九章:おいでませ魔王城
さて、再び一人になってしまった勇者、もといカインは、いつまでも突っ立っている訳にもいかず、カボチャに言われた通り素直に真っ直ぐ真っ直ぐ前進していた。
そりゃもう真っ直ぐ。
すると城の庭だろうか、見事なまでの花園に出た。
「はーすっげーなー! なんて花だろう? こんなんあっちじゃ見たことねーや」
色とりどりの花々を眺めながらやっぱり言われた通り前進していると、案の定、城の壁にぶつかった。
「うん。正面って何処だよ」
あっちを見てもこっちを見ても、城壁が続くだけでそれらしい出入口は見当たらない。
「カボチャの嘘つき、真っ直ぐって言ったじゃんか」
いや真っ直ぐの意味が違う。
カボチャだってまさか本当に真っ直ぐ来るとは思っていなかっただろう。
カインは頬を膨らませてプンプン怒り、ふとすぐ横に生える樹が城壁のそれなりに上にある回廊の窓まで伸びている事に気付いた。
「あっなるほど、だから真っ直ぐか!」
そう思ったカインはさっそく木を登り出した。
「うおりゃあーーー!」
と思いきや駆け上がり出す。
「とう!」
枝を渡り、勢いに任せて窓に向かって飛んだ。
「え?」
「え?」
誰もいないと思われた回廊には一人の少女が。
「う、うわあーー!」
「きゃあーー!」
ドッカーン、ゴチン! と音をたて、ものの見事にその少女を巻き込み、それでも壁に頭をぶつけるのはカインだけで済んだ。
「い、てててて」
「っう」
起き上がると、自分の上に倒れていた少女がカインの膝へとずり落ちる。
「ごめん! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫。あなたこそ」
少女が頭を押さえながらも起き上がると、その亜麻色の大きな瞳と目が合った。
カインを見て小首を傾げ、ふわりとしたその長い亜麻色の髪が肩を滑り落ちる。
可愛い子だな、と思ったところで、これはマズイとカインに緊張が走る。
今の自分はどう見たって侵入者で、この娘が一度悲鳴を上げれば城の者が総出でやってくるかもしれないのだ。出来ればそれは避けたい。
「お、おおおれは怪しい者では!」
慌てて言い訳をするその姿が更に怪しさを駆り立てる。
すると少女は小鳥が鳴くような声で愛くるしく笑い、そして自身の唇に指を立て「しー」と言う。
「あなたもここに誰かを探して来たのね」
「え?」
ふと、目線を落とすと少女の胸にキラリと光る物が。
「あ、魔晶石!」
「え?」
それはカインが首から下げている物とそっくりだった。
違うのは少女はそれをブローチにしている事と、その色と形か。彼女の石は紫色に透き通っている。
「あ、これね。お父様から貰った物なの。これがあれば邪気の中でも大丈夫なんですって、パパとお揃いなのよ」
「え、お父様とパパ?」
(なんでわざわざ言い分けたんだ?…… まさか、二人いる?)
「こっちはね。ママがくれたのよ」
と言って、耳につけた白い魔晶石で出来たイヤリングを指さす。
「お守りなんですって、ママったら凄く心配性なの」
(ま、ママは一人なのか?)
