い良く飛び出した状態のまま止まった。
カインだけではない。
サタンが放っていた闇の炎もカボチャも何もかも、まるで時が止まったかのようにその場で固まっていた。
「全く、カボチャもカボチャだが、お前もお前だ」
凶悪な形相でこちらを睨んだまま固まるサタンとカインとの間に、誰かが姿を現す。
そしてカインを見て困ったように苦笑した。
「あ、あっ……!」
それはカインが幼い頃に見た真っ黒なローブ姿とは少し違ったが、確かにその雰囲気、存在感に覚えがある。
何よりあの頃顔を隠すように深く被ったフードの下から、確かに見えた顔の右側にある痣、そして困ったように笑う面立ちと目の前の存在が重なる。
「まおう」
カインがずっと会いたかった、その人だ。
「どうだ、魔王退治はもう満足したか? それとも余を倒してみるか?」
魔王はカインに近づくと頭に手をポンッとのせて、そのまま髪をくしゃりと撫でる。
「っ……」
「どうした。お前の口はきけるようにしている筈だが?」
するとカインの目尻に涙が浮かぶ。
「おいおい何を泣くことがある」
「だってぇ、だってよぉ。つかこれなんだよぉ全然動かねぇんだけど」
恐怖と安堵と再会の嬉しさと、色んなモノがごちゃまぜで、感情の処理能力を失った涙腺から、壊れたようにボロボロと涙をこぼす。
「そうだな動かなくて当然だ。時を止めたのだから」
「時を止めた?」
「あぁ余には時を止める力がある。まぁあまり使う機会がないのだが、今回ばかりはこれが得意で良かったと思うことはないな」
「でも俺喋れるし、涙も出んだけど?」
「お前とは少し話をする必要があると思ったからな。お前の一部の時間を止めていない」
すると魔王は床に落ちていた本へと手を伸ばす。
「魔王討伐日誌か……確かに物語の内容が変わっているようだ」
中身をペラペラと捲り、閉じると表紙についていた埃を払う。
「どうすんの?」
「こうする」
魔王はサタンの前で本のとあるページを開いた。
するとサタンの身体が見る見るうちに本の中へと吸い込まれていく。
「えぇ!? どうなってんの!?」
「こうなっている」
カインの元へと戻った魔王が開かれたページを見せた。するとそこには確かにさっきまでそこにいたはずのサタンが挿絵に描かれている。
「うそ!?」
「この本の時間だけを戻した。見てみろ物語が元に戻ってゆくのが分かるだろう」
ペラペラと本のページがひとりでに捲られていく。そしてそのページの文章、挿絵がどんどんカインが知っている物語へと戻っていった。
「す、すげぇ」
「部下のしでかした事は余の責任でもある。実在しない人物とはいえこの者には悪い事をした」
本はとうとう最初のページに辿り着き、その表紙を見せた。もう本がひとりでに開く事はない。
「さて、今のうちに余と話す事はないか?」
「こんな格好で言うのすっごい間抜けで嫌なんだけど」
「なるほどそれもそうか」
その瞬間、急に身体が動き出す。
「え、うわ!?」
その場を飛び出した勢いのまま、カインが持つ大剣が勢いよく魔王の横に落ちた。
凄まじい衝撃音とともに地面が抉れる。全ての時間が動き出したのだ。
「馬鹿力だな」
飛んで来た破片を服からはらいながら、何事もなかったかのように魔王は呟く。
「ま、魔王さ、ま!?」
するとカインの後ろから心底驚き裏返った甲高い声が。
「何故ここに? まだお戻りにならない筈では??」
状況を呑み込めていないカボチャは目を白黒とさせる。
そして無残にも変わり果てた謁見の間に気付き、顔色を青くした。
「も、申し訳ございません! このカボチャ死を持って償います!!」
「必要ない。この程度すぐ余が直し……っ?」
油断している魔王の隙をついてカインが斬りかかる。だが軽く躱されもう一度魔王に斬りかかった。
「あーおい、コラ、まだやる気なのか?」
「逃げるなよ!」
「お前はいったい何がしたいんだ」
魔王はひょいひょいっと軽く避けていく。
