すれ違う二人
ベルンハルトがベルガモット家の門前に着いた、その時だった。
砂利を踏む音。
馬車の影。
御者が合図を出し、扉が閉まろうとしている。
――間に合わなかった。
ベルンハルトが足を止めたのと、
レオンがこちらに気づいたのは、ほぼ同時だった。
「やぁ! ベルンハルト」
屈託のない声。
まるで、友人に挨拶するかのように。
ベルンハルトは、何も言わなかった。
言葉が出なかったのではない。
出す意味が、見つからなかった。
レオンは、軽く肩をすくめる。
「カレンは明日、学園に来るからさ。心配はいらない」
――なぜ、知っている。
喉の奥が、ひくりと鳴る。
「今日もね」
レオンは、楽しそうに笑った。
「彼女は甘かったよ」
その一言が、
刃のように、深く刺さる。
ベルンハルトの視界が、わずかに狭まる。
音が遠のく。
拳に、力がこもる。
それでも――
彼は、動かなかった。
動けなかった。
レオンは、ひらりと手を挙げる。
「じゃあ、また明日。学園でな」
まるで約束でもするように。
まるで当然の未来であるかのように。
馬車は、そのまま走り去った。
残されたのは、
砂埃と、冷えた沈黙だけ。
ベルンハルトは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
指先が、わずかに震える。
拳は、強く、強く握りしめられている。
――知らない。
俺は、何も知らない。
彼女が、今、何を思っているのか。
どんな顔で、笑ったのか。
誰の声を、聞いたのか。
ゆっくりと、ベルンハルトは門をくぐった。
ベルガモット家の中は、静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
この屋敷に、彼女はいる。
それなのに――
距離は、
今までで一番、遠かった。




