手を伸ばせば、壊してしまいそうで
メイド「申し訳ございません。お嬢様は今、ベルンハルト様にお会いできないと…」
玄関先でそう告げられた瞬間、
ベルンハルトは一瞬、言葉を失った。
拒絶、というほど強い言葉ではない。
けれど、確かに――距離を置かれたのだと理解するには十分だった。
「……そうか」
低く答え、視線を伏せる。
拳を握りしめることはしなかった。
代わりに、胸の奥で何かが鈍く沈んでいく。
(俺が、踏み込まなかったからだ)
昨夜。
扉の向こうで震えていた彼女の声。
「今日は……誰にも逢いたくない」という、必死な拒絶。
あの時。
腕を伸ばして、抱き締めることはできた。
唇に残った感触を、上書きすることも――できた。
それでも、しなかった。
(違う。……しなかった、のではない)
できなかったのだ。
彼女を想うあまり、
彼女の意思を踏みにじることを恐れた。
だがそれは、彼女を守ったのか。
それとも、彼女を一人にしただけなのか。
応接室の奥。
閉じられた扉の向こうに、カレンがいる。
呼べば、返事はあるかもしれない。
待てば、いつか扉は開くかもしれない。
だが今は――
その「いつか」を待つことしか、許されていない。
ベルンハルトは一礼し、踵を返した。
背を向けた瞬間、
胸の奥で、はっきりとした感情が形を取る。
(奪われたのは、唇だけじゃない)
信頼。
安心。
そして――彼女のそばに立つ、当然の位置。
それらが、少しずつ削られている。
それでも。
(……俺は、彼女を取り戻す)
静かに、しかし確かに。
その決意は、昨夜よりも深く、暗く、重く――根を下ろしていた。