「こらカイン魔王さまに何してくれてるんですか!」
「カボチャ、気持ちは分からなくもないですが、少し大人しく治療を受けて下さい。でないとわざと痛くしますよ」
「え゛?」
そんなシュケルとカボチャのやりとりと悲鳴が聞こえたが、今は聞かなかった事にしよう。
「お前なんで現れなかったんだよ!」
ブンッと大剣が魔王の顔をかすめた。
「あれから一度も、どうして!」
カインは大きく大剣を振り落とす。
その攻撃を避けた魔王は、ため息をこぼすと大剣を魔力で地面に縫い付けた。
「あ~バカバカなんかしただろ!」
急に持ち上がらなくなった剣を引っ張りながらカインは喚く。
「バカはどっちだ、付き合ってられん」
魔王がそう言うとムッと頬を膨らませた。
「だってしょーがねーじゃん! また会えると思ってたのに! いつもみたいに近くにいると思ってたのに!」
カインの言葉がキンキンと辺りに響く。
そして水を打ったように静かになった。
「俺、アンタにあの日助けて貰ったのに、ありがとうって言ってなかった」
カインはぽつりと話す。
「それに俺を拾ってあそこに預けてくれたのもアンタだろ? そのお礼だってしてない。だから……」
次に魔王に会ったらお礼を言うんだって決めていた。それなのに待っても待ってもそんな日は訪れない。
どうしてもちゃんと会って自分の口から伝えたくて、だから紙ヒコーキに書こうとは思わなかったし、もう来ないのかと聞くのも何か負けた気がして嫌だった。
そんな時思い出した。あの〝本〟を――勇者を目指せば魔王に会えるかも知れない。
そんな単純な思いつき。
ついでになんかムカつくから大剣で一発殴ってやろう。
そうただそれだけ。本当にただそれだけだ。
それだけの為にわざわざここに来た。
一瞬剣が軽くなり、咄嗟に持ち上げる。
「魔王のバカヤロウ! 助けてくれてありがとう! いっつもありがとう!」
飛び上がり思いっきり振りかぶる。
「魔王さま!」
カボチャが叫んだ。だが――
「あーうん。お前が言わんとする事はなんとなく分かった。分かったような気がするが……」
カインの剣は魔王にやすやすと止められている。
「これでは恩を仇で返しているぞ」
「ちげーもん」
「いいや違わない」
「違う」
「あのなぁ」
魔王が呆れる。かと思うと今気付いたという顔をする。
「なんだ、随分大きくなったな」
するとカインは嬉しそうに「あったり前だろ!」と胸を張り、もはや大剣などどうでもよくなってその場に放り投げた。
「俺今年で十五だぜ? 来年からは立派な大人の仲間入りだ! アンタ程はないけどもうあの頃のチビじゃないよ」
「もうそうなるか。早いものだな」
「うんだからもう一つ言いたい事があって」
「なんだ?」
「結婚してください」
「断る」
突然の告白に、流れるような即答。
「……いやいやいやいやいや、ちょっと待ってください!? え、ちょっとシュケル。僕の耳がおかしいんですかそうなんですか?? この際シュケルでいいです! どうなんですかシュケルうう!?」
カボチャは目をぐるぐると回してシュケルの胸ぐらを掴みブンブンゆする。
「フフフ、どうして私に聞くんです? あちらに聞いた方が早いでしょうに」
「聞けるもんなら聞いてますよ! でもそれが出来ないからお前なんかに聞いてるんだろうが!」
「そうですかじゃあ教えて差し上げますよ。私が聞いた限りでは」
「やっぱり言わなくていい!!」
「おやおやそれは残念」
混乱するカボチャ、いつものように笑うシュケル。そして爆弾発言をしたカインと、間髪容れずに断った魔王。
そんな収拾のつかない状況の中、一人の男の声が木霊した。
「いやぁ実に残念だよ。僕の出番がまるでなかった」
そして
「カインくんおめでとう。魔王の城までちゃんと辿り着けたのね」
優しい女性の声。
その聞き覚えのある二人の声にカインは思わず叫ぶ。
「せっ先輩にマリアさん!?」




