↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/145

侵食

屋敷へ戻る馬車の中、窓外の景色が流れていくのを眺めながら、俺は何度も同じ場面を思い返していた。


図書室。

人の多い場所。

静かな空気。


――それでも。


確かに、あの男は、俺の居た場所へ足を踏み入れていた。


レオン。

隣国の公爵家の後継者。

肩書きも、実力も、振る舞いも、周囲から見れば申し分ない。


だからこそ、厄介だ。


露骨ではない。

強引すぎるわけでもない。

誰の目にも「問題」と映らない距離で、少しずつ、確実に、彼女の隣へ立つ。


(……やり方が、巧妙だ)


カレンは気づいていない。

いや、気づかないようにしているのかもしれない。


彼女は基本的に人を疑わない。

優しさを向けられれば、そのまま受け取る。


それが、彼女の美点であり――

今は、弱点になっている。


レオンが彼女に触れた瞬間。

指先が、ほんの一瞬、重なっただけのこと。


だが。


あの僅かな動きに、彼の意思がはっきりとあった。


わざとだ。

確信をもって、距離を詰めている。


(……俺の前で)


怒りが、喉の奥に沈殿する。

だが、表に出すわけにはいかない。


ここで感情を露わにすれば、

彼の思う壺だ。


レオンは、楽しんでいる。

彼女を揺らすことを。

そして――俺を、試すことを。


馬車が止まり、扉が開く。


「お帰りなさいませ」


使用人の声に、短く頷き、屋敷へ足を踏み入れる。


廊下を歩きながら、自然と拳が握られていた。


俺は、彼女の隣に立ってきた。

時間を重ね、言葉を交わし、信頼を積み上げて。


彼女が笑う理由を、

彼女が安心して息をつける場所を、

俺は知っている。


(……知っている、はずだ)


だが。


「明日はカレンの家で過ごす」


あの言葉。


事前の了承もなく、

当然のように告げる態度。


拒絶されることを前提にしていない声。


――侵食。


その言葉が、胸に重く落ちる。


彼は、彼女の意思より先に、

“既に決まっていること”として話を進める。


それは、俺が最も嫌悪するやり方だ。


(……許容している、と思われている)


カレンが強く拒まないこと。

困惑しながらも、その場をやり過ごすこと。


それを、

“受け入れられている”と、誤認している。


違う。


彼女は、困っている。

逃げ道を探しながら、場を荒立てないようにしているだけだ。


俺は、思い出す。


夏の避暑地。

湖畔。

彼女が振り向いて笑った顔。


「本当に嬉しい」


その一言に、

胸の奥が、静かに満たされた感覚。


あれは、誰にも譲れない。


(……譲る気も、ない)


彼女は俺の恋人だ。

曖昧でも、仮でもない。


俺は、彼女と共に歩くことを選び、

彼女も、それを選んだ。


それなのに。


他人が、当然のようにその間へ入ってくる。


しかも、彼女の“優しさ”を利用して。


(……笑えない)


部屋へ入り、扉を閉める。


静寂。


外套を脱ぎ、椅子に掛けると、深く息を吐いた。


冷静でいなければならない。

理知的であれ。


――そう、何度も自分に言い聞かせてきた。


だが。


最近、それが、やけに遠い。


カレンが困った顔をした時。

レオンの視線が、彼女だけを追っている時。

人前で、当然のように隣に並ばれた時。


胸の奥が、ざわつく。


(……俺の場所だ)


言葉にしなくても、

体が、そう理解している。


侵食は、静かだ。

気づいた時には、境界が曖昧になっている。


だからこそ。


――線を、引く必要がある。


彼女を守るために。

そして、俺自身のために。


「……カレン」


名を呼ぶだけで、

不思議と呼吸が整う。


彼女は、俺を信じている。

だからこそ、俺は迷ってはいけない。


レオンは、試している。

どこまで踏み込めるかを。


ならば。


答えを、示すだけだ。


俺の居た場所へ、

これ以上、足を踏み入れさせない。


静かに。

確実に。


彼女の隣は――

最初から、俺の席だ。


その事実を、

誰よりもはっきり、行動で示す。


感情が、底で形を成していく。


それは、焦りでも、怒りでもない。


――決意だ。


俺は、もう一度、深く息を吸った。


次は、

逃がさない。


彼女の手も、

彼女の時間も、

彼女の笑顔も。


俺の隣で、守り切る。



ベルンハルト視点

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。