金色の髪
秋の気配が、街路樹の色から滲み出ていた。
朝の空気は少しひんやりしていて、夏の名残を名残惜しく押し出すように、風が頬を撫でる。
「こちらでよろしいですね、お嬢様」
いつも通っている仕立屋の前で、メイドが控えめに声をかける。
カレンはこくりと頷いた。
扉をくぐると、布の匂いと、落ち着いた木の香りが混じった空気が広がる。
何度も来ている場所なのに、今日は少しだけ胸が高鳴っていた。
(あっという間だった…もぅ秋…)
ベルンハルトと並んで歩く季節を想像して、頬がじんわり熱くなる。
採寸は慣れたものだった。
腕を上げて、腰に巻かれたメジャーがきゅっと締まる。
色や布地を選びながら、メイドと職人の会話を聞いているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「この色、お嬢様によく映えますね」
「……そう?」
鏡に映る自分は、いつもより少し大人びて見えた。
ベルンハルトが見たら、なんて言うだろう。
そんなことを考えて、また一人で照れてしまう。
仕立屋を出ると、昼前の街は人通りが多くなっていた。
帰り道、ふと甘い香りが鼻をくすぐる。
「ケーキ……」
思わず呟くと、メイドが微笑んだ。
「お好きでしたね。少し寄っていきましょうか」
「うん!」
歩調を揃えて通りを進む。
その瞬間だった。
ドンッ。
鈍い衝撃と同時に、視界が揺れた。
「あ……!」
手に持っていた小袋が、するりと奪われる。
黒い影が人混みを縫うように走り去った。
「お嬢様!!」
メイドの叫び声。
カレンは一瞬、何が起きたのかわからず、ただ立ち尽くした。
(……盗られた?)
理解した時には、もう遅かった。
――が。
次の瞬間。
「ぐっ……!」
物取りの身体が、横から吹き飛んだ。
鈍い音とともに地面に転がる。
「……?」
カレンが目を見開いた先にいたのは、見覚えのある金色の髪だった。
「ほら」
差し出されたのは、奪われた小袋。
「お前のだろ」
その声、その瞳。
「……ありがとう」
思わず、まっすぐに目を見て礼を言った。
「どういたしまして」
軽い口調。
けれど、どこか値踏みするような視線が、カレンをなぞる。
「昼、まだなんだよ」
唐突に言われて、戸惑う。
「……え?」
「付き合え」
「え、でも……」
言い淀むカレンに、彼は肩をすくめた。
「助けたのに?」
「……はい」
断りきれず、頷いてしまった自分に、内心で小さくため息をつく。
(早く済ませて、帰ろう……)
店に入ると、彼は慣れた様子で席を選び、勝手に注文を進めた。
距離が、近い。
「そんなに緊張するな」
そう言いながら、軽く肩に触れられる。
「……っ」
思わず身が強張る。
カレンはさりげなく身を引いた。
(この人……距離感が……)
「俺を見ろ」
低く言われ、びくりとする。
「失礼だぞ、お前」
「あ、ごめんなさい……」
視線を合わせると、彼は満足そうに笑った。
「お礼は……そうだな」
少し考える素振りをしてから、続ける。
「また次だな」
「え!? 昼食がお礼じゃないの?」
「俺が払ってるのに?」
楽しそうに笑われて、背中に冷たいものが走る。
(変な人に絡まれちゃった……)
料理は味がよくわからなかった。
喉が緊張で詰まって、紅茶だけがやけに熱い。
「なあ」
カップを置く音。
「ベルンハルトの、どこがそんなにいい?」
唐突な問い。
「……え?」
「俺も変わらないだろ」
さらりと続けられる言葉。
「試してみないか?」
ぐっと、距離が詰まる。
瞳を覗き込まれて、思わず息を詰めた。
(近い……こわい……)
「ははは!」
急に大きく笑われる。
「まだ、手を出されてないのか!」
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……帰ります」
立ち上がると、彼はあっさり手を離した。
「またな、カレン」
その呼び方が、妙に残った。
外に出ると、秋の空気が肺にしみ込む。
メイドが心配そうに寄ってくる。
「お嬢様……」
「大丈夫」
そう答えながら、カレンは無意識に自分の腕を抱いた。
(ベルンハルト……)
同じ「触れる」でも、
こんなにも違うのだと、初めてはっきり思い知った。
早く、帰ろう。




