だから、なに?
扉の向こうで、空気が凍った。
ベルンハルトは、
目の前の光景を――
一瞬で、理解した。
カレンが、レオンの腕の中にいる。
腰を支えられ、
顔を近づけられ、
唇が、重なっていた。
音は、なかった。
だが、その沈黙が、耳を裂くほどに大きい。
カレンの瞳が、揺れた。
次の瞬間、
レオンがゆっくりと顔を離す。
「残念」
軽い声音。
まるで、戯れの続きを惜しむように。
「三度目の口付けは、また今度だな」
その言葉に、
ベルンハルトの視線が、ぴくりと動いた。
「……三度目?」
低く、押し殺した声。
カレンが、はっと息を吸う。
「ち、違うの……!」
言葉が、うまく繋がらない。
喉が、ひきつる。
「ご、ごめんなさい……っ」
自分の唇に、
触れられた感触が、まだ残っている気がして。
まるで、汚れてしまったみたいで。
視線が、定まらない。
胸が、苦しい。
「……ごめんなさい……!」
そう言い残して、
カレンは、応接室を飛び出した。
扉が閉まる音が、
乾いて響く。
残されたのは、二人。
ベルンハルトは、ゆっくりとレオンを見た。
その目には、
怒りも、動揺も――
まだ、浮かんでいない。
ただ、深く、沈んでいる。
「どういうつもりだ」
声音は、低い。
静かすぎるほど、静かだった。
レオンは肩をすくめ、
楽しそうに笑う。
「どうもこうも」
指先で、自分の唇をなぞる。
「彼女の唇は、甘くて柔らかいな」
ベルンハルトの指が、わずかに動いた。
だが、声は出ない。
「だから?」
レオンは、首を傾げる。
「彼女は、俺を見た」
その言葉に、
空気が、軋む。
「それに」
一歩、前に出る。
「君たちは、ただ“交際している”だけだろう?」
ベルンハルトは、何も言わない。
「俺のほうが、彼女を満足させられる」
にやり、と笑う。
「いつまで経っても、手を出さない男よりはな」
沈黙。
長い。
重い。
ベルンハルトは、
ゆっくりと、目を伏せた。
次に顔を上げたとき、
その瞳は――
驚くほど、穏やかだった。
「……なるほど」
小さく、息を吐く。
「君は、そう考えるんだな」
レオンが、眉を上げる。
「なに?」
ベルンハルトは、笑わない。
「理解した」
それだけを告げる。
その声に、
初めて、レオンは違和感を覚えた。
怒りでも、拒絶でもない。
――確定。
そんな響き。
ベルンハルトは、扉のほうへ視線を向けた。
もう、そこにカレンはいない。
それでも。
「彼女は」
低く、確かな声。
「俺のものだ」
言い切り。
宣言。
レオンの口元が、歪む。
「へぇ?」
だが、
ベルンハルトは、もう彼を見ていなかった。