なんだか訳がわからなくなってきた。
「て、いうか君も人間?」
邪気がどうのこうの言うということは、そうとしか考えられない。まさかこんな所で同じ人間に会うとは。
すると少女はキョトンとした顔で目をぱちくりとさせた。
「そっか。あなた魔族領に来るのは初めてなのね。といっても私もこの国に来るのは初めてなんだけど」
「うん。うん?」
「大丈夫、そのうち違いが一目で分かるようになるわ」
そういってカインの両手をしっかりと握り返し、二人は立ち上がった。
「貴方〝クー〟を見ていない?」
「……クー?」
聞いた事のない名前に今度はカインが首を傾げた。
「そう、赤いリボンをした竜の男の子なの。一緒に来たんだけど気付いたらいなくなっちゃって、クーったらどこ行っちゃったのかな」
探しに行かなくちゃと少女は膝丈のドレスを翻し、パタパタと走り出す。かと思うと立ち止まりこっちを振り向いた。
「貴方の探してる人も、早く見つかるといいわね」
そう言って微笑むと、今度こそ行ってしまった。
「……なんか、不思議な子だったなぁ」
そう、カインが呟いた時だ。
後ろから物凄い勢いの風が吹き荒れカインの身体は一回転。
そして元の位置に戻った時、カインの前方には先程までいなかった筈の誰かの背中が……。
「あれ、おかしいな。確かにこっちの方から声がしたと思ったんだけど、はぁ……。早く彼女を連れて帰らないと」
キョロキョロと焦ったように辺りを見回す男。歳は多分カインより二つか三つ上か。
そんな事より目に留まったのは彼のポニーテールだ。黒いその髪を赤いリボンで結んでいる。
と思うとまた強い風が吹いて、彼の姿は見えなくなった。
「ええ?」
な、なんだったんだとカインはしばらくその場に固まった。
◇◇◇
一方、その頃のカボチャはと言うと。
「ええい、遅い。いくらなんでも遅いぞ!」
城の正面にカインが現れるのを今か今かと待っていた。
「せっかく、準備万端で待っているというのに、何処をほっつき歩いているんだあの小僧は」
イライラと貧乏揺すりをしていると(する足は見えないが)カボチャの部下が慌ただしく駆け込んだ。
「た、大変ですカボチャ様!」
「なんですか、今僕は忙しいんですけどね」
「城の南側から侵入者が!」
「なに!?」
(てっきり真正面から来るとばかり思っていたが)
「フン、カインにしては考えましたね」
いや、実際は偶々なのだが、カボチャは更にやる気が湧いたようで、
「作戦変更だ!」
「お待ちくださいカボチャ様!」
「貴様も早く持ち場に行け!」
カボチャは颯爽とその場を去って行く。
「侵入者は三人いるのですが……」
唖然と見送ってしまった部下だったが、ハッと我に帰り、慌ててあとを追いかけた。
――まぁそんなこんなで今、自称勇者は謁見の間の魔王の玉座に座っている。
「おっかしいなぁ、だーれもいないでやんの」
ちなみに本人はその真っ赤で高級そうな椅子が本当に高級で、更に魔王の玉座だとは微塵も思っていない。
そこへドタドタと慌ただしく城の部下達が集まって来た。
「おい聞いたか? どうやらその勇者って奴は正面からは来ないらしい」
「あぁ聞いた聞いた。なんでも南側から三人侵入したとか」
「何? 俺は勇者は一人だと聞いたぞ?」
「なんだって?」
「まぁそれはどうでもいいんだけど、俺達って本当にここの守りでいいのか?」
「あぁその筈だ。つい今しがた作戦変更の知らせがあったからな」
「はぁそう。まぁいいんだけどさ、その勇者を名乗ってるのってさぁ……」
「まぁ十中八九そうだろうなぁ」
「そうだよなぁ」
魔王は特に教えてはいないが部下達は知っていた。
魔王が十年以上前からとある人間の子供を気にかけている事を。と言うか事の次第をカボチャからさっき親切にも事細かーに説明を受けたばかりだ。
「やりづらいなぁ」
「本気でやっていいのかなぁ」
「カボチャ様は全力で悪になりきれと言ってたぞ?」
「なんの話?」
カインが部下の会話に割って入る。
「「なんの話ってそりゃあ」」
「そりゃあ?」
「「て、貴様は!!」」
二人の部下の言葉に他の部下もその存在に身構えた。
「し、侵入者だ、魔王さまの玉座に!」
「しかしカボチャ様がまだ!」
「何を言ってる、とりあえず取り押さえろー!」
「おっしゃー全員かかってこい!!」
カインは立ち上がると大剣を構え、振りかぶる。
「でぃやああああ!」
