ほどける震え、戻る場所
応接室の扉が閉まる音は、静かだった。
それでも、外の空気を遮断するには十分で、カレンの肩から力が抜けるのが分かった。
足元が、ふらつく。
次の瞬間、包み込むような腕があった。
ベルンハルトは何も言わず、ただ一歩引き寄せる。
胸元に額が触れ、背中に回された手の温度が、はっきりと伝わった。
「……大丈夫だ」
低く、落ち着いた声。
それだけで、張り詰めていた糸が切れた。
カレンの指先が、彼の衣を掴む。
震えが、止まらない。
「……こわ、かった……」
途切れ途切れの声が、ようやく零れた。
ベルンハルトは、背中をゆっくり撫でる。
急かさない。確かめるように、一定のリズムで。
「話さなくていい。今は」
応接室の窓から、午後の光が差し込んでいる。
いつもと変わらない、ベルガモット家の調度品。
それが、ひどく現実的で、カレンは息を整えられた。
「……迎えに、来てくれて……ありがとう」
「当たり前だ」
短い返答。
けれど、その言葉には迷いがなかった。
ベルンハルトは、彼女の肩に顎を乗せる位置で、少しだけ距離を詰める。
視線は、扉の方――もう、誰もいない場所へ向けられている。
「無理をさせたな」
「……私が、うまく断れなくて……」
「違う」
きっぱりとした否定。
ベルンハルトは、カレンの髪に頬を寄せた。
「君は、何も悪くない」
その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、静かに溶けていく。
カレンは、ぎゅっと目を閉じた。
(……戻ってきた)
ここが、戻る場所だと。
抱き締められて、初めてはっきり分かった。
ベルンハルトは、カレンの額に軽く唇を触れさせる。
確かめるように、そっと。
「今日は、もう外には出ない。いいな」
命令ではない。
けれど、拒む余地のない安心があった。
カレンは、小さく頷く。
「……うん」
応接室には、静かな呼吸だけが残った。
外で何が起きようと、今この瞬間、彼の腕の中にいる。
それだけで――
十分だった。




