隣にいる人
朝の学園は、いつもと変わらない喧騒に包まれていた。
制服の擦れる音、笑い声、石畳を叩く足音。
その中を、カレンは歩いていた。
――隣にいるのは。
ベルンハルトではなく、レオンだった。
腕の距離は近い。
触れてはいないのに、視界の端に常に存在を感じる。
歩調は合っているはずなのに、心臓の鼓動だけがずれていた。
(……違う)
そう思うのに、足は止まらない。
止め方が、分からなかった。
教室へ向かう途中、前方から見慣れた二人が歩いてくる。
「やぁ。おはよう」
エルンストの明るい声。
その隣で、アイナが一瞬だけ、びくりと肩を震わせた。
「あ、エルンスト君、おはよう」
返事をした瞬間、カレンは気づいた。
アイナの視線が、まっすぐこちらではなく――レオンに向いていることに。
「……おはようございます」
かすれた声。
どこか怯えたような響き。
エルンストはそれに気づいた様子もなく、軽く手を上げて通り過ぎていく。
その背を追うように、アイナも歩き出した――が。
数歩進んだところで、ぴたりと止まり。
次の瞬間、踵を返して走って戻ってきた。
「カレンさん!」
強い声音。
掴まれる腕。
「よかったら……相談にのってほしいんです!」
驚きで言葉が詰まる。
「え……あ……うん。もちろん……」
間を置く暇もなかった。
「今すぐ! 女子だけで!」
必死さが伝わる。
有無を言わせぬ勢いで、アイナはカレンの腕を引いた。
「……ふぅん」
背後から、レオンの声が落ちる。
振り返ると、彼は楽しそうでも不機嫌でもない、曖昧な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、先に行く」
あっさりとした一言。
それだけを残して、レオンは歩き去っていく。
その背中が人混みに紛れた瞬間――
カレンは、はっと息を吐いた。
(……吸えた)
胸いっぱいに空気が入る。
今まで浅く、詰まるようだった呼吸が、ようやく戻ってくる。
「……ありがとう、アイナちゃん」
小さくそう言うと、アイナはぎゅっと唇を噛みしめて頷いた。
「……ここじゃ、だめです」
「人が少ないところへ……」
二人は顔を見合わせ、無言で頷き合う。
学園内のカフェ。
その奥にある、仕切られた個室へと足を向けた。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。




