逃げ場のない夕食
高級なレストランだった。
通されたのは、一般客の気配が一切ない奥の個室。
厚い扉が閉まると、外の喧騒は完全に遮断される。
柔らかな照明。
磨き込まれたテーブル。
静かに注がれる水の音さえ、やけに大きく聞こえた。
カレンは、レオンの隣に座っていた。
向かい合う席ではない。
肘を伸ばせば、すぐ触れてしまう距離。
(……近い)
意識した途端、呼吸が浅くなる。
料理が運ばれる。
「この味は悪くない」
レオンが、ナイフとフォークを自然に使いながら言った。
「そうだな?」
「……美味しいです」
声が、少しだけ硬くなる。
「ワインの好みは?」
「飲めないです」
「残念だな」
レオンは口元だけで笑った。
「酔わせることは、できないか」
(……今の、冗談?)
冗談だと信じたい。
けれど、軽すぎる声音が、逆に引っかかる。
「俺について、どこまで知ってる?」
突然、話題が変わる。
「……隣国から来た留学生で……魔術科の、首席候補……ですか?」
「当たり障りがない返答だ」
ナイフとフォークが、静かに置かれる。
レオンは、何の前触れもなく、カレンの髪に指を通した。
「柔らかいな。絹みたいだ」
びくり、と肩が跳ねる。
(触られた……)
強くはない。
乱暴でもない。
それでも、距離を詰められる感覚に、背筋が冷える。
「……明後日から、新学期だな」
「そう、ですね」
「もう俺たちは、友人だろう?」
言葉と同時に、視線が外れない。
逃げ道を探すように、視線を落とす。
「……どうでしょう」
「一緒に昼食もとる友人だ」
淡々とした口調。
「友人は、恋人に含まれない。違うか?」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……私には、恋人がいます」
はっきり言う。
レオンは、否定しない。
ただ、横顔をじっと見つめてくる。
その視線が、静かで、重い。
食事は、滞りなく終わった。
カレンは、心の中で息をつく。
(……帰れる)
「送る」
短い一言。
「……ありがとうございます」
レストランを出て、夜風に当たった瞬間、少しだけ現実に戻る。
馬車の前で、レオンが足を止めた。
「じゃあ、また明日」
「……え?」
「迎えに行く」
当然のように告げられる。
断る言葉が、喉に引っかかる。
レオンはそれ以上何も言わず、背を向けた。
カレンは、その場に立ち尽くす。
(……ベルンハルト)
名前を、心の中で呼んだ。




