逃げ場のない口付け
あれから、カレンは部屋を一歩も出なかった。
カーテンは閉め切られ、昼か夜かも分からない。
ベッドの端に座ったまま、膝を抱え、ただ息をしていた。
頭の中では、あの光景が何度も繰り返される。
重なった唇。
逃げ場のない距離。
ベルンハルトの目に映った、自分。
(……いや)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
心配した両親が、何度かメイドを通して様子をうかがってきた。
直接は聞かれない。
けれど、分かっているはずだ。
あの後、
レオンは「また来る」と言って帰ったこと。
ベルンハルトも、しばらく屋敷に留まっていたが、夜が更ける前に帰ったこと。
応接室の扉は、開いたままだった。
誰かが見ていた可能性も、十分にある。
(……全部、知られてる)
それでも、今は考えられなかった。
「……明日は、学園を休みます」
震える声で、メイドに告げた。
「代わりに、届けてください。欠席の手紙……」
それだけ言うのが、精一杯だった。
翌日。
コンコン、と扉が叩かれる。
「お嬢様。レオン様が来ております」
一瞬、息が止まった。
「……帰ってもらって」
絞り出すように言う。
しかし――
……ガチャ。
扉が、開いた。
「なんで!? 出てって!」
思わず叫ぶ。
「残念」
レオンは、いつもと変わらない笑顔だった。
「この家に、俺を追い出せるやつは……いないな?」
「……貴方は、おかしい!」
「それは違う」
「意味がわからない!」
「わかるだろ?」
レオンは、迷いなく近づいてくる。
「本当に……なんなのよ……放っておいてよ……」
声が、かすれた。
ツカツカと距離を詰め、レオンはカレンの傍に腰を下ろす。
逃げ場は、ない。
髪をすくわれ、顔が近づく。
(やだ……)
視線が絡む。
次の瞬間、唇が重なった。
「……っ」
思考が、真っ白になる。
離れたと思った、その直後。
角度を変えて、再び。
「ははっ」
囁く声が、やけに近い。
「明日は学園に来ないと……どうしようかな」
何も、言えなかった。
「じゃあな」
立ち上がり、振り返る。
「俺との未来。考えておけよ」
そのまま、彼は去っていった。
残された部屋には、
静寂と、消えない感触だけが残っていた。
カレンは、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。