振り下ろされた大剣を部下達は咄嗟に避けた。
すると大理石で作られたツルピカの床が破壊され、盛大に凹み、破片が飛び散った。
「誰だ、さっき本気でやっていいのかなぁとか言った奴! 俺だよ馬鹿!」
ノリツッコミをしながら勢いよく剣を振ると、カインに向かって無数の炎の玉が炸裂する。
だがカインはその全てを次から次へと大剣で打ち返す。
「炸裂ホームランだぜー!」
その言葉の通り無数の炎の玉があっちこっち炸裂する。
「ギャアアー馬鹿かお前ー! 少しは考えて攻撃しやがれー!」
部下仲間に怒られる部下。
「すまーん! だって最近あまりにも平和だったから加減がさー! 加減がわかんねー!」
「わかるそれー!」
ギャーワー逃げ惑っていると、なんと打った本人のカインへも跳ね返り、カインの服が燃え上がる。
「「!?!!?」」
その場にいた全ての部下が青ざめ、咄嗟にカインに向かって水の攻撃を繰り出した。
「つ、つめてぇ!?」
びしょ濡れになり「何すんだよ。いや助かったけど」と怒るカイン。
その場にいた部下は全員心の中で自分へ問う。
魔王に怒られるのと、直属の上司であるカボチャに怒られるのと、果たしてどっちが一番恐ろしいか。
「す、すみません、カボチャ様」
一人、バタリとその場に倒れる。
「俺達には、俺達にはムリ、だ」
そしてまたもう一人。
「ぜ、絶対、魔王さまの方が……恐い」
バタリ
「長いものには巻かれたい」
バタリ、バタリバタリとドミノ倒しのように次々と倒れていく部下達。
「え? え? え?」
それを何が起きたか分からないまま見守るしかないカイン。
そしてあっと言う間に謁見の間はやられたフリをした魔族の部下達だけになった。
「な、なんだ?」
呆気にとられるカイン。まぁ無理もない。
「まさか俺、見えない攻撃が繰り出せるようになったのか?」
んなわけない。
「ふ、やってくれるなぁ……勇者カイン」
すると聞き覚えのある声がいつもよりドスを利かせて謁見の間に響き渡った。
「お、お前は……」
姿を現したのはそう、さっきまで旅を共にしていた、凶悪な面をした――
「パンプキン頭のカボチャ男」
「誰がカボチャ男ですか!」
「いや自分でもフザケた頭のカボチャ男とか言ってたじゃん」
「何言ってるんですか! フザケた頭のパンプキン男と言ったんです!」
「え、何か違うの?」
まぁそんな事はどうでもいいとカボチャはカインに指を突きつける。
「と言うか魔王さまの玉座の前に勇者が立ってて、中ボスの僕がこっち側とかどう考えてもおかしいでしょ! そもそも中ボスはここではなくて……えぇい段取りがメチャクチャだ!」
「ホント短気だよなぁ~」
カインが呆れて言うとカボチャは「黙らっしゃい!」と叫び、一瞬にして間を詰め、カインの目の前に顔面ドアップのカボチャ、咄嗟に跳び退いた。
「びっびびびびビックリしたああああああ!」
慌てて大剣を構え直す。
二人の間をピリリとした静けさが漂った。
「ふっふっふ、これで魔王さまの玉座は取り戻しました。さぁ……仕切り直しと行きましょうか勇者よ!」
言われて気付く、自分がいるのはさっきカボチャが立っていた所だと。
「おうよ! 覚悟しろよなカボチャの中ボス!」
こうしてカボチャ(中ボス)とカイン(自称勇者)の壮絶な(かも知れない)戦いが幕を開けるのであった。
そして……その様子を陰ながら見守る者が一人。
「だ、大丈夫なのかこれ。もはや色々あり過ぎて何をどう心配するべきか分からんが」
真っ黒なローブに身を包み、謁見の間の出入り口の扉の裏に隠れ、こっそりと見守る男。
その男の目には一触即発と言わんばかりに、お互いの出方を窺うお化けカボチャみたいなのと自称勇者の少年が映る。
そして二人の邪魔をしないように、かつ自分達にまで被害が及ばないようにと、匍匐前進をしながらコソコソと退場する部下達。
「……今月は臨時ボーナスを出してやるか」
そんな事を呟いた時だった。
「どうやら始まったようですね魔王さま」
真後ろから声がかかったのは
「しゅ、シュケル、どうしてお前がここに……あっちはどうした?」
するとシュケルはいつものようにフフフと笑う。
「ご安心ください。あちらは暫くまともに機能しませんよ」
「そうか……いや待てそれは安心なのか?」
「まぁまぁほら、始まったようです」
ドガアアン!!
魔王の背後から爆音が轟いた。




